彦左の正眼!

世の中、すっきり一刀両断!で始めたこのブログ・・・・、でも・・・ 世の中、やってられねぇときには、うまいものでも喰うしかねぇか〜! ってぇことは・・・このブログに永田町の記事が多いときにゃあ、政治が活きている、少ねぇときは逆に語るも下らねぇ状態だってことかい? なぁ、一心太助よ!! さみしい時代になったなぁ

菅直人

なぜ、ビデオを非公開としたのか、民主党!5

 尖閣ビデオ流出事件において大事な問題がそれていっているようなので、ここで、一言述べておかなければならない。
 
 衝撃のビデオ投稿から数日が経った。そして、メディア、とくにTVメディアにおいて、この投稿者は誰かといった犯人捜しが始まっている。

 衆議院予算委員会でも、先日の国際テロ対策関連の情報漏洩と併せて政府の情報管理の在り方が問題とされ、追求がなされている。

 そのことが大事な問題であることは十二分に認識しているが、今回の尖閣ビデオ流出事件については、少し、扱いは違うのではないのかと考える。

 すなわち、YouTubeに投稿されたビデオの中身を見て、なぜ、このビデオが非公開にされなければならなかったのかという素朴な疑問が湧き出てくるのである。それが払しょくされないまま、この問題を先に進めてゆくのは適当でないとの思いが強くなっている。

 だから、そのことがまず、国民の前で分かりやすく説明されやければならない。 つまり、流出させたのは誰か?を、探偵ごっこで探すのは、いま、国会で議論するような事案ではないということだ。

 それこそ、告発はしたのだから、犯人探しはまずは捜査当局に任せておけばよい。

 国益の観点からして、政府がこのビデオを非公開とすべき理由は何だったのか。この疑問が氷解されないままに、情報管理といった問題へ今回の事件を拡散させてゆくのは、時機尚早であり、問題に潜む本質を放置することになる。

 多くの国民が公開を求めたビデオをいたずらに秘匿しようとした、そうとしか見えないのだが、その本意は一体何なのか。

 これを明らかにすべきなのである。

 もしそれが日中間に波風を立てたくないといった、とんでもない理由であれば、これは、国土の安全を守るという政府のもっともプリミティブなミッションをないがしろにする言語道断の所行であり、反国家的な犯罪ともいうべきことなのである。

 そうでないことを願うのは当然だが、そこは、信用の置けぬ菅政権である。さらには直接、国益に関わる問題である。この予算委の場において、堂々と国民の前に明らかにされるべき事柄だと考える。

 そして、尖閣ビデオ流出の問題で海上保安庁に寄せられた電話の多くに「流出させた職員を追及するな」、「なぜ、告発したのか」といった声があるということを、民主党政府はよく吟味したうえで、早急に「ビデオの非公開理由」を国民に明らかにすべきである。

 と同時に、ビデオの全面公開を行うべきである。

民主党代表選、国家ビジョンなき菅代表に決定5

民主党代表選挙の最後の演説を聞いた。  

 まず、小沢一郎候補である。政治と金の疑惑が払拭されないなかでの出馬である。マスコミの言う世論なるものでは圧倒的に菅代表に差をつけられたなかでの厳しい代表選挙であった。 

 最後の演説は同氏の政治家としての信念、なぜ今回、総理をめざすのかを明快に述べたものであった。  口下手と言われてきた小沢一郎が、この代表選の過程のなかで、日に日に、その演説力を増していった。

そして、今日、彼の最後の訴えは終わった。

彼を取り巻くこれまでの政治資金疑惑や強引な政治手法、マスコミに作られた悪道政治家の顔、そうした負の側面を考慮しても、政治家としては面目躍如の演説であった。 もう少し、早く、この説得力ある言葉を聞いておきたかったと、いま思っている。

それに引き替え、菅代表の演説は、総理になりたい、引き続き総理を務めたいと、猫撫で声で連呼するだけのものであった。

総理大臣になって何がしたいのか、どういった国造りをしたいのか、何らビジョンを語ることはなかったのである。 一国を率いるリーダーである。みんなで仲良くやっていこう!だけでは、この厳しさを増す国際情勢のもとで国の舵取りを任せるのは余りにも心許無い。

