“亀末廣”の“竹裡(ちくり)”が買えた〜!!=旅人の見た京都のお菓子

京都市下京区四条堀川町東入北側醒ケ井角

075-221-2005

亀屋良長


ぬばたま(烏玉)の夜の更けゆけば久木(ひさぎ)生ふる 清き川原に千鳥しば鳴く

(万葉集・山部赤人)

ぬばたま(夜干玉)の吾が黒髪を引きぬらし、乱れてさらに恋わたるかも

(万葉集・詠み人知らず)

“亀屋良長”は四条堀川の交差点から東に一筋目の醒ヶ井(さめがい)通りと四条通りのぶつかる角に位置する享和3年(1803)創業の京和菓子の老舗である。

四条通りを挟んで”亀屋良長”のビルを見る
四条通りを挟んで”亀屋良長”ビルを見る

“鶴屋吉信”が同年の創業であり、先に紹介した姉小路の“亀末廣”が文化元年(1804)創業ということなので、この頃、現代まで暖簾を継ぐ“上菓子屋”が続々と立ち上がっている。


四条堀川交差点から”亀屋良長”ビルを見る

当店を訪ねた理由は、20114月に九州の平戸を旅した際に訪ねた「蔦屋総本家」(創業・文亀2(1502))という菓子舗で、売り切れの為購入を断念した平戸藩主のお留め菓子であった“烏羽玉(うばたま)”なるものがどうしても食べて見たかったからである。


平戸の菓子をなぜ京都で?

亀屋良長前
亀屋良長本店前

何となれば、その“烏羽玉”なる菓子を創業以来200年以上にわたり家伝銘菓として作っていたのが、京都の“亀屋良長”という菓子司であったからである。


そしてこの烏羽玉も、“亀末廣”の“竹裡(ちくり)”同様に、戦時下の昭和17年、京の菓子作りの伝統を後世に残さんと、時の京都府が砂糖など特別の配給を行ない保護した“和菓子特殊銘柄18品”のひとつなのである。

亀屋良長店内
亀屋良長店内

烏羽玉は茶花のヒオウギの実「ぬばたま」をかたどった菓子で、波照間島産の黒砂糖入りのこし餡を寒天でくるみ、ケシ粒をかけたビー玉状のまことに愛らしい菓子である。


烏羽玉

ひと口で食べるのはもったいないので、まず半分かじってみた。ヌバタマの艶光を表わすしっとりした寒天の膜をサクリと噛み割ると、黒糖で濃縮されたこし餡の甘さが舌の上に広がる。甘党には堪らぬ至福のひと時である。

寒天におおわれた中身は黒糖入りのこし餡です
黒糖の入ったこし餡

さて、烏羽玉(うばたま)とはずいぶんと変わった名前であるが、その由来が当店のHPで以下のように説明されている。


「お茶花(ちゃばな)のヒオウギは、この葉があたかも平安期の大宮人が用いた“桧扇”のような形になるのでその名があります。夏に花を開いた後、袋状の実を結び、それがはじけると中には黒色の種子が入っています。『漆黒』というよりも、濡れて光り、見る者の心を吸い取り透明感さえ与える小さなつぶ。この実が“ヌバタ マ”です。


『ぬばたまの吾が黒髪を引きぬらし、乱れてさらに恋わたるかも』

万葉の古歌にもみられるようにぬばたまは黒、夜、夢にかかる枕詞で「ぬば」という語は『黒い』の最も古い言葉とされています。

当店の烏羽玉(うばたま)も転訛して、その名がつけられたものです。烏羽玉は当店が創業の昔より代々作り続け、今まで受け継がれてまいりました銘菓で、昔通りの黒砂糖を用いた桧扇の実を思わせる漆黒のお菓子でございます。」


烏羽玉です、漆黒の感じ出てますかね

そこで、帰京後、ヌバタマなるものを調べたところ、何とこの10月頃に檜扇(ひおうぎ)の種子であるヌバタマが成るというではないか。

都立野川公園
都立野川公園

早速、三鷹市にある都立野川公園(40万屐貌發亮然観察園(5万屐砲悗搬を運び、ヌバタマを見つけ出すことに成功した。

自然観察園内
自然観察園内

何せ5万屬箸い広大な敷地の中で、総数で数十株ほどの檜扇を見つけるのだから、それは難事業・・・。でも、職員さんに植生する辺りを事前に確認していたので、何とか黒い実を発見・・・喜び勇んで「見つけた」と叫んだところ、草花大好き人間の家内が「葉っぱが違うでしょう。檜扇の形をしてないでしょ」と冷ややかに却下。

