脳出血へのカウントダウン

 

,砲發匹

 

 

 

 今、思い起こしてみると、右脳出血する一年半ほど前から前兆となる症状があったように思う。

 

 その代表的な症状は次の四つである。

1.      首筋の右側が棍棒を入れたように凝っていた

2.      少し歩くだけで、すぐ汗が出るほどの暑がりになっていた

3.      人の話を聞いている最中に、頭がポーッとして、遠くから声が聞こえてくるような現象が、何回か、起きた

4.      時折、たいした運動もせず、理由もないのに動悸が激しくなることがあった

 

血圧が高いことは健康診断で指摘を受けていたので、降圧剤の軽いものを毎日飲まされていた。その降圧剤も、今から考えると愚かであったが、飲み始めてすぐ血圧が正常値の範囲内に収まっていたので、一年程で徐々に飲むのを止めるようになっていった。副作用はないと医師から言われていたものの、どこか服薬に対する心理的抵抗感があったのだろう。ひと月ほど降圧剤の服用を止めても、血圧が正常値であったので、自分でその服用をやめてしまった。後で医師から聞いたら、降圧剤は止めてすぐに、効能がなくなるのでなく、数週間は効能が持続しているのだと言われた。わたしが自働血圧計の「健太郎君」で、血圧測定をやっていた一月ほどは、薬は止めたものの、薬効がまだ残っている時期であったのである。

 

わたしは、一年ほどの降圧剤の服用で高血圧が治ったと、勝手に考えた。そして、仕事が急速に忙しくなるにつれ、医師の診断も健康診断のみで、頭から高血圧という言葉が弾き飛ばされていった。

 

そうしたなかで、肩や首筋が凝り、そして時々、ボーッとなることから再び、高血圧が脳裡に浮かんできた。そして、診療所にかかる時間はとても昼間にとることはできなかったので、夕方に自働血圧計で血圧を測りに行き始めた。倒れる3、4ヶ月前当りからだったと思う。

 

社内診療所には「健太郎君」は三台設置されていた。そのすべてで測っても、常にエラーが表示された。ボタンを押すと、差し入れた右腕がギューッと圧迫されるのだが、それが固定、停止しないまますぐに、ふわ〜っと弛んでくるのである。そして、表示板にエラーとメッセージが現われる。機器が壊れているのだと思ったが、いつも看護士も退社したあとであったので、それを伝えることもなかった。

 

「どうしようもないな」と、ブツブツ言いながら自席に戻る日々が度重なった。その頃には、実はわたしの血圧はとんでもないほどに高くなっていたのである。その時に、何とか時間をひねり出して直接に医師にかかり、血圧を測ってもらっておれば、最悪の事態は避けられたのではないかと思う。おそらく、相応の緊急治療がなされたことと思うし、「健太郎君」の測定範囲を超えるほどに血圧が異常に上昇していたことは、簡単にわかったはずである。

 

 素人判断で降圧剤を勝手に止めるなど医師の指示に従わなかったことと、おかしいと思ったとき、すなわち病魔がすぐ脇まで寄り添っている時にも、医師のもとへ向かわなかった無謀さが、その直後の脳出血に至る大きな要因である。兆候は色々とあった。シグナルはガンガン鳴っていた。なのに、わたしはなにも行動は起こさなかったのである・・・。「かえすがえすも」という言葉があるが、「その時歴史は動い」てしまったのである。

 

人気ブログランキングへ

 

 

 

おとなのADHD―社会でじょうずに生きていくために