彦左の正眼!

世の中、すっきり一刀両断!で始めたこのブログ・・・・、でも・・・ 世の中、やってられねぇときには、うまいものでも喰うしかねぇか〜! ってぇことは・・・このブログに永田町の記事が多いときにゃあ、政治が活きている、少ねぇときは逆に語るも下らねぇ状態だってことかい? なぁ、一心太助よ!! さみしい時代になったなぁ

国際問題・外交

東証株価7649円、バブル崩壊後最安値へあと42円だが・・5

東証株価、バブル崩壊後最安値へあと42円だが・・

 

東証時価総額推移1956〜2008年

 

 

 

 

 

 20081024日、東証株価は8000円台をあっさりと割り込み、終値が7,649円となった。2003428日のバブル崩壊後最安値の7,607円へあと42円という壊滅的水準に近づいた。1024日の時価総額(東証一部)も2579774億円へと急落し、過去最高の時価総額であったバブル期の590.9兆円(1989年末)の44%にまで下がる結果となった。また直近10年間の年末時価総額を見ると、その最高値は昨年末の538.6兆円(2007年)であり、その総額から48%の水準、つまり半分の資産価値までこの10か月間で落ち込んだことになった。

 

 この世界的規模での株価急落はもちろん米国の金融危機に端を発し、世界景気の後退が懸念され、実感されるなかで起こったものであるが、パニック的市場心理がその大きな部分を占めていることも一方の事実である。とくに日本の株式市場や為替レートを冷静に見れば、我が国の経済実態に見合った株価水準でないことは分かるはずである。

 

 まず、東証一部銘柄のPBR(純資産倍率という)を見よう。PBRは株価÷1株当りの株主資本(BPS)で計算される値である。1株当りの株主資本(BPS)は株主資本(企業の純資産価値)÷発行済み株式総数で得られる数値である。

 

 理論的にはPBRが「1」のとき、その企業の株価は正当に評価されていると言えるものである。なぜならPBR1より低い値が続く時には、株主はその企業を清算させ、投下資金を回収した方が得という計算になるからである。したがって、理論的にはPBR1」という数値がその企業の株価の下支えと考えられる。

 

 そのPBRを東証一部上場企業平均で見てみると、9月末の数値ですら0.9と1を割る水準にあった。9月末の日経平均終値は11,259円とこの24日の7,649円より3610円、47%も高い時点においてである。因みに24日の株価急落の一因とも言われたソニーの24日の株価で計算されたPBR0.57である。

 

 一方で為替レートを見ると、対ドルで94.28円(25am9:50現在)、対ユーロで119.00円(同)、その他通貨に対しても同様に円は一種、独歩高の様相を呈している。通貨として現在、国際的には「円」が非常に強い通貨であると国際金融市場のプロたちが考えている証拠である。その大きな要因はこの世界恐慌的な世界同時株安の元凶である金融システムの毀損が、日本は国際的な視点で見ると相対的に傷が浅いという点にあると考えられる。

 

 そう考えたとき、日本の今の株価水準はどう考えても低すぎるし、必要以上に他国のパニックにお付き合いし過ぎという感がしてならない。外人投資家やファンドなどが国内の機関投資家とも相まって投機的先物取引等を行うなど市場が複雑な動き・展開を見せるのは当然であり、単純に理屈だけで割り切ることはできぬが、現時点では日本は相対的に安定的な経済環境にあるのだと考えられ、株価水準は実態を無視してやはり突っ込み過ぎではないかと言わざるを得ないのである。

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「わたしは幸せです」=サイゼリヤのメラミン・ピザ5

 

 イタリア料理のファミレス・チェーン「サイゼリヤ」のピザ生地から現在、中国国内外で問題となっているメラミンが検出された。1021日に正垣泰彦社長は日本国内で行なっていた検査結果を待たずにピザ販売を続けたことの釈明会見を行なった。


そのなかで、「中国の検査ではメラミンは検出されなかったので、結果を信用していた」、「メラミンの混入は全く想定外だった。対応が後手後手になったことをおわびします」と述べ、謝罪した。

 

20071月に発覚した不二家の消費期限切れ牛乳等による洋菓子製造問題で、「食の安全」に対する国民の関心は弥(いや)増しに高まった。その後も懲りることなくミートホープ、白い恋人、赤福、比内地鶏、吉兆、マクドナルド、ローソン、崎陽軒など食品および関連業界において産地偽装や賞味期限の改ざん事件が続出した。「食の安全」の信頼を大きく揺るがす事件がまぁ湯水のごとく出るわ、出るわ、本当にこの国は一体全体、どうなったのかと慨嘆しきりであった。

 

そして一息つく間もなく、三笠フーズ・浅井の汚染事故米の転売問題で酒造業界や菓子業界がテンヤワンヤの状態。消費者の食への信頼はトンと地に落ちた。「商人道徳」「商人道」などという言葉はとうに死語となったと言ってよい。

 

このように我が国の国内メーカーや料亭、商社における「食の安全」に対する背信行為が大きくクローズアップされる一方、時を同じくするように高度成長を続ける中国で生産された冷凍製品にも安全面での問題が生じた。20081月の有機リン系殺虫剤が混入した冷凍餃子に始まり、その解明もなされぬうちに、この10月にはジクロルボス混入の冷凍いんげん事件が発生した。この二つは製造管理の問題なのか、犯罪性のある事件なのかまだ解明されていないため、軽々に憶測で物を言うべきではないが、9月に中国国内で発覚したメラミン入りの粉ミルクによる乳幼児の健康被害事件はまさに食品メーカーの確信的犯罪であり、当然のこと国内外で大きな社会問題となっている。

 

そうしたなかでの「サイゼリヤ」のメラミン入りピザ騒動である。冒頭に記した正垣泰彦社長の言には「食の安全」への信頼の揺らぎ、いや、危機に対する問題意識のひとかけらも感じられない。食品業界にある人間にあるまじき意識の低さであり、正直、驚きを隠せない。正垣社長は、言うまでもなくお客様の口に入れる食品を日々、サーブする企業の経営者である。こうした時代「一寸待て、安全を確認してからでないとお客様の前には提供できぬ」と考え、疑わしきものの検証を指示・徹底させるのは、経営者としては最低、最小限の責任・義務である。

 

この時期、「メラミンの混入は全く想定外だった」と平気で「想定外」に口にできる人間が食品関連業界に存在することなど、決して許されることではない。メラミン混入濃度が安全基準よりも低かったということで、同社長がこの程度のことでは健康被害にはつながらぬと高をくくっているとしたらとんでもない勘違いである。消費者の安全を後回しにするような企業は、即刻、この業界から退出すべきである。今回引き起こした事件はそれほど重い意味を持ったものなのだということが、どうもこのご仁にはよく分かっていないように思えてならない。

 

 「サイゼリヤ」はイタリア語の古語で「くちなしの花」のことだそうだ。命名は当社の創業日の77日の誕生花「くちなし」に由来するという。その花言葉は「わたしは幸せです」と、当社のHPに書かれていた。この「わたし」とは「正垣泰彦社長」のことを意味していたのだと、今回、初めて知ったところである。


 

リーマン・ブラザーズのCHAPTER11申請は世界大恐慌へのゴング!3

 915日、米国の大手証券会社リーマン・ブラザーズ・ホールディングスがCHAPTER 11(米連邦倒産法第11条)を申請した。日本でいうところの民事再生法である、と言うより、日本の民事再生法の見本が米国のチャプター・イレブンであったのだが。同法は現在の経営陣が退陣することなく会社再生の道を選べるという点で、会社更生法とは大きく異なる。とは言っても会社の倒産というきわめて深刻な事態であることに変わりはないのである。

 

 およそ10年前のこと。北海道拓殖銀行の破たんにつづく山一証券の自主廃業の発表。199711月、この日本で相次いで起こった社会を震撼させた大手金融機関の実質的な大型倒産。その翌年には日本長期信用銀行という大銀行の倒産などが続いた。リーマン・ブラザーズのCHAPTER11の申請を聞いて、あの時の背筋の凍るような金融危機の恐怖がまざまざと甦ってきた。事の発端は異なっていようが、これまでの経緯があまりにも似ているのである。

 

 サブプライム・ローン問題に端を発した世界的な金融不安は、これまでのところ自己努力による増資を中心になんとか決定的な金融危機を回避し、目晦(くら)ましのようにして、ごまかしごましでなんとかやって来たように見える。しかし、この99日、サブプライム問題の煽りを受け苦境に陥っていた米政府系住宅金融機関二社に対し、米政府が十兆円余にのぼる多額の公的資金による資本増強という政策パッケージを発表、両社を公的管理下に置くとした。この発表により逆にわたしは、米国の金融危機は生半可なものではなく、不良資産が不良資産を新たに生み出してゆく、未曽有の負のスパイラルの世界に入ったと判断し、憂慮を深めたところであった。

 

 その矢先の大手証券というより世界的大金融機関であるリーマン・ブラザーズのCHAPTER11の申請である。いま、米国にとどまらず欧州の金融機関も含めてサブプライム・ローンの痛手を互いの傷をなめ合うように増資をし合うことで、自己資本の毀損(きそん)に対処しようとしている。しかし、その増資による自己資本の増強という手法は、そのリンクの中にある、一社がつまずくことで、ドミノ倒しの危険を孕(はら)んでいる。「見せ金増資」とは言わぬが、最初の増資で自己資本を強化した金融機関が、他の金融機関の増資に応じ資本増強を果たす。それを繰り返すことで、みんな、資本は大丈夫であると何となく安心しているのが、つい、昨日までの状況ではないのか。

