4.リハビリのトリプルA
(三月二十六日日曜日掲載)
一般的にリハビリと云うと「痛い」「辛い」との反応が返ってくるが、訓練室の光景を見ると、ある患者は床に引かれた線上をひたすら真っ直ぐ歩くことに専念し、また別の患者は椅子に坐り上半身を垂直に維持することに精神を集中する、そして私はマットの上を赤ん坊のハイハイで徘徊する。また靭帯を切った患者が絵に描いたような筋トレで額に汗し痛みに顔を歪める姿も見える。ことほど左様に患者個々の障害で訓練メニューは千差万別で、他と異なるからといって焦る必要などない。
また患者はリハビリ期間中、様々な不安に襲われる。転院間もない頃、病室で体が硬直していく恐怖を覚えた。実際にそんなことはあり得ぬのだが、一種のパニックに陥ったのだろう、そこでOTの先生に来ていただいた。理由を述べ不安を口にした。先生は肩を揉み解しながら「全く、問題ない」と応えは明快である。何も慌てることなどなかったのである。緊張は淡雪のように融けた。患者は嗅覚で自分を救う人間を判断する。小さな言動であっても信頼が大きなリハビリに繋がると知った瞬間である。
ただ、患者の気持ちは当然、早く歩けるように、箸が使えるようにと焦慮に苛まれる。殊に手作業訓練のOTは微細な動きの機能回復であるため、その進捗が見えにくく、患者にとっても辛い時間である。当初は細かい指の動きや腕の回転がロボコップのようにぎこちなく、情けない気持ちに頻繁に襲われた。当時は相当程度障害は解消されると信じていたが、やはり脳神経の毀損からくる後遺症はどうしても後を引く。五年経った今でもそのぎこちなさがかなり残っている。日常生活の中でも遅々として進まぬ機能回復に、脳卒中と云う病気の怖さを再認識させられるとともに、その障害が徐々に固定化されていくことを心で納得することは虚しく切ない。しかし、正面から自分の心と向き合い諦めずに前向きに生きて行く大切さも周りで応援してくれる人々から学んだ。そして「焦らず、慌てず、諦めず」がリハビリのトリプルAであると知った。