彦左の正眼!

世の中、すっきり一刀両断!で始めたこのブログ・・・・、でも・・・ 世の中、やってられねぇときには、うまいものでも喰うしかねぇか〜! ってぇことは・・・このブログに永田町の記事が多いときにゃあ、政治が活きている、少ねぇときは逆に語るも下らねぇ状態だってことかい? なぁ、一心太助よ!! さみしい時代になったなぁ

四国の旅路

ひと夏の忘れもの 足摺岬エリア・大堂海岸アドベンチャークルーズ

ひと夏の忘れもの 竜串海岸、大堂海岸、柏島の碧い海

ひと夏の忘れ物 足摺岬で泊まりたい宿・TheMana Village(ザマナヴィレッジ)

ひと夏の忘れ物 足摺岬




さて、「ひと夏の忘れもの」の三日目は冒険の国を探訪する、大堂海岸を紺碧の海から見て回ろうというものである。

大堂海岸をゆく
大堂海岸アドベンチャークルーズ

足摺岬の西つかた、大月半島の南端をなぞる大堂海岸は約10kmに渡り白亜の絶壁や奇岩を聳え立たせる大景観を擁する。

白亜の絶壁がそびえたつ
花崗岩の絶壁がつづく

前日の大堂山展望台や観音岩展望台から見おろした景観も見事だったが、波間から見上げる景色はまた違った魅力で迫力があり、自然のダイナミズムを実感させられた。

白亜の花崗岩の絶壁
白亜の大堂海岸

今回、体験した大堂海岸アドベンチャークルーズは、要は小さな漁船に乗って、大堂海岸を海から観光するというものであった。

半世紀ぶりに大堂海岸をおとずれるという細君に、ぜひ、海上からの自然の醍醐味を体験してもらおうと探していたところ、四万十・足摺エリアの観光案内、一般社団法人 幡多広域観光協議会のHP“はた旅”にぶち当たった。

HATA-TABI」と題するそこに、アクアブルーの海中をダイビングするダイバーの姿があった。

この歳でダイビングはないが、せめて夏の海を船で疾駆したいと妄想し、探し当てたのが、「ホテルベルリーフ大月」至近の周防形(すおうがた)漁港から出発する「大堂海岸アドベンチャークルーズ」であった。

黒潮のうえをクルーザー?に乗って駆ける、最高の気分にちがいないということで9:30出港、おおよそ75分のクルージングをネット予約した。

周防形漁港で谷口渡船に乗船
当日のクルーザー?

2名様以上の参加で催行」との条件で、わが老夫婦の参加でクリアーした。

前日の夕刻に確認の電話があった。「谷口渡船ですが・・・」と名乗る声はだみ声のおじさんのもので、クルージングのスマートさとは対極にある聲音であった。そして客はわれわれ二人だけだという・・・

翌朝、周防形漁港にはものの2、3分で到着したが、岸壁に人影はなく小さな漁船が数隻浮かぶうら寂しい港であった。

周防形漁港
波静かな周防形漁港

もちろんクルーズに参加する人たちの姿などない。老夫婦ふたりっきりである。

すると埠頭にとびこむように軽のバンがやってきて谷口さん?(お名前を確認していないので、一応、谷口渡船だから・・・)がおりてきた。

赤銅色の肌をしたまさに海の男である。

海の男、船長
海の男

そして時間はちょっと早いが出航しようという。午後になると波が高くなる模様だから早い方が良いという。

海面を見たところ波静かでそんな気配は一切ないが、海の男の潮枯れた聲には説得力があった。

手渡されたライフジャケットを着て乗船した。

クルージングの優治丸
出港前の細君がスマフォ撮影

静まり返った港内に機関音が響き渡ると、白い漁船は水面のうえをすべるように動きだした。

小さな堤防で区切られた湾口を出ると、出力全開。

エンジン全開
エンジン全開!!

あっという間に港の景色が後方にすっ飛んでいった。

後方に景色がとぶ
あっという間に景色が後方へ・・・

外海の波のうねりは見た目ではわかりづらいが、速度をあげると船体はまるで波頭伝いに跳び跳ねているかのようである。

大堂海岸波を蹴る
波を蹴る

船底が波を叩きつけるドンドンという音とリズミカルな振動が心臓を上へ下へと揺さぶった。

右手に大堂海岸の山並みを見るだけで左手にはとおく水平線をみる。

水平線を眺めながら 大堂海岸
遠くに水平線・・・

風を切って谷口渡船の「優治丸」が疾駆する。

親切だった船長
優治丸が疾駆する

そのスピードはちょっと信じがたいほどに、速い!!

頬を叩く海風はわたしたちが発する聲を澪のかなたへと吹き飛ばす。

細君と交わす言葉はわずか数十センチの距離なのに大音声を張りあげねばならない。

久しぶりである。こんな腹の底から大声を発するなんて・・・

気分は最高である!!

