彦左の正眼!

世の中、すっきり一刀両断!で始めたこのブログ・・・・、でも・・・ 世の中、やってられねぇときには、うまいものでも喰うしかねぇか〜! ってぇことは・・・このブログに永田町の記事が多いときにゃあ、政治が活きている、少ねぇときは逆に語るも下らねぇ状態だってことかい? なぁ、一心太助よ!! さみしい時代になったなぁ

旅人の見た京都のお菓子

八ッ橋発祥の老舗・本家西尾八ッ橋の懐かしい味=旅人の見た京都のお菓子

(当ブログの写真・記事等の無断転用を禁じます。) 
       
                          住所:京都市左京区 聖護院西町7  ☎ 075−761−0131

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月10日からはじまった聖護院門跡特別公開(2016月12月18日まで)を拝観した。

1・聖護院特別公開
聖護院門跡の山門
宸殿の襖に描かれた狩野永納・益信ら狩野派の障壁画130面を一挙に見ることができた。大玄関の老松の障壁画にまず度肝を抜かれ、つづいて宸殿の各間を飾る襖絵はどれも豪華で、その巧みな筆致には圧倒される。

2・聖護院・大玄関
大玄関・正面に老松の障壁画
また、当寺は修験道・山伏の総本山でもあり、拝観時には本堂の手前廊下で法螺貝を試みに吹かせてくれたが、予想した通りプッという音すらでなかった。そして、ご本尊の不動明王像を間近で拝ませていただき、満足の体で聖護院を後にした。

 

さて、聖護院は実は今を去ること50年弱前、高校の修学旅行の宿泊させてもらったところである。当時はそれはもう部屋の襖を指で押すと隣の間に倒れ込むといった古ぼけた宿、宿坊?であったが、いまは御殿荘の名前の通り御殿のような立派な建物へと変貌を遂げていた。

3・宿泊施設・御殿荘
境内の御殿荘 昔は暗くてふる〜い建物だったような・・・
なるほど私が高齢者の仲間入りを果たすわけだ、時間は確実に流れていることを実感させられた瞬間であった。そんな感慨に耽りながら寺域をでると、そこに聖護院八ッ橋の総本店の大きな暖簾が目に入った。

4・聖護院八ッ橋総本店・暖簾
聖護院八ッ橋総本店
そして、ここ20余年八ッ橋を口にしていないことに気づき、買い求めたいと店内に入った。道路上に修学旅行生がちらほらしていたが、なかに入ってみるとショーケースの前は若者の熱気と歓声で息苦しいほど。

5・修学旅行生でいっぱいの店内
若者の熱気がいっぱいの聖護院八ッ橋店内
最近は修学旅行も贅沢になり、少人数単位でタクシーに分乗し洛中を駆け巡っている。帰りに乗ったタクシーの運転手さんの話では、昼食の場所も生徒たちの求めに応じ案内するのだとか。

 

最近の子はアレルギー症が多く、食事のお店選びも神経を使うのだそうで、昔の先生と比べたら今の先生は丸投げできるので本当に楽ですよと溜め息交じりにいっておられたのが印象的であった。

 

そんな修学旅行の学生でいっぱいの聖護院八ッ橋をわたしたちはスルーすることにして、斜め前にあるここが八ッ橋発祥の正真正銘の老舗なのだと、店構えもいかにもといった格式を感じさせる本家西尾八ッ橋本店の暖簾をくぐることにした。

6・本家西尾八ッ橋・本店
歴史を感じさせる店構え さすが老舗!!
店内はしっとりと落ち着いた造りで、店内左手に置かれた聖護院門跡から譲り受けた大門扉や酒井雄哉大阿闍梨の書が目に入る。

7・聖護院から譲られた大門扉と酒井雄哉阿闍梨の書
大門扉と大阿闍梨の書
「江戸時代から八ッ橋やと言えば、西尾だったのです」とHPで謳うだけの歴史と風格を自然と感じさせる。

店員さんの話では聖護院八ッ橋さんはいまの若い人向けに様々な現代的な味の八ッ橋を販売しているそうで、西尾の方は種類はそんなに多くはなく、どちらかというと昔風のものが主体ですとのことであった。なるほど、レモン餡入りの“聖涼レモン”とかさくら餡の“櫻花”とか餡の種類も多彩で季節感たっぷりに若い人向けのネーミングも見事ではある。

