「夢・・・ワイドショー独占」

 

この一文は、8日午後に秋葉原で無差別殺傷事件を起こした加藤智大容疑者が携帯電話のネット掲示板に書き込んだと思われる一連の文章のなかの一節である。

不条理に7人もの尊い命を奪い重軽傷者が10人にもおよぶ「無差別テロ」を起こした人間、いや「ケダモノ」の独りよがりのあまりにも稚拙な願望が、「やりたいこと・・・殺人 夢・・・ワイドショー独占」(午前2時48分投稿)という文言で発信されていた。

その卑劣な「ケダモノ」が「夢」と呼んだことを、テレビ局各社は先を争うようにして連日、事件と同容疑者に関する雑多な情報を垂れ流すことによって、今まさにかなえてあげようとしている。「ケダモノ」がいう「ワイドショーの独占」という歪んだ「夢」は、視聴者が覚える不快極まる思いとともに、テレビ局の手助けによって成就されようとしていると云ってよい。

テレビ局各社はまるで判で押したように、インターネット掲示板に書き込まれた文字を投稿時刻にそって思い入れたっぷりにナレーション入りで伝える。それも耳タコのように繰り返し流しつづける。各局でまるで事件現場の臨場感を盛り上げることを競い合うかのようにである。

思う壺」という言葉はまさにこのことであろう。これほど今の状況を的確に表わす言葉をわたしは他に思いつかない。加藤容疑者(本当のところは犯人!いや鬼畜!と呼びたい)の「夢・・・ワイドショー独占」という「思う壺」に易々と嵌(はま)っているテレビ局。本来、報道機関として国民に伝えるべき情報・事実は別にあるのではないか。携帯の掲示板画面が映し出され、感情表現にまで凝ったナレーションが流れる。どこかヒーローにでもなったかのような犯行予告の語り口に、わたしは鳥肌が立つような不快感、嫌悪感を覚えてしまう。そして、なぜかナレーターは「やりたいこと・・・殺人」は読み上げても、それに続く「夢・・・ワイドショー独占」は見事なまでに無視し語ることをしないのである。

報道機関の使命とは何か?

番組捏造疑惑、記事の盗用、職員の不祥事と近年、各種メディアをめぐるゆゆしき事件が多発している。そして事件が発覚する度に各報道機関は「襟を正す」と云った主旨の弁明を繰り返している。

しかし今回のこの傷ましい無差別テロ報道に際しても、表層的に哀悼の意は述べるものの、事件をまさにショー化したような興味本位の視聴率欲しさの報道姿勢に触れると、結局、この国のテレビ局は一旦、ご破算にして出直しを図るしか、再生の道はもうないのではないかとの思いにとらわれるのである。

電波法の第13条(免許の有効期間)に云う「免許の有効期間は、免許の日から起算して5年を超えない範囲内において総務省令で定める。ただし、再免許を妨げない」という規程を同法の第1条の目的に照らし合わせ、厳格に適用してもよいのではないかとこの秋葉原事件報道を目にしてそう思ったのである。

電波法第1条はその「目的」を次のように謳っている。

この法律は、電波の公平且つ能率的な利用を確保することによって、公共の福祉を増進することを目的とする」と。

携帯サイトの掲示版に記された犯行予告を思い入れたっぷりにナレーションする報道の、どこが「公共の福祉を増進する」ことになるのか。愚かにしてわたしはその報道の真意を測れずにいる。

そしてこうした記事を投稿している自分自身も、結局、加藤容疑者の「思う壺」に嵌められているのではないのかとの悔しい思いに駈られてしまうのである。