患者がしゃべる脳出血へのカウントダウン

 

,砲發匹

 

 わたしは、30歳代後半あたりの健康診断で、初めて血圧が高めであると医者から注意を喚起された。それまでの血圧は、確か110(収縮期)−70(拡張期)くらいで、血圧自体を意識したことはなかった。だから、医者から言われた時、ちょっと驚いたのを覚えている。まだ高いといっても当時は、135−90といった程度であったと思うが、下の方の数値、つまり拡張期の血圧が高いといわれたのを覚えている。

 

 現在の高血圧症の定義は20035月に米国の高血圧治療ガイドラインとも言える、『高血圧の予防,発見,診断,治療に関する米国合同委員会の第7次報告』いわゆるJNC7」が発表され、見直しがなされた。従来よりもその数値基準は厳しくなり、具体的数値(JNC7」基準)をあげると、正常血圧は最高血圧が120mmHg未満、かつ最低血圧が80mmHg未満(日本高血圧学会基準 130−85)。120〜139/80〜89mmHgは高血圧前状態と定義された。ステージ1(軽症)の高血圧は140以上(収縮期)または90以上(拡張期)となった。(軽症の高血圧基準は日米同数値の基準となった)

 

因みにわたしが、医者から注意を喚起された10数年前には、正常値であったものが、この基準で言うと、わたしは高血圧前状態というジャンルにあったというより、拡張期血圧がステージ1にあり、まさにわたしは当時、すでに高血圧症であったわけである。

 

ただ、30歳代後半のわたしは、そうした医者の声に対し、まったく聞く耳を持たなかった。若い頃から病気もせず健康一筋で来た並々ならぬ自信が、「高血圧」という病の恐ろしさなど意にも介せず、鼻先でせせら笑わせたのである。

そういえば、その時医者は「運動をして体重を減らせ」「酒を控えろ」、そして「塩を控えろ」とも注意していたが、こちらは上の空の生返事であった。いやぁ、度し難い健康に対する「驕慢さ」であった。穴があったら入りたいとはこのことを言うのだろう。

 

傲慢なわたしも、一度くらいは「塩分控えめ運動」を展開した。しかし、それも一週間ともたなかった。塩を振らない焼き魚にレモン汁をかけて食うなど、日本男児たるものそこまでして、「命にこだわるのか」と、すぐにその虚弱な努力は頓挫してしまった。要すれば、濃い塩分に馴れた舌には、レモン如きでは無臭といおうか、味が感じられなかったのである。いま思い起こすと、当然のことながらあの減塩療法をずっと続けていればと、後悔仕切りである。

 

そして、その後、徐々に責任ある仕事を任され、夜昼なく猛烈に仕事と遊びに熱中していく。当然、酒もすすむ。帰宅も遅くなる。その間、体は加齢とともに徐々に抵抗力を弱めていっていた。一方で、健康面では体に悪いことが重なっていく。当時は喫煙もしており(一日3箱位)、絵に書いたような不養生な生活を送っていたのである。徐々に病魔の暗黒の眼がわたしを睨みつけ出していたのである。まだ、血圧とちょっとした肥満以外にどこといって異常のないわたしに、病魔の視線を感じることなどできなかったし、「摂生」などという言葉はまったく無縁のものであった。