そして風を切るという、絶えて久しくなかったこの感覚・・・

気分爽快
ドンドンと波を叩き船がゆく・・・

ひと風ごとに、“歳”という年層が体躯から引っ剥がされていくようで気分がよい。

ひと風、十歳、ひと風、十歳・・・と年齢の皮層がはぎとられていく。大堂海岸の白亜の絶壁を仰ぎ見るころには二人の聲と表情は確かに若やいでいた。

そして目指す観音岩の海域に到達したころには自分は二十歳の頃にもどったような気になった。

海風と振動と波しぶきに嬌声を発する細君を横眼にちらっとみると、彼女も半世紀前の姿になっていた・・・

風に波しぶき
二十歳の君・・・お顔をお見せ出来たら・・・

船が減速した。左手に絶壁がせまった。

海洞
海洞が山裾にいくつもある

絶壁の裾にはいくつもの海洞がみえる。

海洞に近づく
あの海洞に入ってゆくのだとか・・・

その一つに近づくと、狭い入口に舳先を突っ込みはじめた。

海洞に船を入れる 巧みな操船
舳先を上手に祠へといれていく

ほとんど停止した状態となり、船体が大きく上下動を繰り返す。

海洞を覗く
海洞をあとに、いざ観音岩へ・・・

海が荒れているとは見えなかったが、こうして波のうねりに身をゆだねると海上の浮き沈みが見た目とは大きく異なっていることに気づかされた。

船長の操船は巧みであったが、波が穏やかであればもう少し洞窟の奥まで入れるのだがと申し訳なさそうにいう。

半分ほど船体をもぐり込ませたところで、船を逆進させいよいよ目指す観音岩へと舳先を回頭した。

大堂海岸
いくぞ観音岩へ・・・

エンジン全開!!

疾駆する船首のむこうに海中から屹立する巨岩群があった。

観音岩に近づく
穴の開いた巨岩手前に立つのが背中を向けた観音岩

穴が穿たれた大きな岩壁の手前に背中を向けて立っている岩が観音岩である。

いよいよ目指す観音岩である。

船はまた減速し、その脇をゆっくりとすぎてゆく。

観音岩を横から
観音岩を横からみる

真横からみると平板な巨岩であった。見上げても観音さまには見えない。

観音岩をすぎていく
観音庭全景

少し通り過ぎてふりかえる。

観音岩を後方に見る
観音さまに見えた・・・

そこに見えたものは・・・なるほど・・・人型をした巨岩・・・

海の安全を祈る人たちには、その姿はまさに観音さま、真摯に手を合わせたにちがいない。

観音岩を覗く巨岩
観音岩の前をふさぐ穴が穿たれた巨壁

さらに先へ進み、岩壁の穴から観音岩が見えるのだと船を反対側にまわす。

なるほど巨岩の裂けた穴から観音岩が覗けた。

観音岩がみえる
穴からなんとか観音岩がのぞく・・・

だが全容をとらえるスポットで船を停船、固定するのは難しく、観音さまの全身を拝見することはかなわなかった。

おそらく逆光の時にはそのシルエットが観音さまのように見えるのにちがいない・・・

ここで通常は周防形漁港へと戻るのだが、当日は老体にムチ打ち四国最南端までやってきた二人のため、もう少し先の柏島まで行ってあげるという。

柏島を海上より
海上から柏島

前日に大堂山展望台から見下ろした柏島である。

⓪大堂山展望台から柏島を見下ろす
大堂山展望台からみえる柏島

そして・・・荒削りの景観の先、エメラルドグリーンの海のうえに柏島が浮かんでいた。

柏島漁港
柏島の船溜まりへはいってゆく・・・

小さな船溜まりのような湾に侵入しゆっくりと湾内をめぐった。

柏島港の透き通る海
陽光がさし、エメラルドグリーンの海・・・

外海とは一変、海面は静寂をたもち、陽光のさざめきで波のおだやかなうねりに気づく。まるで映画の一シーンのような息をのむ美しさである・・・

柏島 船溜まり - コピー
映画の一シーン・・・

船は柏島大橋の真下まで近づき、ゆっくりと回頭する。

柏島大橋とエメラルドグリーンの海
柏島大橋

するとキラキラとかがやく海面を透して小魚が回遊する姿が見えた。

魚がみえる柏島の海
小魚が遊泳している・・・

まさに加工をほどこした写真でしか見られないようなエメラルドグリーンの海が目の前にあった。

時間はゆっくりとすぎる。

この絶景のなか船中で昼寝でもさせてもらえたら至上の幸せと夢想したが、そこまで贅沢は云えぬ。

そして優治丸は柏島というパラダイスをあとにして一路、周防形漁港をめざして疾走をはじめた。

⓪飛沫をあげて
波頭を跳ぶ・・・

二十歳に化身した二人は帰路においても、感嘆の聲をあげながら大海原の解放感を味わった。

大堂海岸クルージングは晴天の下、人の好い船長さんにも恵まれ、ダイナミックでアメージングでドリーミングな“はた旅”となったのであった。

年をまたぎ大寒のころに季節外れもいいところの「ひと夏の忘れもの」、これにて終了と相成る。お付き合いありがとうございました。

ひと夏の忘れもの 竜串海岸、大堂海岸、柏島の碧い海

ひと夏の忘れ物 足摺岬


足摺岬の二日目は、細君が今を去ること50年前うら若きころ貧乏旅行をした竜串海岸や足摺海底館、観音岩といった奇岩のそびえる大堂海岸にもう一度、行ってみたい・・・そんな夢をかなえるためにやってきた。