 

 リーマンが破たん。その直後にニューヨーク・タイムズ社がプライベート・エクイティのJCフラワーズらのAIGへの出資見合わせを決定し、同社が財務的危機に陥る懸念があると報じた。AIGは誰もが知っているように、130以上の国・地域に展開している世界的な保険・金融サービス機関である。そのAIGも危ないのか。

 

 ドミノ倒しが本格的に始まったのではないのか。無性に気味が悪い。真夏の夜の悪夢にならぬとよいが・・・、21世紀の世界大恐慌・・・などという恐ろしいことにならぬとよいがと祈るばかりである。


北京オリンピック開会式=「漢字」超大国の輝きと脅威

北京オリンピック開会式=「漢字」超大国の輝きと脅威

 200888日午後8時(日本時間午後9時)、中華の国で縁起が良いと好まれる「8」の数字が並んだ年、月、日、時間に中華人民共和国における初めてのオリンピックの幕がいよいよ切って落とされた。中国人が百年間、その開催を願って止まなかったオリンピック。その開会式の有様はいやがうえにも昂(たかま)って、まばゆく輝いて見えた。

 

 開会式は、ベネチア映画祭で金獅子賞に輝いた中国を代表する映画監督、張芸謀(チャン・イーモウ)氏が総合プロデュースした。4時間を超える壮大な叙事詩でもあった式典は、急成長を遂げる超大国中国の自信と誇りに満ち、輝いて見えた。その一方で、大きな恐怖感をも世界に根づかせたのではなかろうか。

 

 現代世界を律する西洋文明の跋扈(ばっこ)に対し、張芸謀監督は五千年の文明史を有する中華文明こそ現代文明の礎(いしずえ)を築いたものであると、強く訴えているように思えた。それは単なる自国史の賛美にとどまるのでなく、ある強烈な意志の下に演出されたと、わたしの目に映ったのである。

 

 式典は壮大な歴史絵巻を軸に展開した。

 

人類の智慧を簡便に記録に残す、すなわちより簡便にかつ普遍的に文明の継承を可能にした漉(す)き紙の発明。そのうえで文明の普及を爆発的に広めることを可能にした活版印刷術の発明。世界の海を帆走することを可能にした司南(羅針盤)の発明、等々・・・。88日の夜、このように壮大な歴史絵巻は続いていったのである。

 

 フィールド一杯に人間により描かれた巨大な船形が表われたときには、「大航海」は中国(明の鄭和)がバスコ・ダ・ガマやコロンブスよりも1世紀も早く成し遂げたのだと、狂おしく咆哮(ほうこう)しているように感じた。

 

 さらに巨大絵巻に投影された大きな筆の映像と紙の上を人物が踊りながらその手足で描線を引いている様子は、「文字」も中華文明が実は最初に編み出したのだぞと、言っているようにわたしには見えた。竹簡(ちくかん)を手に持ち群舞する男たちを見るにおよんで、その思いは確信に変わっていった。

 

 また式典を通じて終始、打ち上げられた総数十二万発におよぶ華麗な花火も、火薬を発明したのは中国なのだよと、天空から語りかけているようにこの自分には聴こえたのである。

 

 そして開会式のメインである選手入場に際しては、従来のアルファベット順ではなく、国名の漢字の画数の少ない順に入場するという漢字国ならではの基準が取り入れられた。IOCがよくそうした基準を受け入れたものと正直驚いた。なぜなら、それはアルファベットが象徴する西洋文明に、明らかに挑戦状を叩きつけるようなものだからである。その一点だけでも、東洋文明が律する文明社会のデ・ファクト・スタンダード(事実上の基準)化へ向けた最初の一歩を超大国中国が踏み出したような気がしたのである。そう気づいたとき、わたしは中国という大国の覇権主義がいよいよその鎌首を持ち上げてきたのだと、背筋がす〜っと冷たくなってくるような感じを覚えた。

 

 世界は200888日という日に、東・西文明の闘いという新たなフィールドに本格的に足を踏み入れたのではないか。いや後日、そうだったと思い起こす歴史的な日になったのではないかと、華麗な打ち上げ花火に映える胡錦濤国家主席の輝く顔を眺めながら、不気味さとともにその脅威につき深く考え込まされたのである。

 

 漢字文明をともにする我が国にとり、東洋文明の復権は望ましいことではあるし、誇らしくもある。しかし、その方向は軋轢(あつれき)なしに済むはずがない。上手い調和を・・・、などと云うのは現実政治を知らぬ者の云うこと。文明と文明の闘いという壮大で壮絶な歴史絵巻がこの北京オリンピックを機に始まったのだと思うと、武者震いではなく、不気味な脅威に身震いがしたのである。この真夏の猛暑の夜、世界、いや西洋文明の担い手たちは等しく悪夢を見せられ、悪寒を覚えたのではなかろうか。



温暖化を喰い物にするCO2の商品化4

  628日(土)、29日(日)の両日開催の「地球環境国際議員連盟(GLOBE)東京G85議員会合」(会場:東京プリンスホテル「鳳凰の間」)にオブザーバーとして出席する機会を得て、629日に参加した。

 

 前日は福田康夫首相の開会挨拶に続き、トニー・ブレアー英国前首相と安倍晋三前首相が基調演説を行った。

 

 「GLOBE」はGlobal Legislators Organisation for a Balanced Environment の略称であるが、同時に「地球」を意味する言葉である。EU議会、米国議会、日本の国会議員の有志が人類共通の地球環境問題を国際的枠組みの中で議論し、環境改善へ向けた提言や働きかけをまさに地球規模で行うことを目的として1989年に設立されたものである。そしてUNCSD(国際連合持続可能な開発委員会)の承認を受けたNGOでもあり、正式に国連での発言を認められている団体である。因みに「+5」は中国・インド・メキシコ・ブラジル・南アフリカの議員を表しており、単なる先進国だけではなく、重要な発展途上国の立法議員も加わった会合となっている。

 

 わたしは二日目の参加であったが、当日の各国議員の質疑応答を傍聴するなかで、地球環境保護という大きな大義のもとで進められる壮大なビジネスの臭いを嗅ぎ、そうした動きに対する大きな疑問と懸念を抱いた。

 

 それは国や企業の間で温室効果ガスの排出量枠のトレード(やりとり)をする、いわゆる「排出量取引」に関わるものである。排出量取引自体はCOP3の京都議定書の第17条において規定されたもので、炭酸ガスを主とした温室効果ガス削減行動を補完・促進する京都メカニズムのひとつであり、有効なツールであると評価できる。

 

 ただわたしが違和感を感じたのは、会場での低炭素化の提言に対する質疑応答のときである。ひとりのEU議員が「そのモデルでは炭素の価格はどれほどを想定しているのか」との質問が出た。提言者は「単位当り2から3セント、12ユーロ位か」と即答した。その質問はモデルの経済合理性をチェックするためなのだとは思うが、それは、まさに商品市場でのやりとりそのもののようにわたしには聞こえたのである。

 

 会合の後、ある人に率直に「金の臭い」の懸念を述べたところ、「EUが育成しようとしている排出権取引市場ではディーラーの受け取る取引手数料は相当額にのぼる」との話も聞かされた。これは環境保護を錦の御旗にしたCOによる信用創造である。無から新たな価値を創造し、その価格設定権のイニシアチブを獲ることで、手数料や削減炭素枠という名の下に莫大な富を得る。もしこんなことにでもなれば、それこそ人類存亡を担う環境保護の問題とはまったく次元の異なる生臭いビジネスの世界の話になってくる。

 

 わたしは以前、「温暖化防止に見るEUのしたたかな戦略(上)・(下)」(2007.3.1518掲載のPJオピニオン)において「EUは世界経済に大きな影響力を有する日米と、今後その存在感を高めてくることが必至の中国の機先を制し、地球温暖化防止においてイニシアチブをとり、(中略)米・中・日の国力を正義と良心の名のもとに削ぎ落としてゆくという国際政治における老練な戦略であるように思えてならない」と述べた。その現実をわたしは今回の「地球環境国際議員連盟(GLOBE)東京G85議員会合」において垣間見せられた思いがした。

 

 温暖化防止に人類をあげて取り組むことは必須であり、喫緊の課題である。温室効果ガスの絶対量を減らすための技術開発や知恵に加えて、その削減インセンティブが必要なことはわかる。しかし、それを推進する一助となる排出権取引市場は、その整備・運営にかかるコストを徴収するのは仕方がないとしても、ある特定の国や地域の人間がビジネスとしてそこから利益を得ようなどとすることは、地球環境保護の本来の運動とは意味合いを全く異にするものである。

 

 人類共通のためであるからには、炭素の商品化やその排出権取引市場の整備にあたっては人類共通の社会資本、共通インフラであるという考え方をとらねばならぬ。生き馬の目を抜く国際政治の舞台で、「言うは易く行うは難し」であるのはわかる。しかし、この地球温暖化の問題はまさに「待ったなし」であり、それこそ算盤片手に損得勘定でやる話でないことだけは、われわれは国際社会の舞台で堂々と主張してゆかねばならぬ。

 


温暖化を食いものにする人々 地球温暖化という“都合のよい真実” (別冊宝島 1507 スタディー) (別冊宝島 1507 スタディー)

不都合な真実 ECO入門編 地球温暖化の危機

「炭素会計」入門 (新書y (193))

 

 

 

 

 

 

遊就館展示記述の日米翻訳の相違3

遊就館展示記述の日米翻訳の相違

 2006年1月20日時点での靖国神社の遊就館での展示パネルにおける日米の説明文の相違について調べた時の具体例が出てきたので、ここに記録として掲載する。

 遊就館全景           菊の御紋        大村益次郎像を望む

遊就館前景

菊のご紋靖国神社大村益次郎

 

 

 

 

 

 

 遊就館入口          靖国神社拝殿         靖国神社石柱

遊就館

靖国神社3

靖国神社

 

 

 

 

 靖国神社遊就館大東亜戦争展示室の説明パネル(06.1.20

 

1.

