富山県南西端の山間部の越中・五箇山(ごかやま)の合掌造り集落を後にして82km先の能登半島の西岸沿いを通る「千里浜(ちりはま)なぎさドライブウェイ」を目指す。

千里浜渚ドライブウエイ(photo ACより)
千里浜なぎさドライブウエイ(photo ACより)
今を去ること14年前の2007年9月下旬、知人ご夫婦の案内で能登半島を二泊三日で一周した。

2007.9.28 能登 白米千枚田
白米千枚田(2007.9.28)
曽々木海岸の窓岩や白米(しろよね)千枚田、輪島の朝市など有名どころは反時計回りでゆっくりと観光して廻っていた。

2007.9.28 曽々木海岸 窓岩 2007.9.29 輪島の朝市
曽々木・窓岩          輪島の朝市
その時、「のと里山海道」を南下しながら「ここの海岸沿いの砂浜は車で走ることができるので有名なところだ」と紹介された。

その話にいたく興味を抱き続けていた細君が、能登へ行くなら「なぎさ」を走ってみたいと云う。

友人とのトレッキングや多摩88ヶ所巡りを開始するなど最近とみに行動派としての名を高めている細君のこと、どうしても8kmにおよぶ砂浜を、渚に打ち寄せる波を横目に見ながら疾駆してみたかったのだろう。

千里浜渚ドライブウエイ なぎさを疾駆
千里浜なぎさドライブウエイ(photo ACより)
ということで、東海北陸道を北上、「のと里山海道」へと入っていくのだが、その手前から天候が急変。なんと大粒の雹(ひょうが)が降り出したのには驚いた。無数の砂利が車上にぶちまけられたような凄まじい音が続く。これは愛車の天井がボコボコに凹んだに違いないと観念するほどの、まさに大粒の「雨あられ」であった。

雹がおさまってきてもフロントガラスを叩く雨はワイパーを止めてしまうほどの勢いで、あまりの激しさに道の駅の標識が見えたのを幸いに、急遽、海沿いの高松SA内にある「道の駅・高松」へと入線した。

だが、車外へ出ようにも強風と横殴りの雨。しばし呼吸を整え、気合を入れてからエイやっとドアを押し開けた。傘を広げ、不自由な足で駅舎を目指すも、身体は冗談抜きで吹き飛ばされそうで正直、身の危険を感じた。

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道の駅・高松から荒れる日本海を見る
開いた傘は瞬時にオチョコとなり、無残にも1本骨が折れた。

服もびしょ濡れ、命からがら建物のなかへと逃げ込んだ。フードコーナーがあったので、そこで風雨が弱まるまで休憩することに。昼時でもあり、中華そばで身体を中から温めることにした。

道の駅・高松にて 中華そば
道の駅高松の中華そば
天気さえよければ、窓際にセットされたカウンターテーブル越しに日本海の美しい景観が楽しめるはずである。また、海岸までの遊歩道もあるとかでなんとも残念である。

そして目的の「千里浜なぎさドライブウェイ」であるが、「石川みち情報ネット」で調べると、下り入口である今浜口から全線当然のごとく走行禁止をあらわす「規制有」が表示されていた。

ここを走らんがため能登半島を目指してきた細君の落胆ぶりは推して知るべしである。ああぁ!!

心を鎮めて熱い中華そばを啜っていると30分ほどで雨が上がり、日本海のうえに青空が広がってきた。

雨があがったが、海は荒れていた
雨が上がってきた日本海
早速、折れ傘を後部座席に放り込むと、18km北にある能登國一之宮の「気多大社」を直接目指すことにした。

この猛烈な風雨の後である。気多大社の大きな駐車場に車は3、4台ほど。

そして、頭上を見上げると青空が顔を出していた。

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大鳥居 気多大社の扁額
「これを神祐といわずして何ぞや!」ということで、勇躍、大鳥居をくぐった。

ー陲譴△った空に気多大社
気多大社 大鳥居 青空が広がる
まっすぐに神門まで参道が続くが人影は見えない。

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神門までまっすぐ。人影がない
さて気多大社は能登の国一之宮である。

/戚腓ら拝殿を見る
気多大社 神門から拝殿を
ご祭神を大国主命(大己貴命=おおなむちのみこと)とする式内社で、鵜祭や平国祭(=くにむけのまつり・別名おいで祭)という、古代史オタクには堪らない興味深い奇祭を執り行っている。

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気多大社 神門 重要文化財
その奇祭は気多大社のそもそもの勧請元とされる七尾市の気多本宮との深い繋がりを物語るもので、両社のご祭神である出雲系の神様、大国主命とその相棒ともいうべき少彦名命が能登國開拓に深くかかわっていたことを今に伝える証左となる神事である。

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気多大社・拝殿 重要文化財
そんな気多大社の本殿や拝殿など一連の社殿群はすべて国の重要文化財に指定されている。

ゝぢ紳膽卷榲(中央奥)と摂社白山神社本殿(鳥居奥)
気多本宮・本殿を奥に 右は摂社白山神社本殿 共に重文
またその伝誦や氏子たちに守られてきた神事とあわせて、能登國一之宮としての格式と伝統を今に残すまさに由緒ある古社である。

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神門
加えて本殿裏には3.haにおよぶ禁足の社叢・「入らずの森」が広がっている。
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鳥居の奥が入らずの森で禁足地
そこをうかがえる木造鳥居の前の参道を歩き、鬱蒼とした禁忌の社叢が醸し出す清浄な大気を胸いっぱい吸いこんで神門前へと戻っていった。

手つかずの”入らずの森”
鬱蒼と茂る社叢
すると、先行していた細君が云うには、またちょっとの間、雨が降っていたのだという。わたしがちょうど「入らずの森」の巨樹の葉叢が折り重なる参道を歩いている時であったそうだ。

入らずの森の大樹から張り出してきた分厚い枝葉がわたしの頭上を覆い、雨垂れを塞いでくれていたのだ。

この古の物語を伝える気多大社・・・。

わたしの参詣と時をあわせるかのように冬の荒天を一転、青空に変容してみせたり、境内を参拝する間の降雨は古より守られてきた社叢の葉叢が大きな傘となったりと、あまりにもタイミングがよすぎて、不思議な心持ちに捉われた。

神意というものを実感した気多大社であった。

「狃さんがいつもお見送り 気多大社
気多大社は常に巫女さんが参詣者をこうして神門で見送ってくれる
気多大社の参詣を終えたのは午後1時半、だが、当日の予定はこれだけであったので、早目ではあったが今後の行程も考えて、当夜の宿である、金沢駅前の「ダイワロイネットホテル金沢駅西口」を目指すことにした。
金沢百番街からダイワロイネットホテル金沢駅西口
金沢駅百番街出口からダイワロイネットホテル金沢駅西口を見る
夕食はかねて楽しみにしていた「歴々金沢駅店」で鮨を堪能することにしていた。