彦左の正眼!

世の中、すっきり一刀両断!で始めたこのブログ・・・・、でも・・・ 世の中、やってられねぇときには、うまいものでも喰うしかねぇか〜! ってぇことは・・・このブログに永田町の記事が多いときにゃあ、政治が活きている、少ねぇときは逆に語るも下らねぇ状態だってことかい? なぁ、一心太助よ!! さみしい時代になったなぁ

福田康夫

福田第二次・「安心実現」内閣発足 5

福田第二次・「安心実現」内閣発足 

 

いま、われわれにいったい何が求められているのか

 

,らつづく】そうした難局のなか、国会は議席数で衆参逆転という「ねじれ」現象を呈している。

 

洞爺湖サミットを79日に終えるまでは、福田内閣の政治日程は国会運営をめぐる与野党攻防の影響でまさに綱渡りの状態であったといってよい。改造や総選挙という政治的空白の期間を作る余裕など現実的に難しかったと見るのが妥当なところであろう。

 

そしてサミットを終え、ようやく福田康夫首相肝いりの内閣が出来たというのが、今回の改造であると言える。

 

そう考えてくると、いま福田康夫という地味な男がようやく自分の思う政治を自分のやり方で行う態勢を整えたのだと、わたしは考えたい。

 

第二次福田内閣と言いながら、実態的には首相自身により造られた初の内閣と言ってよい。その顔ぶれを見ると、派閥の領袖など大物閣僚の集まりで古い時代の自民党復活だと揶揄することもできよう。しかし、見方を変えれば自民党という政党が総力を挙げた内閣であるとも言える。派閥均衡政治などという政治ごっこが許される内外政治環境でないことは、福田首相自身、いや自民党の心ある政治家が共通に持っている認識であると思う。だからこそ、これだけの大改造がそう大きな混乱を起こすことなくなされたのだと思う。その事実が語るものは大きい、そのことをわれわれ国民もよく考えねばならぬ。

 

御託を並べる大手メディアや過去の政治屋に耳を貸す必要はない。われわれ自身が己の目と耳を動かし、この内閣のこれからやることをしっかり監視し、評価すべきだと考える。

 

いま問題となっている「後期高齢者」というネーミングは、小泉内閣時に通した「健康保険法等の一部を改正する法律」(20066月公布)により、従来の「老人保健制度」から「後期高齢者医療制度」に制度名すなわち呼び名を変えているのである。その新たな法律の施行がこの41日だったのである。本来、この制度をメディアが姥捨(うばす)て山みたいな制度だと文句を言うのは筋違いである。彼ら自身に権力のチェック、時の内閣が進めようとしていた改革の中身を検証する能力がなかった、国民に知らせる機能が働かなかったことを大いに恥ずべき話しなのである。

 

そして常々、「知る権利」や「表現の自由」について声を大にして論じる大手メディアのこの貧相な実態を、国民はよくよく認識すべきである。

 

わたしは自民党支持者ではない。日本という国を憂える民の一人に過ぎない。

 

福田第二次内閣には、本当の意味で国民目線に立った政治を、難問山積のいま、真摯に行なってもらいたいだけである。そしてわれわれ国民も政治に無関心を決め込むのではなく、自身の手で政治をチェックする行動を起こしてもらいたい。例えば衆議院における各種委員会で行われている議論も衆議のHPを閲覧すれば、「委員会ニュース」や「会議録」で順次、読むことが可能である。即時性には欠けるが支障のない範囲の時間的遅れで、どの議員が何を発言し、政府がどう答弁しているかなど、個々の政策について正確に議事録が記録され、掲載されている。

 

テレビの芸能人やジャーナリスト崩れのコメンテーターの事実を正確に捉えているか否か、理解した上での発言かどうかも分らぬコメントに頼る愚を起こさず、自分自身の目で今起こっている事実を把握し、判断する手段をわれわれ国民はネット世界のなかでしっかりと有していることを再認識し、それを十二分に活用しなければならないと思うのである。

 

政治は言うまでもなくわれわれ国民が主人公である。誰か他人が勝手にやってくれるのではない。われわれ自身がしっかりと国政を監視し、われわれの手で要望の声をあげ、政治いや世の中を変えてゆくことは十分に可能な時代になっているのである。

