“亀屋良長”で念願の“烏羽玉(うばたま)”を求める=旅人の見た京都のお菓子
京都市中京区姉小路通烏丸東入ル
075-221-5110
定休日:日祝日・正月
営業時間:8:00〜18:00

亀末廣は文化元年(1804)に伏見醍醐の釜師であった初代・亀屋源助により創業され、以降、二条城の徳川家や御所から特別注文を賜ってきた歴史を有す京菓子の老舗である。
夏の銘菓・夏柑糖(なつかんとう)や正月の花びら餅で有名なあの上七軒の老舗“老松”でさえ明治42年(1909)創業というのだから、菓子作り200余年の歴史を誇る“亀末廣”は、次に紹介する亀屋良長(創業1802年)と並びまさに京菓子司として老舗中の老舗といってよい。
店舗はここ烏丸御池の本店のみである。
明治29年に唯一暖簾分けした名古屋(中区錦)の“亀末廣”が奇しくも今年の7月31日をもって廃業したことで、“亀末廣”の名前を冠する京菓子屋は本当にこのお店のみということになった。
したがって、これからご紹介する菓子も一部商品の例外的発送はあるものの、この烏丸御池のお店、この飴色の木のカウンター越しに手渡しで買い求めるしかない。
ネット通販全盛のこの時代、逆に人肌の温もり、人情が直接通じあう商いのあり方にこだわる姿勢はまことに痛快この上なく、まさに見事というしかない。
その商いのあり方や長い歴史を目で見、実感できるのが、亀末廣の建物外観、右読みの表看板、商家という語感そのままの店内造作、菓子屋とは思えぬ広い敷地などなどである。
すなわち暖簾をかき分け、一歩、店内に足を踏み入れると、そこにははじめて訪れた処とは思えぬ温もりのあるどこか甘酸っぱく懐かしい空間があった。
そして何よりもお店の方の応対ぶりが、“亀末廣”の家訓である「一対一の商い」、「一人のお客様との、心のふれあいを大切にして」、“そのまま”であったことが、一見(いちげん)の旅人であってもかねての馴染み客のように振る舞え、そこに長い歴史で培われた商いの本質を見せてもらったようで、殊のほか心地好く得難い体験ができたと深く感謝している。
その日(9/26)、わたしはひそかな期待をもって亀末廣に足を踏み入れた。
そしてまずカウンター上の菓子に素早く視線をめぐらせた。秋限定の“竹裡(ちくり)”があるか否かを確認しようとしたのである。
そして・・・見つけた・・・「あった!!」
物資困窮の戦時下の昭和17年、京菓子作りの伝統を後世に残さんと、時の京都府が砂糖など特別の配給を行なうことで保護しようとして選抜した京都の“和菓子特殊銘柄18品”の一品である“竹裡(ちくり)”を求めるのが、今回の旅の大きな目的のひとつであった。
だから、カウンターに置かれた“竹裡(ちくり)”を認め、「竹裡ありますか」と問うて、「はい」と言われた時は、掛け値なく本当にうれしかった。
まさに「売って喜ぶよりも、買って喜んでいただく」という亀末廣の家訓通りの“竹裡(ちくり)”との出逢いであった。
聞けば、今年、竹裡が店頭にならんだのは前日であったということで、己の運も満更ではないと、ちょっと嬉しくなったりしたのである。
“竹裡”は亀末廣指定の丹波の新栗が入手できる9月の末頃から10月末、長くて11月の上旬までのわずかにひと月ほどの短い期間の限定販売なのである。
ただ、この限定販売と殊更に強調しているのも、竹裡を手にできたわたしがレア物だぞと自慢しているだけであって、お店の方にそんな思いはなく、「(そんなに慌てずとも)栗が入って来る間は竹裡は大丈夫ですよ」と、やさしく言ってくれたことを付け加えておかねばならぬ。
おいしいものを本当においしくいただいてもらえる時期だけにお客様にお届けする。
店主は言われる。
「近年は、味わい深い京菓子の季節感も、しだいに薄れつつあるように思われます。しかし、当店は昔ながらの変わらない味、手づくりの良さにこだわりながら、京菓子の風情や風雅を守っていきたいと考えています」
まさにその通りの亀末廣の“竹裡(ちくり)”であった。
その竹裡とは、20cmほどの竹の皮に巻かれた栗蒸し羊羹である。
食べ方は「竹皮のままニセンチくらいに切ってから皮をむき」召しあがれと、亀末廣の主が丁寧に書いてくれている。
当方は最初、その短冊を読まずしていやしくも手をつけようとしたため、申し訳ないが下の写真の如く、“竹裡”を身ぐるみはがした姿を思いがけず目にすることとなった。
竹皮で適度な力で巻かれたことが、竹皮の絞りのような縞が羊羹の身に刻まれていることで分かった。
わが身のはしたなさに苦笑しながら、竹皮を包み直し、改めて2センチいや、もうちょっと食べたい・・・、3センチほどに包丁を入れた。
竹の皮を切り込むとパリッでもなくザクッでもない、どこか爽快な音がする。目をつぶると秋風が吹き抜ける竹林のなかを落ち敷いたばかりの落葉を踏みしだいてゆくときのあの静寂感が伝わってきたのである。
さっそく、竹裡を口にする。蒸し羊羹によくある抜けたような甘味ではなく、小豆の味がしっかり伝わる上品な甘みであった。そして蒸していると分からぬ羊羹の締り具合は栗のホッコリさとあわさって絶妙である。
練り羊羹ほどのしつこさはなく、かと言って蒸し羊羹のどこか空虚な噛みごたえとも微妙に異なる、練り羊羹と蒸し羊羹の中ほどに位置する、ほっこりとして大きな旬の栗を餡子でくるんだ秋口だけの菓子、“竹裡(ちくり)”という上質の京菓子というしかない。
そして、年一回、10月に“亀末廣”を訪れることに意味があり、そこで竹林の涼風に想いを馳せる、旬を年ごとに運んでくれるそんな素朴で心豊かな菓子なのだと思った。
そのほか、亀末廣は人気の高い“京のよすが”(3500円)、別名“四畳半”とも愛称される季節ごとの菓子の詰め合わせがある。
今回は“竹裡”を求めたので、次回のお楽しみということで写真は、店頭に置かれていたものである。
四畳半に区切った秋田杉の箱に、季節感あふれる干菓子や有平糖、半生菓子などが彩り良く詰め合わされており、時期折々の菓子が二段に詰められているとのことで、お使い物にするとその季節の彩りや時々に詰められた菓子の多様さに先方は宝石箱を開けたような輝きを顔面に浮かべてくれるというから、これも逸品である。
今回は、予算の関係もあり、竹裡(3500円)のほかは、次の“京の土”(700円)を買い求めた。
“京の土”とは名前からして主の菓子作りへのこだわりが表れているようで、興味深く、買い求めることとなった。上等の和三盆を使った砂糖蜜で覆われた20cm四方の麩焼き煎餅である。
帰宅後に、“京の土”の包装を開け、食べようとしたところ、下なる主の手紙が入っていた。
もっともなる言い分である。
そして主の奨めるようにそれでは面白く割って見ようと、「それは小さい」、「これは大き過ぎる」と還暦過ぎのいい大人二人がワイワイと皿に盛っているうちに、あぁ・・・これも風流といったものか・・・と、亀末廣の主の思惑に見事に嵌ってしまった、二人加えて123歳になる老夫婦の日常の他愛のないひと時であった。