アメリカの大戦参加を明確化

大不況下のアメリカ大統領に就任したルーズベルトは、三選されても復興しないアメリカ経済に苦慮していた。早くから大戦の勃発を予期していたルーズベルトは、昭和14年には、英米連合の対独参戦を決断していたが、米国民の反戦意志に行き詰まっていた。米国の戦争準備「勝利の計画」と英国・中国への軍事援助を、粛々と推進していたルーズベルトに残された道は、資源に乏しい日本を、禁輸で追い詰めて開戦を強要することであった。そして、参戦によってアメリカ経済は完全に復興した。

 

Roosevelt’s Strategy and U.S.

Entry into World War

When President Franklin D. Roosevelt first took office the .S. was in the throes of the Great Depression ; the economy still had not recovered when his third term began. Early on, Roosevelt had anticipated a major conflict. In 1939,he had resolved to join Great Britain in the war against Germany, but was hampered by American public opinion,which was strongly antiwar. The only option open to Roosevelt, who had been moving forward with his “Plan Victory” was to use embargoes to force resourcepoor japan into war. the .S. economy made a complete recovery once the Americans entered the war.

 

 

2.

1127

米国政府の対日外交終了

作戦準備命令発令

 

キンメル提督などの太平洋方面の陸・海軍司令官に「対日外交交渉終了と対日戦準備の部隊配備強化」としての戦争準備行動を発令

本急報を戦争警告とすべし。日本との交渉は終わり、日本の攻撃行動は数日中と予想される。WPL46で指定された防御展開を実施せよ

 

November 27:U.S. Government

breaks off  Negotiation with japanOrders issued to prepare for war

Orders are issued to Admiral Husband Kimmel and other Army and Navy commanders in the Pacific to prepare for war. The Japanese see little point in continuing with negotiations.

 

*日本語説明の    部の英訳は一切無し。

 

 

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温暖化防止国際会議=POST−KYOTOで評判の悪い日本(下)5

温暖化防止国際会議=POST−KYOTOで評判の悪い日本(下)

上につづく)要は初めて数量目標を規定した京都議定書の名誉ある取りまとめ国が2013年以降の新たな国際協定(ポスト京都)づくりに向け、何ら具体策も提示せぬその後退とも取れる姿勢を国際社会が大きな問題として取り上げているのである。

 

欧州連合(EU・27カ国)はこの3月のブリュッセル首脳会議で京都議定書後(12年以降)を想定して2020年までに温室効果ガス排出量を1990年比で20%(米国が参加すれば30%)削減することで合意した。そしてその首脳会議の議長国であったドイツ政府COP13にタイミングを合わせる形でこの5日、2020年までに同国の温室効果ガス排出を90年比で最大40%削減するという大幅な削減目標を定め、その関連法案や通達をまとめたエネルギー・環境包括案を閣議決定したと発表した。まさに21世紀の国際社会の最大テーマと言ってもよい環境問題においてリーダーシップを握ろうとしている。

 

 さらに京都議定書の埒外(らちがい)にいた世界第二位の排出国である中国が「ポスト京都」をめぐる交渉において、既に各国に提案している案とは別に、2009年までにすべての交渉を終えるべきだとの前向きな案を別途、用意していることが6日に報じられた。発展途上国として削減目標を課せられていない中国が現在の国際政治環境を天秤にかけて温暖化防止への積極的姿勢への転換を示そうとしている。まさに国際政治の流れを見据えた戦略的な動きと言える。

 

 そして日本がその立場を必要以上に配慮している米国においても、とうとうこの5日、上院の環境公共事業委員会が二酸化炭素など温室効果ガスの排出削減を義務付ける超党派の法案を賛成11、反対8で可決するなど、地球温暖化防止に対して初日の豪州の京都議定書批准表明に始まったCOP13の場は、日を追うにつれ、さながら国際社会の一員たる証明の証としての「決意表明合戦」の様相を呈してきたといっても過言ではない。

 

 そうした国際政治の駆け引きのなかで、10年前に名誉ある京都議定書をまとめあげた日本は、何ら決意表明をするわけでもなく、逆に地球環境保護に対する覚悟の後退と温暖化防止活動に対するイニシアチブの喪失を国際社会に強く印象づける格好となっているのである。

 

わが国は昨年の830日付で第1約束期間(20082012年)の京都議定書に準拠した日本の温室効果ガス排出割当量をCO換算で592900万トン(=126100万トン(1990年基準年度排出量)×0.94(基準年度より6%マイナスが日本の目標値)×5年)とする報告書を気候変動枠組条約事務局に提出している。

 

 わが国の直近の2006年度の温室効果ガス排出量の速報値は134100万トンである。単純に5倍すれば67億トンとなる計算であり、京都議定書で議長国として約束した59億トンを大きく上回る排出量となる。その超過した分は今後の産業界等のさらなる削減努力や森林資源吸収対策と排出権購入という札束で帳尻を合わせる算段である。

 

 このように第一約束期間の対策ですら四苦八苦している国が、POSTKYOTOであらたな枠組みを国際社会に提案できるなどと思う方がちゃんちゃら可笑しなことであるのかも知れぬ。またそう考えてくれば、メディアがクール・ビズをはやし立て悦に入り、防衛省疑惑で環境問題どころでないこの国がCOP13で評判が悪いというのはますます当然と言えば当然のことなのだと得心のゆく話ではある。そして国際社会で「決意表明」などと大それたことなどとても現在の国内政治状況ではできるはずがないことも十分過ぎるほどに、納得がゆくのである。


 

温暖化防止国際会議=POST−KYOTOで評判の悪い日本(上)5

ブログネタ
地球温暖化問題 に参加中!

 

123日から14日までの12日間にわたり「気候変動枠組条約第13回締約国会議(COP13)及び京都議定書第3回締約国会合(COPMOP3)」がインドネシア・バリで開かれている。COP13は京都議定書で締約した第一約束期間(2008から2012年)終了後の次の枠組みをどう構築するか、また主要先進国のなかで京都議定書の枠組みに入っていない最大の温室効果ガス排出国、米国の取り込みや、中国・インドなど大量の温室効果ガスを排出する発展途上国の取扱いなどきわめて重要なテーマが議論される予定である。さらに今回は、世界の科学者たちが科学的データに基づき「気候システムに温暖化が起こっていると断定するとともに、人為起源の温室効果ガスの増加が温暖化の原因であるとほぼ断定」した「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第4次評価報告書統合報告書」(07.11公表)がIPCCよりプレゼンテーションされることになっている。

 

地球規模での異常気象が頻発するなかで地球温暖化防止は今や待ったなしの国際社会の重要テーマであり、京都議定書の第一約束期間後の次の具体的枠組みについては国際社会、いや人類が一丸となって取り組まねばならぬ喫緊の課題となっている。その世界が注目する国際会議の開始早々の段階において、実は日本の評判がきわめて悪いのである。

 

日本は今からちょうど10年前に議長国として、温室効果ガスの削減を初めて具体的数値目標として課す「京都議定書」を難産の末、まとめあげたという実績を誇る。温暖化と言えばKyoto  Protocol(京都議定書)、PostKyoto(京都議定書の次の枠組み)という言葉がキーワードとして国際会議で飛び交うほどに、この日本が地球温暖化に果たしてきたこれまでの役割は決して小さくない。

 

そして今年6月のドイツで開催されたG8ハイリゲンダム・サミットでは、地球温暖化問題への取組が最重要課題の一つとして取り上げられた。その首脳会議において安倍総理(当時)は世界全体の排出量を2050年までに半減(現状比)することを全世界の共通目標とする「美しい星50」を威勢よく提案するなど、来年の洞爺湖サミットに向けた温暖化防止への取り組み姿勢を強くアピールしたものである。

 

そうしたこれまでのわが国の活動ならびに実績があるにも拘わらず、今回のCOP13での評判の悪さはどうしたことなのか。具体的に何が問題とされているのだろうか。

 

まずわが国の悪評を象徴する事象として、開催翌日の4日、日本は「本日の化石賞」の一位に選ばれた。この「化石賞」とは、COPの会議において温暖化防止に逆行する発言を行った国に対し、1日ごとに「クライメット・アクション・ネットワーク(CAN)」が公表するものであるが、そのネーミングは化石燃料を大量に消費してCO2を排出しまくることを痛烈に皮肉ったものであろう。CANとは温暖化防止活動を展開する世界の430を超えるNGOがネットワークを組んだインターナショナルな母体機関と紹介されている。第一位の授賞理由は日本が先進国の排出削減数値目標に触れることなく、法的な縛りをつけた京都議定書の原則と異なった提案をしていると判断されたことである。

 

またインターナショナル・ヘラルド・トリビューン英字紙は5日、「アメリカを喜ばせようとしている日本の提案が、バリで環境保護論者たちの怒りを掻き立てている」との厳しいヘッド・ラインの記事を配信した。会議初日の日本の発言のなかに、京都議定書の肝心要の原理であるはずの「法的拘束力を有す排出量削減」につき2013年以降(PostKyoto)の具体的数値目標の言及がなかったことが波紋を呼んでいるというのである。そして「日本は京都議定書(1997年)の10年目の誕生日にその原理を破棄しようとするのか」と当時、議長国として難解な取り決めをまとめ上げた日本を手厳しく皮肉り、逆に米国と日本がたくらんで、他国が法的拘束力のあるあらたな枠組み作りをすることを妨害しようとしているとの見方までがあることを紹介している。さらに日本代表団のスポークスマンとして本部和彦経済産業省審議官が記者団に「日本は(温暖化防止)枠組みの最終決定の際に、米国が加入していないことを望まない」と語ったことなど、温室効果ガスの義務的削減に従来から反対する米国に肩入れする日本という構図をことさらに際立たせ、書き立てている。



 

繰り返される誤審、国内競技連盟の国際化を急げ!4

繰り返される誤審、国内競技連盟の国際化を急げ!

