今年の初仕事といってよいだろう。この2月1日より新聞購読を止めた。

これで毎朝のわたしのブツブツが止まり、家内も静かで平穏な日々が訪れると喜んでいる。

振り返ってみると、わたしの新聞購読遍歴も波乱に満ちたものであった。

親父存命の間は、陸軍少尉で戦後を迎え、バリバリのライトウイングだった男が、なぜか新聞は、“朝日新聞”にこだわり続けた。事あるごとに朝日の社説が気にくわぬわたしであったが、朝日の購読を父が中断することはなかった。

だから社会人になって一家を構えたわたしは、ご多分に漏れず“日経新聞”を購読することとなった。

そして少し家計に余裕が出てきたのだろう、当時江川が好きで巨人ファンだったこともあり、読売新聞も併読するようになった。

その後、新聞社は産業界に規制緩和と自由競争を求める論陣を張りながら、再販制度の特殊指定廃止の機運が高まったときなど、こぞって我田引水の社説を掲げ、自分たちだけは違う、業界権益の擁護に汲々とし、永田町をも巻き込み、その権益を守り通した。

それに嫌気がさし、仕事上、毎日大手5紙を購読すると云った酔狂な時期もあったが、ナベツネの傲慢な言動が目立ち始めた頃、巨人ファンと読売購読を止めた。

そして、いまなお横綱審議会などでその顔を曝す日経新聞の元鶴田社長の赤坂の高級バー遊興費などに関わる関連会社を巻き込んだ経費の公私混同問題、それを糾弾した社員株主の造反などで示した、日経が口酸っぱく経済界に求めたアカウンタビリティ、コンプライアンスの徹底において、まったくといってよいほど、その逆の姿勢を貫いた厚顔無恥さに、日経新聞の購読もスパッと止めた。

そこで、産経新聞購読となったが、これも何だか忘れてしまったが、自社に都合のよいことしか言わぬ、他社と変わらぬ姿勢に嫌気がさし、最後に東京新聞へ辿り着いた。

そして原発問題、エネルギー政策に関わる論陣で、頭から原発ゼロ、原発廃止と決めてかかる報道の在り方に大きな不満を抱き、先の総選挙で未来の党の結党をうけた時の記事など、“これで原発廃止”の大勢の世論を汲み上げる第三極ができたなどと、政党の在り方そのものの議論もせず、浮かれて、よいしょを続けた東京新聞。

2012年末にその購読も止めた。そこで自民党政権となったところで、じゃぁ、産経をと新年から購読したが、元旦の一面で・・・、何だったか中国と戦争でもやれとでも言わんばかりの記事を目にして、こりゃもうイカンと、2013年1月をもって、長きにわたったわたしの新聞購読生活に終止符を打ち、静かに余生を送る生活に入ることとなった次第である。

まぁ、報道はNHKを主体にテレビのニュースとネットで新聞社配信の記事を無料で読めば、腹も立たぬというもの。この続きを読みたい人は有料というネット記事が某新聞社などで試行されているが、その価値があるほどのオピニオンなり記事が万が一出現すれば、“そのしい事実、意見をく”ことにもなろうかと思うが、おそらくこのまま、朝の穏やかな日々を愉しむこととなろう。