大堂海岸 白亜の絶壁
花崗岩が白く光る大堂海岸

最近は夫婦してNHKの「ブラタモリ」のファンとなり、特に細君は地質構造やプレート移動といった地球規模の地殻変動に並みならぬ関心を寄せ、旅先で六角形の石柱に出逢うと、「アッ、柱状節理だ!」などとまるで旧知の友にめぐり逢ったかのような快哉をあげる

1億年前の地層・中央構造線・溝口露頭 長野県伊那市
長野県伊那市の中央構造線の溝口露頭 1億年前の地層が露出

そんな歴女ならぬ、地女(漢字を一字間違えるととんでもないことになるが・・・)に同行し、足摺の二泊目は大月半島の突端近くの「ベイリーフ大月」を宿にさだめた。

ベルリーフ大月外観
ホテルベイリーフ大月

足摺岬突端のTheMana Village(ザマナヴィレッジ)を出立、海岸沿いを西へ移動、その途上に「土佐清水ジオパーク」の一画をなす竜串海岸がある。

竜串海岸の奇勝奇岩 蜂の巣構造
竜串海岸

堤防からも異形の岩場が見渡せるが、もちろん細君はその先へと勇躍、足を運ぶ。

わたしも遅れじと杖を片手に用心深く岩伝いに移動したものの、細君の姿はいつしかわたしの視界から消え去った。

竜串海岸は日本列島がユーラシア大陸から離反移動してきた、地球規模の地震や津波の痕跡が残る岩場が陸地にあらわれた貴重な場所なのだという。

浸食奇岩
奇岩がいっぱいの竜串海岸

なるほど蒲鉾型の棒状の岩場や蜂の巣のように穴ぼこのあいた巨岩などそう思って眺めてみると地球の生命と巨大なエネルギーを身近に感じ取れる凄まじい光景である。

竜串海岸から遠くに足摺海底館がみえる
遠くに足摺海底館が見える

しばらくブラタモッタのち、海の向こうに見えた足摺海底館へと向かった。

爪白海岸と足摺海底館
爪白海岸と足摺海底館

海上に突っ立つように建つ海底館の入口に「50th ANNIVERSARY SINCE1972」とあった。

足摺海底館50周年
50周年記念

細君が遠い昔訪ねたのは、なんとこの海底館ができた直後に訪れていたことが判明した。

そして海底館の海底7mまで下る螺旋階段をおりていくと、ダークブルーの館内から小さな丸窓を通して海中の様子を見ることができた。

人間水族館
ダークブルーの館内

大小様々な天然の魚が游泳しているのがよく見えた。

⓪足摺の海中
泳ぎ回る魚たち

ただ、この状況をよくよく冷静に考えなおすと、狭い館内に閉じ込められた人間という陸上に棲息する生き物を、果てしない海中を遊弋(ゆうよく)している魚たちが興味深くのぞき込んでいるという逆水族館状態にあるといったほうが適切なような気がした。

黒潮を自在に泳ぐ魚たち - コピー
逆に魚がこっちを見ているのでは・・・

そして、おそらく魚たちは円筒状の筒に閉じこめられた奇妙な生き物が不自由の身を嘆き悲しんでいるのだとさざめき合っているのにちがいない。

そんな感慨にふけったあと、この日は大堂海岸の大景観を陸地から睥睨しようと、まず大堂山展望台へと向かった。

大堂山展望台
大堂山展望台
大堂山の頂上に建つ三階建ての展望台はだいぶ年季が入った代物だったが、そこからの景色は期待にたがわず圧巻であった。
⓪大堂山展望台頂上
大平洋が一望