 

 国際レスリング連盟(FILA)主催の2007年世界レスリング選手権が9月17日から23日の一週間にわたり旧ソビエト連邦内に位置するアゼルバイジャン共和国のバクー市で開催された。

 

その最終日の23日、女子72キロ級において日本代表の浜口京子選手が昨年の金メダリストであるズラテバ(ブルガリア)選手と2回戦で対戦したが、また誤審と思われる判定で、いや100%誤審によって敗れ去ることとなった。

 

この女子レスリングの誤審は、つい10日ほど前にリオデジャネイロ市で開催された国際柔道連盟(IJF)主催の世界柔道選手権大会の男子重量級において日本の井上康生と鈴木桂治両選手が誤審と思われる判定で、早々と二回戦で姿を消したことにつづき、日本スポーツ界の指導層および運営団体すなわち国内競技連盟の国際舞台でのネゴシエーション力不足が半端でなく深刻なことを裏付ける結果となった。

 

今回は柔道選手権のときのビデオによる試合中の再審チェックもなく、競技途中の日本コーチ団の抗議も日本語でまくしたてるだけで効果はなく、その判定が覆ることはなかった。

 

 試合が終了した後にようやく日本レスリング協会の福田富昭会長が当該ビデオをマリオ・サレトニグFILA審判委員長に見せることになった。そして同審判員長が「浜口のポイントである。(判定は)100パーセントのミステーク」と断言したという。しかし、試合が終了した後の判定修正はありえず、日本チームは苦渋の涙を呑まされる結果となった。

 

実際に当時のTV中継を見ても、解説者は浜口選手が技をかけた際に、得点をあげたと自然に気負うことなく解説していた。その直後に相手のズラテバに3ポイントが入り、「えっ!どうして?」と何が起きたのかわからぬまま生煮えの状態のなか、試合は敗退を喫することとなった。

 

ズラテバ選手は昨年の同大会決勝戦で敗れた浜口選手の因縁の相手である。その決勝戦は相手の頭突きにより鼻をへし折られ、状態が不完全のまま敗退したのである。そしてそのことで全治1カ月の手術を受け、本格的トレーニングへの復帰が遅れた経緯がある。それに対し日本レスリング協会は「故意の頭突き」とした抗議文をFILAに送付したというが、何かルールなりが変わったわけでもなく、その対応はおざなりで負け犬の遠吠えであったと言ってよい。選手の歯ぎしりするほどの悔しさが本当に身にしみてわかっているのか、疑いたくなるのである。

 

世界大会でつづくこうした誤審騒動による日本選手の敗退を見るにつけ、試合後に茫然自失となり涙をこぼす選手たちにその責がないことは明らかである。

 

一方で、日本女子の快進撃がつづくレスリングにおいても、スキージャンプ競技や複合競技同様の日本選手に不利なルール改訂が2005年の1月から認められてしまったという。国際競技連盟でのディベート力や政治的根回しのあり方、わが国選手が実力のある国際連盟における日本包囲網への情報収集力の強化等早急に図る必要がある。そしてより現場に密着している監督やコーチ陣の試合会場におけるジャッジに対する実効性ある抗議のあり方についても、当面の対処策ではあるかも知れないが、外人コーチの採用なども含めて真剣に対策を講じるべきであろう。

 

また中長期的観点からは、コーチ陣や将来の競技連盟を背負って立つ若手層を同スポーツに限ることなく各種国際機関へ留学させ、国際感覚や国際間の駆け引きを身につけさせることなども、一つの有効な手段として検討してみる価値はあるのではなかろうか。さらにその逆に日本の競技連盟に外国人を迎え入れることなども国際化、開かれた連盟となる方策として試みてもよいのかも知れぬ。

 

井の中の蛙的な連盟内でのつまらぬ権力闘争や派閥抗争などにうつつをぬかす時間などないことを連盟の役員陣は肝に銘ずるべきである。不甲斐無い競技連盟の指導者層のしわ寄せが、私的時間を犠牲にして練習に没頭する選手たちに納得のゆかぬ敗戦という形で向かうのでは、あまりにも申し訳が立たぬではないか。そしてそれはあまりにも理不尽と言うものではなかろうか。


米タイム社とAFP通信の切迫した危機感と弛緩した日本メディア(下)4

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 そしてこの4月4日、170年の歴史を誇る世界最古の報道機関で世界三大通信社の一つでもある「AFP通信」(本社パリ)がネットビジネスへの新たなチャレンジを公表した。

同社とIT企業のクリエイティヴ・リンク(本社東京)ですでに共同運営しているニュースコミュニティサイト「AFP BB News」において、ブログユーザー向けにAFP通信が日々配信する写真ニュースの画像やテキストを無料で個人ブログに掲載使用できるサービスを開始すると発表した。まずシーサー、paperboy&co.、ワイズ・スポーツの運営する3つのブログでサービスが開始され、今後、ライブドアやヤフーなどの運営ブログにも順次、対応していくとしている。

 

世界で最も古い歴史を有し、今日でも日々1000枚以上の写真を提供しつづけるニュース配信会社であるAFP通信が、保有する虎の子の写真映像等をWEBサイトで無料で開放すると公表したことの意味は大きい。

タイム社がポータルサイトにLifeブランドをアイコン・ブランドとし秘蔵写真を無料公開し、ネット広告への展開を展望していることと同じ方向を目指そうとしているのである。

 

歴史あるメディアとしては虎の子とも言うべきコンテンツを無料公開してまで、魅力あるWEBサイトを構築する。その様は人類の財産とも言うべき宝を梃子(てこ)にネット広告という成長マーケットに形振(なりふ)りかまわず殴り込みをかけてきたようにも見える。世界のメディア界のなかでも老舗中の老舗である両社がほぼ同時期に同じようなビジネスモデルにチャレンジすることは、メディアを巡る環境が未曾有の危機的状況にあることを直截(ちょくさい)に語っているように思えてならないのである。

 

そうしたことを見てきたのちにこの国の大手メディアの今日の状況を見ると、その危機感の認識においてあまりにも大きな乖離(かいり)があると言わざるをえないのである。

 

その背景のひとつとして「マスメディア集中排除原則」が大手新聞社等によって実質的にないがしろにされてきた歴史がある。放送事業においても本来適切な競争原理が働くべきはずであったものが、大手新聞とテレビキー局の一体化した系列化の常態化により競争マーケットの整備が大きく遅れてしまい、メディア業界に微温的体質が染みついてしまったことがあげられる。

 

「マスメディア集中排除原則」は放送法第2条2項にいう「放送をすることができる機会をできるだけ多くの者に対し確保することにより、放送による表現の自由ができるだけ多くの者によって享有されるようにする」趣旨の「報道の自由」、「表現・言論の多様性」、そして「報道の質」を担保するきわめて重要な条項であったはずである。

 

「表現(報道)の自由の寡占化」のツケを世界のメディア界の激動の最中に、この国はこれから払わされようとしているのである。その弊害是正へ向けた動きとして、遅まきながらではあるが、2004年11月の読売新聞の第三者名義による日本テレビ株の保有問題などに端を発した集中排除に対する行政指導が、2005年に総務省によってなされたところである。

 

 オンライン読者から生み出される広告収益は紙ベースの読者に対する広告効果に較べ、十分の一から悲観的なものでは百分の一程度という見方があることも事実である。一概にオンラインによる情報発信や広告をメディア変革に対する万能の救世主扱いにするのが危険であることは十分承知しているつもりである。

それでも今日、わが国の大手メディアで繰り返される捏造事件や人的不祥事などを日々、耳にし目にしていると、世界のメディア企業が持つ切迫した危機感とはまったく異なる弛緩した意識しかこの国の大手メディアは持っていないのではないかと、その動きを見るにつけ正直、情けなさと無力感を感じてしまうのである。

 

米タイム社とAFP通信の切迫した危機感と弛緩した日本メディア(上)4

「Life」誌は1936年に週刊誌として創刊されてから約70年の歴史を有す、写真を中心とした誌面作りに特徴をもつ「グラフ」雑誌と呼ばれるジャンルの媒体であった。

 

