あってはならぬ国家の犯罪=郵政不正事件・地検特捜部検事が押収資料を改竄 

 今回の郵便不正事件に関し、検察関係者の話で、今年2月の初め頃、大坪弘道部長(現・京都地検次席検事)をはじめその上の玉井英章次席検事(現・大阪高検次席検事)、さらに地検トップの小林敬検事正にも、前田恒彦容疑者(当時・捜査主任検事)のデータ改竄の事実が伝えられていたことが分かった。

 

そして、今回の発覚まで上層部は何ら必要な措置をとらなかったということである。そのことは結果として、大阪地検トップを含めた組織全体が、前田容疑者による改竄行為(本人は現段階で、「誤って書き換えた」とするが)の隠ぺい工作に加担したとも云える。

 

地検内には前田容疑者がフロッピー・ディスク(FD)に細工したとの噂が広がっていたという。それにも拘わらず、事の真相究明の動きすらなかったのだろうか。押収資料を改竄する行為がどういう意味を持つか、優秀な検事の方々に分からぬ訳がない。

 

 国家権力の中枢中の中枢に居続けると、権力は他者に対してのみ行使され、自らには行使されないとでも、勘違いしてしまうものなのか。そうした環境、立場に身を置いたことのない私には、そこら辺りの心理状態を分析する術も力もない。

 

 ただ、改竄されたFDは、そもそもは村木厚子元局長(9月21日無罪確定)の無罪を証明するひとつの証拠となるものであった。その証拠があるのに、それを無罪の証明に使用させない。怖ろしいことだ。起訴したら、無罪の証拠が出てきても何としてでも罪人に仕立て上げるとしか見えぬ行為である。

 

言うまでもなく、この国は国民主権を高らかに標榜する憲法を持っている。そう大上段にこぶしを振り上げるまでもないが、検察という組織は、当たり前だが、国民のためにあるはずである。

 

 だからこそ、国民の利益を守るためにだけ、その絶大な権力を行使できるはずである。無実の国民を罪人に仕立て上げることなどあってはならぬし、ましてや捜査の過程のなかで被告の無罪を証明する証拠に違法な改竄を加え、犯罪をねつ造するなど、言語道断である。

 

 そして、その改竄を地検トップ以下、知っていながら、それを放置していたとしたら・・・。国民の権利と利益と正義を守るべき検察組織は、一体、どこを向いてその権力を行使しようとしていたのか。

 

 事の次第によっては、そんな怖ろしい組織はご破算にして、再度、国民主権を中核に据えた正義の守護者を新たに創設することも検討すべき、そんな戦慄すべき事態が今、われわれの目の前で展開され、その真相が詳らかにされようとしている。

 

 検察上層部の身内の犯罪に対する放置行為が、放置すべき何らかの正当な理由があり、最低でもその事情が斟酌できる事実があったのだと、国民が納得できるような結果になることを、心から願うような気持ちでいる。

 

 まずは、国民の目の間ですべてを詳らかにして欲しい。それから、一からやり直すために、みんなで考えよう。今はあまりの事態に、そう言うしかない。

 

 今回の事件は、本来なかった犯罪を、全能の権力を有す検察庁がねつ造し、無辜の国民を罪人に仕立て上げようとしたのだから。