7月7日(月)七夕の日、東京国立博物館にて開催中の特別展「台北國立故宮博物院−神品至宝−」に駆け付けた。

1・特別展示室のある本館
翠玉白菜が展示される東京国立博物館・本館

というのも、門外不出の素材の美と至高の技が織りなす究極の「神品」“翠玉白菜(すいぎょくはくさい)”2週間限定公開であり、7日がその終了日ということを知ったからである。


4、5日前、知人から台湾旅行の土産として“高山茶”が送られてきた。 “滑り込みで日本への旅立ち前日の白菜を見られました”との謎めいた一文がしたためられた葉書が同封されていた。


「何だこの葉書?」と、戴いた高山茶を喫みながらつぶやくと、家内が「いま東博でやっているハクサイよ」と応じた。


「ハクサイ?」 「博祭(ハクサイ)、東博の祭典?」 「百歳・・・ヒャクサイ?」

ってな、“?(はてな)”が、脳内細胞に張り巡らされた脳神経のネットワークを全速力で駆け巡る・・・


その怪訝な表情のわたしを哀れむかのように家内が語った。

「台湾の故宮博物院の秘宝の特別展が上野の国立博物館で開催されているでしょ。その一番の目玉が“白菜”なの」と。


翡翠で造られた白菜だというではないか。

はぁ? 宝石で何で野菜なんか造るわけ?

訳の分らぬ話の展開に、ようやくネットで検索。写真でその“白菜”なるものをとらえた。

だから・・・なに?とも思ったが、まぁそれだけの秘宝と云うからには百聞は一見に如かずとなった次第。


だが、それが7日までたったの2週間限定の公開だというではないか。あとの展示品は基本的に会期末の9月15日まで見ることが出来るのに・・・。


でも、知人が見た秘宝・“白菜”だけはすぐに台湾へ戻されるのだという。今回、初めて故宮博物院の外へ持ち出されたのだそうで2週間が限度とのことらしい。


その代わりにというのだろうか、10月7日(火)から11月30日(日)まで九州国立博物館に場所を替えて開かれる同特別展において、台湾にある残り一つの三大至宝、瑪瑙(めのう)の肉形石が同じく2週間限定で出展されるのだそうだ(三大至宝:翠玉白菜の他に、肉型石(台北故宮博物院)、清明上河図(北京の故宮博物院所蔵)をいう)。