 同誌は第二次大戦中の最高傑作とされるノルマンディー上陸作戦を撮影したロバート・キャパやアフリカ・欧州戦線等の取材で活躍したジョージ・ロジャーなど有名な特派写真家をあまた輩出したことでも有名である。また1938年に日本人写真家、土門拳氏が時の外務大臣、宇垣一成を扱った「日曜日の宇垣さん」が同誌に掲載されたこともある。

 

 そうした伝統ある雑誌がこの420日号を最後に廃刊することが、米メディア・娯楽大手のタイム・ワーナー傘下にあるタイム社によって326日に明らかにされた。同誌はこれまでも1972年に一旦、休刊とし、その翌年の73年には年2回の発行として復刊するなど幾多の変遷を重ねてきた。200410月からは新聞の付録つまり折り込みとして無料週刊誌の形で再刊され1300万部の部数を誇ったものの、業界環境はそのころから逆に厳しさを増し、今般、発行継続が不可能との判断に至ったものである。同社は廃刊の詳しい理由として新聞業界全体の不調(発行部数の減少)に伴なう広告収入の下落をその大きな要因としてあげている。

 

またタイム社はこの1月にも編集スタッフ172人をふくむ289人の従業員解雇や部数約400万を誇る中核誌「TIME」のロサンゼルス等3支局を閉鎖、それに加え「ポピュラー・サイエンス」等18誌を出版大手ボニエ社(スウェーデン)に売却するなど矢継ぎ早に合理化策を公表、実施に移している。そのうえで今後は合理化により浮いてくる経営資源をインターネット関連事業などの戦略分野へ集中的に回すことにしたという。そうしたリストラにも拘らず、タイム社は約130誌もの雑誌を発刊する英米のなかで最大の出版社であることに変わりはない。

 

そしてタイム社はそのHPページで「Life」誌廃刊後のあり方として、高い価値を誇る「Life」のブランド力をアイコン・ブランドとして再生利用すると謳っている。複合的なデジタルプラットフォーム上で多様かつ革新的なツールとして「Life」ブランドを集中的に活用する方向で検討を進めている。具体的にはポータルサイトへの集客戦略のひとつとして、Lifeが保有する1000万におよぶすべての映像を、無料で個人が使用できるようにすると発表したのである。

無料公開される1000万のうち97%余の写真映像は、これまで一般人が目にすることのなかった貴重なものであるとして、この魅力的なポータルサイトへのアクセスを促している。

 

事実、そのコンテンツのなかにはナチスドイツを逃れてきた有能なカメラマン、アルフレッドアイゼンシュタットやLifeの創刊に携った女流写真家のマーガレット・バーク・ホワイト(当時「Fortune」の編集次長)といった錚々(そうそう)たる写真家の作品が含まれている。写真の好事家にとどまらずブロガーなど写真を利用したり、鑑賞したいと思っている一般の人々にとっても垂涎の的となるものである。今年後半には「Life」オンラインサイトで公開を開始するとしている。

 

米国新聞協会(NAA=Newspaper Association of America)は平日版の新聞読者数の平均値を1998年から全米トップ50紙の合計数字で公表するようになった(連続性がないためそれ以前の公表数字との比較は不能)。そこで98年の読者数を見てみると、7904万人であったものが、その後、山谷はあったものの徐々に減少傾向にあり、2006年では7609万人へと▲3.7%の下落の状況にある。

 

同様にNAAの公表資料で広告費支出の動向を見ると、紙ベースでの広告費支出の過去最高額は2000年の486億7000万ドルであるが、紙数の減少とも相俟(あいま)って2006年は466億1100万ドルと▲4.2%の下落となった。

 

その一方で広告業界ではオンライン広告費の増加が目を引き、広告費支出全体に占める比率は06年で5.4%と小さいものの、同ジャンルの数字の掲載を始めた2003年からの3年間の年平均伸び率は30%と驚くような数字をたたき出している。金額も06年で26億6400万ドルへと3年前の2倍強の規模へと急成長を遂げている。

 

さらに紙ベースとオンライン合計の広告費全体の支出動向を見てみると、過去のピークであった2000年の486億7000万ドル(当時はオンライン広告の数字はなし)の数字を上回ったのはようやく2005年になってからである。しかし、その内訳について見ると2000年当時とは異なり、広告業界の構造変革を如実に物語るものとなっている。

つまり紙媒体の広告費減少をオンライン広告の急増が補って2005年に全体として史上最高の広告費支出を記録したのである。その流れは06年も同様で、金額は492億7500万ドル(2006年−2000年=紙ベース広告費▲20億5900万ドル、オンラインベース広告費+26億6400万ドル)と連続して史上最高を更新したが、更新の主役は明らかに交替していることが見てとれる。【下につづく


温暖化防止に見るEUのしたたかな戦略(下)4

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エネルギー別の単位熱量当りの炭酸ガス排出量を見ると、石炭を1とした場合、原油が0.8、天然ガスが0.6、原子力・水力がほぼゼロという順にCO2の排出量が少ない形となっている。温暖化対策の面からは原子力や水力が最も有効であり、化石燃料のなかでは天然ガスがひとつの切り札ともなっている。

 

そこでEUのエネルギー事情を見ると、域内には天然ガスのパイプラインが張り巡らされており、現在、北海、ロシアや北アフリカからの十分な供給体制が確立整備されている。また総発電量の約8割を原子力発電でまかなうフランスは原発建設が難しいドイツなどへの電力輸出国となっており、また今後も新規原発建設を強化推進する方針を打ち出すなど、エネルギーの柔軟な融通が可能な温暖化防止に強いエネルギー供給構造にあるといってよい。

さらにEU域内には一次エネルギーの相当数をCO2排出量の多い石炭に依存するポーランド(58%)やブルガリア(36%)などを抱え、今後のエネルギー転換による排出量削減余力も大きいという削減ポケットを有している。そうしたエネルギーの需給構造が温暖化防止に対するEUの姿勢の強さの大きな要因となっているのである。

 

 それに反し、自動車文明大国というエネルギー多消費型の経済構造で成り立つ米国社会や、一次エネルギーの約7割を石炭に依存しながら高度経済成長を続けている中国にとって、温室効果ガス削減型の経済構造への転換は膨大な経済的負担と経済成長を犠牲にする必要がある。90年比8%強の排出量増加を許してしまったこの日本もまた然りである。日本においてはすでに省エネを相当進めてきたなかでの温室効果ガスの増加という結果であり、逆の意味では深刻さは米中よりも大きいとも言える。

 

 EUは世界経済に大きな影響力を有する日米と、今後その存在感を高めてくることが必至の中国の機先を制し、地球温暖化防止においてイニシアチブをとり、目標を一段と高めに設定するという誰も反対できぬ大義を持ち出してきた。「2020年までに温室効果ガス排出量を20%削減」というメッセージは、こう考えてくると、米・中・日の国力を正義と良心の名のもとに削ぎ落としてゆくという国際政治における老練な戦略であるように思えてならないのである。

温暖化防止に見るEUのしたたかな戦略(上)4

ブラッセルで開催されていたEU首脳会議は、温室効果ガス排出量を2020年までに1990年に比べ少なくとも20%もの削減を行なうことを決定し、閉幕した。

 1997年の京都議定書における「先進国及び市場経済移行国全体」の目標は、2008年から2012年の平均値として、少なくとも1990年排出量の5%の削減という数値であった。日本は議長国としてその平均を上回る6%の削減目標を標榜した。その時点でも、拡大前のEU15カ国段階での削減目標はマイナス8%と最も高い削減率を公約していた。

 

 そしてこの22日に公表されたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第4次評価報告書で「気候システムに温暖化が起こっていると断定するとともに、人為起源の温室効果ガスの増加が温暖化の原因であるとほぼ断定」された直後のEU首脳会議で、地球温暖化防止に対する積極姿勢を強くアピールし、温室効果ガスの最大の排出国である米国や第二位排出国の中国、さらに産業立国の日本を強く牽制する恰好となった。実際に米中両大国は1990年の排出量を2002年実績では2割から4割ものオーバーとなっており、削減どころか膨大に炭酸ガスを排出しまくり、地球環境の破壊大国となっていると言ってもよい。

 

 ところがわが国もその両国を非難する立場には到底なく、2005年実績(速報値)で90年の基準年より温室効果ガスの排出量はプラス8.1%と大きく増加をしている。

 

 とくに経済大国の米・日や高度経済成長を続ける中国という大国が温室効果ガスを増大させている現実のなかで、京都議定書の目標達成もほぼ視野に入ったEUが、温暖化防止に対するさらなる積極姿勢を打ち出した真の理由は何であろうか。地球温暖化防止に積極的に取り組むこと自体はわれわれ人類にとっては当然、プラスの評価であることは言うまでもない。しかしこのこととは別の意味において、今回のEUの削減率の大幅アップが重要な国際政治上の意味を持っていることはまったく別の問題であることは知っておかなければならない。

 

 現在、米・中両国は京都議定書の枠外にあるものの、今回のIPCCの「温暖化人為的原因論」の断定的公表により、これまで両国がとってきた温暖化防止、地球環境保護に無頓着という自儘(じまま)な姿勢は国際世論が許さぬ情勢となってきた。

そうしたなかで米・中両国および日本は前述の通り基準年に比べ、現在の排出量は大幅な増大をしている状況にある。ブッシュ米大統領が1月の一般教書演説においてガソリン消費を10年以内に20%削減との数値目標を掲げ、地球温暖化と正面から対決する強い姿勢を見せつけざるをえなくなったことに、温暖化問題をめぐる国際情勢が大きな転換点にきたことを実感せざるをえないのである。

