彦左の正眼!

世の中、すっきり一刀両断!で始めたこのブログ・・・・、でも・・・ 世の中、やってられねぇときには、うまいものでも喰うしかねぇか〜! ってぇことは・・・このブログに永田町の記事が多いときにゃあ、政治が活きている、少ねぇときは逆に語るも下らねぇ状態だってことかい? なぁ、一心太助よ!! さみしい時代になったなぁ

野球特待生問題があぶり出す学校制度の矛盾と責められるべき対象4

プロ野球球団の西武ライオンズのアマチュア選手への金銭供与問題に端を発した高校野球児の特待生制度問題について、日本高等学校野球連盟(以下高野連・脇村春夫会長)は3日、学生野球憲章に違反する特待生制度の実態について最終調査結果を発表した。違反実態は高知県を除く全国46都道府県の376校で特待生制度が設けられており、7971名にのぼる高校球児に対しその制度が適用されていたというものであった。

 

調査結果を受けて高野連の脇村会長は「非常に数が多いということに驚いています」と語ったが、それこそ「驚く」コメントであった。

 

日本最大級のインターネット学校情報サイトの「日本の学校」(運営はJSコーポレーション)で「特待生制度」をわかりやすく紹介しているので以下に引用させていただく。

 

それによると、『特待生制度』とは「入学試験や日常の成績が優秀な生徒に対し学費の一部や全額を免除する制度。成績優秀者の判断は、入試、日常の成績以外にも、学校によってはスポーツ等の特殊技能を評価するところもある。基本的に成績優秀者の学校生活が、経済的な理由で阻害されないようにすることが目的であるため学費免除という形をとる場合が多く、ほとんど返済義務は課されない」と紹介されている。

 

 そして特待生制度の具体例のひとつとして「学費(入学金、設備費、授業料)3年間の免除(返済義務なし)。条件は入試成績が優秀、もしくは、スポーツに秀でていると認めた者」があげられている。今回、問題とされている高校球児に対する特待生制度は各学校により条件の若干の差異はあるにせよこの類の特待生制度が適用されていると見てよい。

 

 少しでも野球に関心のある人であれば、今回のことで野球特待生制度の存在と数の多さに驚きを覚えた人は非常に少ないのではなかろうか。平成16年、17年の連続優勝、平成18年には準優勝を果たした駒大苫小牧や青森山田高校の最近の甲子園での活躍ぶりを見ておれば、そうした私立高校がスポーツに秀でた者を地元外からあご足つきで招聘(しょうへい)してきて、学校の「売り」なり「顔」として特色を打ち出し、それを学園経営戦略の大きな柱としていることは容易に想像がつくからである。

 

 そうした状況下での日本学生野球憲章違反問題である。

憲章第13条は「選手又は部員は、いかなる名義によるものであっても、他から選手又は部員であることを理由として支給され又は貸与されるものと認められる学費、生活費その他の金品を受けることができない」と、明快に野球部員の特待生制度を禁止している。さらに野球憲章の内容は総則につづく第二章で大学野球、第三章で高校野球について規定が書かれており、目下、問題となっている第13条は大学野球の章にあり、高校野球については第19条でその規定を準用するとなっている。そして高校球児に対する裏金問題が発覚したことに鑑みれば、大学野球でも同じことが行われているのではないかと考えるのが普通の思考過程ではないかと思うのだが・・・。次の展開がどうなるのかと気になるところではある。

 

高野連が本当に特待生制度の運用実態を知らなかったとすれば、まぁ即座に己が不明を恥じて会長以下は総退陣し、新布陣のもと実態に即した新たな日本学生野球憲章に作り変えればよい。なぜなら特待生の制度自体に問題は何ら認められないからである。数学が得意、ピアノが上手、バスケットやフットボールがうまい等々の理由で学費免除等の恩典を受ける奨学生、特待生と呼ばれる学生は海外でもScholarship Studentとして存在するし、何ら後ろめたい制度ではないし、もちろん国際基準から見ておかしな制度でないことも明らかである。

 

