鳩山由紀夫首相が国連気候変動サミットで、世界の90カ国以上の首脳を前に、2020年までに温室効果ガスの排出量を1990年比25%削減することを表明した。

 

そしてその発言に対して、フランスのサルコジ大統領が「新たな日本政府による約束を称賛したい」、潘基文(バン・ギムン)国連事務総長が「加盟国から大変好意的に受け止められている」と発言したことや、米国のゴア元副大統領が「鳩山首相の演説には感銘を受けた。とても意欲的な削減だ」など、敬意と称賛の言葉が寄せられた。

 

2020年と言えば残すところわずか10年である。こうした感想が国際政治へのデビュー間もない鳩山首相への単なる外交辞令であると考えるべきではない。また逆に、国際舞台で久々に脚光を浴びたと単純に喜ぶべき話しでもない。

 

要は国際社会への25%削減公約の意味するところは、今後の日本社会のあり方、日本という国が国際社会でどういう立場に立つのかを決定づける極めて重要な一里塚と捉えるべきだということなのである。

 

今回の国際社会への公約は、「世界のすべての主要国による、公平かつ実効性のある国際枠組みの構築が不可欠で、すべての主要国の参加による意欲的な目標の合意を前提とする」と釘を刺しはした。しかし、冒頭に紹介した国際的な評価は、その数値目標が、途方もない重みを持ったものであり、国際公約に反した時には政権が吹っ飛ぶほどの重みを持った発言であることの裏返しともとれるのである。

 

そこで、そうした重み、25%削減とはどのようなマグニチュードを持ったものかを実感するために、まず数字で確認をしてみたい。

 

この430日に環境省より温室効果ガス排出量の2007年度の確定値が発表された。それによれば、わが国の温室効果ガスの総排出量(CO換算)は、137400万トンである。鳩山首相が25%削減を明言した対比年度である1990年度の排出量は126100万トンである。

 

鳩山首相の国際公約を数字で表すと、90年比25%削減目標とは、2007年実績からは42800万トン、31%の温室効果ガス排出量の削減し、総排出量を94600万トンにするということである。

 

その数字がどの程度のものかを知るために、温室効果ガス排出量の95%と大半を占め、部門別排出量が公表されている二酸化炭素の2007年度実績を見てみる。「工場等産業部門」の排出量が47100万トン、自動車・船舶等運輸部門が24900万トン、商業・サービス・事業所等業務その他部門が23600万トン、そしてわれわれ個人の家庭部門が18000万トンなどとなっている(2007年度CO排出量:13400万トン)。

 

 要は削減すべき排出量が、「産業部門」の9割の量に匹敵するという、とんでもない数字なのだということである。すでにわが国の産業部門の省エネ技術は世界に冠たるものであり、削減努力は世界一番であると言ってもよいのにである。また別の観点から見れば、われわれ家庭部門が排出する総量の2.4倍もの温室効果ガスをこれからの10年以内で削減することを、国民の十分な理解のないままに、鳩山首相は国際公約したとも言える。

 

 今回の国連気候変動サミットの発言を受けて、御手洗冨士夫経団連会長と日本商工会議所の岡村正会頭が「国際公約としての表明を厳しく受け止める」としながら、「全主要排出国の参加などの実現を求めたうえで、具体的な実行方法を国内に示して議論を深めてほしい」 、「米中の責任ある参加を強力に働きかけてほしい」、「環境と経済の両立に向けた道筋を示し国民的合意の形成を」と強く注文をつけたのも、その数字のマグニチュードが半端でないことを示している。

 

 その達成には、首相が言う「高い技術開発のポテンシャル」やCDM(クリーン開発メカニズム)や排出量取引などの京都メカニズムの活用を考慮しても、日本経済は言うに及ばずわたしたちの日常生活にもかつて経験したことのない大きな負荷がかかってくることは、自明である。

 

 やりようによっては、日本経済は大きく国際競争力を失い、日常生活も自動車の利用規制や電力・ガスの消費制限など、戦時中を思わせる統制経済が必要となるかも知れぬ。そうした内容を含んだ数字であることをまずわれわれ国民は十分に理解し、覚悟しておかねばならない。

 

 そのうえで、鳩山首相が演説の最後に「まだ見ぬ未来の子供たちのために」、「産業革命以来続いてきた社会構造を転換し、持続可能な社会をつくるということこそが、次の世代に対する責務である」と述べたことに、心から敬意を表すべきである。

 

IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第4次評価報告書は、科学的知見から「20世紀半ば以降に観測された世界平均気温の上昇のほとんどは、人為起源の温室効果ガス濃度の観測された増加によってもたらされた可能性が非常に高い」ことを謳った。温暖化ストップ・温室効果ガス削減が人類の共通目的になったのである。

 

 さはさりながら、サルコジ仏大統領が鳩山演説を称賛したことも、排出権取引市場の主導権を持つEUの一員であることを知れば、大きな温暖化ビジネスへの生臭い触手が伸びていると評することもできる。

 

 温暖化防止、環境問題といえばクリーンなイメージで聞こえはいいが、各国の国益が真っ向から衝突するまさに新たな経済戦争であることも、われわれはよく理解しておかねばならない。そして、すでに二酸化炭素に価格がつき、各国間で取引が行われている事実もわれわれは知らねばならない。EUはそこに無から有を生むビッグビジネスを目論んでいることも知るべきである。

 

 民主党政府に代わって、この国はある意味、「新生」を実感する明るさが萌し始めている。そうした状況の中で、民主党政府はこの国際公約成就への道筋につき、産業界や国民に対して、真摯に具体的手順やこれから負うべき負担や制約等を納得のゆくまで説明する大きな責任がある。

 

 温暖化の問題、国際公約は当事者たる国民または産業界など国全体の理解と認識を共有することが必須である。そのためにも責任ある説明が必要であるし、鳩山政治の真価が、早速、問われる懸案となった。

 

 そしてこの問題は人任せで済む話ではないことをわれわれ自身が認識しなければならない。どんなに難しくとも、環境と成長が共生できる社会の在り方、人の生き方を日本人の叡智、いや人類の叡智を借りて探し当てなければならない。そうすることで初めて、この日本という国が国際社会で尊敬される国家として認知され、一段の高みに登ることができるのだと考える。