 

そうした国際情勢の変化のなかで、米中が温室効果ガスを京都議定書の締約国並みの目標値(少なくとも90年比5%の削減)に収めることを国際社会から求められてくるとすれば、大口排出部門である産業界に大きな削減努力を迫る必要が生じてくる。そもそも締約各国が温室効果ガスの削減目標を達成するには炭酸ガスの排出量の最も大きな産業部門に大ナタを振るわねばならない。それをせずして目標達成はむずかしいと言う現実がある。

 

それはエネルギー転換を革命的、ドラスティックにやれれば別だが、通常の方法では経済成長にとりマイナス要因となることが多い。炭酸ガス排出量の少ない製造設備や製品開発を進めたり、産業連関表における生産波及効果の高い自動車産業に甚大な影響を与える自動車の利用規制など大きな経済的負担を伴うことになってくる。その結果として製造コストの上昇を招いたり、経済規模の縮小といった形で国際競争力を低下させる事態を招来する。

 

 すべての国が同じ条件にあれば同比率で経済規模なりを縮小することで、各国間の国際競争力の優劣に変化を生まずに各国の確執を生むことなく温暖化を防止することが可能となる。しかしそれは現実的には無理な相談であり、各国の国益というエゴが当然のことながら顔をのぞかせてくることになる。

 

下につづく


世界によい影響をおよぼす国No1は日本、でも・・・(下)3

BBC世論調査――世界によい影響をおよぼす国No1は日本、でも・・・(上)

 

その回答内容を詳しく見ると、ネガティブ評価がポジティブを上回った国は27か国中2カ国(前回33カ国中2カ国)のみであり、米メリーランド大学PIPA研究所のスティーブン・カル氏が「一般的に日本やフランス、Euのように軍事力とは異なった(soft power)形で、世界と関わる国々がプラス評価をされる傾向がある」と説明しているようにわが国の平和外交イメージが世界に着実に定着していると見ることができる。

 

またネガティブかポジティブか以外の「どちらとも言えない」等の回答数字は、見方を変えればその国に対する「無関心」率とも言い換えれるが、日本は26%と、カナダの33%や12カ国平均の30%よりも低い数字となっており、ヒアリング国においてわが国の存在感が薄いということでもなさそうである。因みに米国の「無関心」率は19%と最も低い数字であり、善きにつけ悪しきにつけその存在感は大きいことがわかる。

 

ところがそれなりの存在感を示すわが国においてきわめて残念なことがひとつある。それはネガティブ評価が上回った2国が、2回の調査とも中国(ネガティブ7163%)と韓国(同5458%)というアジアで最も近い隣国であるということであり、その比率が高いと言うことである。歴史認識の違いや反日教育、領土問題等両国のわが国への対応は依然、厳しいままであることを如実に表わした数字であると言える。

 

わたしはここで世界の全ての国から「いい国」であると評価されるべきであると主張する気は更々ない。それは逆に自己主張のない相手にとって都合のよい国と言い変えてもよく、ネガティブ評価をする国が存在することのほうが国際政治の世界では自然であり、国益を中心に据えた健全な外交に努めている結果とも考えられるからである。

 

ただ最も近い隣国2国のマイナス評価が継続し続けるなどそのネガティブ度合いが、非常に手厳しいことは、隣国関係固有の領土問題等を脇に置いて考えたとしても悲しくつらいことである。そもそもこの両国は言うまでもなく歴史的に非常にながい交流のある国であり、わが国文化のバックボーンを築くにあたって多大な影響をおよぼした国でもある。

 

そうした国々がわが国に対し大きなネガティブ評価を下すことは、主として先の大戦の問題が大きな要因であるとはいえ、互いの誤解や偏見を氷解させるためにもっと胸襟を開いて話し合いができぬものかと、つい愚痴とも嘆きともつかぬ言葉が口を突いて出てしまう。

 

こうなったら次世代の若者たちに任せるしかないのかと自暴自棄に思ってみたりもするが、国益の衝突でもある外交問題が正面に居座るケースでは、やはり現実政治の世界で解決を図るべきことは論を俟たない。

 

ただその一方で、民間同士の交流を深める努力はビジネスや芸術面の交流に留まらず、個々人のちょっとした相手を思いやる努力や心遣い、言葉遣いなどが、小さな行為ではあるが誤解や偏見を解く最初の一歩であることも事実である。

 

そして何もことさらに日本人が自虐史観に陥る必要はない。ないものはない、あったことはあったと客観的、冷静に事実を再検証しゆく地道な努力を政府まかせにするのではなく、われわれ民間人が相手の歴史と自国の歴史を深く理解してゆくことが求められる。そうした地道な努力を通じてお互いの信頼を芽生えさせてゆくことでしか、このネガティブ評価を下す隣国と本当の意味での信頼関係を構築することはできないのではないか。

 

そこで初めて互いに言いたいことを腹蔵なく言い合える大人の付き合いが出来るのではないかと、日本が世界によい影響を及ぼす国のNo1であるとのBBC世論調査の表ではなく、裏側を覗いてみて思ったところである。

外務省は日中歴史共同研究の第2回の会合を東京で1920日の二日間にわたり開催すると14日に発表したところである。


BBC世論調査――世界によい影響をおよぼす国No1は日本、でも・・・(上)3

世界によい影響をおよぼす国No1は日本、でも・・・(下)

 

英国BBC放送が国際世論調査企業のGlobeScan社と米メリーランド大学に依頼した「2005年から2007年の3年間を通じて世界におよぼす各国の影響」度調査(アンケート実施06113日〜07116日。サンプル数28,389名)において、日本がカナダと肩を並べて、「世界にプラスの影響を与える国」のトップとなったことが37日に公表された資料で明らかになった。

 

BBC放送はさまざまな世論調査を国際的な視点で行ない、その結果を「BBC WORLD SERVICE POLL 」で公表している。今回発表された調査報告は20062月に発表(アンケート実施0510月〜061月。サンプル数39,435名。アンケート国数33カ国。評価対象国数9カ国)されたものと同種の調査である。

 

その調査方法は評価対象の12カ国(英国、カナダ、中国、フランス、インド、イラン、イスラエル、日本、北朝鮮、ロシア、米国、ベネズエラ)について、5大陸27カ国の主要都市部の人々に対して面接(18カ国)あるいは電話(9カ国)によるヒアリングを行なう形となっている。質問内容は「その国が世界におおよそプラスの影響を及ぼしている」「その国が世界におおよそマイナスの影響を及ぼしている」「どちらとも言えない」等から選択する設問形式である。わが国は影響をおよぼす国の12カ国リストの1ヶ国に含まれるが、イラン、イスラエル、北朝鮮、ベネズエラと同様にアンケートされる側の27カ国には入っていない。

 

今回のレポートのヘッドラインは「イスラエルとイランが国際世論調査で最もネガティブな格付けに」となっている。パレスチナとの紛争を繰り返し、国際平和の紛争の火種を常に撒き続けているイスラエルと、国連やIAEAの懸念をよそにウラン濃縮活動を停止せず核保有国への道を頑強に突き進むイランの両国が、国際社会へ最もネガティブな影響をおよぼす国であるとされたのである。

 

イスラエルという国を総サンプル数(28,389名)の56%もの人々が世界にマイナスの影響をおよぼすとした(プラスの影響と答えたのは17%)。またアンケート先27カ国の85%にあたる23カ国で、ネガティブ評価がポジティブ評価を上回っていた。イランもほぼ同様の評価でマイナスの影響をおよぼしているとするのが54%、プラスが18%、国数でいうと約8割にあたる21カ国でネガティブ評価が上回っていた。

 

一方、同時多発テロに見舞われテロとの戦いを宣言し、200110月のアフガニスタンへの空爆や033月のイラク戦争と中東において軍事展開を続けている米国の評価について見ると、総サンプル数の51%が世界にマイナスの影響をおよぼす国であるとした(プラスの影響と答えたのは30%)。また26カ国の内、約85%にあたる22カ国もの国でネガティブ評価がポジティブ評価を上回った。ポジティブ評価が上回った国はポーランド、ナイジェリア、ケニア、フィリピンのみで、友邦とみなされるカナダ(ネガティブ54%)、英国(同57%)ですらネガティブの数字がポジティブを1.61.7倍上回る結果となった。またドイツ(ネガティブ74%、ポジティブ16%)フランス(同69%、24%)ギリシャにいたってはネガティブが78%(ポジティブ12%)と、手厳しい評価となっている。

 

対テロ戦争をぶち上げるブッシュ政権の強引なやり口や世界一極体制への嫌悪感から、自由主義国しかもキリスト教国家においても米国が国際秩序を大きく乱し揺さぶるものとの認識が前回調査同様、強いことがうかがわれる。

 

さてわが国日本はどうかと言えば、冒頭のようにカナダとならび世界にプラスの影響を与える国のトップと評価されている。

 

一年前の前回(062月)調査においても一位にあった。今回は前回と較べて見ても、ポジティブ評価が5554%へ、ネガティブ評価も18%→20%へと若干マイナス評価となったものの誤差の範囲であり、全体としてわが国外交が国際的にプラスイメージを与えていることは素直に喜ぶべきであろう。


温暖化に立ち向かうゴア元副大統領の「SOS」3

 