8・昔ながらの八ッ橋が幅を利かすショーケース
昔ながらの堅焼き八ッ橋が幅を利かすショーケース
しかし、高齢者への仲間入りを果たしたわれわれ昭和20年代生まれの人間がそんな軟派な時流に乗るわけにはいかない。50年弱前に買って帰った堅焼きせんべいのようなあの八ッ橋とニッキ味とせいぜい抹茶味の二種類の生八ッ橋をここ老舗・西尾で求めたという次第である。

 

帰京後、同年代の家内の友人たちに西尾の八ッ橋をお茶請けにお出しした。

9・ニッキの硬い八ッ橋と生八ッ橋
西尾の堅焼きの八ッ橋とニッキ味の生八ッ橋
みなさん、堅焼きの八ッ橋の方をみて異口同音に「あら、なつかしい」とおっしゃる。

10・ニッキと抹茶の生八ッ橋
抹茶味とニッキ味の生八ッ橋
わたしはすかさず「歯を折らないように」と、なんとも失礼なひと言を発してしまった。あぁ、後の祭り、口は禍の元と頭を低くすること暫しであった。

 

菓子をひと口、それで一挙に数十年の時代を飛び越え、各々の思い出を蘇えさせる魔法の菓子・八ッ橋。

11・昔ながらの堅い八ッ橋
修学旅行のお土産、こんなんだったかなぁ
たまには阿闍梨餅ばかりでなく、話題作りに京土産として購入されてみてはいかがであろう。懐かしい青春の匂い、ニッキの味があなたを一足飛びにお肌ツルツルの世界へといざなってくれるはず・・・。

 

最後に八橋の名の由来であるが、WIKIPEDIAによれば、「箏曲の祖・八橋検校を偲び箏の形を模したことに由来するとする説と『伊勢物語』第九段「かきつばた」の舞台「三河国八橋」にちなむとする説がある」と書いてあった。

 

そこでわたしの新説であるが、仙洞御所の南池に架かる角々とした八橋の形がいかにも堅焼きせんべいの形そっくりで、京のみやびを思えば、その方が似合っていると思うのだがいかがであろうか。

12・仙洞御所の八橋
仙洞御所南池の八橋
中国の庭園にはこの八橋形式の橋が多くみられるのだが、角々と橋を曲げることで真っすぐにしか進めぬ邪鬼を通せん坊するためだという。

 

八ッ橋をひと口、口にすれば邪鬼を追っ払うことができるという謳い文句で宣伝したら、久々の八ッ橋ブーム到来ってなことにならないだろうか。そんなわらべのような夢想にひたらせてくれた本家西尾の八ッ橋であった。



あなたも癖になる、“松屋常盤”の“味噌松風”=旅人の見た京都のお菓子

中京区堺町通丸太町下ル橘町83 ☎ 075-231-2884



0・名刺

今回は、またまた“和生菓子特殊銘柄品・18品(昭和17年・京都府指定)“の一つである“味噌松風”にチャレンジした。


予約しないと売切れ御免のお菓子だと後に知ったが、そこは旅人の無知なる厚顔さで“味噌松風”を二箱購入した。本当にラッキーであったし、何ともおいしかった。


その“味噌松風”を製造販売する“松屋常盤”は、七卿落ちの舞台、京都御所堺町御門の前、堺町通りを70メートルほど下った右手にある。

1・堺町御門  2・松屋常盤から御所・堺町御門を
京都御所堺町御門            松屋常盤前から堺町御門

当日はタクシーで向かったのだが、運転手さんも地図片手にようやく控えめな看板を見つけて到着した。注意しないと見つけることが難しい何気ない看板である。

3・お店の看板がわかりづらい
控えめで目立たぬ看板

お店は通りより少し引っ込んで建つ三階建てビルの一階にある。

4・松屋常盤のビル店舗

その“松屋常盤”であるが、その創業は承応年間(1652−55)の後期、後光明天皇(在位1643-1654)から“御菓子大将山城大掾(だいじょう)”という官位を賜るほどに由緒正しき御菓子調進所である。


