ひと夏の忘れ物 足摺岬
ひと夏の忘れ物でどうしてもお伝えしておきたいのが、足摺岬探訪で泊まった「TheMana Village(ザマナヴィレッジ)」という奇妙な名前のホテルである。
夕暮れ時、茜色の雲を映す水上に浮かぶデッキで憩う人たち・・・
そこには「悠々とながれる時間」が切り取られていた。
即座にこのホテルへ泊まってみたい、泊まろうと決めた。そして予約を入れた。
ただ宿泊してみて、予約したツインルームのベッドメイキングなど相応のホテルとして洗練度をブラッシュアップしてゆく点は多いと感じた。
またホテル棟からレストラン・温泉棟へ移動する長い廻廊、周りのガーデニング、付属建物など「アジア屈指」を謳うにはまだまだ手を加え整備すべき箇所があり未だ改装途上にあるというのが実際のところである。
そうした未熟さを知ったうえでも、当ホテルを推奨する所以は、ひとつは黒潮をながす大海原を前面に随える比類なき立地条件である。
もう一つが大自然と一体化したかのようなイタリアンレストランAzzurrissimo(アズリッシモ)の存在である。
このレストラン、今年3月にオープンしたばかりだという。
その事実こそが「TheMana Village(ザマナヴィレッジ)」がまさにこれから「名」に「実」をともなわせ「アジア屈指」へと変貌をとげてゆく、その可能性の途上にあるのだとおもわせたところである。
懸崖に設けられた小さな露天風呂から眺める足摺岬の大海原は掛け値なしに素晴らしい。
残念ながら撮影禁止のため写真をお見せすることはできないが、遥か遠くに水平線を見晴るかし露天の岩風呂につかる。風にのって潮の仄かな香りがとどけられる。そっと瞼を閉じると磯をあらう潮騒の音や岩肌をたたく風の音が聴こえてくる。そして瞳をあけると頭上にはどこまでも蒼い空がひろがっている。
さて、そんなホテルのレストラン・「Azzurrissimo(アズリッシモ)」からは部屋から見渡す大海原を、より間近に感じることができる。
レストランのデッキの突端に立ってみるとわかるのだが、爽快感というのとは少しちがう、潔(いさぎよ)さのような不思議な感覚に囚われるのである。
朝食後の珈琲を突端にならぶテーブルで喫んだのだが、目の前にひろがる青海原と白い雲・・・その涯しない風景のなかで自分の姿はあまりに小さかった。
そして連綿と流れる時間のなかで「人の一生」とは瞬きの間にも充たぬと実感させられた。
人生の思い切りとでもいおうか、「見切る」時がすぐそこにきた・・・そんな潔い心持に自然とさせられる、不思議な小世界がこのデッキの突端には息づいていた。
さて、そんな絶景のなかでいただく「Azzurrissimo(アズリッシモ)」のイタリア料理であるが、
海の幸は勿論おいしいにきまっている。
さらに、お薦めが鮮魚丸々一尾のアクアパッツァが豪快である。
若い男の子が・・・、細君はそれだけで満足の様子・・・手際よく骨と身をとりわけてくれるから、不器用で面倒くさがり屋のわたしも問題なく美しくいただけた。
この一皿が「あぁ土佐の国だぁ」と老夫婦を一挙に納得させたことは言うまでもない。
さらに「安芸・土佐の赤うし」も旨かった。
その前に実は、えっ!というほど大きなピザがサーブされていたので、赤うしの時には二人とも「いやぁ・・・おいしそうだけど・・・こりゃお腹が大変!」と、やや尻込みし、苦笑いの態・・・。
「お姿だけで結構」と、麺類党のわたしもさすがに形だけパスタをいただいた。
その最中に夕暮れの闇があたりにおりてきたが、テーブルにそなえられたランプの灯がそこここでボ〜ッと浮かびあがってくる情景も興趣が掻き立てられた。
そしてすっぽりとまわりが闇に支配されたころには、遠くの灯火が鬼火のようにもみえて、これも幻想的であった。
こうしてこの夜、お腹は足摺の金剛福寺ではなく・・・満腹寺となったのだが、料理の美味しさ、レストランの景観のすばらしさもさることながら、わたしどもが「これは!」と感心しきりとなったのが、「Azzurrissimo(アズリッシモ)」に代表されるこのホテルのスタッフの皆さん方のはち切れんばかりの若さと笑顔とhospitalityであった。
退職後全国各地を旅してまわり常々実感させられているのが、昨今の厳しいホテル・旅館事情である。
人件費の圧縮策により人手が絶対的に少ないうえに従業員の高齢化、加えて日本語が今一つの外人スタッフの多さに興をそがれることが多々あった。
さらにかつての地方の老舗旅館のゆきとどいたサービスを覚えている者として、昨今の接客サービスの品質の劣化はさびしく嘆かわしい。
ところが、ここ「TheMana Village(ザマナヴィレッジ)」は違っていた。
なぜか? それは「映(ば)える」のである。
そして、老夫婦のディナーの様子を何枚もスマフォで写真に撮ってくれた女の子。
わたしはその子に訊ねてみた。
「どうしてあなたみたいに若い人たちがこんな遠くのザマナでたくさん働いているの?」
「みんなダイビングとかマリンスポーツがやりたくてここで働かしてもらっているんです」と、
なるほど四国西南端にはブルーオーシャンとブルースカイがあった。
そして若者の華やいだ聲や褐色の笑顔はこんなにも素晴らしかったのかと、あらためて思った。
そしてそうした時代が自分たちにも確かにあったのだと・・・なぜか胸に熱いものがこみあげてきた。
最後になったが、おそらくこれから訪ねる人たちは、わたしがお伝えした宿の姿とは異なる感慨を覚えることとおもう。
ぜひ機会を見つけて四国の突端まで足を延ばして、大自然の醍醐味と若者の弾ける笑顔を味わいに行ってもらいたいと願う。