アル・ゴア前米副大統領(58)ら環境問題活動家が215日に、地球温暖化の問題解決を訴えるため、「ライブ・アース」と名付けた24時間コンサートを今年の7月7日、世界7大陸の100ヶ所以上で開催することを発表した。世界中のテレビやラジオを通じて「SOS(Save Our Selves)」つまり「自らの手でわれわれを救おう」と呼びかける。

 

それに先んじた2日、ゴア氏はシリコンバレーと呼ばれるサンノゼ市で開催されたコンファレンスにおいて同日発表されたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第4次報告書に触れ、「気候危機の真実性やその原因の大半が人間にあるとする説に対する疑念は払拭されるだろう」と語った。ゴア氏が民主党クリントン政権の副大統領であった97年、米国は「気候変動に関する国際連合枠組条約の京都議定書」を採択した。ところが共和党のブッシュ政権下の2001年、米国は温暖化防止の枠組みから離脱した。同氏の発言はその共和党の地球環境軽視の姿勢に対する強烈な一撃だったのである。

そしてITベンチャーの経営者や技術者たちを前にして「気候危機はシリコンバレーの企業にとってかってないほどの大きなビジネスチャンス」、「(ITの)皆さんが人類の進路を決め、人類の未来を救えるのだ」と、訴えたという。

 

21世紀最初の年である2001年は「9.11」という悲惨な同時テロがあった年である。米国は環境の世紀と言われる21世紀の初年に、温暖化防止の数値目標を盛り込んだ「京都議定書」の枠組みから離脱した。そして国際テロへの対抗としてオサマ・ビンラディンを保護するイスラム原理主義ターリバーンの排除目的で107日からアフガニスタンの空爆を開始した。それに引き続く一連の対テロ戦略として20033月にイラク戦争を開始、フセイン元大統領の処刑後もバグダットは連日のテロに見舞われ、イラク情勢は混迷を深めており、泥沼化の様相を呈している。

 

 戦争は言うまでもないことだが、直接的に人命のみならず地球上の生命を無差別に殺傷し、そして自然破壊を厭わぬものであり、「環境保護」とは対極にある非人道的・非環境的行為である。

 

 ゴア氏は来年11月の大統領選には立候補しないと語っている。その理由を「温暖化問題がいかに切迫したものであるかを世の中に伝え、解決に結びつけるための活動で手一杯であるから」としている。ゴア氏はかつて情報スーパーハイウェイ構想を企画し、インターネットの爆発的普及に貢献した先見性の実績を有す政治家である。その人物が再び人類の智恵と勇気を信じ、問題解決のため先頭に立って行動するのを見るにつけ、政治家とはこうあるべきものと思うのはひとり私だけであろうか。ブッシュ共和党のみならず、ウォーム・ビズと言ってはしゃぎ、参院選向けにどう選挙民に飴をふるまうかなどと目先のことにしか目の向かぬ日本の政治家などは、家族でハイブリッドカーを利用するゴア氏の爪の垢でも少しは煎じて呑ませてもらったらどうであろうか。

 

温暖化防止は待ったなし!(下)5

温暖化防止は待ったなし!(上)
温暖化防止は待ったなし!(中)

10年前の199712月、わが国は議長国として「温暖化防止京都会議」いわゆる「COP3」を開催し、難産の末、温暖化防止の歴史のうえで特筆すべき「京都議定書」を採択した。議定書では南北問題など各国事情のあるなかで、なんとか法的拘束力のある温室効果ガスの各国別の削減目標値を定めたのである。その数値目標は2008年から2012年までの平均で達成することとなっている。まさに来年からの5年以内に目標値を達成する必要があるのである。この京都議定書はわずか2年前の2005216日にロシア連邦の批准をもって発効した。

 

2002年の世界の炭酸ガスの排出総量は2371000tである。国別に内訳を見ると、米国が57500tで最大の排出国である。次に中国が347100t、旧ソ連が228300t、それに次いで日本が117800tと、この4カ国で世界の炭酸ガス排出量の53%を占めている。ところが最大排出国の米国は2001年に「温暖化の原因が人為的か自然現象か科学的根拠がはっきりせず議論がある」として京都議定書の枠組みから離脱した。また中国も発展途上国との理由で削減対象国から除外されている。京都議定書でしばられる目標削減国に世界の炭酸ガス排出量の4割を占める米中二カ国が入っていないことの影響は、あまりにも大きい。

 

京都議定書では1990年の排出量実績から7%の削減(温室効果ガス)をするとした米国は、2002年の実績で見ると90年比で逆に17.6%(炭酸ガス)もの大幅な増加を見せている。一方、中国も90年比40.9%(同)増と傍若無人振りを見せている。この議定書の枠外の二国で目標基準年である1990年から2002年までに世界で増加した炭酸ガス排出量の実に61%もの量を占めているのである。この両国が温暖化防止のために温室効果ガスの排出量削減にしっかりとコミットしない限り、地球環境の破壊を止めることは不可能と言っても過言ではない。温暖化の原因を人為的活動であると科学的根拠で示された今日、温暖化防止にこの両大国が本気で取り組まねばならぬことは、全人類いや地球生命に対する重大な責務であると言ってよい。

 

そして歴史的な京都議定書をまとめ上げたわが国であるが、定められたのは1990年実績比6%の削減目標である。それに対し実際は1990年の炭酸ガス排出量107500tから逆に2002年は117800t9.6%の増加となっている。米中両国を非難などとてもできぬ体たらくである。しかも日本は議長国として各国を説得した立場にある。その国が結局、無理でした、6%の減少どころか10%も増えてしまいましたでは、お話にもならぬ。国際社会におけるリーダーとしての見識と実行力を疑われても仕方のない仕儀である。

 

目標達成のためには、02年実績より排出量は16800t、比率は14.2%もの削減を、しかも今後5年間の平均値として削減しなければならぬ。この数値がどれほどのものかと言うと、わが国の家庭、つまりわれわれが日常生活を送るため使用するガス・電力等から発生する炭酸ガスの量がまさに16600万トン(2002年実績)である。極論すればわれわれが煮炊きもせずに生存しないことでしか解決策はないとも言える。でなければ産業部門(46700万t)の36%もの経済活動をストップさせることでもある。

 

政府はつい2年前の平成174月に時の小泉総理を本部長とする「チーム・マイナス6%」と銘打った地球温暖化防止「国民運動」の推進キャンペーンのキックオフを行なった。その対応の遅さとクール・ビズやウォーム・ビズといってはしゃぐ様は滑稽ですらあった。そして閣僚のクール・ビズのファッションはどうかなどと大手メディアも騒ぎ回っていたが、事柄の本質をあまりにも理解せぬ国やメディアの危機意識の欠如に、もはやわたしは腹立たしさを超えて自嘲するしかない。そしてそれを自分自身に納得させねばならぬことは、国民としていや地球上で命を紡ぐ生物としてあまりにも悲しく、むなしいことである。



温暖化防止は待ったなし!(中)3

温暖化防止は待ったなし!(下)
温暖化防止は待ったなし!(上)

 

1988年、世界気象機関(WMO)と国連環境計画(UNEP)はIPCC(気候変動に関する政府間パネル)という組織を作り、地球気候の変化の科学的調査を開始した。その第4次報告書がこの129日から21日に開催されたIPCC第1作業部会で6年ぶりにまとまった。

その結論は「気候システムに温暖化が起こっていると断定するとともに、人為起源の温室効果ガスの増加が温暖化の原因であるとほぼ断定」した。2001年の第3次報告書では「可能性が高い」と含みを持たせた結論であったが、今回は温暖化を科学的に裏づけ、「温室効果ガスの増加の原因が人間活動によるものであることをほぼ断定」した画期的なものとなったのである。

 

報告書の具体的な結論の要約は以下の通りである。(文科省等報道発表資料「IPCC4次評価報告書」)

 

1. 20世紀後半の北半球の平均気温は過去1300年間の内でもっとも高温で、最近12年(95年〜2006年)のうち、1996年を除く11年の世界の地上気温は1850年以降でもっとも温暖な12年のなかに入る

2. 過去100年に、世界平均気温が長期的に0.74度(19062005年)上昇。最近50年間の長期傾向は、過去100年のほぼ2倍。

3. 1980年から1999年までに比べ、21世紀末(2090年から2099年)の平均気温上昇は、環境の保全と経済の発展が地球規模で両立する社会においては、約1.8度(1.1度〜2.9度)である一方、化石エネルギー源を重視しつつ高い経済成長を実現する社会では約4.0度(2.4度〜6.4度)と予測(第3次評価報告書ではシナリオを区別せず1.45.8度)

4. 1980年から1999年までに比べ、21世紀末(2090年から2099年)の平均海面水位上昇は、環境の保全と経済の発展が地球規模で両立する社会においては、18センチメートル〜38センチメートル)である一方、化石エネルギー源を重視しつつ高い経済成長を実現する社会では26センチメートル〜59センチメートル)と予測(第3次評価報告書(988センチメートル)より不確実性減少)

5. 2030年までは、社会シナリオによらず10年当たり0.2度の昇温を予測(新見解)

6. 熱帯低気圧の強度は強まると予測

7. 積雪面積や極域の海氷は縮小。北極海の晩夏における海氷が、21世紀後半までにほぼ完全に消滅するとの予測もある。(新見解)

8. 大気中の二酸化炭素濃度上昇により、海洋の酸性化が進むと予測(新見解)

9. 温暖化により、大気中の二酸化炭素の陸地と海洋への取り込みが減少するため、人為起源排出の大気中への残留分が増加する傾向がある。(新見解)