菅首相は第三の道について、今日の演説で語ることはなかった。 それが政治信念であれば、当然、語るべきであった。また、既に概算要求の出ている来年度予算において、第三の道なるものが数字としてどう具体的に組み込まれているのか、国民の前でハッキリと語るへきであった。

その都度、綺麗ごとを並べ、その場凌ぎをする政治は、鳩ポッポでもう、うんざりである。 首相がコロコロ代わるのは、確かによろしくない。

しかし、政治家の資質に欠けるビジョンなき総理大臣をいただくことは、国益に反する最悪の選択であることには間違いがないところである。

それにしても、ここまでの大差で敗れた小沢一郎という政治家も、結局は、あまりにも人望がないという意味で、国家のリーダーたる資格はやはりなかったのだと云うしかない。

政治の劣化が云われてもう何十年が経ったのだろう。日本の国際的地位の低下がそのことを見事に語っている。

嘆くだけでは何も生まれないことは分かっているが、民主党の現実を目にすると、悲観的に将来を考えるしか、やりようがないのも、残念ながら事実である。

代表選なんかやってる暇はない!!経済無策の民主党内閣3

 最近のやられっぱなしの日本経済を見ていると、この国に政府と呼べる経世済民を専らとする政治の司令塔など、ないのだと思うしかない。

 この11日には1995年7月以来の円高に突入。

 そして、先日、第一四半期の対前年比GDP伸び率が、わずかに0.1%との速報値が発表された。確定値になったら、ひょっとするとマイナスにもなりかねない危機的数字が発表されたのである。

 まずは、そうした為替動向について、菅首相は休暇中の軽井沢から12日午前中に、仙石官房長官に対し、急速に円高が進むことへの懸念を電話で伝え、金融市場で特異な動きがあった場合には報告するよう求めたという。政治の最高責任者、国民生活を守る最終的なゴールキーパーであるとの自覚ゼ〜ロ!の男と断じざるを得ない。

 それを受けた形で、同日、政府高官は、「政府として為替市場の動きを注視していく」
「今後の推移を注意深く見てゆく」と、他人事のようなコメントを発表、どこか評論家のような反応である。

 こうした経済の状況下では、敏速に具体的対応策を集中的に講じることこそ、政府の役割なのではないのか。軽井沢で休暇など取っているような連中に、「政治主導」を云う資格などない。

 また、現状の景況感の認識においても、政府内で、荒井聰国家戦略相は「政策が功を奏して軌道に乗りつつあると思っている」と、この景気減速の事態にも、素人といおうか、希望的観測の言葉を、政策当局の大臣とは思えぬ態度で並べた。

 その一方で、内閣府の津村政務官は、「景気は踊り場に入ったと言えるかもしれない。海外の景気の減速やこのところの円高などで、景気の自律的な回復の芽が摘まれることが懸念される状況だ」と、先行きを懸念する見解を述べた。

 この大事な時期に、政府内で現状の足元の景気認識が共有されていないことに、正直、驚きを隠せないし、政府内でそれこそ角付き合わせるような厳しい政策論議がなされた気配もないことに、こんな政府に政治を任せたままでは、この国は直に滅びてしまうと、恐怖心すら覚えてしまう。

 また、首相に続いて夏季休暇に官房長官が入るといった危機意識の欠如に、この民主党政権の経済政策をはじめ、安全保障などの国の舵取りの基本哲学についての無知蒙昧ぶりが一段と際立ち、国政を担当しているという極めて重い責任、使命感も、この民主党政権にはないのだと断罪するしかない。

 この政権は本当にあらゆる分野において、素人の集まりであり、抽象的な一般論を、首相を含め各閣僚が、好き勝手に言う、「思いつき内閣」、「口から出まかせ内閣」と言ってよい、無責任で度し難い政府であると、いまや言うしかない。 