東側には白亜の花崗岩の岩肌が露出する絶壁が山並み沿いに見えた。

大堂山展望台から大堂海岸を
東に大堂山

翌日、大堂海岸アドベンチャークルーズに参加し、クルーズ船から仰ぎ見る絶壁である。

そして今度は反対側へ移り西側を見下ろすと柏島大橋でつながる柏島が見えた。

大堂山展望台から柏島を見下ろす
西に柏島

山頂からはその海面に光が乱反射しているのか思い描いたエメラルドグリーンの海ではなく、くすんだ緑色にしか見えなかった。

次にこの日最後の観音岩展望所へと車を回した。

そこからの観音岩の姿はほんとうに観音様のお姿だったと、細君は云うのであるが・・・

こうした観光用にネーミングされた奇岩というものはたいてい、「そういわれれば・・・」といった態のものがほとんどである。

これまでで、こりゃすごい!と思ったのはただ一度。

壱岐の島で訪れた高さ45mの猿岩である。

壱岐の島・猿岩
壱岐の島の猿岩は見事 夕暮れにさびしそうな表情・・・

その姿かたちには息をのんだのだが、まつ毛まで本物そっくりなのだから・・・これはまさに命名通りの本物の猿岩であった。

さて、こちらはどうか・・・

観音岩展望所への登り口は、「えっ!」というほどに狭くて急勾配であった。

50年前の感動をもう一度という細君の思いに、引きずりあげられるようにして喬木の枝葉をかき分けて頂にある展望所をめざした。

観音岩展望所への登り口
観音岩展望所への狭い登り口

草生した狭い頂を通り過ぎて海側へ少し石段をおりたところに、観音岩展望所があった。

⓪観音岩展望所はこの先を少し下りた先にある
この先すぐ下に展望所

前方には茫漠たる太平洋が見渡せた。海風が肌に心地よい。

観音岩が見えない観音岩展望所
茫漠たる太平洋

早速に観音岩を探すが、どうもピンとくる岩が見当たらない。

観音岩展望所から大堂海岸を
展望所からの大堂海岸

そして細君がつぶやいた。

「こんなところじゃなかった・・・」

「もっと尾根のようなところを登っていって、下に観音岩が確かに見えたはず・・・」

向こうの尾根伝いに遊歩道があった
向こうの尾根にも登り路があった・・・

「おい、おい・・・」わたしは心中で呟いた。急こう配の坂を息を切らし登ってきたのに・・・

それでも、観音様は姿を顕さない・・・

後ろ髪をひかれたのだろう、坂道を下りながらも細君はどうも納得がいかぬ様子である。

中腹まで下りたところで、大堂展望台へむかう尾根道との分岐点で小休止。

観音岩を見る分岐点 大堂展望台方向へ行くとすぐ
分岐点

「そっちに少し行ってみたら・・・」といって、わたしの方は申し訳ないが、先に駐車場までおりておこうと階段をおりだした。

するとものの一分もしないうちに細君がわたしの名前を呼んでいるではないか。

小躍りしている様子が目に浮かぶような若やいだ声である。

わたしは萎えた心をもう一度奮い立たせて、踵を返し登り返した。

分岐点からほんの2、3mほどもいくと右手下に細身の岩が屹立しているのが見えた。

観音岩展望台途中から
あれが・・・観音岩か

彼女がと〜い昔に観たのはこの岩に違いない・・・

この棒状に突っ立った岩が観音さま・・・であると・・・世の人はいう・・・

不遜にも「鰯の頭も信心から」という言葉が頭に去来した。

なにごとも深く念じれば観音さまに見えぬこともない・・・

観音さまが胸元で手を合わせてくれているようにもみえる。

観音岩
観音岩

わたしは観音岩を見ることができたことより、無邪気に喜びをあらわし写真を撮っている細君の姿の方が実は微笑ましく見えていたのだが・・・

観音岩展望所と観音岩
中央岩の頂の緑の中、白い部分が観音岩展望所 右下の低い独立岩が観音岩

そんな不届きな想いをいだいたためだろうか、左肩に強烈な穿通感をおぼえた。

気づいたら頭の周りを大きな蜂がブンブンと不気味な羽音を響かせ飛び回っているではないか。

刺されたに違いない。手で必死に払うもその一匹の蜂はわたしから離れようとしない。

わたしの大声に驚いた細君が撮影もそこそこに蜂の撃退戦に参戦してくれた。

必死に階段を下り、車へとなんとか逃げ込んだが、蜂はなんと車まで私の頭上を旋回し続けたのである。

わたしにはそんな観音岩の思い出であったが、細君は半世紀ぶりの観音さまとの再会をもう少し愉しみたかっただろうにと、ホテルへ戻って申し訳ない気持ちになった。

⓪ベルリーフ大月ロビー
ホテルベイリーフ大月ロビー

「ホテルベルリーフ大月」は昔の国民宿舎のような飾らない作りで、スタッフの方もホテルマンというより近所の気の良いおじさんというのがぴったりで、当方もリラックス感満載でチェックイン。

ツイン ベルリーフ大月
ロッジ風の室内

ところが泊まる部屋はロッジ風のお洒落な造りで、バルコニー・・・ベランダからは谷筋に深く切れ込んだ美しい海まで見えた。

ベルリーフ大月の部屋から
バルコニーから見える景色

心鎮まるおだやかな風景であった。

夕食は簡素で小さな食堂で、地元の幡多郡自慢の海の幸をいただいた。

海の幸いっぱいの夕食
素朴だが海の幸がおいしかった

お刺身も新鮮だし、大きな海老のグラタンもおいしかった。

大きな海老の天ぷらも
大きな海老の天ぷらもおいしかった

さきほどのレセプションのおじさんに訊いたところ、お客さんの多くは釣りやダイビングを目的にやってくるのだそうで、なるほどコスパは最高の宿であった。

そしてお土産を買おうと呼び鈴を鳴らすと、さきの近所のおじさんが出てきてくれる・・・いやはやなんともつい頬が緩んでくる温もりのある宿であった。

ひと夏の忘れ物 足摺岬で泊まりたい宿・TheMana Village(ザマナヴィレッジ)

ひと夏の忘れ物 足摺岬


ひと夏の忘れ物でどうしてもお伝えしておきたいのが、足摺岬探訪で泊まった「TheMana Village(ザマナヴィレッジ)」という奇妙な名前のホテルである。

theMana village ロビー
大平洋を望む開放的なラウンジ
ネットで足摺岬に近い「評判の宿」を探していたら、「TheMana Village」と書かれた一枚のスライド写真に目が釘付けになった。

TheMana Village(ザマナヴィレッジ) HPショット
HPの写真
夕暮れ時、茜色の雲を映す水上に浮かぶデッキで憩う人たち・・・

そこには「悠々とながれる時間」が切り取られていた。

TheMana Village(ザマナヴィレッジ) エントランス
TheMana Village(ザマナヴィレッジ)エントランス

即座にこのホテルへ泊まってみたい、泊まろうと決めた。そして予約を入れた。

ウェルカム・ドリンク
ウエルカム・ドリンク
TheMana Village(ザマナヴィレッジ)はそもそも「足摺パシフィックホテル花椿」といっていた老舗旅館で、今般、それを一新、アジア屈指の滞在型リゾート施設として再生させて地方創生のひとつのモデルとしていきたいというのだそうだ。

