APECハノイに向けた中国外交のしたたかさ 

 

 今月18〜19日にベトナム・ハノイで第14回アジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議が開かれる。それに合わせて中国は7日、胡錦濤国家主席の外交日程を発表した。そのなかで崔外交部部長助理(外務次官補)は、「APECの改革プロセスを推進し、APECの地域協力における地位影響力を保っていく」など四点をこの会議へ期待することとして表明した。あわせてAPEC会議をはさんだ15〜26日の間、ベトナムのほかラオス、インド、パキスタンの3カ国を公式訪問することを発表、アジアでの影響力拡大を狙う外交を展開する。

 

 崔部長助理が言及した四点のなかに、「『ボゴール目標』を早急に実行し、『ハノイ行動計画』を通じて貿易の投資自由化と利便化を強める」ことがさり気なく入れられている。そこに中国の老獪でしたたかな外交術が垣間見える。

 

ボゴール目標1994年にインドネシア・ボゴールで開催されたAPECの非公式首脳会議で

採択された「先進国は2010年まで、開発途上国は2020年までに貿易・投資を開放自由

化する」という目標

ハノイ行動計画:今月1日にハノイAPECの主要議題として明らかにされた「2010年ま

での貿易・投資の自由化の具体策や時期を明確化した」計画

 

 中国の意図するところは明快である。中国は現在、貿易の7割をAPEC域内に依存し、また国内への直接投資の7割強をAPECメンバーが占めている。いまや世界の人口の約4割、GDPの約6割(2001年)を占めるAPEC(21カ国)の巨大市場が自由に中国製品に開放されることは、中国にとってさらなる国益を生み出すことになる。

「ハノイ行動計画」とは、膨大な購買力を有する先進国の市場開放を規定するものである。「ボゴール目標」の2010年までに達成すべき部分、すなわち先進国に関わる具体的開放時期を「ハノイ行動計画」で縛ろうと目論んでいることは明白である。

 

 一方で中国は2001年12月のWTO(世界貿易機関)加入以後も、自国の市場開放については「国毎の差別待遇と貿易障壁の排除」というWTO協定にもかかわらず、さまざまな理屈や規制を設け市場管理のグリップを緩めていない。

 

 自国の巨大市場を餌にしたたかな外交戦略を展開する中国にくらべると、日本のハノイへ向けた準備といえば、表面的には開催国ベトナムのグエン・タン・ズン首相の10月18日から22日の新内閣最初の賓客としての訪日のみと言える。日越経済連携協定(JVEPA)の正式交渉を立ち上げ、来年1月に第1回会合開催を決定、二国間貿易総額を2010年までに150億ドル(2005年85億ドル)へ拡大といった二国間の関係強化に重点を置いた戦略で善しとしている。そこに総合的、大局的な外交戦略の道筋は見えてこない。

 

 先進国のなかで「ボゴール目標」達成に大きく遅れをとっているのが、日本、オーストラリア、カナダと言われている。今回この「ハノイ行動計画」が採択されれば、この三国において国内の対象産業の受ける打撃は決して小さくない。そうした事態を懸念するカナダは対抗策として既に04年5月に「アジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)」構想を打ち出している。その構想は、現在、各国間で錯綜、雁行する二国間FTA(自由貿易協定)を一本化し、市場開放を総括的に大きく前進させる目的と説明された。しかし真の狙いが「ボゴール目標」をなし崩しにし白紙に戻すことにあることは、明白である。「ボゴール目標」は2010年時点では国内産業に大打撃を与えるとの判断がカナダにあるからである。カナダの国益に合致しないことから、あらたに発想され、提言されたのがFTAAPと言ってよい。

 

 当時(04年11月)、小泉総理はチリ・サンティアゴのABAC( APECビジネス諮問委員会)において委員からのFTAAPへの質問に対して、包括的なものとしてWTOがある、「現実的には二国間のFTAを前進させることが先決で、FTAAPは将来的な課題と思う」と、人の良い優等生の答弁をした。董建華・中国香港行政長官は、すかさず「小泉総理に同感。WTOに加え、また、APECの『ボゴール目標』は、先進エコノミーは2010年、途上エコノミーは2020年の自由化を目指すものであり、実際にはFTAAPの目指すものと同じだと考える」と応じた。

 

 まさに中国や開発途上国側の思う壺の反応を日本の総理はしてしまったのである。カナダの当事者たちは、国益を基軸に外交戦略を立てない国家がこの世界に存在することに、おそらく驚愕し、この策がこのお人よしの国のためでもあることに気づいていぬことに切歯扼腕したに違いない。

 

 中国の内外記者、各国大使館を対象とした7日のブリーフィングの中身を見て、「ハノイ行動計画」の発表から間髪を入れぬタイミングでかつその戦略的なコメントに、「行動計画」の素案つくりにひそかに中国が参画したのではないかと詮索もしてみたくなる。それほどに中国の外交戦略はしたたかで、あざやかであることをわれわれ日本人はもっと肝に銘じるべきである。安倍総理にはお人よしの小泉前総理の前例を踏まえ、ぜひとも日本の国益を基軸に据えたしたたかな外交戦略をAPECハノイで見せてもらいたい。

 

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