 そんな厳しい環境の中で、民社党は9月14日の代表選かなんか知らないけれど、政治ごっこに余念がない。そんなことなど、やってる状況じゃないだろ〜!!というのに・・・

 そしてメディアも、永田町担当がここぞとばかりに張り切って、小沢一郎だの菅直人だの、さらには次期総選挙での議員辞職を決めたはずの鳩山前首相までもがしたり顔で現れる、その「ごっこ遊び」を性懲りもなく垂れ流す。

  わたしは、民社党政権に、長年の自民党政権下、諸々の利権や人事、政治献金の還流システムなど、この国の硬直化した政治システム自体に、抜本的な構造改革のメスが入れられることを期待した。

  しかし、いまの惨憺たる経済の状況の正確な理解さえままならず、なす術をまったく知らぬ政府閣僚の面々を見るにおよび、自分の不明を恥じ、ただただ慨嘆するしかない。

 本当に 政治主導とよく言ったもんだ。呆れて物も言いたくない。 だから、これで止めにする。 涙、涙、涙・・・・・・

予算委員会を開催せぬ臨時国会は、国民生活の軽視!

民主党公認、谷亮子の大きな考え違い

 国会法の第1章「国会の召集及び開会式」において、第2条の3項は、「参議院議員の通常選挙が行われたときは、その任期が始まる日から三十日以内に臨時会を召集しなければならない」と規程している。

 

 7月11日の第22回参議院通常選挙で当選した議員の任期は、7月26日から始まる(第20回通常選挙の当選議員の任期は7月25日まで)。

 

 現在、臨時国会につき7月30日召集の方向で与野党間の調整が進んでいる。しかしその会期は数日間で、民主党は参院正副議長の選任などにとどめ、野党が求める4日以上の予算委開催は、両院で衆参1日ずつ、たった2日間の開催にとどめたいという。当初は、そもそも予算委開催を避ける目論みだったというではないか。何をかいわんやである。本格的論戦を展開する臨時国会は9月13日頃、2か月後の開催を予定しているという。

 

 本当にとんでもない話である。この難局に国民生活軽視、国民愚弄もほどほどにしろと言いたい。

 

先の通常国会(会期1月18日-6月16日/150日間)で6月4日に首班指名を受け、4日後の8日に発足した菅直人内閣は、所信表明演説と代表質問だけを受けて、新内閣としての予算委員会を開くことなく、会期延長もせずに国会を閉会、参院選に突入した。

 

そして、菅首相が行なおうとしている、国会法で定められた臨時国会を機械的に開催し、9月30日に任期切れとなる民主党代表の改選を9月5日へ前倒しするという党内権力事情だけでの国政運営に、わたしは憤りを越えて、この国の政治のあり方に絶望するしかない。

 

 いま、この国は、経済、外交、社会保障、治安、環境など、あらゆる分野でかつてない複雑で難しい課題に直面している。国民生活重視、命を大事にする政治というなら、国民生活の安定と夢のある将来を築くために、国会議員の本来の仕事場である国会で、寸暇を惜しんで寝る間も惜しみ、与野党で議論をすべきなのではないのか。

 

 いくら参議院選挙があったからとはいえ、7月、8月の二ヶ月間でたった4、5日の国会開催。(調査費・秘書手当・政党交付金等含む)議員歳費で試算すれば、二か月で一人当たり約2000万円を支払っていることになる。財政難の折、やはり、おかしいと言わざるを得ない。国民のために盆暮れもなく必死に議論し、働いている姿を見れば、こんな下衆なことを言う気はない。

 

 しかし、この国難とも言うべき事態に、もっとも深まった議論ができる予算委員会を、避けに避け回る菅直人という人物に、「誠実さ」の欠片を見出すことは難しい。そして、その姿勢には、「国民生活を重視する」視線の一瞥(いちべつ)すら認められないのである。

樽床伸二衆議院環境委員長、民主党代表選に立候補

 樽二(衆院環境委員長)という聞き慣れぬ名前の議員が、民主党の代表選出馬を表明した。その50歳という若さで、閣僚経験はもちろん、責任ある党務の長としての経験もない無名とも言うべき人物だが、その出馬表明で発した言葉は、ことのほか新鮮で歯切れがいい。

