彦左の正眼!

世の中、すっきり一刀両断!で始めたこのブログ・・・・、でも・・・ 世の中、やってられねぇときには、うまいものでも喰うしかねぇか〜! ってぇことは・・・このブログに永田町の記事が多いときにゃあ、政治が活きている、少ねぇときは逆に語るも下らねぇ状態だってことかい? なぁ、一心太助よ!! さみしい時代になったなぁ

“あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない”

秩父夜祭(平成25年12月3日)の朝・昼・夜=夜・花火大会 “あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない”


われわれは秩父の山脈に日が隠れてしばらくして、休息をとっていた南小学校(臨時駐車場)から御旅所へと歩いた。


午後7時半から始まる日本芸術花火大会の尺玉や四号玉や9時20分からスタートするスターマイン大会を見ようと、国道140号線沿いに見物客がぞくぞくと繰出してくる。

c:3D

そして、ポン!ポン!という試し打ちの音が秩父の夜空に響き渡り、かすかな衝撃波が秩父盆地の冷気をゆるがす。


途中で軽く夕食をと思い、先刻、目星を付けていた国道沿いの蕎麦屋へ・・・。ところがいつしか貸切中の札が下がり、入店不可。さてさて困ったと探し出したのが、国道からちょっと入り込んだ小さな中華料理店。


え〜、そこも席は空いているが予約席とのこと。交渉のすえ、7時までならOKということで、取りあえず焼飯を注文、腹ごしらえをすませ、押っ取り刀で御旅所の桟敷席へ。


夜祭当日はこうした個人経営のお店は、地元の方々が早手回しに花火の時刻に合わせて借切って、途中、外へ出て道路傍から花火を鑑賞し、寒くなったらお店に入り暖を取るといった利用がされているのかもしれない。国道沿いにあったファミレスに四の五の言わず入っておけばよかったというのが、今回のひとつの反省点であった。


そして7時半頃に御旅所へ到着したが、桟敷席はもう見物客で一杯。

係りの人に席まで案内してもらう。躊躇なく頼むのがよい。暗い中、席を自分で探すのは至難の業である。

氷点下の時もあるという厳寒の秩父である(過去の秩父夜祭当日の気温)。深更におよぶ観覧である、用意してきた毛布をベンチに敷く。さらに準備してきたオーバーズボンを穿き、マフラーに帽子とエスキモーのような格好で、老夫婦二人して、あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない”の、さぁ、上映開始である


秩父夜祭のクライマックス。秩父夜祭花火大会のはじまり、はじまり〜

01・あぁあぁ・・・

まずは日本芸術花火大会のスタートである。全国著名の花火師による手練れの花火の打ち上げである。



02・青の饗宴

冬の夜空に広がる大輪の花々は彩り鮮やかで豪華絢爛。美しい秩父絹で巨万の富をつくった秩父商人の豪気さと栄華を想起させる。


あの亀の子石のある御旅所へと静々と広場を歩みゆく御神幸行列。その頭上で繰り広げられる光と音の競演。

1・豪勢な花火が次から次へ

スターマイン(速射連発花火)がその言葉通りに息もつかせぬ勢いで打ち上げられ、厳寒の夜空は華やかな光のマジックを映すスクリーンへと変貌する。



2・美しい・・・

あまりの花火の数、豪勢さに皆、息を呑む。

4・夜空に小菊がいっぱい 5・ぼけても幻想的

美しい!!

6・大輪の花

あぁ・・・すばらしい・・・

7・桟敷席の後方にもスターマインが打ち上げられる

これほど連続して尺玉が・・・

8・冬空に花火

ブラボー!!

9・光が弾ける

尺玉・・・、尺玉・・・

10・青の世界

あぁ・・・あぁ・・・

11・屋台に花火

凄すぎで〜す




12・色とりどり

午後10時10分頃、最後の花火が打ち上げられる。

14・最後を彩る”黄金の滝”

扇状に整列した笠鉾・屋台の頭上高く、大輪の花々が花開く。


当夜はなんと約8000発もの花火が打ち上げられたのだとか・・・

a:タマヤ〜!! b:お見事


夢のような迫力満点の秩父花火大会。ステキ!のひと言。

老夫婦でもほっこり、幸せ気分になれる。


若い恋人同士なら・・・・・・ 
コラッ!! 何を、にやついておる彦左!






