彦左の正眼!

世の中、すっきり一刀両断!で始めたこのブログ・・・・、でも・・・ 世の中、やってられねぇときには、うまいものでも喰うしかねぇか〜! ってぇことは・・・このブログに永田町の記事が多いときにゃあ、政治が活きている、少ねぇときは逆に語るも下らねぇ状態だってことかい? なぁ、一心太助よ!! さみしい時代になったなぁ

下鴨神社みたらし池

「葵祭」転じて初夏の京都グルメ旅 一日目

長崎市在住の83歳になる叔母からかねて京都を案内しろと命じられていた。これまで延ばし延ばしにしていたが、元気印の叔母が一時体調を崩したこともあり、そろそろ手形を落としておかねばなるまいと今般の京都行きを決行した。

”屋から東山と比叡山
ホテルオークラ京都から比叡山と東山連峰をみる
叔母には従妹夫婦が付き添いで来ることとなり、わが夫婦と併せ総勢5名、平均年齢69歳となる「黄昏老人の修学旅行」となった。

コロナウイルスの猛威も沈静化した5月14日に京都で落ち合い、3泊4日で「葵祭」を愉しむ旅の計画を練った。

ところが旅の眼目であった葵祭であるが、コロナ禍のなか斎王代が行列をなして京都御所から下鴨・上賀茂神社へと巡行する「路頭の儀」は早々と2月頃には中止が発表された。

2014年・斎王代の参進
2014年葵祭・社頭の儀
そこで2014年に参列した「社頭の儀」に参加できたらと思い、下鴨神社に連絡を入れたが、今年は列席者の人数を絞っておこなうということで、5名もの一行は難しいと丁重に断られた。

_竺神社・神楽殿
下鴨神社・神楽殿
といった事情これあり、急遽、旅の目的は千四百年つづく「聖なる神事」に参列することから、急転、「食い意地」という「業の世界」にどっぷりつかることと相成った。

ゝ毒軌
菊乃井・本店(2019.1)
老い先短い人生、享楽に現を抜かし、京都の初夏を思いっきり「食い尽くす」ことにしたというわけである。

その一日目は二時頃にホテルで落ち合い、コロナ禍もあり上京もままならなかった叔母の元気な姿に安堵し、まず葵祭の下鴨神社に参拝を済ましておくことにした。

「五月一五日 賀茂祭」と大書された柱聯(ちゅうれん)がかかる燦爛たる楼門をくぐり本殿境内に入る。

_竺神社・楼門
下鴨神社・楼門
橋殿前には「社頭の儀」参列者用の椅子が整然とならべられていた。

ー卞の儀の列席者用の椅子が橋殿前にならぶ
橋殿前に参列者用の椅子
翌日の参加が叶わぬわれわれは、せめてもと本殿への昇殿参拝をさせてもらうことにした。

_竺神社・昇殿参拝
下鴨神社・本殿
本殿内の祈祷所で「黄昏老人一行」は権禰宜の方にありがたい祝詞をあげていただき、巫女さんに玲瓏な神楽鈴の音でお祓いをしていただいた。

_竺神社の巫女さんに修祓をうける - コピー
下鴨神社・巫女
その際に従妹の夫君は清冽な風が吹き抜けたのを感じたと社殿を退出してから興奮気味に繰り返し語った。

それに対し他の黄昏四人組は誰一人、神気など感じなかったと微塵の畏敬の念も見せぬ不逞ぶりであった。

そのあと女性陣は、京都の夏の風物詩である「足つけ神事」が斎行される「みたらし池」で「水占い(みずみくじ)」に興じた。

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みたらし池と井上社
どんな卦()がでたのか、このお二人さん・・・

 匹澆燭蕕契遏匹膿綫蠅い鬚垢
水占いに興じる女が二人
どこか可愛らしくおだやかな人生の一景ではあった。

 

下鴨神社でのそれなりの敬虔な?ひと時を過ごした一行はホテルへと戻り、「煩悩の食慾」に身を焦がす「割烹やました」へ出陣する英気を養うことにした。

.曠謄襯ークラ京都・スーペリアツイン
ホテルオークラ京都のスーペリアル・ツイン
割烹やましたは昨年の三月下旬、醍醐寺の花見の際に訪れて以来、ほぼ一年ぶりである。

ヽ篷やました 押小路橋から
押小路橋から割烹やました
この夜は話に夢中となり、夏の定番の鱧の炙りをはじめ細君が取り仕切った料理が皿に盛られてきたというのが実際で、写真もあまり撮れていない。

