彦左の正眼!

世の中、すっきり一刀両断!で始めたこのブログ・・・・、でも・・・ 世の中、やってられねぇときには、うまいものでも喰うしかねぇか〜! ってぇことは・・・このブログに永田町の記事が多いときにゃあ、政治が活きている、少ねぇときは逆に語るも下らねぇ状態だってことかい? なぁ、一心太助よ!! さみしい時代になったなぁ

中村俊太

酒井法子容疑者が逮捕=TBS報道特集番組5

 酒井法子容疑者が逮捕=TBS報道特集番組

 

相撲界と芸能界、大麻事件にご都合主義のテレビ業界

 

 この数日、女優酒井法子の覚せい剤取締法違反容疑騒ぎで日本中の耳目がテレビに集まった。最近、広告収入の減少に悩むテレビ界にとって、この事件はまさに干天に慈雨であった。ワイドショーから報道番組はこぞってこの事件を扱うことになった。報道のTBSにいたっては、逮捕状が出された7日(金)午後445分から550分まで報道特集番組を急きょ組んで放映した。

 

 酒井法子という女優・歌手に貼られた清純派というレッテルと、覚せい剤という闇社会との落差に世間もビックリ。その関心度が大きいのは容易に推測できるが、逮捕状が出状された段階で報道特集番組まで組むほどの話なのかと同局の報道姿勢に首を傾げざるを得なかった。

 

同局が報道機関を自負するのであれば、本当に伝えるべきニュース、真実とは何か、その間の優先順位、番組編成のあり方はどういう基準で行なわれているのかといったメディアの基本的姿勢が問われる今回の事件でもあった。その意味で今回の特番を組んだTBSは視聴率が稼げるという一点で、番組編成を考えたとしか言いようがない。

 

同局は報道特集を組んだその日に、BPO(放送倫理・番組向上機構)の放送人権委員会から情報バラエティー番組「サンデージャポン」が昨年10月に放映した「保育園イモ畑の行政代執行をめぐる訴え」事案で「重大な放送倫理違反があった」との勧告を受けたところであった。そして二日後の9日の同番組内では「勧告を真摯に受け止め、今後の番組作りに反映させていきたい」と謝罪したのである。

 

今回の番組編成自体は報道機関としての価値判断で行なったことであり、その意味においてBPOで批議すべき問題ではもちろんない。しかし今回の視聴率至上主義に冒されたと思われる番組編成のあり方を見る限り、つい三週間ほど前の717日に公表された「ニュースキャスター『二重行政の現場』」(2009411日放送)に関するBPO放送倫理検証委員会の「委員長談話」や同テレビ局からの回答にある「取材の基本動作の未熟さ」などとも併せ、その報道機関としての姿勢、対応力に首をひねらざるを得ないのである。

 

「真摯」とは広辞苑に「まじめでひたむきなさま」とある。ここで報道機関としての使命をそれこそ真摯に考え直さなければ、視聴率云々どころの問題ではない、巷間言われるテレビ離れがますます進んでゆくことは間違いのないところである。

それにしても、44日に大麻取締法違反(所持)で逮捕され、起訴猶予となった中村俊太(31)本人の謝罪はどうなったのだろう。

 父親の俳優中村雅俊氏が不起訴を受けてのコメントで、「精神的に動揺、混乱をきたしており、肉体的にも極度の疲労状態にあります。それゆえ、後日、改めて、中村俊太自身より、本件事件についてのご報告をさせていただくとともにお詫びを申し上げたいと考えておりますので、報道機関各位におかれましては、本日の取材等は、何卒ご容赦くださいますようお願い申し上げます」と言っていたはずだが・・・。四か月も経っても31才のいい大人が己の犯した犯罪のお詫びもしないとは、それを約束した中村雅俊も、これじゃ、親も子も同じ穴のむじなで、頬かむりを決め込んだとしか思えぬ。メディアのけじめってこんなものなのかな・・・。