0・肉形石
三大至宝の肉形石 館内販売所にて購入ポストカードより

そういったことで、二人の予定が何とかついたのが最終日の7月7日に雨の降るなか遠路、上野へと出かけたわけである。


月曜日は東博は休館日であるが、白菜最終日ということで特別展だけは開館というお役所仕事とは思えぬ大サービス。

そのお蔭で、こうやって“白菜”報告が出来たわけである。最近の役所は捨てたものでもないなと少し見直した。


さて博物館の敷地に入ると、雨傘の長い列が見えるではないか。列の最後尾には110分の表示。

2・110分待ちの行列
最後尾から行列を見る

なんと午前10時25分に列んだのにあと約2時間行列のなかに・・・あぁ・・・しかも、雨の中・・・


秘宝鑑賞の最終日なのでこれも仕方がないかと二人とも素直に納得。従順な羊よろしく雨中行軍の一兵士としての心構えを固めた。


だが、これまた最近のお役所仕事は素晴らしい。
雨除けのテントが用意されている。

3・テントに列ぶ人々とNHKのニューススタッフ
テントに列ぶ人々、NHKのニューススタッフが報道

しかも、途中、テントが途切れた際には、急遽、近くの表慶館へ。

4・迂回路の表慶館内
雨を避けるため表慶館のなかに迂回路を

雨に打たれて列ぶわれわれを迂回路を準備した館内へと次々に誘導。その臨機応変、機動力、心遣いにも少々驚いたところである。


ところで、特別展「台北 國立故宮博物院−神品至宝−」は平成館で開催されている。

5・主たる会場・平成館
翠玉白菜を除く展示品は平成館に並ぶ

ただ一点、この秘宝“翠玉白菜”は、あのモナリザとツタンカーメンを展示したのみという本館の特別展示室に飾られていたのである。ますます期待は高まってゆく。


いよいよ、われわれは“翠玉白菜”目指して本館内へ突入。列び出してちょうど一時間であった。

6・翠玉白菜の特別展示室
翠玉白菜を展示する本館内

110分を大幅に短縮した偉業を達成と思ったのも束の間。本館内左手の待合室へと誘導され、そこでクネクネと折り返しの行列。やはりあと1時間は列ぶのかと意気消沈したものだが、そこからは特別展示室の翠玉白菜までは40分弱。

7・特別展示室入口
この特別展示室の奥に翠玉白菜が飾られている

“翠玉白菜”は、半分が白、半分が緑色をしたひとつの翡翠輝石を原石として、その形状や色合いを巧みに生かし彫り出した「俏色(しょうしょく)」と呼ばれる玉器工芸品である。

8・翠玉白菜
三代至宝の”翠玉白菜” 館内販売所にて購入・ポストカードより

目の前にある翠玉白菜は抱いていたイメージよりも小さく、高さ18・7cm、幅9・1cm、厚さ5・07cmの工芸品であった。写真で見ていたし、白菜というのだから円みを帯びた形状をしていると勝手に想像していた。


しかし、ぐるりと一周しながら360度の角度で鑑賞できる。実はこの白菜は横から見ると分厚いかまぼこ板のような形状で、白菜の頭部、緑色の部分には厚みがあるということが分った。


そして、正面から見ると、あら不思議や不思議、あの写真のように見事に円みをおびて見えるではないか。これぞ、造形の妙、匠の神技なのだろう。素晴らしいのひと言である。


学芸員の人に訊ねたところ、本日は非常にゆっくりとこの翠玉白菜(すいぎょくはくさい)を鑑賞できるのだという。昨日までは狭いブースのなかに四重、五重の人の輪ができ、ゆっくり会話しながらの鑑賞などとても無理だったのだそうで、大変、幸せなことであったと感謝したものである。


秘宝を熟視玩味したあと、廊下つづきで平成館へと移動。

9・平成館エントランス
平成館エントランス

故宮博物院の宝物の多数を時間の許す限り、わたしの脚力の続く限り、見て回った。書あり、画あり、青銅器あり、磁器あり、刺繍あり、玉工芸品あり・・・


皇帝のコレクション、西周時代・前9〜前8世紀の“散氏盤(さんしばん)”も、そこに書かれた350の文字に、わが国の縄文時代に既に中国にはこうした文物がと、その歴史の厚み、奥深さには到底敵わないと心底思った。

10・散氏盤
”散氏盤(さんしばん)” 館内販売所購入・ポストカードより

また、これも白と黒の色合いを持つ一つの原石を彫った愛らしい“人と熊”。

11・愛らしい”人と熊”
高さ6、7cmの”人と熊” ポストカード売切れのためポスターを撮影

それを創り出した諧謔(かいぎゃく)溢れる人物も中国人なのだと思うといまの両国の確執はいったい何なのだと思わざるを得なかった。


こうした展示物をじっくり見て回っているうちに、故宮の至宝は何も“白菜”だけではないと、正直、思ったのである。


そして、(所蔵は台湾であるにしても・・・)中国という悠久の歴史を誇る国家はやはり凄い国だと思った。こんなにも豊かな文化を作り上げた国である。豊かな心がいまの中国人のなかにないはずはないとも思った。


お互いの歴史の中に息づくこうした文化の交流からも何とかいまの冷え切った日中関係の雪解けを図っていく道筋を見出して行けたならばと強く感じた一日でもあった。


翠玉白菜は帰国するが、先の“人と熊”もまだある。教科書で覚えた“永楽大典”の実物も間近に見ることが出来る。


ぜひ、中国という国の奥深くに潜む人間の英知に触れるために、東京国立博物館へ足を向けられることを願う。


こうした時代であるからこそ、なおさら必要なことであると思った。