 

 結論に簡単に目を通すだけで、ぞっとするような内容がいくつも並んでいる。温暖化の結果生じたこと、これから予測されることいずれもが、われわれ人類が産業革命以降、国策として進めてきた近代化、産業化の中で化石燃料を野放図に使用し、熱帯雨林を中心に森林を伐採し続けてきた咎(とが)である。

 

そうしたなかで未曾有のハリケーン・カトリーナを1昨年経験した米国のブッシュ大統領は123日の一般教書演説においてガソリン消費を10年以内に20%削減させる数値目標を掲げ、エタノールなど再生可能燃料の利用促進と乗用車と小型トラックの燃費基準の強化を訴えるなどこの目標を達成することが「地球の気候変動という深刻な課題に立ち向かう助けとなる」と、気候変動と正面から対決する強い姿勢を見せつけた。

 

 さらにIPCCとほぼ同時期に開催された世界中の政財界のリーダーたちが集うダボス会議(世界経済フォーラム年次総会)においても、温暖化をテーマにした17もの分科会が設けられ、いずれも満員の盛況であったという。世界のリーダーたちが一同に会する場で地球温暖化についてこれまで以上の強い関心を示したことは一歩前進ではあるが、それほどに温暖化の危機が身に迫っていることの証でもあり、その評価は複雑である。

 

温暖化防止は待ったなし!(上)

温暖化防止は待ったなし!(中)
温暖化防止は待ったなし!(下)

 

米国海洋大気庁(NOAA)のマウナロア観測所は、ハワイ島のマウナロア山(標高4169m)の北側山腹(同3400m)の高所にある。マウナロア山は海洋底からは17000mもの高さを誇る世界最大の火山としても有名である。その山腹にある観測所ではわれわれ人類をふくめ地球上の生物にとってきわめて重要な測候が続けられている。1957年から半世紀にわたり大気中に存在する二酸化炭素いわゆる炭酸ガスの濃度を計測し続けているのである。

 

炭酸ガスはメタンや亜酸化窒素、フロンガスとともに温室効果ガスと呼ばれ、いまや世界的問題である地球温暖化の元凶となっている気体のことである。最新数値となる2002年のOECD加盟国の炭酸ガス換算の温室効果ガスの排出総量は1522400t(環境省「環境統計集」。以下断りないものは同様)であるが、そのうち8割を占めるのが炭酸ガスである。温暖化問題といえば炭酸ガス規制と叫ばれる所以である。

 

 一方で周知のことだが、地球をおおう大気の主成分は窒素(78%)と酸素(21%)である。残りあと1%のなかに炭酸ガスなどの温室効果ガスが含まれている。その微量とも言える気体の存在が、実は地球上の生命を守っていることも事実である。もし大気中に温室効果ガスがなければ、地表温度は零下18度にまで下がり地球上に生物は生き続けることはできないと言われている。いわば地球上の生物は温室効果ガスのお陰で、生き続けることを許されてきたのである。

 

それではなぜ、いま世界中で温室効果ガスが目の敵にされ、その削減が大声で叫ばれているのだろうか。それは美しい地球を守っていた自然の摂理である1%の微量気体の微妙なバランスが崩れ始めたからである。産業革命以降に徐々に上昇をはじめた温室効果ガスの大気中濃度がここにきて急速な上昇を示し、地球の種の保存に適度であった地表温度15度が上昇し始め、地球環境に重大な影響を及ぼし始めたからである。

 

337ppmとは1960年のマウナロア山の大気中の炭酸ガスの年平均濃度である。そして2004年の数値は377ppmである。この44年間で19.1%もの増加を示している。アークライトの水力紡織機の発明(1769年)に始まる産業革命以前の18世紀の中頃までは、南極の氷床コアの分析等から炭酸ガス濃度は280ppmだったと推測されている。

 

そのときから1960年までの約200年間で炭酸ガスの濃度は20%の上昇を示す計算となる。しかし、その後の40年余でほぼ同じ19%の上昇をした。明らかに炭酸ガス年平均濃度の上昇速度は加速化している。

 

地球の生命を守るはずの温室効果ガスの濃度が上昇することは、温室効果が高まり、地表温度が上がり温暖化が進むことになる。温暖化の影響がすでにわれわれの周りで顕著となってきている。熱波など異常高温、大寒波など異常低温、異常多雨や異常少雨、森林火災や旱魃、大規模なハリケーン・台風やサイクロンの発生、ヒートアイランド現象、オゾン層の破壊、エルニィーニョ現象、海水面の上昇、表層海洋面の温度上昇、海流パターンの変化等々列挙するのに困るほどに、地球環境はこれまでにない大きな変動を見せている。誰しもが何か地球環境に不気味な変化が起こっていると感じざるを得ないほどに異常気象のニュースが最近は毎年、いや毎日のように世界中から送られてくる。そして不順な気候の結果、農産物や水産物の収穫量にも多大な被害が出ている。

 

不二家に続くお詫び合戦とISOの神通力

 不二家に続くお詫び合戦とISOの神通力

 

 経済産業省は、先に不二家が取得した品質・環境管理の国際規格ISOが適正に順守されていたのか審査するよう同省所管の財団法人「日本適合性認定協会」を通じ民間の認証機関に要請した。その後131日に不二家は、一般菓子を製造する平塚など3工場が既に取得している品質管理の国際規格「ISO9001」の基準を満たさず、認証機関から是正勧告を受けたことを明らかにした。さらに28日、洋菓子の埼玉工場で環境管理の「ISO14001」の登録が7日付で一時停止になったと発表した。

 

 不二家不祥事のあと、食品メーカーは賞味期限切れ原材料の使用や異物混入等の事実を続々と公表し、まるで「お詫び合戦」の様相を呈している。その食品メーカーは、はごろもフーズ、ロッテ、味の素、丸美屋食品工業、加藤産業、サントリー、コカ・コーラ、ユニリーバ・ジャパン、三井農林、おたべ、ダスキン、ニチロ(東京新聞210日付け「不二家問題発覚後の主な食品回収」のうち食品メーカー列挙)と、一流企業と言われる名前がずらりと並ぶ。そのお詫びの内容には幸い事故にはつながらなかったものの、カッターナイフの欠片やガラス片や金属片等の混入といった物騒なものもあった。またそれ以外のものでは賞味期限切れ、消費期限切れ、遺伝子組み換え米の原料混入という食品メーカーにとって品質管理の根本的な姿勢にかかわるものも散見された。

 

こうした不良品がこれだけこの時機にしかも短期間に集中して発生することは通常では考え難い。これまでもこうした事例は起こっていたと考えるのが常識的なとらえ方ではなかろうか。2000年の雪印乳業の集団中毒事件が風化しかけたこの1月、不二家不祥事が公表された。そこから食品業界に雪印乳業の悪夢が再びよみがえったとしか考えられない。

喉もと過ぎて忘れ去られていた危機管理意識が急速に高まった結果とも見れる。不良品がわずかでも出荷された場合でも即座に公表しないとどんな風評被害が出るかも知れぬと慌てふためく様がどこか情けなくもある。ただこうした企業体質の透明性は消費者にとって「食の安全」意識が高まるなかで歓迎されることではある。また今度こそ、われわれの口に毎日入る食品を扱うメーカーとしての企業倫理の定着を強く望みたいところである。

 

ところで不二家で今回、認証登録が一時停止となったISOとは「国際標準化機構(International Organization for Standardization)」の略称であるが、1946年にロンドンで「製品サービス」などの世界的な標準化を目的として設立された組織である。品質面でのマネジメントシステムがISO9000シリーズ、環境面でのマネジメントシステムがISO14000シリーズと言われる。今回の不二家が是正を求められたのは品質管理の「ISO9001」であり、登録の一次停止となったのが環境管理の「ISO14001」である。

 

最近、日本では中小企業に至るまでISOを取得したと標榜する企業が多い。商取引、就中、国際間取引ではISOの認証がなければ商売が成立しないといっても過言ではない。とくにISOの本場であるヨーロッパ市場における取引ではその認証登録は必須である。品質面や環境面の条件をクリアーした工程管理マニュアルの整備こそISO認証の条件であり、そのマニュアル通りに商品を作れば、品質面、環境面においても妥当な水準を超えたものが出てくるということを保証するのがISOの認証制度であると言える。

 

そうした制度自体は国際基準として確立されたものであり、国際間の取引が進展するなかで客観的な基準としてISO認証が使われる意味合いは大きい。

 

しかし不二家を含め何らかの不良品出荷を公表した前述のはごろもフーズ以下の食品メーカー13社のうち、ISO9001の取得企業が9社(69%)、14001の取得企業は8社(62%)を数える。そうした企業が問題を起こす、それも6〜7割の割合であるから半端ではない。ISO認証機関から品質面、環境面について工程管理上の問題はないとお墨付きをもらっている企業である。

 

そう考えるとマニュアルだけどんなにりっぱなものを作成し、備え付けたところで、物作りに従事する人間一人一人の意識が常に人の口に入る商品を作っているのだと言う緊張感や職業に対する誇りのようなものがなければ、意味がないということをこのISO認証方式はいみじくも示してくれたとも言える。今回の食品メーカーの引き続く不祥事は、分厚いマニュアルやどんな神通力よりも人間の物作りに対する真摯な意識がもっとも大切であることを改めてわれわれに教えてくれているような気がするのである。

 

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