検察庁の分かりづらい判断基準=大麻所持不起訴・中村雅俊長男の俳優俊太氏5

検察庁の分かりづらい判断基準

 

大麻所持不起訴・中村雅俊長男の俳優俊太氏

 

 大麻取締法第6章「罰則」の24条の2項に「大麻を、みだりに、所持し、譲り受け、又は譲り渡した者は、5年以下の懲役に処する」とあるように、大麻所持は重い犯罪である。

 

東京地検は14日、先に大麻取締法違反(所持)容疑で現行犯逮捕した俳優中村俊太(中村雅俊の長男)を不起訴(起訴猶予)とし釈放した。不起訴理由を地検は「初犯で所持量も微量だったため」とした。

 

今回の中村俊太氏の不起訴は、刑事訴訟法第248「犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる」、事件事務規定第72220号「起訴猶予 被疑事実が明白な場合において、被疑者の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないとき」に依拠している。

 

 わたしは「相撲界と芸能界、大麻事件にご都合主義のテレビ業界」(24日)で同じ大麻取締法違反(共同所持)容疑で現行犯逮捕・起訴された十両力士(当時)若麒麟の解雇処分に関連し、芸能界の大麻事件との比較においてメディアの対応の違い(芸能界に甘い)を批判した。

 

 そしてこの度は小沢代表の公設第一秘書の逮捕・起訴でも「?」が冠せられた検察庁の対応・公正さへの疑問である。

 

 若麒麟(鈴川真一)被告は逮捕・起訴され、中村俊太氏は逮捕・起訴猶予となったが、同じ大麻所持という行為に対して検察庁の対応の違いはなぜ起きるのか、そこがどうも釈然としないのである。

 

まず、事実関係を整理してみる。

若麒麟は相撲界というプロ、中村俊太も俳優というプロの世界に属する人間である。

年齢は、若麒麟が25才、中村は31才である。

若麒麟の逮捕時保有は5.69g、中村は0.03gである。

若麒麟は大麻吸引の常習性ありとの検察判断、中村は常習性についての言及なしである。

若麒麟の勾留期間は29日間、中村は11日間である。

両人とももちろん初犯である。

 

 

上の事実関係を比較してみて、「法の素人」には若麒麟がなぜ起訴され、中村俊太がなぜ起訴猶予となったのか、その理由がよくわからないのである。

被疑者の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況」という起訴猶予となる要素について、客観的事実を材料に、素人なりに分析してみる。

 

まず被疑者の「性格」は分らぬが、両人とも法で禁じられた大麻に手を染める性格の弱さ、遵法精神の欠如は同様に指摘できる。

「年齢」は起訴猶予となった中村氏の方が31才と若麒麟より6才年上で、より分別はあるはずである。

「境遇」は中村俊太氏が芸能界でも有名な中村雅俊、五十嵐淳子夫妻の長男であり、世間一般的な基準での境遇はよい部類に入ると判断される。一方、若麒麟は兵庫県の飲食店経営の父親の息子であり、普通一般庶民の境遇であったと思われる。一概には言えないものの、「境遇」としては中村氏の方が恵まれていたといってよいのではなかろうか。

 

そして「犯罪の軽重及び情状」の点で、大麻保持量が大きく違うことである。常習性については、中村氏についてのその点の検察側からの情報が世上に出回っておらず(小沢代表秘書の逮捕・起訴ではなぜか色々と情報が漏れてきた)、客観的な判断はしにくい。ただ、中村氏の方が常習性について何ら言及されていないという点で、常習性がないのだという心証が形成されている。

 

こう見ると、本件に対する検察庁の対応の差異は、「年齢」や「境遇」においては中村氏の方が、罪に対する罰は重いと判断すべきだが、「犯罪の軽重及び情状」の点で、起訴・不起訴の対応が分かれたと推定される。

 