海側 ツインルーム
ツイン でも掛布団が・・・
ただ宿泊してみて、予約したツインルームのベッドメイキングなど相応のホテルとして洗練度をブラッシュアップしてゆく点は多いと感じた。
部屋からレストランエリアを
宿泊棟からレストラン棟をみる

またホテル棟からレストラン・温泉棟へ移動する長い廻廊、周りのガーデニング、付属建物など「アジア屈指」を謳うにはまだまだ手を加え整備すべき箇所があり未だ改装途上にあるというのが実際のところである。

室内から太平洋をみる
ツインルームからの景色

そうした未熟さを知ったうえでも、当ホテルを推奨する所以は、ひとつは黒潮をながす大海原を前面に随える比類なき立地条件である。

室内からの眺望
室内から
広いラウンジやツインの部屋、どこからでも空と海を劃す水平線を一文字に引く太平洋が見渡せる。

もう一つが大自然と一体化したかのようなイタリアンレストランAzzurrissimo(アズリッシモ)の存在である。

Azzurrissimo店内
Azzurrissimo

このレストラン、今年3月にオープンしたばかりだという。

その事実こそが「TheMana Village(ザマナヴィレッジ)」がまさにこれから「名」に「実」をともなわせ「アジア屈指」へと変貌をとげてゆく、その可能性の途上にあるのだとおもわせたところである。

イタリアンレストラン
夕暮れのテラス 
Azzurrissimoよりみる
三つ目が「ONSEN」である。

懸崖に設けられた小さな露天風呂から眺める足摺岬の大海原は掛け値なしに素晴らしい。

残念ながら撮影禁止のため写真をお見せすることはできないが、遥か遠くに水平線を見晴るかし露天の岩風呂につかる。風にのって潮の仄かな香りがとどけられる。そっと瞼を閉じると磯をあらう潮騒の音や岩肌をたたく風の音が聴こえてくる。そして瞳をあけると頭上にはどこまでも蒼い空がひろがっている。

デッキから太平洋が一望
レストランからの景色
青い国、四国のはずれで猥雑な喧噪から解き放たれ大自然を体感できるTheMana Village(ザマナヴィレッジ)は都会の生活や人間関係のうっとおしさに疲れた人にはまさにうってつけの宿であるといってよい。

 

さて、そんなホテルのレストラン・「Azzurrissimo(アズリッシモ)」からは部屋から見渡す大海原を、より間近に感じることができる。

デッキから大海原
水平線が空と海を劃す
と云うよりも、大海原の真っ只中に浮かんでいるレストランであるといった方が感覚としては近い。

ザマナヴィレッジ
レストランのデッキ
レストランのデッキの突端に立ってみるとわかるのだが、爽快感というのとは少しちがう、潔(いさぎよ)さのような不思議な感覚に囚われるのである。

海風のなかで
朝のデッキ
朝食後の珈琲を突端にならぶテーブルで喫んだのだが、目の前にひろがる青海原と白い雲・・・その涯しない風景のなかで自分の姿はあまりに小さかった。

青海原で珈琲を
デッキ突端で珈琲を喫む
そして連綿と流れる時間のなかで「人の一生」とは瞬きの間にも充たぬと実感させられた。

人生の思い切りとでもいおうか、「見切る」時がすぐそこにきた・・・そんな潔い心持に自然とさせられる、不思議な小世界がこのデッキの突端には息づいていた。

夏の終わりに
ひと夏の忘れ物

さて、そんな絶景のなかでいただく「Azzurrissimo(アズリッシモ)」のイタリア料理であるが、

これがまた地産地消、地元の有機野菜をつかった一皿もおいしいし、盛り付けもきれいだ。
生ハムと山崎さんの有機野菜
地元の有機野菜と生ハム

海の幸は勿論おいしいにきまっている。

土佐清水の鮮魚のカルパッチョ
地元鮮魚のカルパッチョ
まず鮮魚のカルパッチョ。野菜との色合わせもよい。

鮮魚丸々一尾のアクアパッツァ
鮮魚一尾のアクアパッツァ
さらに、お薦めが鮮魚丸々一尾のアクアパッツァが豪快である。

手際よく骨をとってくれます
若い男の子の手さばき・・・
若い男の子が・・・、細君はそれだけで満足の様子・・・手際よく骨と身をとりわけてくれるから、不器用で面倒くさがり屋のわたしも問題なく美しくいただけた。

食べやすくなったアクアパッツァ
こんなきれいに捌いてくれました
この一皿が「あぁ土佐の国だぁ」と老夫婦を一挙に納得させたことは言うまでもない。

大きいピザ
この大きさ!!
さらに「安芸・土佐の赤うし」も旨かった。
土佐の赤うし
土佐の赤うし これで一人前なんです・・・

その前に実は、えっ!というほど大きなピザがサーブされていたので、赤うしの時には二人とも「いやぁ・・・おいしそうだけど・・・こりゃお腹が大変!」と、やや尻込みし、苦笑いの態・・・。

