蘇民将来(ソミンショウライ)の心が映えるおもてなしの京風割烹、日本橋・”OIKAWA(おいかわ)“(2013.5.15)
大学のゼミの友人とランチを共にした。彼もわたしも既に隠居の身である。したがって、最近は夜ではなく、ランチをしながら近況を報告し合うことが恒例となっている。しばらく彼が体調を崩していたこともあり、これまではお酒なしの純粋なランチである。
しかし、今回、そろそろ軽く一杯くらいどうだいと声をかけたところ、大丈夫だよとの返事が戻って来た。これで、決まり。彼の気が変わらぬうちに、早速、日本橋OIKAWAに予約を入れた。
OIKAWAは東西線・浅草線・銀座線の日本橋駅D1出口(昭和通りと永代通りの交差点)から徒歩1分、走って10秒ほど、昭和通りのひと筋南の路地裏にあり、アクセスはきわめてよい。
したがってと言おうか無理からぬことと言うべきか、店はオフィスビルの谷間に立つ小さなビルの一階に構え、京割烹店の風情をそのアプローチに感じることは至難である。
ただ、店先にいったん立つと、間口一間ほどの玄関にしつらえられた造作に店主の和風文化へのこだわりや二十四節気、雑節といった季節感への繊細な感性が見てとれ、料理への期待度が弥益すことは確かである。
当日は軒先に菖蒲の葉っぱを翳し、三方には新筍が載せてのあ〜、もうすぐ五月だなと季節を感じさせてのお出迎えである。
そして、店内はと言うと、おさえた照明と簡素な飾りつけの効果であろうかいたって落ち着いた雰囲気を醸しだしている。
言い換えれば、ビル街の路地裏という無機質な世界を抜けてくることによって、OIKAWAの敷居をひと跨ぎすることが、逆に、緑苔を敷きつめた中庭の情感あふれる小空間へ引きずり込まれたような感覚を覚える、そんな空間のコントラトも興趣が尽きないところである。
さて、OIKAWAの“売り”であるが、ひと言でいうと、季節感いっぱいの新鮮な食材を使った創造性豊かな料理とそれに合わせて勧められる絶品の日本酒であるといえる。
京の“たん熊”で修業を重ねた店主・笈川智臣さんの食材に対するどん欲さとそれを活かす確かな腕により、他のお店ではなかなかお目にかかれぬ旨くて珍しい料理が供される。したがって、最近では呑ん兵衛に加えて食いしん坊となったわたしには、何とも堪(こた)えられぬお店のひとつになっているのである。
そんなOIKAWAでの当日のメニューは次のとおりである。
先付その壱:白魚・筍・タラの芽・木の芽田楽・花弁京人参
先付その弐:筍の姫皮・花山椒
椀:桜えび・うど・飛竜頭・揚おろししぼり生姜・松露
向付:甘鯛の昆布〆・鯛の白子・ポンズジュレ
八寸:海鼠腸(このわた)、伊達巻・コゴミ・車エビ、飯蛸・グリーンアスパラ・ヨモギ麩、蕗の薹
煮物:若竹煮 筍・鮑・若菜・うど・たたき木の芽・赤万願寺など
ご飯:長野県産まぼろしの米 漬物盛合せ
水菓子:フルーツポンチ 小玉スイカ・メロン・ブルーベリー
甘味:草餅
干菓子とお薄
料理はひとつひとつの調理も手間の入った、どれも季節感あふれるものである。
ことに新筍を器となした若竹煮や希少な松露を使った椀物などは、目にした瞬間に天晴れとつい口走ってしまう出来で、もちろん味も上品なことはいうまでもない。
松露なるものを見せてもらったが、直径2cmを少し超える大きさのものはこれまで笈川氏も見たことがなかったとかで、大変、貴重な松露を戴けたと感激した。
さらに、友人もOIKAWA、最高だ!といたく喜んでくれたことも嬉しいの一言に尽きた。
もうひとつのOIKAWAの魅力である日本酒であるが、その銘柄の揃え方は半端ではない。いつも、その季節、供される料理に見事にマッチした日本酒を提供してくれる。それは彼の非凡な舌があってこそのことであり、その多彩な品揃えにいつも感じ入っている。
加えて、並のソムリエなどとてもおよばないと思うのだが(本物のソムリエに会ったことがないので実はよくわからないのだが)、酒の品評の仕方がとりわけ見事である。評する言葉はとても具体的でわかり易くかつ表現力豊かであり、料理を一段と美味しく感じさせてくれる。そんな笈川氏の当日のお勧めが四品、目の前に呈示された。
そこで、この日は栃木県・松井酒造店の“松の寿”の最高ランクである大吟醸・”源水点”と富山県・枡田酒造店の大吟醸・“満寿泉”をいただいた。
とくに“源水点”は、さらっとした口当たりなのだが、口中に薫りのとろみのようなものを感じさせる銘酒であった。なるほど、2012年のインターナショナルワインチャレンジで「ゴールド」を受賞したのも頷ける逸品であった。
ちょっと我儘もきいてくれるOIKAWAを二人占めにしての久しぶりの旧友とのランチ。あっという間に花が咲き、散っていった今年の四月。
そんな気ぜわしかった卯月にまったりとした素晴らしいひと時を演出してくれた店主に心より感謝の気持ちを表わして、筆をおくこととしたい。
追伸。そんな安らぎのあるランチを演出してくれる“日本橋OIKAWA”、ご興味がある方はちょっと店主に我儘を言ってみられたらいかがでしょうか。