20日未明に政府がチャーターした小型ジェット機で来日した金賢姫(キム・ヒョンヒ)元死刑囚の一挙手一投足がテレビ各局をはじめ新聞等で細かく報道されている。本来であれば静かな避暑の日々を楽しんでいるはずの旧軽の別荘の人々も、はた迷惑なことと思っているに違いない。

 

 金賢姫(キム・ヒョンヒ)元死刑囚は、1987年、大韓航空機爆破事件で115人の無辜(ムコ)の人々を殺した人間である。北朝鮮という凶暴な国家の意思の下で行ったミッションであったことはわかるが、「115人の尊い命」を一瞬にして奪ったテロリストであることも、また一方で消し去ることの出来ぬ事実である。

 

 そうした人物を、差し向けたチャーター機でまるで国賓のように迎えた民主党政府。加えて、来日以降のTV局を中心とした時々刻々の密着報道は、まるでどこかの王妃や大スターを追っかけまわしているようで、その薄っぺらなジャーナリズムに辟易とする。

 

 本来、四半世紀前の事実しか知らぬ人物から、しかもこれまでも警察当局などの事情聴取が重ねられている人物から、拉致問題の重大な新事実が出て来るはずがない。拉致被害者家族の方々の、藁にもすがりたいとの悲痛な気持ちはよく分かる。だからこそ、政府は北朝鮮政府との交渉、あるいは一層の経済制裁など新たな動き、地道で継続的な努力がなされなければならぬし、被害者家族の心をいたずらに弄ぶような行動は控えるべきはずのものである。

 

 民主党政権になって、沖縄普天間の問題そしてこの拉致問題など外交課題について、地に足のついた地道で実効的な手が打たれているとは到底思えない。逆に「最低でも県外」と発言した普天間基地移設問題の迷走や金賢姫元死刑囚に対するヘリコプター遊覧ツアーのサービスなど、用意周到で巧緻な外交とはおよそ対極にある、幼稚で法的詰めすらちゃんと行なったのかさえ疑われる始末に、日本国民として心底恥ずかしさを覚え、こうした政府に危うさを感じるのである。

 

 今回の金氏の来日について、英インディペンデント紙は「ジェット機爆破事件の北朝鮮元工作員が日本で歓迎される」と題し、「もっともありえないスパイ物語」だと皮肉ったうえで、「日本国籍の偽造パスポートで大韓航空機爆破を試み、一度死刑を宣告された金元工作員は、東京の羽田空港で逮捕されなければならない。にもかかわらず、彼女の地位は犯罪者どころか、まるで要人扱いだ」と、日本政府の対応に疑問を呈しているという。

 

 一方、お隣の韓国では、朝鮮日報が「金賢姫元死刑囚が訪日、専用機などVIP待遇」と題した記事を21日付で配信している。そのなかで、「日本のテレビ局による中継映像によれば、金元死刑囚が乗った車を中心に10台が高速道路の追い越し車線を走り、女性の警備担当者を乗せた車が走行車線を同じ速度で並走していた。さらに、それをマスコミの取材車両約20台とヘリコプター7機が追った」と、日本メディアのお目出度い狂騒ぶりを報じている。

 

そのうえで、「日本政府は通常、懲役1年以上の刑罰を受けた人の入国を認めていない。金元死刑囚が工作員時代に日本の偽造旅券を行使した犯罪行為の時効も過ぎていない。このため、批判的な世論もある。しかし、日本政府はそうした壁を超え、法相による特別許可という方式で、金元死刑囚の入国を認めた」と、今回の超法規的な措置について、英インディペンデント紙同様、政府の法的措置についてもその妥当性に疑問を投げかけている。

 

日本の報道もそうした見方やオピニオンを発信してないわけではない。しかし、テレビという視覚に訴える「垂れ流し」報道の力は、そうした冷静なメディア報道を圧し去っているのが実態である。

 

昨日のNHKのニュース報道で、「『ヘリコプター遊覧』と、ネットなどで批判されているヘリコプターでの移動も予定通り行われた」と、もって回った表現があったが、NHKも、もっとはっきり、今回の元死刑囚招聘の政府の目的と意義、そしてその成果について、批判の目をもって毅然とした報道をすべきである。

 

拉致被害者家族の気持ちに寄り添い過ぎの報道では、「本当の努力」を怠っている政府の目くらましパフォーマンスの愚かさを追求することはできぬ。さらに、他国も問題視するテロリストの超法規的入国など、もっと問題とすべき点は多数ある。そして貴重な税金を使い、どのような成果を挙げ得たのかなど、政府の見解を厳しく問うべきである。