モーグル上村愛子の五位に思う

 期待された上村愛子のメダルが手から零れ落ちた、と云うより世界のレベルが日本のメディアが思っている以上のスピードで向上していた。我々、視聴者、読者は報道を通じてこうした世界の情報を得る。その業界に身を置かない人間に、日々、変化・進歩する世界の動きをビビッドに知り、理解することは、難しい。  今朝の上村選手の3Dの技術は確かに素晴らしかったし、美しかった。それ以上に彼女の試合後のすっきりとした顔の表情に、ある目的に向って全身全霊で邁進した者にしかない透明感を感じとれたことは救いであったし、ある種の清清しさも覚えた。  

 そうした感傷を脇において、今日の五位ということを考えると、いつもの事ながらこの日本の情報分析力の未熟さと自己中心的・単視眼的見方が相変わらず変わっていないことを痛感せざるを得なかった。勝負は時の運とも言う。しかし、メディアなりモーグルまたはスキー連盟の人たちは情勢分析を冷静に伝える使命があるのではないか。情勢をしっかり把握した上で、精一杯に応援するのと不確かな情報で恰もメダルが直ぐ脇にあるように思って応援するのとでは、終わったあとの結果によって、選手に向けられる感情も変わって来る。場合によっては、一生懸命頑張ってきた選手に対して必要以上の鞭を打つことにもなりかねない。冷静な分析に基づく報道なり情報公開が欲しかった。特にメディアの国際面に於ける自力取材活動の弱さがスポーツに限らず、国際政治の面でも多々、見受けられる。ファクトを正確に把握して初めて適切な対応策や冷静な反応、評価がなされるのだと考える。  

 今回のモーグルでも、今朝、採点の50%がターン技術の良否だと知らされた。3Dで大変な期待を持ってTVの前に陣取った私が不勉強でもあったのだろうが、解説者やコメンテーターが後講釈で上村は「エアーは強いが、ターンはそこまでの水準にない」と言うことを知っていたら、もっと上村愛子に対して別の応援なり、競技が終わった後に感じた感動はもっと素晴らしいものになっていたと思う。事前情報によって人間の受ける思いは、大きく違ってくるし、その選手への思いも大きく変化する。  

 外交など国際関係の問題を考える時に、全く同じことが言える。イラク情報は決して日本国の報道機関が現地に入って、自分の足と耳で収集した情報ではない。第三者から訊いた情報をただ仲介しているだけと云ってもよい。そうしたメディアを抱える国家に冷静な情報分析に基づく国家戦略は育たない。  

 上村愛子選手の3Dを見終えて、そうした感慨を覚えた。