 

記者クラブや官邸でのブラ下がり取材などで得たものだけが「知る権利」で勝ち取った情報ではない。国会の議論状況は広く国民に開放されているのである。それに多くの国民がアクセスする努力を怠っているだけである。国を運営する主人公は、永田町の政治家でもなくましてや新聞・テレビなどのメディアでもない、われわれ国民であることは論をまたない。日本国憲法の前文で宣言された「主権が国民に存する」いわゆる「主権在民」を本当の意味で行使すべき時代がやってきているのである。ネットという手段を使うことで「受け手」と「発信者」という立場を自立的に手にする時代にいまわれわれは存在しているのである。

 

 

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福田新総理の気になるひと言=メディアへの秋波3

福田新総理の気になるひと言=メディアへの秋波

 

 925日、両院での首班指名が異なった結果、憲法67条「内閣総理大臣の指名,衆議院の優越」第二項の適用により、福田康夫氏が第91代内閣総理大臣に選出された。それは衆参ねじれ国会を象徴する首班指名劇であった。

 

 午後4時からの両議院協議会の開催、その後の衆議院本会議の再開、そして最終的な総理決定と通常の首班指名とは異なる手順が加わったため、皇居での首相親任式や大臣の認証式も25日当日中ではなく、その翌日に持ち越されることになった。

 

 そうした異例ずくめの総理大臣決定劇であったが、その夜の午後9時46分より総理官邸で内閣記者会との記者会見が開かれた。その初めての記者会見で、新内閣であるにも拘わらず福田新総理が「改造(内閣)」と発言したことなどはご愛嬌ではあるが、そうした小さな間違いにも、心の準備ができぬまますべてぶっつけ本番で総裁立候補から総理会見までひた走ってきたそのドタバタぶりが如実に顕れているように思えてならなかった。

 

安倍前総理の突然の辞任に始まった新総理選出の狂騒劇。自民党総裁選への立候補決意、地方遊説、総裁選挙、そして首班指名とこの間わずかに14日間、落ち着いて政権構想を練る暇などなかったことは容易に想像はつく。

 

そうした状況下、原稿に目を落とすことなく最初の記者会見に対応し終えたことは、史上最長の官房長官在任記録を有す福田氏の、ある意味、真骨頂であったとも言える。

 

ただ、官房長官時代の同氏の記者会見とはずいぶんと様相が異なっていたのも事実である。新総理ということで緊張感もあったのだろう、国民に対しての責任感からか言葉を慎重に選ぶかのように発言する姿はひたすら低姿勢であった。そして、決定的に違和感を覚え、おかしいと感じたのが、最後の福田総理のひと言であった。

 

「どうか皆様方のご協力をよろしくお願いいたします」

 

 この記者会見で違和感を覚えた発言を文章としていま目の前にして通読すれば、このフレーズは国民に対して向けられた発言として受け取ることができる。

 

 しかし25日の会見をTVの生放送で観たときは、実はそういう風には聴こえなかったのである。記者会見室にいる内閣記者会の記者たちを見回したうえで、「ご協力をよろしく」と発言した姿はメディアに対して確かに秋波を送るようにわたしには見え、かなり強い違和感を覚えたのである。

 

 官房長官時代に福田氏が毎日行なっていた記者会見では、仏頂面で若い記者たちに対応する場面を何度も目にした。TVに出演しまくり、司会者や視聴者に媚びを売る政治家が後を絶たないなかで、傲慢で失敬なメディアに対しては、時に不快感を露わにし、厳しい口調で応答する福田官房長官の姿は毅然としてみえた。そのメリハリのついたクールなメディア対応ぶりには正直、納得させられたものである。

 

 そうした同氏のメディアに対し一線を画する姿勢を評価していただけに、この夜の最後のひと言、「ご協力をよろしく」は、結局、「メディアによく書かれたい」「評価してほしい」というポピュリズムの道を福田新総理も歩み出すのかと見えて、失望の念に駆られたのである。

 

