BPO青少年委員長交代および『斎藤次郎氏解嘱に対する青少年委員会の対応』について】

 

「斎藤次郎・BPO放送と青少年に関する委員会(青少年委員会)副委員長が大麻取締法違反で逮捕・起訴され、委員を解嘱(103日付)されたことを受けて、青少年委員会は109日および1023日の会合で、対応を協議しました。その結果、下記のとおり、青少年委員会としての考え方のとりまとめが行われました。」(概略)とあり、その考え方は1023日付けで委員長(当時)の「放送と青少年に関する委員会委員長 本田和子」名で「今回の斎藤次郎前委員の『大麻取締法違反』疑惑をめぐる一連の出来事に対して、当委員会としては、心から遺憾の意を表明する。そして、視聴者および放送業界など関係方面の委員会に対する信頼の失墜を憂え、一日も早いその回復を願って、以下の対応を試みるものである。今回の事態への対処として、当委員会は、委員長の自発的辞任と交替という自浄措置により、『結果責任』の一端を明らかにしようと考える。当委員会は、これまで、委員会設立の理念と与えられた目標に即して、視聴者意見と制作者側との回路形成という責務を忠実に履行してきたが、以後、委員長交替による新体制の下、一層、その責務がまっとうされ、関連各位の信頼と期待に応え得ることを切望している。」(全文)

 

この内容空疎な「考え方」と「問題処理能力」には唖然とするしかない。そして委員の危機意識のなさと文中の「自浄措置」が具体的には委員長の交替というだけということに、その文字がしらじらしく映るのみである。さらにこのお粗末な協議結果をBPOの公式見解として世間に公表する無神経さと厚顔無恥ぶりにはただただ感服するしかない。

 

そして捏造問題のときにあれだけ総務省の介入阻止と騒ぎ立て、新生BPOへと機能強化を果たしたはずの組織のこの度し難い能天気さにはただあきれるしかない。いつもメディアが声高に標榜(ひょうぼう)する「言論と表現の自由」を死守する「あるべき姿勢」とは対極にある今回のあまりに無責任な姿勢に強い危機感を覚えざるを得ない。

 

 そうした民主主義の根幹にも関わる重い事件であるにも拘らず、責任ある対応と今後の対処策が何らとれなかったBPOについて、「放送事業の番人」としての適格性を大きく欠くとする議論なり批判がとくにテレビ界においてはなされるべきであった。ほぼ時を同じくして発生した「亀田一家」問題に、異常とも言うべき時間を割き、狂奔したテレビ各局がこの本源的問題を今回大きく取り上げなかったことは、報道のチェック機能を自主的に、独立した第三者の立場から」果たさせるのだと、今後、いくら声高に叫ぼうとも説得力を持ってわれわれ国民の耳に届くことはないことを知るべきである

 

いったん事あれば、放送界は「言論と表現の自由」を錦の御旗として標榜(ひょうぼう)する。それを担保する一つの重要な仕掛けであるBPOのこの体たらく。さらに場合によっては当局の介入を許す不祥事であるにも拘らず、それを大きく問題として取り上げぬテレビ業界。「亀田一家」に常軌を逸したとしか思えぬほどの時間をかけて報ずるテレビ業界。

 

「亀田一家」報道に異様に狂騒する一方で、BPO不祥事には沈黙にも近い姿勢をとるこうしたテレビ業界を見ると、どうひいき目に見ても「言論と表現の自由」という標語はテレビ業界の自己利益のためにのみ便宜的に使っているとしか思えて来ぬのである。「言論と表現の自由」は言うまでもなく、メディアにのみ保障されたものではなく、国民に保障された権利なのだから。【上にもどる