つづり方指導教師を検挙した国の共謀罪どうなる?(下)
この国は、戦前、現実をありのまま表現させる進歩的な綴方(つづりかた)指導を推進した教師たちが、戦時思想に反する教育を企画したとして特高警察に検挙され、拷問を受けるなどした暗い歴史を背負っている。
その教育熱心な教師たちを連行、検挙した根拠法が治安維持法であった。治安維持法は、「国体(天皇制)の変革」等を目的として結社を組織した者や加入した者、結社の目的遂行のためにする行為を行った者等に対し、死刑または無期ないし5年以上の懲役等を科するものであった。その後、治安維持法はその適用範囲を戦時体制強化の下に勝手に拡大させ、それを法的に強化させるため「結社に属さずともその目的遂行に資する一切の個人行為」も処罰対象に盛り込むなど改悪の歴史をたどった。
冒頭の「北海道綴方教育連盟事件」は、国体変革とはまったく無関係の「作文を通じた進歩的な情操教育の研究を目的とする組織」に加盟する教師たちが、戦時思想に反した教育を企画したとして検挙されたものである。不幸な時代の流れのなかで治安維持法が自由主義的思想を持った人々をパージする根拠法として使用されたわけだが、集会・結社・表現の自由という基本的人権が、たったひとつの法律の拡大解釈によりいとも簡単に反故にされ、弾圧されていった具体的な事例である。これはわずか60数年前の日本で実際に起きたことである。
さて自民党法務部会はこの1月25日、共謀罪を創設する「組織犯罪処罰法改正案」に関するプロジェクトチームを設置し同法案の修正を検討する方針を固め、今国会の会期中に一定の結論を出すとの考えを示した。
そもそも共謀罪の法案化問題は、テロや麻薬密輸など国境を越えた組織犯罪に対処することを目的として2000年11月に国連総会で採択された「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」(以下「国際組織犯罪防止条約」)に端を発す。そして日本は同年12月、イタリアのパレルモで同条約の本体条約に署名したが、それを批准するためには国内関連法案の整備が必要と政府は説明している。
「国際組織犯罪防止条約」はその第一条の「目的」に「一層効果的に国際的な組織犯罪を防止し及びこれと戦うための協力を促進することにある」と謳うように、その主旨は是とされ、すでに126カ国もの国が批准を終えている(06年10月現在)。そして批准のための国内手続きとして必要なのが国内法の整備であるとされている。その柱となるのが共謀するだけで実行の着手がなくても可罰的とする「共謀罪」の新設なのである。
共謀罪の立法化は2003年3月に初めて国会に提出されて以来、廃案、再提出、継続審議等その取扱いはまれにみる迷走ぶりを見せてきた。前国会においては継続審議で議決を見たものの、その後、第三次修正案等紆余曲折の末、結局、廃案となった。そしてこの1月、安倍晋三首相は長勢甚遠法相と外務省の谷内正太郎事務次官に共謀罪改正案について、今通常国会で成立を目指すよう指示した。それを受けて自民党法務部会はPTを立上げ、31日に共謀罪案に大幅な修正を加える方向で方針をまとめたことが伝えられた。
それではなぜ、これほどまでに共謀罪法案の新設は紛糾し、迷走を続けているのか。
それは冒頭に述べたような忌わしい歴史をわれわれが有しているからにほかならない。
そして共謀罪という法律が社会不安を背景に公権力が力を強めようとする局面で、国民の集会、結社、思想、宗教、表現等の自由を奪う根拠法となる可能性を秘めるものだからである。