 権力とメディアが馴れ合ったときその国は滅亡の道を突き進む。権力とメディアが健全な緊張関係を保っているときこそ民主主義は成熟の道を歩むものであり、国民も健全な批判精神と判断力を有することができるのだと考える。その意味において、新総理はメディアの論調を世論などと勘違いすることなく、ましてやメディアに「よろしく」頼むことなどなく、国民の声を直接、聴く姿勢を貫いて欲しいと願う。

 

そしてまずはこの内閣の正統性を問うべく国民の声を生で聴く解散・総選挙を可及的速やかに実施するべきと考える。


 

福田康夫氏の正論5

 福田康夫氏の正論

 李外相は7日の記者会見で、小泉総理の靖国参拝問題に関しドイツ当局者の話として、「ドイツ人も日本の指導者がばかげた不道徳な行為をなぜ行うのか理解できない」と強調、「ドイツの指導者は戦後、ヒトラーやナチスを崇拝していない」などと発言したとのニュースが飛び込んできた。相変わらず中国の小泉外交に対する批判は激越で、日中関係はとうとう度し難いところまでに冷え込んでしまったように見える。

 小泉総理一人の「頑迷固陋な依怙地」が日本の国益を大きく毀損しようとしている。この道を進み続ければ、日本は確実に世界で孤立することは確かである。ただ唯一の救いは情けないことだが、中国政府の大人の対応であると云うことだ。李外相の激越な言葉とは裏腹に中国政府の対応が冷静に先を見通した姿勢で終始し始めているように思えることである。つまり、小泉氏が総理でいる間は放っておけ、次の首相になるまでは中国側からこれ以上、殊更に日本を追い詰め日中関係を悪化させようとすることは得策でないとの大人の判断がなされているように思える。残念であるが、その中国の百年先を見詰めた対応が日中関係を抜き差しのならぬところまで追い込まずに、崩壊を免れていると云えよう。

 こうしたなかで、数日前の福田氏の講演会における発言は、この外交的国難を救ってくれる道筋を示したものとして、後世、高く評価されるべきものと云える。「日本の今後の成長の源泉は中国を初めとしたアジア諸国との関係充実のなかにこそ見出される」。稚拙な小泉外交と竹中氏の米国を向いた経済政策が米国に隷属する国家にこの国を貶め、アジア諸国の尊敬を見事に喪失せしめた現在、この福田氏の発言は日本を尊厳ある国家に引き戻す最初の第一歩であるように思われるのである。独裁者的総理になってしまった小泉総理に久しぶりに正面から堂々と物申す、真に本物の政治家の発言を聴いた気がする。先の総選挙での刺客騒ぎはお祭りではない、ファッショの萌芽であった。

 その後の自民党政治家が小泉政策に対し表立った抵抗をしなくなったことに一国民として尋常でない恐怖を感じる。これは本当に九月には小泉総理に退出してもらわねばならぬ。そして、後継者はそのファッショの尻尾を引き摺ることのない人物でなければならぬ。最近の物云わぬ自民党、自ら墓穴を掘り政治腐敗の追及が出来ぬ民主党と云った政治情勢の混乱を目にすると、ますますその意を強くせざるを得ないし、中国や韓国の関係を考えると九月まで悠長に待ってなどいられないと焦慮の感に襲われる。

 そして今回、福田氏に政治家像のひとつの理想像を見たような気がする。まず、メディアに媚を売らぬ。やたらTVに顔を出し、底の浅い見え透いた議論とも云えぬコメントを垂れ流す似非政治家を見せ続けられると、その控え目な姿勢が際立って高邁に見えるから不思議だ。加えて官房長官時代のメディア対応も水際立っていた。次に出処進退のあり方を自らの美学として持っていると思われる点である。今回の民主党の偽メール事件における民主党執行部の対応と対比すれば、そのことは一層、明瞭である。最後に、この点が最も大切なことだが、権力に対する我欲がギラついて見えないことである。私欲でなく国益を一番に考えて判断のできる政治家が少なくなった今日、福田氏の登場はこの国難の時代にどうしても必要であると考えるに至った次第である。誠に申し訳ないが福田氏には日本国のために一命を捧げていただきたいと心底、強く願うところである。

 

 

 

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