パスタ てっぺんトマト
形だけ・・・
さらにパスタがあるのだが、これは希望する量をちゃんと訊いてくれたので、

「お姿だけで結構」と、麺類党のわたしもさすがに形だけパスタをいただいた。

デザート
ティラミス・・・無言・・・
デザートもティラミスが・・・新鮮フルーツと一緒に・・・

夕暮れのテラスでディナー
テラスから夕暮れを・・・
その最中に夕暮れの闇があたりにおりてきたが、テーブルにそなえられたランプの灯がそこここでボ〜ッと浮かびあがってくる情景も興趣が掻き立てられた。

テラスで
テラスはランプの灯だけ・・・
そしてすっぽりとまわりが闇に支配されたころには、遠くの灯火が鬼火のようにもみえて、これも幻想的であった。

ランプのなかで
デッキにはランプの灯だけが浮かぶ・・・
こうしてこの夜、お腹は足摺の金剛福寺ではなく・・・満腹寺となったのだが、料理の美味しさ、レストランの景観のすばらしさもさることながら、わたしどもが「これは!」と感心しきりとなったのが、「Azzurrissimo(アズリッシモ)」に代表されるこのホテルのスタッフの皆さん方のはち切れんばかりの若さと笑顔とhospitalityであった。

hospitality溢れる若いスタッフ
若いスタッフの笑顔が素敵!!
退職後全国各地を旅してまわり常々実感させられているのが、昨今の厳しいホテル・旅館事情である。

人件費の圧縮策により人手が絶対的に少ないうえに従業員の高齢化、加えて日本語が今一つの外人スタッフの多さに興をそがれることが多々あった。

さらにかつての地方の老舗旅館のゆきとどいたサービスを覚えている者として、昨今の接客サービスの品質の劣化はさびしく嘆かわしい。

ところが、ここ「TheMana Village(ザマナヴィレッジ)」は違っていた。

なぜか? それは「映()える」のである。

前菜3種盛合せ
バエルと褒められた写真・・・うれしかった・・・
「バエます!バエます!」といって、わたしのカメラアングルをほめてくれた女の子。

そして、老夫婦のディナーの様子を何枚もスマフォで写真に撮ってくれた女の子。

わたしはその子に訊ねてみた。

「どうしてあなたみたいに若い人たちがこんな遠くのザマナでたくさん働いているの?」

「みんなダイビングとかマリンスポーツがやりたくてここで働かしてもらっているんです」と、

ゴム毬のように弾けた聲が間髪入れずに返ってきた。

柏島のエメラルドグリーンの海
こんな海がそこここに・・・柏島にて
なるほど四国西南端にはブルーオーシャンとブルースカイがあった。

そして若者の華やいだ聲や褐色の笑顔はこんなにも素晴らしかったのかと、あらためて思った。

そしてそうした時代が自分たちにも確かにあったのだと・・・なぜか胸に熱いものがこみあげてきた。

最後になったが、おそらくこれから訪ねる人たちは、わたしがお伝えした宿の姿とは異なる感慨を覚えることとおもう。

デッキのコーヒー
珈琲を一杯、いかが?
そしてその感動をあなたはきっとだれかに伝えたくなる、TheMana Village(ザマナヴィレッジ)はそんな素敵な宿になっているに違いないとわたしは確信している。

ぜひ機会を見つけて四国の突端まで足を延ばして、大自然の醍醐味と若者の弾ける笑顔を味わいに行ってもらいたいと願う。

ひと夏の忘れ物 足摺岬

ひと夏の忘れ物 足摺岬で泊まりたい宿・TheMana Village(ザマナヴィレッジ)

ひと夏の忘れもの 竜串海岸、大堂海岸、柏島の碧い海


今年も残すところあとひと月余。この一年もコロナ自粛の間隙を縫って、残り少ない余生、思い残すことのないようにと数多旅へでた。

旅に出かけてもどっては次の計画を練ってまた旅先へ移動と忙しく、まだお薦めしたい旅行先や泊まってみたい宿などブログ掲載が間に合っていないのが不甲斐ない。

白骨温泉・湯元斎藤旅館
今年4月に訪れた白骨温泉・湯元斎藤旅館
そこでまず、ぜひ訪ねてみてほしい高知県南西部、四国最南端の足摺岬と大堂海岸など土佐清水ジオパークの壮大な自然の景観をトップバッターとしてご紹介したい。

海上から大堂海岸をみる
海上から大堂海岸を探訪
季節は8月21日から23日にかけての二泊三日の夏旅である。

高松市内にある細君の実家が常々、わたしの四国探訪の橋頭保となっている。義父母も既に鬼籍に入り、時々の法要と風通しのため年に数度の高松行きであるが、四国を知れば知るほどその歴史と自然の景観の奥深さに驚かされている。

そもそも2021年3月30日に5年半に及ぶ四国88ヶ所の霊場めぐりを終え、車遍路ではあったが四国一周を果たしている。

女体山と第88番札所・大窪寺本堂
88番札所・大窪寺
88番札所の讃岐・大窪寺から反時計回りに1番札所の阿波・霊山寺(りょうぜんじ)まで巡礼するいわゆる「逆打ち」をおこなった。

