彦左の正眼!

世の中、すっきり一刀両断!で始めたこのブログ・・・・、でも・・・ 世の中、やってられねぇときには、うまいものでも喰うしかねぇか〜! ってぇことは・・・このブログに永田町の記事が多いときにゃあ、政治が活きている、少ねぇときは逆に語るも下らねぇ状態だってことかい? なぁ、一心太助よ!! さみしい時代になったなぁ

JNC7

脳卒中へのカウントダウン5

脳卒中へのカウントダウン

5.高血圧とは(日本高血圧学会ガイドライン)

 脳卒中の原因のひとつが高血圧であることはほぼ周知のことであるが、そのガイドラインは現在、どうなっているかを見ておこう。

 まず、血圧は心臓がギュッと収縮し左心室から大動脈を経由、脳や全身へ血液が送り出されるときに、最大となる。その血圧を収縮期血圧という。いわゆる上の血圧、下の血圧というときの上の血圧にあたる正式な呼称である。

 そして逆に肺から左心房に肺静脈を通じ、血液を取り込むときには心臓は拡張している。そのときに血圧は下がっている。その下の血圧を正式に拡張期血圧という。

 日本高血圧学会ガイドラインによれば高血圧について以下の通り、定義している。

 至適血圧・・120(収縮期)未満かつ80(拡張期)未満

 正常血圧・・130未満かつ85未満

 正常高値血圧・・130〜139または85〜89

 軽症高血圧・・140〜159または90〜99

 中等症高血圧・・160〜179または100〜109

 重症高血圧・・180以上または110以上

 収縮期高血圧・・140以上かつ90未満

 

(参考)

 米国において2003年5月公表された「高血圧の予防、発見、診断、治療に関する米国合同委員会の第7次報告」いわゆる「JNC7」で数値基準が厳しくなった。

 それに合わせるように従来に比べて日本のガイドラインも2004年に改定されより厳しい数値となった。

 【JNC7基準値】

 正常値:120(収縮期)未満かつ80(拡張期)未満

 高血圧前状態:120〜139/80〜89

 軽症の高血圧:140以上または90以上

 

 【イ砲弔鼎

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患者がしゃべる脳出血へのカウントダウン5

患者がしゃべる脳出血へのカウントダウン

 

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 わたしは、30歳代後半あたりの健康診断で、初めて血圧が高めであると医者から注意を喚起された。それまでの血圧は、確か110(収縮期)−70(拡張期)くらいで、血圧自体を意識したことはなかった。だから、医者から言われた時、ちょっと驚いたのを覚えている。まだ高いといっても当時は、135−90といった程度であったと思うが、下の方の数値、つまり拡張期の血圧が高いといわれたのを覚えている。

 

 現在の高血圧症の定義は20035月に米国の高血圧治療ガイドラインとも言える、『高血圧の予防,発見,診断,治療に関する米国合同委員会の第7次報告』いわゆるJNC7」が発表され、見直しがなされた。従来よりもその数値基準は厳しくなり、具体的数値(JNC7」基準)をあげると、正常血圧は最高血圧が120mmHg未満、かつ最低血圧が80mmHg未満(日本高血圧学会基準 130−85)。120〜139/80〜89mmHgは高血圧前状態と定義された。ステージ1(軽症)の高血圧は140以上(収縮期)または90以上(拡張期)となった。(軽症の高血圧基準は日米同数値の基準となった)

 

因みにわたしが、医者から注意を喚起された10数年前には、正常値であったものが、この基準で言うと、わたしは高血圧前状態というジャンルにあったというより、拡張期血圧がステージ1にあり、まさにわたしは当時、すでに高血圧症であったわけである。

 

ただ、30歳代後半のわたしは、そうした医者の声に対し、まったく聞く耳を持たなかった。若い頃から病気もせず健康一筋で来た並々ならぬ自信が、「高血圧」という病の恐ろしさなど意にも介せず、鼻先でせせら笑わせたのである。

そういえば、その時医者は「運動をして体重を減らせ」「酒を控えろ」、そして「塩を控えろ」とも注意していたが、こちらは上の空の生返事であった。いやぁ、度し難い健康に対する「驕慢さ」であった。穴があったら入りたいとはこのことを言うのだろう。

 

傲慢なわたしも、一度くらいは「塩分控えめ運動」を展開した。しかし、それも一週間ともたなかった。塩を振らない焼き魚にレモン汁をかけて食うなど、日本男児たるものそこまでして、「命にこだわるのか」と、すぐにその虚弱な努力は頓挫してしまった。要すれば、濃い塩分に馴れた舌には、レモン如きでは無臭といおうか、味が感じられなかったのである。いま思い起こすと、当然のことながらあの減塩療法をずっと続けていればと、後悔仕切りである。

 

そして、その後、徐々に責任ある仕事を任され、夜昼なく猛烈に仕事と遊びに熱中していく。当然、酒もすすむ。帰宅も遅くなる。その間、体は加齢とともに徐々に抵抗力を弱めていっていた。一方で、健康面では体に悪いことが重なっていく。当時は喫煙もしており(一日3箱位)、絵に書いたような不養生な生活を送っていたのである。徐々に病魔の暗黒の眼がわたしを睨みつけ出していたのである。まだ、血圧とちょっとした肥満以外にどこといって異常のないわたしに、病魔の視線を感じることなどできなかったし、「摂生」などという言葉はまったく無縁のものであった。

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