秩父夜祭(平成25年12月3日)の朝・昼・夜=昼・本町屋台の屋台芝居

秩父夜祭(平成25年12月3日)の朝・昼・夜=朝
秩父夜祭(平成25年12月3日)の朝・昼・夜=昼・下郷笠鉾・中町屋台・中近笠鉾・上町屋台・宮地屋台
秩父夜祭(平成25年12月3日)の朝・昼・夜=夜・花火大会 “あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない”
秩父夜祭(平成25年12月3日)の朝・昼・夜=夜・御旅所で御神幸行列・御斎場祭
秩父夜祭(平成25年12月3日)の朝・昼・夜=夜・御旅所桟敷席より屋台の団子坂登りを堪能

境内に入ると、午前中に目にした本町の曳き廻し屋台(国指定重要文化財)が消えていた。

00・曳き屋台の本町屋台

なんと野外舞台へと見事な変身を遂げていたのである。


冬の青空に映えて、桃色の花飾りも美しく華やかな装いをほどこし、今や遅しと、重要無形民俗文化財指定の屋台芝居の開演を待っていた。

5・本町屋台の舞台出来上り

ここで、本町屋台のいわゆる曳き屋台から芝居舞台への“変化(へんげ)”を簡単に画像で追ってみる。


町を曳き廻される屋台が一部、勾欄などがはずされ、両袖に土台を作り、舞台が張り出してゆく。

01・左翼の張出し舞台の組込み

その一連のよどみない流れは、かつて息子が幼児の折に弄んだガンダムなど合体戦士の玩具を彷彿とさせた。

1・張出し舞台の組立て 2・張出し舞台の骨組み組立てと支え柱

それは、造り替えによっては大空を飛翔する“天空の舞台”の設営も決して不可能ではないと思わせるほどの“変化(へんげ)の技”である。

3・舞台の屋台本体への組込み

その大胆かつ自由な発想を具象化する精緻な計算と精巧な技術は現代のわれわれを括目させる。

4・本町屋台芝居の舞台造り

昔のこの国の匠の技が半端ではなかったことを物の見事に実感させてくれるものであった。

01・本町屋台芝居の舞台

その舞台で最初の演目、前座の“白浪五人男”が始まろうとしていた。舞台前には文字通りの立錐の余地もないほどに見物客が集まっている。

00・舞台前にひしめく観客

囃子太鼓が鳴り響くなか、いよいよ舞台の緞帳が揚がる。


まず、秩父市立花の木小学校5年生の春山夏美さんにより、堂々としてしかもユーモアあふれた口上が述べられる。歌舞伎座の口上よりも実際のところ、声の張り、その内容においてこの少女の口上の方が見事であったと感心した。

1・小学生女子による口上

そして、“白浪五人男”の始まりである。

2・白波五人男

ひとりずつ舞台へ登場し、見得を切る所作に入ると、場内から一斉に“電器屋!”といった屋号の掛け声がかかり、たくさんのお捻(ひね)りが舞う。

3・お捻りの舞う日本駄右衛門の名演技

前座は素人歌舞伎とはいえ、その迫真の熱演ぶりは秩父夜祭を盛り上げるに十分な出来栄えであった。

4・迫真の演技

このあと、秩父歌舞伎正和会による「熊谷陣屋之場」の公演が続くのだが、われわれは厳しい寒さが予想される深更におよぶ御旅所桟敷席での観覧に備え、車中で軽く仮眠をとるため、駐車場の南小学校へと一旦、移動することとした。


午後4時前の南小臨時駐車場と武甲山
午後4時頃の南小グラウンド臨時駐車場

遠くに武甲山の山容がくっきりと見えるが、なるほど、兜の形をしている。秩父出身の俳人、金子兜太氏の俳号の由来がここにあった。浅学非才の身を恥じいる次第。

武甲山

そして、これからわれわれは待ちに待った秩父夜祭のクライマックスである御旅所での神事・御斎場祭と奉曳されてくる笠鉾・屋台の集結、それからアニメ・あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない”有名な秩父夜祭の花火大会を観ることになるのである。


その様子は、秩父夜祭(平成25年12月3日)の朝・昼・夜=夜・花火大会で紹介する。
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