友枝昭世の第13回厳島観月能「紅葉狩」の夜(2009.10.14)

初春の厳島神社(2008.3)

広島県廿日市市宮島町もみじ谷

電話:0829-44-2233

 

 宮島は日本三景のひとつとして昔より名勝の地として名高い。加えて、平成812月、ユネスコの世界文化遺産に登録された。その区域は、社殿を中心とする厳島神社と、前面の海および背後の弥山(みせん)の原始林(天然記念物)を含む森林区域431.2haと宮島全域の14%を占める広い範囲となっている。

 

 そうした厳島神社へ10月の「友枝昭世の観月能」のため再訪した。お能の終演が午後8時頃であるため、宮島内で宿をと廿日市市の知人に照会したところ、この「岩惣」を勧められた。厳島神社から徒歩数分の距離であり、しかも本館に泊るのがよいとのアドバイスであった(「新館」と「離れ」があるが、「離れ」は料金が高く私には無理)。

 

 「岩惣」は安政元年(1854年)に岩国屋惣兵衛茶屋として創業された150年余の歴史を誇る老舗旅館である。初代岩国屋惣兵衛が弥山麓の紅葉谷の景観を多くの人々に愉しんでもらいたいと開拓を進め旅館業も発展させたと、店の案内にある。



本館玄関前庭
岩惣本館前庭

 

 現在の玄関に当たる母屋は現地の松材である弥山木を使用し、明治25年に建てられた趣のある建築物である。そこに岩惣の受付はあるが、いわゆる旅館の番頭さんが出て来られるのがその玄関内の和風の控室と相まってまことに心持ちよい。客は受付の手続きの段階から自然に昭和初期の世界へといざなわれることになる。


岩惣本館
岩惣本館正面

岩惣本館玄関
岩惣本館の玄関
旅館受付
趣ある受付
受付脇のつくばい
玄関を入ってすぐ左手にある蹲(つくばい)

 


 そして母屋に続く本館は昭和初期の造作で五室のみの和室を備えるが、われわれはその一室「養老の間」に泊った。夕食はお隣の「牡丹の間」でいただいた。

 

 ひんやりとした和室に足を踏み入れると、正面縁側の硝子窓が目に飛び込んで来る。木枠の、あの昭和30年代の家屋にあった硝子戸である。それを開けると木目のくっきりと美しい勾覧がある。

養老の間
養老の間
縁の間
縁に置かれた椅子と木枠の硝子戸
2009_10160910月14日厳島・京都0283
木目の美しい勾覧
懐かしい鍵
懐かしい硝子戸の鍵

そこに肘をつき目を戸外に向けると、視界を遮るほどにモミジ葉が美しく、高みには赤松の大木が見える。その下には小川が流れ、対岸の石灯篭が興趣をそそる。まだ紅葉には早かったが、これが全面に色づいた時には、この室内も紅色一色に染め上げられるかと思わせるほど間近に紅葉がひしめいているのである。


窓から紅葉が
紅葉の雲海
部屋から赤松の大樹と紅葉
高みに赤松の大木
部屋から石灯篭が見える
小川の向こうに石灯篭を望む

 

 多分、この景観を目にした客はきっと再度の予約を入れるに違いないと確信した。モミジの葉叢と等しい目線で縁側の椅子から紅葉狩りをする、そのポジションは京都や紅葉の山を歩くのとはまた異なった風情を愉しめると思った。まるで「茜色の海」に身を沈めるような不思議な感覚に陥るのではないかと想像したのである。人手の多いのが苦手な方には、ここの縁側からの独り占めの絶景スポットはとりわけお奨めである。

 

 また、裏山?の弥山(みせん)に登り、瀬戸内の海と中国山脈や四国山脈を一望にした後に、ラドンを含んだ温泉につかるのもよい。われわれは実際には翌日の午前中に登ったのだが・・・。

 

 さらにこの旅館は外人客の姿が多いのに驚く。仲居さんに訊くと、多いときは宿泊客の半分が海外からの客という時があるとのこと。現に、翌朝、ひとりで温泉に浸かっていると、イタリアとベルギーからの客がひとりずつ入ってきた(各々、2〜3週間の休暇を取っての初来日とのことであった)。そして弥山や厳島神社を歩いていて気づいたのだが、ここは英語圏の外人が少なくヨーロッパの人が2、3人ずつで観光しているのが印象に残った。海に浮かぶ朱色の「テンプル」と彼らの呼ぶ神社(シュライン)がヨーロッパ人好みなのだろうか、それとも向こうの旅行代理店が世界遺産の宮島をうまく宣伝しているのかしらと考えてみたりした。それほどにEU圏の観光客が目につくのである。弥山でどれほどのスペイン語?やフランス語、イタリア語を喋る健脚の外人たちに追い抜かれたことか。温泉で顔見知りとなったベルギー人が汗だくの私に気づくと、「ハ〜イ!」とにこやかに手を振って軽やかな足取りで追い抜いて行った。

 

 さて、最後になってしまったが、料理の方は牡蠣の季節に早いのだとかで、いわゆる旅館料理であった。ただ、お部屋に一品ずつ運んでいただけるので、温かいまま口に出来、おいしかった。とくにその日は、野外観劇であったため体が冷え切っており(家内はさっと温泉に入ったが、私は熱燗で内から温めることにしたのだ)、とくにうれしかった。


先付け前八寸
   先付け           前八寸

お造り鰆杉板焼き
   お造り           鰆杉板焼き

煮物進肴
   煮物         進肴


強肴松茸ご飯
 強肴          松茸ご飯

水菓子
 水菓子

 

 そして、次回は観月能の開演日ができたら紅葉の見頃のときに重なるといいのにねと、手前勝手で欲張りな話を家内としたものである。


 さらに夕食の時間を能の終演に合わせて午後9時という遅いスタートに快く応じていただけたこと(夕食は午後6時から8時まで)や当店の土産に置いていないモミジ饅頭の取り寄せ(「岩村もみじ屋」)など融通を利かせた接客サービスには、仲居さんの細やかな気遣いや丁寧な対応と合わせて、とても気分のよい宿であった。