葉っぱが檜扇の形
檜扇の葉、檜扇を広げた形にそっくりです

その直後に「こっちにあるわよ」と家内の声。そこにヌバタマの袋を見つけ、まだ袋が弾けていないと落胆するも、すぐにまた「こっちの方は実が出ている」との声に、トボトボと歩を運ぶ。


檜扇の種が入った袋が・・・、でも種のヌバタマがまだ・・・

袋が弾けたやつがありました
これぞヌバタマ
まさに艶光りする漆黒のヌバタマです

なるほど、実の大きさは思ったよりも小さかったものの、艶光する黒い実は、まさに烏羽玉の艶っぽさそのもの。 “ぬばたま” という言葉が、夜や黒を導く枕詞であることをある種艶めかしく感じた瞬間であった。


といった顛末にて、山部赤人の短歌など教養度もちょっとアップし、秋日和の半日、お弁当持参で公園まで足を運んだ甲斐があったと“亀屋良長”さんに遠く東京から感謝申し上げる次第である。

野川公園内を流れる野川
野川公園に流れる野川
ホット・サンドのお弁当食べて・・・
ホット・サンドのお弁当を好天の園内で食べました

烏羽玉の顛末はこれくらいにして、亀屋良長で見つけたほかのおいしいお菓子もご紹介しなければならぬ。 


まずお店で目をつけたのが“ほほ柿”である。


”ほほ柿”です

生地はモチモチとして柔らかくあの阿闍梨餅に似ているようだが、もっとしっとりとした上品さがある。

ほほ柿
しっとりとした生地のなかに・・・

そして“ほほ柿”の名はもちろんその中身にあり、寒天をかけた熟柿が三層にうすくはさまれている。

中に寒天をかけた熟柿が入っています
この熟柿がおいしいことといったら・・・

柿大好き、それも熟し柿大好き人間のわたしには、スライスされた熟し柿がモチッとした求肥粉入りのカステラ生地に挟まれたこの“ほほ柿”は、まさに頬っぺたが落ちるほど“うんめ〜い”(NHKの“おひさま”で陽子が口にしたイントネーションで・・・)菓子であった。これもそんじょそこらでは手に入らぬ秋限定の逸品である。

醒ヶ井水のお茶と”季の菓”でおもてなしを受けました
醒ヶ井水でいれた煎茶と”季の菓”の”夕暮れ”でおもてなし

もうひとつが“季の菓”というひと口サイズの羊羹に寒天をかけた菓子である。良長さんに入って、烏羽玉以外にもおいしそうなお菓子があったので物色していたところ、「こちらでおひとつお茶でもどうぞ」と女性の方が出してくれたお茶請けが、この“季の菓”の柿入り錦玉と粒あん羊羹の“夕暮れ”というものであった。

柿入り錦玉と粒あん羊羹の”夕暮れ”
夕暮れ

この色合いも秋めいた可愛らしい菓子を店前に湧き出る醒ヶ井の名水でいれた煎茶ともども、おいしくいただき、早速、琥珀羹と餅羊羹の“月あかり”、葡萄ジュース入りの“ぶどう”、羊羹の上空に星あかりだろうか金箔入りの“夜長”を買い求めた。

琥珀羹と餅羊羹の”月あかり”
月あかり
”ぶどう”
ぶどう
金箔入りの”夜長”
夜長

味はもちろんだが、ちょっとしたお茶請けにお洒落で上品な菓子である。お客様に「わ〜、可愛いい」と褒められること請け合いの小品である。

店頭の“亀屋良長菓子舗”の看板に“宜茶宜酒”という四言が揮毫されている。


”宜茶宜酒”の看板

帰京後、電話にてお訊ねしたところ、亀屋良長の菓子は「茶に宜(よろ)し、酒にも宜(よろ)し」ということだそうで、既に全菓子を胃袋に納め終わったわたしは、次回こそは酒に宜しおす“亀屋良長”の菓子でちょっと一献と洒落込もうと算段したところである。


店内にも酒器形の板に宜茶宜酒の言葉が

店内には “宜茶宜酒“の瓢箪形の木版と”懐澄”という額が掛かっていた。


”懐澄の書が掛る

この“懐澄”とは、二代目当主が定めた「懐が澄む」という家訓ということであった。これは懐を誰に見られてもよいように適正な利潤をあげながら事業を継続せよという意味だという。“亀末廣”の家訓である「一対一の商い」と相通じるもののある、市場原理主義一辺倒の時代に爽やかな一石を投じるものであると深く感じ入った次第である。

醒ヶ井
店の前に名水”醒ヶ井”が湧き出る

醒ヶ井水のお茶のお持て成しやお店の方の洗練された応対ぶりなど、“亀末廣”同様にまたまた“商いの本質”、“商人道”に触れさせていただいたひと時であった。