〔5い覆ぅ灰蹈並弍のカウンター
コロナ対応の味気ないカウンター
ただ、何かいつもと趣向の異なる珍しい料理にお目にかかったので、これはこれでよしとするのであろう。

ゝ都の夏の定番 炙り鱧と大将
夏の定番・鱧の炙りは絶品
その中でも、やましたで鰻を食べようとは驚きだった・・・

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鰻の蒲焼
そんなことで、八時半頃には一日目の晩餐が終了。

店の暖簾の前で、大将と黄昏老人一行と記念写真を撮り、ホテルへと戻った。

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オークラのいつもの折り鶴のおもてなし
かつて八時頃から第二陣の客が押し寄せ、十時前まで賑わっていた超人気店の「割烹やました」ですら、八時を過ぎると入れ替えの客もほとんど来る気配もなく、コロナにより人の夜の行動パターンが確実に変わってしまったと実感させられた京都の夜でもあった。

 

そして、帰京後の6月18日に放映されたNHKの「ブラタモリ 鴨川編」の「川をたどれば京都がわかる?」を観てビックリ!!

我々が廻った行程をほぼそのまま辿った番組となっていたからである。

東京と長崎の間でスマフォのビデオ通話で旅のあれこれ会話が盛り上がったことは云うまでもない。

下鴨神社のみたらし団子=「加茂みたらし茶屋」

京都市左京区下鴨宮崎町17(市バス下鴨神社前徒歩3分・下鴨本通り沿い)

水曜日定休日なのでご注意あれ!

075−781−1460

 


 糺の森

下鴨神社・糺の森

 

 いまが盛りの紅葉

 

「最後の忠臣蔵」で役所広司扮する瀬尾孫左衛門が紅葉の中を歩いた場所

 

 

 

 

 

 126日、京の名残の紅葉を下鴨神社で堪能した。「糺(タダス)の森」のなかを紅葉狩りした。日頃、とくに歩くことに無精なわたしであるが、ついつい美しい紅葉に目を奪われ、「お〜っ!」、「わ〜っ!」と声を挙げているうちに、ずいぶんと歩数が嵩み、気がついたら、足が痛い!何か気つけ薬が・・・

 

みたらし池
 
みたらし池

 

 

 境内にある末社・御手洗社に手を合わせ、御手洗池を眺めたからにはと云うことで、こじつけの様ではあるが「加茂みたらし茶屋」へ向かい、暫しの休息をとることとした。御手洗社に加茂みたらし茶屋の提灯がしっかり奉納されているのだから・・・

 

御手洗社
 
みたらし池を護る御手洗(ミタラシ)社

 

毎年土用の丑の日前後に行われる「御手洗祭り」が、神池である御手洗池に足をつけ罪や穢れを祓い、無病息災を願うお祭りなのだから、紅葉狩りで足を痛めたのなら治癒を願って所縁の「みたらし団子」を食すのがよいという理屈である。

 

え〜っと、そんな屁理屈は、実はタクシーの運転手さんが疲労困憊のわたしに救いの手を差伸べ教えてくれたのです・・・が。

 

そして、わたしの好物である「みたらし団子」発祥の地が、何とこの「加茂みたらし茶屋」であると説明を聞き、ビックリ!

 

 店入り口

加茂みたらし茶屋

 

こじんまりした店構えであるが、鬼子母善神の祠を祀った前庭には緋毛氈の縁台に野点傘という風情ある光景も乙である。



 
前庭には緋毛氈に野点傘


店の前庭に鬼子母善神
 
鬼子母善神を祀る祠も

 

当日はちょっと肌寒さもあったので店内に席を求めたが、外で野点の雰囲気を楽しむのも一興である。

 店内

奥にもお席があります

 

本家のみたらし団子は、ビー玉を気もちひと回り小さくした愛らしい団子が五つ串刺しになったもので、突端のひとつだけが離れている、変わった様子のものであった。あとで説明を訊くと、団子は人体を模しており、頭が1つと四肢を表わす4つなのだそうです。そう聞くと、ガブッと団子をっていうのも見ようによってはグロではありますが・・・。

 


 
本家・みたらし団子

 

メニュー
 
メニューの一部です。まだまだ、たくさん甘いものありました

 

何はともあれ、タレは甘過ぎず辛過ぎず、団子もお焦げの香ばしい匂いがして、本家「みたらし」は流石とまさに舌を巻かせるものでありました。

 

さらに僅かの生姜がきりっと味を〆めた甘酒も本物のテーストで、お試しの価値は十分あると思います。

本物の味、甘酒
 
甘酒も本物でした

 

下鴨神社へお参りの節は、ぜひ、この「みたらし本家」の「加茂みたらし茶屋」へ足を運ばれてはいかが。

 

 

 

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