 もし高野連が野球憲章を変えないというのであれば、「学生野球」というまったく別のジャンルのあらたな文武両道の素人野球を別立てに運営することを覚悟すればよい。その場合、日本のプロ野球選手やメジャーリーガーになりたい若者は高校や大学という教育制度の外に身を置き、残念であろうが甲子園と訣別する必要がある。そしてプロ野球界も一丸となってプロの研修生制度を改編さらに一新し、別途プロへの道筋を整備することの方が、世界に通用する一流のプロ野球選手を生み出すうえでもすっきりしていると言える。またプロを目指す若者も早い段階からプロの指導者による専門的指導が可能となり、割り切った形での英才教育が施されるほうが夢を実現する可能性は今よりも数段に高まると考える。

 

 そこで、こうした野球憲章の適否や違反者の処分をどうするかといった目先の観点で今回のことを論じることはマスメディアの方にまかせるとして、ここではこの野球特待生問題がいみじくもあぶり出した日本の学校制度の問題点について述べてみたい。

 

 日本の学校制度では、学校教育法において中等教育の後期課程として「高等学校」(中等学校の後期課程を含む)と「高等専門学校」を同法第一条で定める「学校」と規定している。またその「学校」には該当しないが「職業若しくは実際生活に必要な能力を育成し、又は教養の向上を図ることを目的とし」た「専修学校(高等課程)」という教育施設を別途認めている。

△紡海


教育委員会は戦後教育の残滓3

                           

 昨年9月に起こっていた北海道滝川市の小学6年生女子(当時12歳)の教室内での自殺行為(後に死亡)が、ご両親のメディアへの原因究明依頼の動きを契機に、一年経ったこの102日にようやく市教育委員会(安西輝恭教育長)が記者会見を開いた。そして「原因は現時点で特定できない」と述べ、いじめの存在を事実上認めないとの見解を示し、世間の批判を浴び、いじめを認めた。あれだけの悲痛な遺書が残されていたにも関わらず、この一年間、事実を隠蔽し放置していたとしか思えぬ行為。「いじめ」と当初、認めなかった姿勢。

 

また1013日に分かった福岡県筑前町立三輪中学校の中2男子生徒(13歳)のいじめによる自殺(11日)も元担任教師のいじめから生徒のいじめが始まったと言われている。ご遺族に対する合谷校長の説明が、当初の元担任教師のいじめの事実を認めた謝罪から、その後の記者会見で一転、「教師の言動は直接、生徒の自殺の原因にはつながらない」と、事実否認を行なった。その翻言の背景にも教育委員会の存在を感じざるを得ない。

 

このふたつの事件の背景に共通して見え隠れする「教育委員会」とは一体、何なのか。その存在に大きな疑問を感じ、憤りを感じる。

 

今を遡る20年前の中曽根内閣時代、首相の直属諮問機関として設置された臨時教育審議会(臨教審)の第2次答申「教育行財政改革の基本方向」【1986年(昭和61年)】において、教育委員会の当時の現状について、すでに次のような厳しい言及がなされている。

 

「近年の校内暴力、陰湿ないじめ、いわゆる問題教師など、一連の教育荒廃への各教育委員会の対応を見ると、各地域の教育行政に責任を持つ『合議制の執行機関』としての自覚と責任感、使命感、教育の地方分権の精神についての理解、主体性に欠け、二十一世紀への展望と改革への意欲が不足しているといわざるを得ないような状態の教育委員会が少なくないと思われる。」

 

この指摘は20年経った現在、まったくひと言の文言もいじる必要のない「今の教育現場の問題」を摘出したものと言える。逆に言えば、20年間この答申にも関わらず、教育行政・現場ともに何の変革もなさずに無為な月日を浪費してきたということになる。

 

この国は一体この20年間、何をやってきたのか。北朝鮮の核保有問題然り。すべて問題を先送りしてきた政府の責任はあまりにも大きい。そして政府の怠慢による犠牲者となった幼い児童、夢をはぐくむ中学生たちがあまりに傷ましく、悲しい。地方教育行政法により地方自治体により設置を義務付けられた教育委員会。「教育は国家から一定の距離を置いた中立的位置にあらねばならぬ」との終戦直後の残滓である考え方で出発した教育行政のあり方の限界が、「いじめ」という傷ましい事件によってようやく浮き彫りにされようとしている。


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