小泉内閣5年の総括――格差社会の拡大

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前回抜粋した国会議事録等に目を通していただくと、小泉総理が当初「格差は拡大しているとは思わない」と言ったことは、官僚の報告を鵜呑みにした、事実を分析・透徹しようとしないいつもの独り善がりの軽い乗りの答弁であったことが分かる。所得分布の偏りを表わすジニ係数など具体的数値が示され、野党議員が追求を行なっていった結果、22日の答弁において「格差がでることが悪いとは思わない」と開き直り、「負け組みが再挑戦するチャンスのある社会が小泉改革の進む道」と、巧妙に軌道修正を図っていった経過も見て取れる。

 

答弁はいつもながら自在といおうか、傍若無人といおうかその不誠実さには適切な言葉が見つからない。前言をひるがえそうが一切、頓着しないし、政治家の言葉の重みなど無関係と空とぼけている。

 

ましてや、小泉総理という人物は一国の最高権力者の言葉の重みがどういう影響を与えるかなど、考えてみたこともないのではないか。いつものことだが、答えに窮した時には、「色々多面的に検討し、総合的に判断する」とひと言言えばよいのだから。そしてこの「総合的に判断する」という言葉が実は曲者である。小泉総理にとってこの言葉は、「その時の世論動向を見て、政治的勘で決める」と同義語であるからである。そうした空疎と言おうか、国民を愚弄したようなコメントに対し、この国のメディアは切り込もうとしない。権力をチェックすべきメディアが正常に機能しない国で、国民が闇雲に支持率を与えるということは、こうした傲慢な指導者をのさばらせることでもある。

 

さて、「格差の拡大」について検証をしよう。国会の議論のなかでしばしば語られた格差拡大の指標としての「ジニ係数」について、まず、理解しておこう。この係数を十分に国民に理解させぬまま国会審議を進めていった所に、格差議論が国民的議論への深まりを見せなかった一つの原因がある。その意味で野党の責任は重く、国会質疑のイロハ、国会論戦のイロハをもっと学んで欲しいと思う。

 

 ジニ係数の数値の水準についてこれと云う絶対的解釈・定義はないが、目安として次のような説明がなされている。

 

~0.1:平準化が仕組まれる人為的な背景がある(要は理想的な共産主義社会)

0.10.2:相当平等だが向上への努力を阻害する懸念がある(要は努力してもしなくても所得に大差がない社会で、努力へのインセンティブを欠く活力を生まない社会)

0.20.3:社会で一般にある通常の配分型

0.30.4:少し格差があるが、競争のなかでの向上に好ましい面もある

0.40.5:格差がきつい

0.5〜:特段の事情のない限り是正を要する

 

「ジニ係数」は図で説明するのが分かりやすいのだが、以下言葉で説明を試みたい。

 

横軸が世帯数の累積構成比、縦軸が所得の累積構成比で原点が0%として横100%、縦100%の正方形。(x,y)が(0,0)と(100,100)を結ぶ45度線が均等分布線(一世帯当所得が均等とした時に所得累積額を繋いだ線)である。

実際の一世帯当所得を低い方から累計した所得額を繋いだ(45度線より下に曲がった)曲線をローレンツ曲線という。起点・終結点は均等分布線と同じ(x,y)が(0,0)と(100,100)である。

 

 均等分布線(45度線)とローレンツ曲線で囲まれた面積=A

(x,y)(0,0)と(100,100)で囲んだ正三角形の面積=B

 

ジニ係数=A/B

 

ジニ係数が0(A=0、ローレンツ曲線と均等分布線が重なる)の時  は、全世帯が同所得というケース

 

ジニ係数が1(A=B)の時は、全世帯を100として99世帯が所得0、

1世帯のみに所得があるというケース

 

従って、Aの面積が広くなるほど、つまりジニ係数が高くなるほど所得の集中が大きいことを示す。いわゆる「格差」が大きいことを示している。

 

ジニ係数が0.7の時を例にとると、所得上位15%の世帯数だけで全所得の85%占めると云うことを表わしている。また、ジニ係数0.5は所得上位25%の世帯数で全所得の75%をも占めている状況となる。

 

前回、ジニ係数の推移(19812002)を示したが、1981年に0.35(健全な社会)であったものが、統計数字の直近値、2002年は0.4980.5を超えようという状況である。これまでの傾向値(増大)から見て、2006年現在は、所得の是正を必要とする0.5以上の範疇(ハンチュウ)、すなわち格差社会に確実に突入しているものと推測される。

 

まさに「格差」は無視し得ぬ水準にまで達しているといわざるを得ない。そしてこの数値はわれわれが今、実感している社会の二極分離、いや一極(一部の人)だけがそびえ立つ社会になっているとの肌感覚にぴったりと来る数値なのである。

 

もう無視し得ぬこうした「格差の拡大」を「格差が出ることが悪いとは思わない」とうそぶいた小泉総理。

 

「改革なくして成長なし」の勇ましい掛け声でスタートした小泉施政5年間でもたらされたもの、それは「弱肉強食」、いたわりの欠片もない殺伐として荒廃した社会の現出であった。あなたの周囲に目を凝らして欲しい。電車のなか、何の変哲もない街角、職場や学校そして最も温かくなければならぬ家庭・・・。人心の荒廃がここに窮まったことが、そうした日常的光景のなかに無造作に転がっていることにすぐ気づくはずである。

 

そして、この格差の拡大は一代で終わらず、良質な教育を受ける層と受けれぬ層にすでに分かれていることを通じ、「格差の再生産」というループに入りつつあると言える。階級社会の到来がすぐ目前に迫っているといえる。小泉純一郎という男は「自民党をぶっ壊す」ことをせず、もっと大きな日本という国をぶっ壊しつくして、この9月26日に総理の座を去ろうとしている。(完)

 

 

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