若麒麟の時は、逮捕は六本木のCD販売事務所での現行犯逮捕であり、その後、尾車部屋への家宅捜査が入った。中村俊太氏の場合は、逮捕は上高井戸の乗用車(外車)内での現行犯逮捕であったが、自宅などの家宅捜査がその後行われたとの報道はない(自宅に多量の大麻があれば「犯罪の軽重及び情状」は大きく変わるはず。なのに・・・、やった気配はない。なぜ?)。

 

若麒麟について13日、検察は論告で「大麻が少量ではなく、常習的な使用がうかがわれる。相撲界で問題化していたのに安易で無責任だ」とし、懲役10月を求刑した。判決は422日の予定である。

 

 一方の中村俊太について同じ検察はその翌日の14日、冒頭の「初犯で所持量も微量だったため」として起訴を猶予した。

 

 若麒麟と中村俊太の差は逮捕当時に所持していた「大麻の量」と「常習性」であるとしか見えぬ。片方は家宅捜査、もう片方はそれをやったとの報道がない。

そして本来は逮捕時の所持量ではなく、「常習性」の方が起訴・不起訴の判断基準で重きが置かれるはずである。

 

その点において中村氏の場合は「今回が初めての所持であった」というもっとも情状酌量の理由としやすい検察説明がないところを見ると(勾留中の取り調べだけでは)「常習性がない」とまでは言い切れなかったのではなかろうか。

 

そう考えて見れば、若麒麟に対する検察の論告の弁「大麻が少量ではなく、常習的な使用がうかがわれる。相撲界で問題化していたのに安易で無責任だ」を借りて中村俊太氏のケースを再現すれば、どうなるのか。

 

「大麻が量ではなく、常習的な使用がうかがわれるとまでは言えない。相撲界や芸能界を問わず社会で問題化していたのに安易で無責任だが、有名人である爽やかさで売った父たる中村雅俊が「人間として絶対に許されない。事の大きさを認識して生まれ変わってほしい」と涙の会見を行ない、父親が社長である事務所からも解雇し、俳優業も辞めさせる考えを父親が明らかにしたことを大きく考慮」して不起訴としたとなる。

 

太字のポップ体文字の部分がわたしの方で付け加えたものだが、若麒麟の懲役10月求刑と不起訴の差が、このポップ体の部分なのかと浅はかにも推測してみた。

 

当然、検察側には専門的な法律知識・表面に出ていない捜査情報があってこうした判断に至ったということなのだろうが、浅学非才の身のわたしには、今回の検察庁の捜査・取調べには、とことん納得がいかない。

 

 永田町を揺るがした民主党代表小沢一郎衆議院議員の公設第一秘書の「政治資金規正法違反(虚偽記載)」(5年以下の禁固又は100万円以下の罰金)容疑による逮捕・起訴も、これまでの同様の事件に比べて検察庁の判断及び対応は非常にわかりにくい。

 

裁判員制度がいよいよ521日から始まる。わたしも正直、あまり気は進まぬが、裁判員候補にあがれば国民の義務として当然、その責務を果たすつもりでいる。しかし、今回の事件の扱いひとつとっても憲法第14条で謳われている「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない」とする「法の下の平等」がどうも担保されていないように思われる。

 

こうした検察庁の判断基準の分かりにくさでは、素人のわたしには到底、裁判員の責務は果たせぬように思えて仕方がない。

 

有名人の子供だからといった「門地」が関係しているのかとも邪推したくもなる中村俊太氏の不起訴判断。野党第1党代表の公設秘書だからという「政治的関係」が背景にあるとしか思えぬ大久保秘書の逮捕・起訴。

 

「法の下に」、「差別されない」と謳う憲法第14条を持ち出すまでもないのだが、裁判員制度がスタートする直前のこの検察庁のプロとしての「判断」の分かりづらさ、不透明性がやけに気になるのである。

 

それは、裁判員制度をプロたる権力側の免罪符として巧妙に使われはしないだろうかという大きな疑念、不安がますます大きくなってきているからである。

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