このタイミングでの日テレ社長辞任、真相は誤報、捏造?

日本テレビの久保伸太郎社長が16日午後、突如、社長辞任を表明した。「(バンキシャ!の報道)内容が虚偽に基づく放送であった。つまり誤報であった。この誤報に関し、(中略)重大な監督指導不行き届きの責任をとりたい」と辞任理由を述べた。つまり「誤報」を行なわせてしまったことの責任をとったと言うのである。その会見での発言が、わたしにはなぜか、「誤報」、「誤報」だからね!と、聞こえてきて仕様がないのである。

そこで辞任に至る経緯を簡単に振り返ってみると、事件は昨年11月23日の報道番組「真相報道バンキシャ!」の番組に建設業者の男が出演したことに始まる。匿名ではあるが、その番組内で「岐阜県の土木事務所では今も裏金づくりをしている」「県の担当者から裏金を捻出して振り込むよう言われた」と県の裏金疑惑がまだ存在するとの重大な証言を行なった。

当時、岐阜県は事件発覚と同時に第三者による「プール資金問題検討委員会」を立ち上げ、裏金総額の摘出、退職者をふくめた幹部・管理職等からの返還を求めるなど正常化に努めていた。

その裏金問題の後処理が進んでいる昨年11月の「真相報道バンキシャ!」において建設業者の男の裏金疑惑証言があったのである。まさに名指しされた土木事務所の関係者たちには青天の霹靂、県の職員さらには岐阜県民も疑心暗鬼に陥ったに違いない。おそらく大きな爆弾が県内で炸裂したような深刻な衝撃に襲われたことと思う。

だからこそ報道を受けた岐阜県は、即座に事実確認のため県内土木事務所の事実調査を行なったに違いない。そして関係する職員の取り調べ等の結果、そうした事実がないことを確認、相当の確証を持って日本テレビに対し放送内容の確認を求めたのであろう。さらにその一方でこの建設業者(蒲保広容疑者3月9日に逮捕)を偽計業務妨害容疑で県警に告訴もしたのであろう。

そうした一連の県庁側の能動的かつ機動的動きのなか2月27日になって、日本テレビ関係者が県庁を訪れて「放送に誤りがあった」として謝罪した。

不特定多数の視聴者が見るテレビという公器を通じ、誤報という重大なミスを広く世間に対し流しておきながら、内々に岐阜県庁のみに謝罪を行なうというこのテレビ局のジャーナリズムとしての良心とは果たして何であろうか。裏金事件の時のあの勝ち誇ったように畳みかける報道姿勢とは打って変わって、自身の過ちの時のこの姑息な対応は、あまりにも報道機関としての公平性を欠いてはいないだろうか。と言うよりもその資格を疑わざるを得ないと言った方が適切な表現である。

そして3月1日、同県は「バンキシャ!」で匿名証言した蒲保広容疑者の内容が虚偽の証言であったと公表したのである。わずか二日前の2月27日に県庁を訪れて行なわれた同局の謝罪が、この報道の過ちを「内々に」「穏便に」収束させたいとの思いがあまりにも見え透いた対応と岐阜県側の当事者たちの目に映ったのであろう。だから精一杯の皮肉のつもりで「正式な謝罪ではない」と言ったのだ。

実際、岐阜県では2006年7月に17億円もの巨額に上る裏金問題が発覚した。その当時、日本テレビを初めとしたメディアは連日にわたり報道合戦を繰り広げ、そして関係者を激しく追及した。そのこと自体はメディアに限らず、国民も税金という公金を裏金処理する行政の犯罪行為に、行政に携わる人々の感覚麻痺と使命感の喪失に多大な失望と憤りを覚えたものであり、事実解明と糾弾は当然であった。

メディアがそうした犯罪を追及し、問題点を摘出することは本来の使命のひとつであり、そのあり方が少々度を過ぎることにも、場合によっては目をつぶらねばならぬケースもあろう。

ただ、今回のことでわたしが不思議に感じたのは、これまでのテレビ局を初めとするメディアのやり方を見ていると、こうした場合「情報源の秘匿」を盾に、簡単に「誤報」など認めぬものと思っていたからである。

しかし日本テレビは県が「虚偽証言」と公表した夜の番組において、「新たな取材に対し男が証言を翻した」と釈明、そしていともあっさりと放送内容に誤りがあったことを認め、「視聴者、岐阜県庁などに迷惑をおかけしました」と公に謝罪した。

しかし、その謝罪内容で言う「新たな取材に対し男が証言を翻した」という程度の取材力とは何だ、そもそもの裏付け取材はあったのかといった素朴な疑問が沸々と湧き上がってくるのである。その「新たな取材」もずいぶん短い期間(昨年の11月23日放映後から岐阜県が事情聴取を開始。長くて2カ月程度)で蒲保広容疑者の証言が偽りであったと分かったというではないか。

そんな簡単に偽りが分かるくらいなら、当初の取材の時に、取材料を要求する人物の証言にそもそも一点の疑念も抱かなかったのかと不思議に思う。普通、おかしいと思って別の取材源をあたるなど、確証を得るために慎重を期すのがジャーナリストとしてのイロハではなかろうか。一体その記者が容疑者の証言が事実だとの心証を得た根拠は何だったのだろうか。新たに取材したら簡単に「あれは嘘でした」などと言う人物の心底すら見抜けなかったのだろうか。少々、あやしい証言でも「爆弾」的価値があると血気に逸(はや)ったなんてことはないのだろうか。不安である・・・。

証言の信憑性に疑念をはさむ余地がないとの心証を得た、乃至は、その証言の裏付けも一応は確認したのであれば、結果としてその証言が巧妙な偽証であった場合、ジャーナリストとしての未熟さと結果としてそのことを報道した責めは当然問われるが、そうではなくずさんな取材で心証があやしいまま報道したとすれば、それはある意味、確信犯的モラルにもとる行為ということになり、その罪は比較にならぬほどに大きい。言い方を変えれば「捏造」に近い行為という問題も視野に入れた真相解明が必要となる。

どうもわたしには、偽証の容疑者が逮捕され捜査当局での取り調べが始まり、はたまた13日に「放送倫理・番組向上機構(BPO)」の放送倫理検証委員会でも「事実に反する報道がなされた検証をする必要がある」と審理開始を決定したところに、日テレが追い詰められた何かがあるように思えてならない。

だからこのタイミングで久保社長の突然の辞任が発表された・・・。捜査当局とBPOには早急な真相解明を期待したい。

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