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標高149mに建つ隣雲亭を後にして浴龍池の方にいよいよ降りてゆくことになる。隣雲亭の北側からややきつい傾斜の石段を下る。階段を降り切ると、目の前を小川が横切っている。右手奥の山手を振り返れば、音羽川に水脈をたどる高さ約6mの雄滝が見える。その水音を横に聴きながら浴龍池の東岸へと出る。拝観コースはそこから時計と反対回りに浴龍池を回遊し、さきほどの御幸門を出て上御茶屋を後にすることになる。

落差6mの雄滝
落差6mの雄滝

雄滝
雄滝
 

 われわれはほぼ平坦な池の端の苑路を進んでゆく。浴龍池には隣雲亭から見下ろした際に目につく万松塢、その北側に中島、そのまた北に三保ヶ島と三つの島が存在する。左手に万松塢を眺め少し進むと、左にほぼ直角に池を跨いで長さ二間ほどの木橋がある。楓橋と呼ばれるその瀟洒な橋を渡って中島に入る。三つの島で拝観者が上陸できるのはこの中島だけである。

千歳橋

その中島のうえに当離宮の創建時から唯一残る建物である窮邃亭(きゅうすいてい)がある。一八畳の間と附随の水屋からなり、北西隅に直角に折れて畳一枚分高くした上段がある。その西面する障子窓の下に御肘寄(おひじよせ)と呼ばれる細長い一枚板が渡されている。その外側に蔀戸がある。客人たちはこの宝形造りの茶屋で一服の茶を所望し、蔀戸を上げて、御肘寄に腕をもたせかけて、屋外に目をやったことだろう。


中島から万松塢に架かる中華風の千歳橋(右に一部見えるのが窮邃亭)

楓橋
中島にわたる名栗加工の欄干の楓橋

窮すい亭

 

離宮創建時のままの窮邃亭


窮邃亭屋内

窮邃亭の一八畳の間・蔀戸の側に御肘寄(おひじよせ)


窮邃亭蔀戸

紅葉が見える秋の窮邃亭

 

その眼下には浴龍池と左下に万松塢、斜め右手には御船屋を見下ろす。

西浜舟屋

西浜の舟屋

そして正面には200mほどにおよぶ西浜、その垣根の向こうには洛中市街があるはずである。夕方などには西日の逆光をうけて樹々のシルエットが浴龍池の水面に照り映えた景色に感歎の声を惜しまなかったに違いない。

夕日に映える西浜

夕日に映える西浜 

 窮邃亭の南軒下に掛けられた扁額は、後水尾上皇の御宸筆になる。年季の入った「窮邃」の窮屈とも見える文字と何の装飾もない簡素なこの建屋は、壮大な離宮を構想し、造営した上皇の雄渾な気質とあまりにもそぐわぬように思えた。それは、幕府との長年の確執や深い怨恨そして父帝後陽成天皇への激しい憎悪といった上皇の苛烈な性格と、第八皇女の朱宮(あけのみや)光子内親王に示された深い慈愛の御心との間の落差に戸惑う感情とも似かよっている。
 

窮邃亭扁額05.11

御宸筆の「窮邃」の扁額

 

 そうしたどこか吹っ切れぬ思いを抱えながら中島から北西に渡された長い土橋を通り、池の端に出る。ここには舟遊びをする舟を納める御舟屋とちょっと先に数段の石段で出来た舟着きがある。 

西浜舟屋形

紅葉の御舟屋

 

 舟着きを過ぎると苑路は左に直角に折れて、西浜と呼ばれる真っ直ぐな砂利道が続く。この西浜の苑路が実はさきほど松並木の間から見た大刈込の堰堤の上部となっているのでる。風雅といえばあまりにも雅である。その西浜の隅からの、遠く見上げる隣雲亭や水平方向に見える万松塢、奥行きを感じさせる浴龍池の景観からは、上皇の造園家、建築家という一面より、演出家としての才能を強く感じざるを得ないのである。

西浜から隣雲亭を望む

西浜から望む隣雲亭

浴龍池に映る土橋

中島から西浜に架かる土橋


 西浜に佇み、池の上をしずかに進む

 

万松塢の御腰掛

龍頭鷁首(りゅうとうげきす)の二艘の舟。龍頭の舟には唐楽(からがく)の楽人が、鷁首の舟には高麗楽(こまがく)の楽人が乗り、舟上で管絃を奏でる。万松塢の御腰掛けに腰を降ろした雅人たちは、一服のお茶に喉をうるおしながら湖面を流れてくる「海青楽(かいせいらく)」や「千秋楽」といった舟楽(ふながく)に耳を傾ける。そして、時折、東山連峰から吹き下りる風が、大自然との一体感を感じさせる。そうした雅の光景を脳裡に思い浮かべて見るとき、それは壮大な野外ステージで演じられる一幕の劇を観るようであり、上皇は舞台演出家と評するべきであると確信に近い思いを抱くことになる。

万松塢の御腰掛


浴龍池から隣雲亭を
そしてわれわれは御幸門を出て先ほどの御馬車道を反対に下り、寿月観の北側を回り込むようにして参観者の出入り口に戻る。約1時間20分におよぶ苑路3kmの拝観は終了となる。最後の砂利道の下り坂は大した斜度ではないが、その頃には、かなり足のツッパリがきつくなっていることに気づく。その意味でも修学院離宮は、桂離宮や仙洞御所、京都御所とは明らかに異なった、荒ぶる自然を自家薬籠中のものとした独特の構築物であると言える。


西浜の隅から浴龍池

頭上に昼の月05.11
頭上の昼の月