みのもんたの処分が新生BPOの試金石、「知る権利」の判断基準

要はこの番組が報道番組なのかバラエティー番組なのかその性格を曖昧化しているところに、わたしはTBSというより不二家問題で言いたい放題を言ってもいっさい謝罪する必要がないと高を括っている「みのもんた」氏の実に狡猾な計算を感じ取ってしまうのである。

その意味で「朝ズバッ!」の報道について今回の総務省が放送法第3条の3第1項に抵触する、つまり番組の種別いわば報道番組かバラエティーか性格を曖昧化したTBSの番組制作姿勢に対して問題があるとして文書で厳重注意した意味の重さを感じ取るのである。

放送事業者が単なるエンターテインメントの提供者としてのみ、その社会的責任を感じているとすれば、今回の総務省の厳重注意はやり過ぎと言ってよいが、今やテレビの影響はそんなものではないことは誰もが知るところである。

TBS
に対して「貴社の放送が言論報道機関である放送事業者に対する国民の信頼を著しく損なったことは、誠に遺憾であり、放送の公共性と言論報道機関としての社会的責任」を真摯に重く受け止めよと当局はあえて文書で伝えたのである。

TBSをバッシング風に取り上げるのはおかしいのではないか」といった程度の認識しかないTBS社長の発言は言うまでもないが言語道断であり、そういう人物が公共機関としての放送事業者の代表者たる資格はないのは言うまでもない。

「知る権利」とは当然だが国民ひとりひとりに本源的に帰属する権利であり、「報道の自由」を標榜してやまない放送事業者の軽率な行動によって、時の権力がその権利を制限するために介入する口実を与えてしまうことなどあってはならない。またそうした甘えた認識なりつけいれられる意識はTBSの社長ひとりの気持ちというより、「朝ズバッ!」の謝罪放送のあり方ひとつ見て、TBS社内に蔓延している驕った意識そのものではないのかと思えて仕方がない。そしてそうした組織に、今後、自助努力における意識改革を期待することはきわめて難しいと残念だが言わざるを得ないのである。

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10日、BPONHK、民放連との三者によって、川端和治氏(弁護士、大宮法科大学院大学教授)を委員長とする「放送倫理検証委員会」を同機構内に設立したと発表した。そのなかで、同委員会の性格をこれまでの「放送番組委員会」を発展的に解消して設立されたものとし、BPOの関連する規約の改正も同時に行われたことを明示している。そこでは「放送倫理検証委員会」は「虚偽の疑いがある番組が放送され視聴者に著しい誤解を与えた疑いがあると判断した場合」、「調査、審理」「勧告・見解の通知、公表」し、放送事業者に「再発防止計画の提出を要請」し、その「実施状況についての意見の通知、公表」ができるとし、これまでの「放送番組委員会」が有する協議・審議等の権限を大きく拡大することになった。

その新生BPOの「放送倫理検証委員会」は523日に第一回会合が開かれる予定である。

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日に郷原信郎氏が「朝ズバッ!」での不二家の報道内容について「事実と異なる」、「捏造の疑いがある」としてBPOに対し調査・審理を要請した。総務省が文書であえて放送法の第3条の3第1項に抵触すると認定した不二家問題の調査、審理が同委員会の初仕事ということにならぬはずはない。

新生BPOは総務省のTBSに対する「厳重注意」の内容も十分考慮し、しっかりしたチェック機能を果たして欲しいと願わざるを得ない。まさに同委員会の責任は重大である。「国民の知る権利」を時の権力の介入により狭められるか否かの切所に、今現在、この国は置かれているのだとの厳しい認識の下、国民の納得のいく結論を早急に出していただきたいと強く思っている。

そして報道とは何か、放送事業とは何かをすべてのテレビ局にもう一度、根本から考え直させる見解なり見識をぜひ披露してもらいたいと願っている。「みのもんた」というやたらにしゃべりまくるが、その発言の責任を追及しづらい狡猾な役回りを許す番組制作を行なう放送事業者のあり方に対しても同時に良識ある見解を示して欲しいと願う次第である。

それが新生BPOの真価を問う試金石であり、国民の「知る権利」を国民自らの手で守れるかどうかの判断基準でもあると考える。