入口に白い麻暖簾がかかっているが、お店の説明書きによると後光明天皇から “禁裏御菓子司” の白暖簾を賜ったとある。

5・松屋常盤暖簾

その白い暖簾の中央に“大掾(だいじょう)”であったことを今に伝える“松屋山城”と黒抜きされているのがなぜかとても印象に残った。


さて、暖簾を分けて店へ入ったのだが、少々、戸惑った。六畳ほどの畳敷きの小上りがあるのみで、いわゆるショーケースなど商品の陳列物が一切ない。


ちょっと驚きを隠せぬわれわれの目の前には小荷物の荷造りか発送作業のようなことをされている奥さまがおひとり。


こざっぱりとしたあまりにも簡素な店内である。由緒のありそうな書が額に入っているが、それも何気なく掲げられている。

6・由緒があるに違いない書もさり気なく

それから松風と書かれた木額も・・・

7・松風の木額があまりにもさり気ない

すべてが自然体・・・な店内。

8・古い看板でしょうか

入って左手に古い木箱や菓子の木型が置かれているのが、ようやくここが菓子屋の老舗であることをうかがわせる。

9・菓子の木型や古式ゆかしいお重がならぶ

「すみません、ここで味噌松風を・・・」と小声で訊ねると、「松風ですね」と応えてくれた。ここで間違いないと胸中でつぶやく。まずはひと安心である。


そして、さらに驚いたのだが、何個入りですかとかカステラのような大きさ何号といった問いかけがない。


そして訊かれたのが、「おいくつですか」


日持ちが三日間と聞いていたので、そう多くも買えないので二箱と注文する。

「少々、お待ちください」と、奥さまが奥へ入る。その間に、快諾いただけた店内撮影を心置きなく行なう。


ひと箱はその夜、夕食をご一緒するご夫婦へのお土産、もうひとつが翌日東京へ戻るわれわれの分である。


小上りで清算しているときに、切手盆のような小さなお盆に目がいった。“松屋常盤”の長い歴史を感じさせられた一品である。お願いして、それも写真に撮らせていただいた。

10・歴史を感じるお盆

帰京後、早速に“味噌松風”をいただく。まず包装紙の闊達な書に興を覚える。中身が楽しみである。

11・包装

包装紙を除けると紙箱が出て来る。今度の書は見事な風格を見せる。

12・紙箱に達筆

松風が我が口に至るまでにも思わず不覚の嘆声をもらしてしまう。


そして、おもむろに箱の蓋を開ける・・・

13・紙箱の蓋をあけるといっぱいに松風
いやぁ〜嬉しくなるこのみっちり感・・・

紙箱の中に香ばしい焦げ色のついた“松風”が目一杯詰まっているではないか。


それもカステラを覆う油紙のような遮蔽物も一切なく、“松風”そのものがド〜ンと目に飛び込んで来る。何故だか嬉しくなるような、得した気分になるような、駄菓子屋でおまけをちょっと貰えた幼児の頃の気持ちに戻った気がしたのである。


とても懐かしくて甘酸っぱくなるような感覚を呼び起こす不思議な箱詰めである。


さて、そこからギッシリ詰まったこれをどうやって取り出すのか、家内と協議となった。そして、まず、包丁で一本分を縦に切って、箱の外へ取り出した。

14・大胆に切り取りました

その作業、見ているだけだが、形を崩さずに取り出すのは、結構、難しそう。それから、ひとり分ずつ切り分けて仲良く食べた。

15・味噌松風

カステラのように切り口がきれいにならぬのは、口にしてみてよくわかった。

モッちりとした歯ごたえがあった。これではスパッと切れぬはず。家内のせいでも包丁の切れ味のせいでもないので、一応、ここに付言しておく。


そして松風の説明書に書いてあったが、西京味噌に小麦粉を練り混ぜ、焼き上げた味は、はっきり言って“癖”になる。

16・紫野味噌松風説明書

味噌味というより、なんだろう・・・ちょっと辛くて甘い・・・そしてこんがり感・・・あぁ〜

この文章を書きながらイヤシン坊の口の中に唾が湧き出すのを止められない。


この“松風”・・・、これは“癖”になる菓子である。美味しい・・・うまい・・・また早く食べたい・・・


でも、京都まで行かぬと手には入らぬ。どうしたものかと、いま、思案中である。


そんな“松風”後でいろいろ調べてみたところ、どなたかのブログで拝見したのだが、手づかみで毟(むし)って豪快に食べるのが大好きという方がおられたが、今度、手に入れた際にはぜひ豪快にと考えている。その方が絶対においしいに決まっている。