一番札所霊山寺
1番札所霊山寺
途中、式内社を中心に神社や名所旧跡、温泉を訪ねながらのぶらり遍路旅であったが、まだまだ四国の魅力を味わい尽くすまでには至っていない。

高野山 満願成就御朱印
満願成就の高野山奥の院の御朱印
そこで、この8月は仁淀川の透き通るような仁淀ブルーを鑑賞したいと計画を立てたのだが、至近の宿、「中津渓谷ゆの森」の予約が満杯で、急遽、予定を変更、遍路旅の際に雨に見舞われ突端まで足をのばせなかった足摺岬に再チャレンジしようとなった。

ついでに細君が20歳のころ訪れた足摺岬の西方、大堂海岸の懸崖の景観をもう一度見てみたいということになり、此度は海上から仰ぎ見ようと計画を練った。

そのため、一泊目は土佐清水市足摺岬の「TheMana Village(ザマナヴィレッジ)」を、二泊目は幡多郡大月町の「ベルリーフ大月」を予約した。

ザマナヴィレッジ
TheMana Village(ザマナヴィレッジ)
一日目は高松市内を9時に出立、四国横断自動車道と高知自動車道を経由、途中、道の駅「かわうその里すさき」でランチ休憩。

金剛福寺 本堂と大師堂
金剛福寺の本堂と大師堂
午後2時過ぎに第38番札所金剛福寺前の足摺岬駐車場に車をとめた。

お参りのまえに前回、雨で断念せざるを得なかった足摺岬の突端へとまずは向かった。

細君に云わせるとここは2月が椿の花がきれいなのだというが、その日は8月21日。

つばきロード
足摺岬へ椿のトンネルをくぐってゆく
赤い花を想像しながら「つばきのトンネル」をくぐり、岬の突端の見晴らし台へと急いだ。

思いのほか狭い足摺岬の見晴らし台
思いのほか狭い見晴らし台
実は半世紀前、わたしは社会人としてのスタートを高松の地で3年間過ごした。その間独身寮の先輩たちと確かに足摺岬を訪ねている。そのはずなのだがなぜか見晴らし台からの雄大であったであろう景色の記憶は寸毫も脳味噌の襞に刻まれていない。

夏の大海原
足摺岬からみる太平洋
今度こそ渺渺たる太平洋の醍醐味をこの目にしっかり焼き付けてこようと思った。幸いかな当日は絵にかいたような真夏の晴天である。


夏の陽光にきらめく太平洋
夏の陽光にかがやく海原
駐車場からつばきトンネルを抜けてほんの数分で突端の見晴らし台へ到着。

足摺岬見晴らし台
途中に白い灯台があった。

⓪足摺岬灯台
足摺岬灯台
南国の蘇鉄を随えて真っ青な夏空にニョキッと伸びた灯台は美しい。

宏大な太平洋を睥睨するには、思いのほか狭い見晴らし台であった。

⓪足摺岬から
拡がる大洋
ただ、目の前に広がるどこまでも碧いパノラマは、まさに大海原という言葉がぴったりの胸のすくような眺めであった。

一望千里、海と空の境に一気に引かれた水平線がいさぎよい。

見晴らし台から太平洋の大海原を
真一文字
遮るものがなにもない、真一文字がすがすがしい。

その真一文字の頭上にのびやかに浮遊する白い雲。


夏の強い日差しのなか頬を打つ海風が殊の外心地よい。

胸一杯に遥か波浪をこえてきた潮風を吸い込む。

肺のすみずみまで仄かな塩気が染みわたったようで身がきりりと引き締まった。

足摺岬の海とキスゲ
キスゲ科の黄色い花がターコイズブルーの海に映える
そして一転、眼下をのぞき込むと陽光をすいこんでトルコ石のように青緑色に透けた海面に絶壁に咲くキスゲ科の黄色い花が鮮やかに映えて、美しい。

そう、遠いあの日も海風が崖下から吹き上げてきて火照った顔を弄(なぶ)っていった・・・そんな半世紀前に覚えた感覚がよみがえってきた・・・。

大堂海岸
飛沫を浴びた大堂海岸
この日、わたしは四国最南端の岬の突端に立ち、20代のころ置き忘れてきた探し物をようやく見つけだし記憶の棚にそっと納めることができた、そんなおだやかな思いにとらわれたのである。

大潮の日、鳴門の大渦潮に自然の凄味を知る

私たちが4年9か月をかけて逆順で廻った四国八十八ヵ所霊場巡りの満願成就を果たす第一番札所の霊山寺を訪れた日、令和3年3月30日は奇しくも大潮の日にあたっていた。

K願之証
霊山寺で拝受した四国遍路満願之証
しかも、当日はなんと正午前に残り三ヶ寺となったお遍路を終える予定となっていた。鳴門の最もダイナミックな渦潮を観ようとすれば、大潮の日でかつ満潮・干潮の前後1時間ほどのタイミングなのだという。

そして、その日、霊山寺で満願の証をいただいたのが午前10時30分。

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四国88ヶ所第一番霊場 霊山寺
霊山寺から鳴門の観潮船乗り場まではおよそ26km、車で30分弱の距離である。

