患者がしゃべる脳出血へのカウントダウン

 

,砲發匹

 

 わたしの酒量と喫煙量は日増しに増えていった。それと反比例で睡眠時間が短縮されていった。そして、今から考えれば一番、大切であった食生活つまり、塩分の規制については、逆にどんどん塩辛いものへの嗜好が強まっていた。

 

 高血圧の改善に最も即効性があるのは、血液中のナトリウムの量を少なくすることである。逆にいえば、腎臓のナトリウム排泄機能を超えて、血液中の塩分量が増えると血圧が上がる。血中に塩分が増えれば、塩分濃度を一定に保持しようと血液中の(本来排泄されるべき)水分も保全され、その結果、体液量が増加する。その大量の体液を体内中に運ぶためには、ポンプ役の心臓は必死にその血液を押し出す圧力を上げなければならない。つまり、血圧を上げざるをえないのである。

 

 このメカニズムを、倒れる前に詳しく知っていたら、もう少し対応は変わっていたかもしれない・・・、と思って見たりするが、まぁ、生活習慣は恐らく変わらなかったのであろう。「健康のありがたみは失くしてみて、初めてその価値がわかる」という名言があるくらいだから、凡人のわたしがいくら塩分濃度のカラクリを知ったからといって、生活態度や食生活のスタイルを根本から変えるなどということはなかったであろう。

 

 本当に病気というものを回避するのは難しい。わかっていても、病気の真実の姿、つまりどれだけ己の生活が制約を受けるかが、実感でき難いところに、健康の維持に対する努力の方が本当は格段に己の人生に対する負担は軽いことが、この愚かな人間にはわからないのであろう。

 

 年齢が50歳にあと2ヶ月という日に、わたしは脳出血に見舞われた。

 

その悲劇の日に向かって、わたしの体は徐々に悲鳴を上げていったのである。そして、その体の発する悲痛な叫び声にわたしは真摯に耳を傾けることをしなかった。悲劇の日まで2、3年の頃、想起すればすでに脳卒中の前兆は確かにあったのである。悪魔の囁きではなく、天使の囁き、いや嘆きの声がわたしの耳には届けられていたのである。