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中京区木屋町二条下ル

075-256-4506


2012年・割烹やました”秋の陣に勇躍、わが夫婦は参戦した。


当夜はいつもの席、カウンター奥の席が用意されていた。板場の真ん中に大将の山下茂氏、その左脇には料理長としての風格と存在感が一段と増してきた花島さんが凛々しく立つ。

そして、わたしの正面には焼き方デビューを果たした右近君が立つ。新しい“やました”の形である。

お絞りで手を拭う間にさっと通される八寸。


八寸

その一連の流れを目にすると、あぁ、“やました”のワクワクな夜が始まるのだと感じる瞬間である。


この日の日本酒は“やました”定番である伏見の “桃の滴” (松本酒造)を注文した。


桃の滴です、料理に合います

八寸に箸をつけ終わるころ、右近君がおもむろに“今日、鯨の頬肉が入っています”と切り出すではないか。久しぶりの鯨、それも頬肉、もちろんお願いすることにした。


早速、大物の”鯨の頬肉”がやってきた

こうして“やました・2012年秋の陣”の戦端は、緒戦から本格的な戦闘をともない切って落とされることになった。


そしてカウンター中央には、秋の味覚の王者たる松茸がこれでもかっていうほどに盛り上げられている。いつあの山に攻め上がるべきか、当方も心中ひそかに策を練る。


すると敵将の山下茂氏はまるでこちらの心中を察したかのように大きな松茸を手に取り、敵の陣中深くへあたかも誘い込むように陽動作戦を進める。

大将、大きな松茸ですねぇ
松茸を盛り上げた中から大物を・・・。花島さん、凛々しい

もちろん、こちらはそんな見え見えの策には乗らずに、水槽に泳ぐ琵琶湖産の鮎に着目。


鮎が勢いよく泳ぐ水槽

これを料理してくれと、注文をつける。そして、われわれの目の前に供されたのが、次なる子持ち鮎の塩焼きであった。

子持ち鮎の塩焼き
素晴らしい子持ち鮎です

膳の上で身を躍らせて泳ぐかのような鮎、しかもこの卵のはみ出す様(さま)のふくよかな美しさ、造形を目にして、敵将の手練の技に不覚にも息を呑んでしまった当方陣営である。


見事な仕上げです

色合いの良い器に入った蓼酢でいただいたが、美味である。加えてこの蓼酢がまた何とも上品でおいしい。


上品な蓼酢です

敵将にエールを送ると、“これ、ちょっと食べて見てください”と緑色の葉っぱを差し出してきた。


この蓼の葉を食べさせていただいた、このエグミがいいのかな・・・

とうとう、敵もまともでは敵わぬとでも思ったか、毒草でも盛ろうとするのかと、しばし逡巡するも、敵に後ろは見せられぬ。エイやっと口に放り込み、噛みしだく。


苦み走った味・・・、でも、もちろん毒何ぞではない。


これがあの“蓼喰う虫も好き好き”の蓼の葉だという。ふと板場を見ると、大将は蓼の葉を丁寧に下ごしらえしているではないか。

敵ながら天晴れと、ちょっともう、投降してよいかなと気弱になった瞬間である。でも、戦闘はまだ始まったばかり。まだまだと、気を取り戻し、態勢を立て直して、次なる攻撃目標を探すと、“いい秋刀魚が入ってますが”と、まさに秋の陣にふさわしい攻勢を仕掛けてきたではないか。

こちらに否やは応はない。堂々と受けて立つことにした。

すると大将はキラキラと照明に光る一尾のりっぱな秋刀魚を示し、包丁を入れてゆく。


秋刀魚に包丁を入れる大将

俎板の上で、その包丁は時に繊細に、時には大胆に、リズミカルに動いてゆく。


バラバラに解体された秋刀魚

右手の包丁と職人の左手は、まるで蝶が花の蜜をめぐって絡み合うように優美な曲線を描き翔んでいる様に見えた。


見事な手さばきが続きます

どうも内臓を包丁の峰や平を駆使し随分と丁寧に時間をかけて処理している。少し不思議な光景である。つい、その所作に惹き込まれてしまう。

一体、彼は何をしようと目論んでいるのか、当方の単純脳には理解しがたい時間が過ぎていった。

そして、三枚におろされた秋刀魚の片身がこんがりと黄金色した薄塩焼きとして供された。


薄塩焼き

レモン汁をたっぷりかけて食べた。さすが旬である。脂が乗っていて旨い。


しかし、あの、俎板上での面倒に見えた包丁捌きは何なのか。敵将の魂胆が分からぬと思案中、目の前に拍子切りされた秋刀魚の切り身が登場した。


これは何だ?