17・紙箱にドカンと入っています

ということで、今回の“和生菓子特殊銘柄品18品”は、“松屋常盤”の“味噌松風”でした。


これで、18品目のうち半分の9品目となった。あと9品、全品踏破まで道は遠い。今後、さらなる研鑽に努めねばと決意を新たにしたところである。

祇園祭ゆかりの“祇園ちご餅”・三条若狭屋=旅人の見た京都のお菓子

中京区三条通堀川西入ル橋西町675


祇園祭といえば三条若狭屋の“ちご餅”というのは、京都人の常識だとか。


と云うことで、山鉾巡行の翌日、帰京前に地下鉄東西線にて二条城前駅へ。

1・二条城前
二条城前駅を出たところ

そして、堀川通を下ること500m、三条通堀河西入る、つまり三条通り商店街入口角にある“三条若狭屋”へ銘菓・“祇園ちご餅”を求めに伺った。

2・三条商店街入口角にある
トラックの入った角が入口

本店店舗の外観はいかにも京菓子司の趣きを醸し出す古風な造りである。

3・三条若狭屋

店内に入ると、すぐに“祇園ちご餅”が陳列されたショーケースが目に入る。正面にちご餅を印した暖簾が下がる。

13・祇園ちご餅の暖簾がかかる店内

そして、堀川通りに面してカウンターカフェがある。店内でお茶を戴きながら若狭屋の菓子を愉しむことのできる造りになっていた。

4・カウンターカフェ
早朝の入店のため、まだカフェが準備中であった

“ちご餅”は祇園祭所縁の京菓子であるが、昭和17年12月に京都府が指定した“銘菓和生菓子特殊銘柄品18品目”のひとつとしても有名である。

18・ちご餅
祇園ちご餅

祇園祭所縁というのは、この“祇園ちご餅”誕生譚が以下の説明書にあるので参照されたい。

5・祇園ちご餅

要は山鉾に載る生き稚児さんたちが八坂神社で御位貰いの儀式を終えたのち、楼門前で味噌だれをつけた餅を衆生にふるまったことに因むというのだ。


そしてこれを食べると、ちご餅に添えられた短冊にあるように“疫を除き福を招く”というので、京の人々はこぞって稚児さんからふるまわれる餅を求めたのだそうだ。

7・三本入りのちご餅

この三条若狭屋の“祇園ちご餅”の包の形状が山鉾町で求める厄除けの粽に似せてあることも、厄除けの祭、祇園祭にはなくてはならぬ菓子となっていったのではなかろうか。

6・粽の形をした包  8・蘇民将来の子孫也と記された粽と長刀鉾のフィギュア
左:3本のちご餅の入る包      右:放下鉾の粽と長刀鉾のフィギュア

包を開けると竹串に刺された“ちご餅”が現われるが、氷餅をまぶした求肥のなかに甘く炊いた上品な白味噌が入っているのもそうした所縁に基づいたものである。


ひと串口に入れると、氷餅のザラメが甘みを舌の上に載せ、やわらかな求肥を噛むうちに楚々とした白味噌の風味が口中に残る甘みとしとやかに調和する。

9・疫を除き福を招くちご餅

その味は上品でかつひと包に三本というのもまた奥ゆかしく、その由来と併せてまさに京都のお菓子というのにふさわしい逸品である。


お店のお嬢さんにまずは“祇園ちご餅”の5包入りをお願いする。

10・五包入り

その“ちご餅”を包装していただいている間にショーケースを子細に覗き込む。ちご餅以外にも甘党の心根をいたくくすぐるおいしそうな京菓子が並んでいる。

11・ちご餅以外にショーケースにはおいしそうな京菓子が並ぶ

そこで、いまは残念ながら製造が停止された“御所羊羹(銘菓和生菓子特殊銘柄品)”の代わりに“小倉羊羹”をひとつ求めた。これも18品目踏破を目論むわたしである、当然、それに少しでも肖(あやか)るお菓子だと勝手にわたしが決めて、注文したのである。