 とくに、「(いろいろ財源確保でムダの排除をやってきているが)まずは、隗(カイ)より始めよでないとだめだ。マニフェストにある『衆院定数の80削減』は最初に手掛ける」と、明言したのには、一服の清涼剤を呑んだようで、胸がすっとした。

 この代表選の直前に、一票でも投じて欲しい投票権者たる衆議院議員の反感を買うであろう「議員定数削減」を明言したことに、この聞いたこともない議員に、今までにない何か清新さを感じ、好感を持った。

 手練(だ)れの菅直人と無名だがどこか清新さを感じさせた樽床伸二。明日の午前中に開かれる両院議員総会においてその決着がつく。

初めて政治家というものの演説を知った5

初めて政治家というものの演説を知った

――小沢一郎民主党代表候補の演説

 

 47日の午後3時から民主党代表候補としての菅直人、小沢一郎両氏の演説を聞いた。菅直人氏に続く小沢一郎氏の演説に耳を傾けながら、私はこれまでこのように明確な国家観をもった政治家の演説を聞いたことがないと思った。非常に格調の高い演説であった。「政治家たるもの言葉が命」とはよく言われる。真にそのことを知らされた名演説であった。

 

 小沢氏は1993年に「日本改造計画」という著書で、その政治理念なり、国家観は明確に提示されていた。しかし、文字と言葉の違いを今回ほど知らされたのは初めてである。ひと言、ひと言、噛み締めるように語る小沢氏の表情には、その口から吐き出される言葉の重みと同様に緊張と真摯さが窺われた。

 

 小沢一郎議員には「豪腕」、「壊し屋」、「寝業師」、「傲慢」といった本人にとっては嬉しくない評語がよく冠される。私もこれまでの小沢氏の政界遊泳のあり方に大きな疑問と不満を持ってきた人間である。決してその強引とも見える手法や非情とも思える行動原理に賛同はしない。しかし、同氏の持つ指導者としての資質は巷間云われている通り、おそらく本物なのであろう。何より今日の演説がそのリーダーとしての資質を証明して見せた。先に終わった菅直人氏の演説と比較してみて、その国家観のあり方、言葉で人心を捉える力量の差の大きさにあらためてびっくりした。

 

 菅氏は所詮、市民活動家の域を超えることが出来ぬ政治家であったのだと逆に再認識させられた。ディベート上手とは言われるが、国家の舵取りを任せる最も大切な国家ビジョンをこの政治家の演説から汲み取ることは出来なかった。そして、この民主党代表候補の演説者のなかに小泉総理が参加していたら、もっと「政治家たるもの言葉が命」の真の意味がはっきりしたのではないかと思った。ワンフレーズで国家ビジョンが語れるほど国家の運営は簡単でないことを国民がはっきり知るよい機会であったと思ったからである。

 

 そして、小沢一郎119票 : 菅直人72票で小沢氏が代表に決定

 

その選挙後の記者会見でそうした国家ビジョンについての質問がなかったのは残念であった。と云うよりも、その政見に対して質問するのがメディアの基本的姿勢であり、挙党体制や菅氏の処遇はどうかと云った党運営に偏重した質問が真っ先になされるのは、メディアが抱える問題意識の低さを表わしているようで残念でならなかった。もっとベテランの記者がこうした大事な会見には出席し、本質的な質問をすべきだと思った。国民が今、知りたいことは何か、知らせねばならぬことは何かを自らが問い質し、聞き出し、知らせて欲しいと思った。小沢氏がこの若い記者の質問にイライラした表情を見せたのも、おそらく「俺が今日言ったビジョン」をお前は聞いていたのかと云いたかったに違いないのだと私は思った。明日の新聞にはおそらく「自分も変わらねばならぬ」といった口の先から小沢氏は以前の小沢氏の顔を見せたとでも、大新聞の一面に見出しが躍るのであろうか。二大政党という政治情勢を何が何でも生み出してほしい、小沢という男に期待をしてみたい、「政治家の熱い声」を聴きこの日本という国を一度、任せてみたいとそう思った。

 

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