堀江貴文被告が26日、東京地裁公判で「私は無罪」との最終意見陳述を行なった。公判前整理手続きが適用された公判は昨年9月から約5カ月でのスピード結審となった。堀江被告が「一回も任意の取り調べを受けず、突然逮捕された」と述べたように、ライブドアの証券取引法違反摘発における検察の動きには、その後の公判の進め方も含めて目を見張らせるほどのスピード感があった。

 

その一方で不可解なのが、昨年12月18日に証券取引等監視委員会が金融庁長官等に対し証券取引法第172条に基づく処分として「課徴金納付命令を発出するよう勧告」を行なった日興コーディアルグループの187億円もの利益水増し事件における検察の動きである。同種のライブドア事件でこれほど素早い動きを見せた東京地検の動きが、ことコーディアルに関してはなぜか鈍いというか、まったく見えてこない。その差はいったい何なのか。そして大手メディアもなぜかこのところコーディアル事件を取り扱うことが少なくなった。まるでみんなで静かにこの事件を忘れ去ろうとしているかのようである。

 

こうなってくると、あのおそろしい東京地検がここまで静かなのが逆に嵐の前の静けさなのかと何か不気味ですらある。粉飾の規模、資本市場の重要構成員たる証券大手としての社会的責任の重み、いずれをとっても日興コーディアルの事件はライブドアの比でないことは明白である。検察の動きが表に現われ出るのには、あとは組織的犯罪か否かの判断でも必要なのだろうか。しかしこれだけ多額の粉飾決算を一人の人間だけで行なえると考えるほうにかなり無理があるとわたしには思えるのだが。何が検察からスピードを奪っているのか?

 

本当に今回の検察の動きとその意図は分かりづらいし、不可解である。「法の下の平等」という分かりやすい原則を早く検察は国民に示して欲しい。しかしそれにしても遅過ぎる。ライブドア事件の結審の報に触れ、ことさらにその感が強くなってきた。