このようにして見境なくお菓子を購入し過ぎたため、実は、まだ小倉羊羹まで食すに至っていない。ということで、ここでは包装箱入りの写真を掲載する。

12・小倉羊羹

もちろん後日、小倉羊羹の生身写真は補遺することにする。


次にわたしの視線は小倉羊羹からちょっと右手にスパンして、あるお菓子を認めた。炎暑の夏に涼をもとめるかのような“京のせせらぎ”である。

14・今日のせせらぎ箱入り

色合いがまるで山間をめぐる清流のごとく目にも涼やかであったので、暑い京都でつい手が出たのは致し方のないところである。

15・京のせせらぎ説明書

本日、東京も36度という猛暑日。早速、“京のせせらぎ”で涼感を求めたという次第。

16・京のせせらぎ

口にしたこの家伝の琥珀糖を使った干菓子がまたミントのかすかな香りがしたりまことに爽快な風味であり好ましい。


三条若狭屋は明治26(1893)年に初代の藤本茂弘氏が“本家若狭屋(江戸文化年間に創業、屋号・若狭屋は若狭高浜の出身による。戦後この本家は廃業)”から“若狭屋茂弘”として分家独立したのが始まりという。 その後屋号を“三條若狭屋”と改め、昭和21年に現在の場所に移転し、今日に至っている。現在の当主は四代目・藤本知靖氏である。

17・暖簾

二条城前から歩いて6分ほどの至近にある三条若狭屋。祇園ちご餅はまさに京都の菓子、それにカフェもよし、お土産に日持ちが14日間という“京のせせらぎ”もお洒落でよし。


よいことずくめの三条若狭屋!! ぜひ一度、古風な佇まいの本店へ立ち寄って見られてはいかが。




「船屋秋月」の“わらしべ長者”=旅人の見た京都のお菓子

老松の「花びら餅」―――旅人の見た京都の御菓子(京都グルメ)
右京区宇多野福王子町13-3(本店)

上京区北野天満宮鳥居前(北野店)


北野天満宮一の鳥居脇の船屋秋月北野店
一の鳥居脇にある船屋秋月・北野店

北野天満宮で梅を観賞した帰り一の鳥居を出てすぐ左、今出川通り沿いに“船屋秋月・北野店”はある。

今出川通り正面から船屋秋月北野店
今出川通りをはさんで正面より船屋秋月・北野店を

同じく梅苑を散策しての帰りであろう、わたしのちょっと先を歩いていた老夫婦が立ち寄ったお店があった。硝子戸を開けて入る姿がお馴染さんとわかるほどにどこか自宅にでも入ってゆくかのように自然に見えたのである。


わたしもその様子に吊られてふっと立ち止り、看板を見あげた。

船屋秋月・北野店店頭

そこには“京菓子處船屋秋月”とあった。支店ということもあるのだろうか、店の造作に老松などの老舗の佇まいはなかったが、ちょっとショーウインドーを覗いて見ると餡子大好き人間の虫がうずいてしまったのである。


気づくとその老夫婦の後ろから、わたしもお連れのようにして店内へと足を踏み入れていた。


簡素な店内のショーウインドーに目を凝らし、わたしは“わらしべ長者”(第22回全国菓子大博覧会・名誉総裁賞)と当日の北野天満宮の美しい紅梅をあしらったような“北野梅林”(第21回全国菓子大博覧会・内閣総理大臣賞)を戴くことにした。仲睦まじい老夫婦が迷うことなく“わらしべ長者”を求めていたのを見ていたこともあったが、黄な粉のかかった“わらしべ長者”の何とも素朴なたたずまいが懐かしく、わたしも購入したのである。  

わらしべ長者

“わらしべ長者”は、「大納言は殿中で抜刀しても切腹しないで済む」ところから、煮ても腹の割れない小豆ということで名づけられた“丹波大納言小豆”で造られた餡を薄く伸ばした餅粟生地ではさみ込み、そのうえを黄な粉でまぶした菓子である。

わらしべ長者
黄な粉でまぶされた餅粟生地で包まれた”わらしべ長者”
丹波大納言餡がみっちりのわらしべ長者
丹波大納言小豆餡がみっちり詰まっているのが、とても嬉しい・・・

とても素朴な味で、でも餡子好きには丹波大納言の餡がみっちりとはさまったこの和菓子は、正直に実直に生きてゆくけば福は向うからやって来るという昔話の“わらしべ長者”のように、贅沢でもなく、奇をてらうでもなく、欲をかくでもなく手造りでひとつひとつ丁寧に造られた心温まる京のお菓子として皆さんにぜひお薦めしたい“旅人”がふと手に取った京都の味である。

可愛らしい北野梅林
北野の梅を思わせる可愛らしい”北野梅林”
甘酸っぱい北野梅林
ちょっと甘酸っぱいのが癖になりそう・・・

また、北野天満宮の梅苑での観梅のお帰りにはぜひ、この可愛らしいお菓子、“北野梅林”も、おひとついかがでしょうか。北野の梅を想い出しながら、おいしく頂きました。

 

 

 

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