¬通膣儻汽船 うずしお観潮船乗場
鳴門観光汽船 うずしお観潮船乗場
その日の干潮時間は13時10分、潮流最速の時刻は13時。その時間帯の観潮船に乗ることができれば、潮流の最も早い時に発生する鳴門の躍動感あふれる大渦潮を船上から体感できる。

絶好の観潮日和いやピンポイントの観潮ゾーンに嵌まっていたのである。これをお大師様のご利益と呼ばずして何に譬えられようか。

…流最速が13時 出港12時45分 修正済み
観潮船チケット売場
ということで、残り10ヶ寺となっていた阿波の霊場をめぐる二泊三日の遍路旅は、鳴門の渦潮の干潮時間から逆算して計画し、事前に12時45分出港のアクアエディなる小型水中観潮船のチケットを予約したのである。

大型の観潮船とは異なり、船底に設けられた座席が指定されており、渦潮を海中から観られる趣向となっていた。

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水中観潮船アクアエディ
乗船後、渦潮のメッカである鳴門大橋間近に着く頃、館内放送で船内に戻れと案内が流れる。
ヌ通膤ざの渦潮 小さい(淡路島福良港から 2019.10,15)
鳴門大橋
鳴門の大潮の渦潮
船内は夜光虫のような色相で彩られており、一挙に幻想の世界に引きずり込まれる。

アクアエディの船内 両脇の窓から海中の渦潮を観る
アクアエディの船内 左右窓から海中を観る
所定の座席にすわり、窓外にエメラルドグリーンの海中を見る。そして渦が海中に向かって錐を揉みこむように切り込んでゆく情景を期待したのだが、そこはそれ、そんなに甘くはない。70枚におよぶ写真を連写したなかに、この1枚だけを見つけ出した。
ヽっ罎ら見た渦潮
錐のように・・・渦が・・・
海中に向かって錐のように?渦を巻いていく、子供のそのまた子供のような可愛い渦潮が写っていた。わたしの努力の賜物だと思って鑑賞してほしい。

その水中観覧が終了して、今度こそ上部甲板から鳴門の渦潮を見下ろしにいった。

ぬ通臑膓兇凌寝爾捻可発生
鳴門大橋の真下の海面が泡立つ
上部甲板には乗船客の歓声がそこここに挙がる。大潮の日の干潮の時刻、潮流が最速となったまさに絶好のタイミングである。

4劃時最速時の大渦潮
おおぉ 渦巻きだぁ〜
鳴門大渦潮ショーの開演である。この写真を御覧じよ!

鳴門の大潮の渦潮
鳴門の大渦潮です!!
船上で感じる振動と音をお伝え出来ぬのが残念であるが、見事な渦を巻いているのが見て取れよう。

海面に段差
海に小さな段差が生まれる・・・
もう一枚、これも頑張って撮ったので、見てほしい。

η力の大渦潮
渦がそこここに・・・
それと、ビデオも撮ったのだが、最もすばらしいところはどうも録画ボタンがちゃんと押せていなかったようで、次点の動画を一応、アップしておくが、あまり期待しないでほしい。


そうこうするうちに、船会社もそこは商売である。観潮の時間はあっという間に終了し、鳴門の桟橋に向けて無情にも観潮船は回頭し、次の船客を載せるために渦潮の真っただ中からそれこそ脱兎のごとく桟橋目指して船速をあげてゆくではないか。遊覧回数を増やせば増やすほど儲けがあがることは自明である。

あと、10分海峡に止まっていたかった、失敗したビデオ撮影を今度こそ・・・それが正直な一船客の感想であったが、もはや詮無いことである、大渦潮をこの目に焼き付けられたことが一番。貴重な体験ができたことに感謝しよう。

C枯島より 暴れる鳴門海峡
実は鳴門海峡の観潮体験は3度目となるが一度目はもう数十年前になり、記憶も薄れているが、直近は20191015日の大潮の日、淡路島の福良港から出港して鳴門の渦潮を観覧している。

一年半前は他の訪問先の予定を優先したため、ピーク時の満潮時刻より1時間半ほど前の観潮船に乗らざるを得なかった。

それはちょっとしたタイミングのズレであったのだが、波はそれなりに暴れ、海面は泡立っている。しかし目指すきれいな渦巻きの姿を目にすることはかなわなかった。

満潮までもう少し渦が巻いていない(淡路島から 2019.10.15)
満潮前だと鳴門の渦潮もこんな程度であった
そして鳴門の渦潮”といってもあの鳴門巻きの紋様のような渦はいつでも見られるということではないのだということを愚かにも初めて知らされた。わたしは基本的にいつでも渦潮は見ることができるが、渦巻きの大小や迫力の違いくらいに考えていたので、その時の“なんだかなぁ・・・”といった宙ぶらりんな気持ちが鳴門の観潮を今度こそ全身で感じてみたいと願い、今般の観潮スケジュールを立てるに至ったのである。

鳴門の大潮の渦潮
そして、この度は、海面に出現する滝のような段差や複雑な潮流の動きが造り出す大渦潮、その造形の刹那をようやく目にできた。自然のいつもと変わらぬ営みのなかに時折見せつけられる凄味というか厳しさのようなものを感じさせられた、そんなひと時であった。

皆さまが鳴門の渦潮をご覧になる際には、大潮の日、しかも満潮・干潮の時刻を狙って旅の行程を立てられんことを是非とも願い、筆を置くこととする。

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