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長尾寺から県道3号線をほぼ真北へ向かって走ると、志度湾に面して建つ志度寺へ達する。
距離にして7・0km、所要時間は16短い行程である(経路地図)

1・志度寺
第86番札所・志度寺
志度寺は藤原不比等(藤原鎌足の子)を開基とし、国宝の十一面観音立像が本尊である。

2・志度寺・仁王門
仁王門
仁王門から入り、書院を右手に左手に向き合うようにして大きな本堂が見える。

3・本堂
本堂
その本堂正面から左手突き当りに五重塔が見える。

4・本堂前から五重塔
本堂前から五重塔を見る
この時期はあいにく葉叢が分厚く境内を覆うため視界が狭く、すっきりと五重塔を見上げることは難しい。

5・志度寺五重塔
本堂右に大師堂がある。

6・大師堂
大師堂
大師堂を南に下がると薬師堂。

7・薬師堂
薬師堂
薬師堂から西に向かうと左手に先ほどの書院へ通じる小さな門がある。

8・書院入口
書院への門
書院の南側には淡海公(不比等)と海女の珠取説話をテーマにした枯山水の無染庭が見える。

9・珠取説話の無染庭
無染庭
その生垣の外に日本で三つしかないという曲水式庭園が広がる。

10・曲水式庭園
曲水式庭園
そのひとつが滋賀県高島市にある旧秀隣寺庭園(現・興聖寺)であるというが、十一面観音立像の楠が流出した地がその辺りであるという不思議な縁をここにも感じる。


そんなせっかくの文化遺産であるが、手入れが行き届いていないのか全体を見渡すのが難しく、実に残念である。

11・草で覆われた曲水式庭園
曲水の石組が見えなくなっている庭
この曲水式庭園の奥にひっそりとお辻の井戸がある。

12・曲水の庭と書院の生垣に沿った奥にお辻の井戸
お辻の井戸
説明版によれば、歌舞伎や浄瑠璃の演目・「花上野誉石碑(はなのうえののほまれのいしぶみ) 志度寺の段」でお辻が水垢離し、のちに身を投じて自害した井戸と伝えられるものである。

13・お辻の井戸・納経所・五重塔・書院
左隅にお辻の井戸 手前が書院、左が納経所 遠くに五重塔
そして、御朱印をいただく納経所は書院の脇に隠れるようにしてあった。

14・納経所
さて、この寺にはその由来をひも解く「志度寺縁起文7巻」と重要文化財・「絹本著色志度寺縁起絵図6幅」(鎌倉後期)が伝わっている。その構成は次のごとくである(「珠取説話の伝承圏」(大橋直義氏)より)。

  御衣木の縁起

  讃州志度道場縁起

  白杖童子縁起

  當願暮當之縁起

  松竹童子縁起

  千歳童子蘇生記(この縁起文の縁起絵が欠漏し、縁起絵図は6幅)

  阿一蘇生之縁起

 

この縁起文・絵図の第2幅・「讃州志度道場縁起」に謡曲・能の名作「海人」の下敷きとなった珠取説話が語られている。

 

唐の第3代皇帝・高宗に嫁いでいた藤原不比等の妹が宝珠を奈良・興福寺(蘇我入鹿を討った父・鎌足の供養する藤原氏の氏寺)へ贈ろうとしたが、志度の浦で龍神により奪われてしまう。そこで宝珠を取り戻すため志度を訪れた不比等は海女を娶り、一子(房前・のちに藤原道長を輩出する北家の祖)をなす。

 

海女は房前を世継ぎとするとの約束を不比等と交わし龍神から珠を奪い返すため海に潜る。宝珠は無事、不比等の手に渡るが、龍神との戦いにより海女は息絶えてしまうといった物語である。

 

不比等が海女を供養して建立した堂宇が志度寺であり、のちに藤原家を継いだ房前がこの地をたずね、母の菩提を弔い千基の石塔を建てた一部が境内に残る海女の墓五輪塔群である。

15・古跡海女の墓 志度寺
海女の墓の石碑と木柵に囲われた五輪塔群
そして、この宝珠がその後どうなったかであるが、志度寺縁起および興福寺に係る「太鏡底容鈔」に、不比等の手により興福寺の本尊の御髪に籠められたと記述されており、志度寺が藤原氏と極めて深い関係を有していることに驚かされる。

16・海女の石塔
海女の墓の石塔群
また、「御衣木(みそぎ)之縁起」にも藤原家との濃密なつながりを伝える不思議な言伝えが描かれている。十一面観音立像の御衣木つまり像材となった楠の大木に関する奇譚である。

 

近江国高島郡三尾里から流出した楠の大木が志度浦にたどり着く。凡薗子尼(おおしそのこに)がこの霊木を引き上げ、造立されたのが本尊・十一面観音立像であるのだと語っている。

 

そして、まことに不思議なことに、この高島郡三尾里から流出した楠を御衣木(像材)として本尊の十一面観音立像を造ったという同じ縁起を有する寺が奈良の長谷寺と高島郡(現高島市)に建つ長谷寺である。

17・長谷寺の登り廊
奈良の長谷寺の登廊
この両寺院にも藤原不比等と房前が本尊建立や開基に深くかかわっており、この三寺院の縁起に流れる通奏低音(つうそうていおん)は現代のわれわれに何を語りかけようとしているのか、耳を澄ましてそのひそかごとを聴き分ける必要がある。

18・白蓮山長谷寺
滋賀県高島市の長谷寺
さらに、大津市の園城寺の寺門伝記補録に、境内に鎮座する三尾神社について、三尾里から漂着した大楠にのっていた三匹の子蛇が当社の祭神・三尾明神が化身したものであったと記されている。

19・園城寺内、三尾神社拝殿
園城寺境内の三尾神社拝殿
また、その補録には奈良の長谷寺縁起との関連も記述されており、園城寺も本尊の由来ということではないが、同じ根っこを持つ一連の霊木奇譚に因縁を有す寺院である。

20・園城寺仁王門
園城寺(三井寺)の仁王門
さらに仁王門を出たところに二つの塔頭がある。

21・仁王門と左に圓通寺・右に常楽寺
仁王門に向かって左が圓通寺、右が常楽寺
仁王門を出て右が讃岐33観音霊場の圓通寺である。

22・圓通寺本堂
圓通寺本堂
左手が自性院(常楽寺)である。境内に入ってすぐ右に苔むした古い墓石が立っている。江戸時代中期に活躍した志度出身の平賀源内の墓石である。

23・平賀源内の墓 常楽寺
平賀源内のお墓
そんなこんなで歌舞伎・謡曲などの舞台を目にし、豊かな伝承の世界にも身を浸すことのできる志度寺。
24・書院の甍と五重塔
志度寺書院の甍と五重塔
弘法大師にはまことに申し訳ないが、ちょっと霊場めぐりだけで拝観するのは惜しい、見どころ満載の八六番札所のお寺なのである。