はてな?と怪訝な表情でいると、大将がちょっと“食べて見てください”と云うではないか。箸をつけた。その拍子切りの切り身を口に入れた。


エッ!!


このかかっているパープルソース・・・、何? バルサミコかい・・・、いやオリーブオイルも・・・、そしてこの色の正体は・・・

このソースは秋刀魚の肝でできてます
このソースの正体は?

もう、降参するしかない。こちらも食の武人である。負けを潔く認めようではないか。


“これ、何?” 全面降伏である。

秋刀魚の内臓を丁寧につぶしたものをバルサミコとオリーブオイルで溶き作ったソースだという。

何という斬新な発想。料理人の真髄を少し垣間見た得難く貴重な瞬間であった。

そして身を削ぎ落とした後の骨をこんがりと芯から揚げた唐揚げはもちろん、おいしくいただきました。


カラリと揚がっています

この秋刀魚一尾の丸ごと調理により、当方は完全に白旗を掲げることとなった。すると、もうあとは雪崩を打ってという状態となるのは必定の成り行き。


あの松茸山から敵は逆落としに駈け下りてくることになった。


まず、松茸の鮨である。これはまた、趣向も乙で、焼き松茸や土瓶蒸し、松茸ご飯ではない扱いにはホトホト脱帽。

松茸の鮨です!
豪勢な松茸鮨

そして次に焼き松茸を奨められたものの、まだ僅かに抵抗の気力が残っていたのか、何か違うやつはないかなと云うと、間髪いれずに“天ぷらにしましょうか”と来た。

これ、松茸の天ぷらです
松茸と野菜の天ぷら

もう、どうにでもしてってなことで・・・、いやぁ、これも実に絶品でありました。


ほぼ、秋の陣の攻防も、当陣営の敗退は決定をみたところで、家内が先ほどから目の前で花島さんが何か細々と手を動かし続けているのが気になったのか、“それ、花島さん、さっきから何してるの?”と問うた。


キクラゲのように見えるが、ちょっと違う・・・


そして、最後にいただくことになったのが、天下の珍味、“岩茸(いわたけ)”の酢の物である。

天下の珍味、岩茸(いわたけ)です
天下の珍味、”岩茸(いわたけ)”です

岩茸は標高800m以上の岩壁の垂直面にへばりつくように生える地衣類、つまり、苔の一種なのだという。掌くらいの大きさの物だと、20、30年かかる幻の逸品なんだそうで、国産品はほとんど入手不可能とのこと。


先ほど、花島さんが細々作業していたのは、苔の表面に付いた不純物を丁寧に根気よく取り除いていたということでした。


秋刀魚の一尾喰い、松茸鮨に天ぷら、最後には本邦の珍味なる“岩茸”を供されるに至り、“2012年秋の割烹やました”の陣も、山下茂大将のもと、花島参謀長、右近将校の一方的攻勢により、当方は慶んで白旗を掲げる次第と相成り、大団円を迎えることとなった。

いつもいつも、おいしく独創性にあふれた料理で旅人の心を愉しませてくれる“割烹やました”さんに心からの感謝の念をお伝えし、終稿とすることとしたい。

押し小路の夜も更けて
押し小路の夜も更けて、トコトコとホテルへ帰ってゆきました


それから帰宅後、家内が石巻より届いた秋刀魚で拍子切りに挑戦しました。花島さんのご教示による内臓の喉元に近い所の鱗も丁寧に除け、ソースを作ったのですが、微妙に何か違うんですよね・・・。バルサミコやオリーブオイルの量の問題なのか・・・、今度伺った時に復習しますので、よろしく。


それでは、また、来年、お会いししましょう。