彦左の正眼!

世の中、すっきり一刀両断!で始めたこのブログ・・・・、でも・・・ 世の中、やってられねぇときには、うまいものでも喰うしかねぇか〜! ってぇことは・・・このブログに永田町の記事が多いときにゃあ、政治が活きている、少ねぇときは逆に語るも下らねぇ状態だってことかい? なぁ、一心太助よ!! さみしい時代になったなぁ

大田弘子経済財政担当大臣

タクシー料金値上げをめぐる「美しくない」三人4

,北瓩

もしタクシー事業がもうからないのであれば、廃業や倒産による市場からの退場が起き事業者数は減ってくるはずだが、逆にタクシー事業者の数は増加している。この事実はタクシー事業がまだ新規参入すべき事業として旨みのあるものであり、経営者にとってまだまだ魅力的な事業であると見るのが経済合理性から考えた答えであり、普通の市場原理が働く世界の常識であるとも言える。

 

一方で、運転手の平均年収は302万円と極めて低水準にあり、そのことが今回の運賃値上げの大きな理由となっていることは既に述べた。このことは事業者が増え続けている事実と重ね合わせれば、労働者に業界環境の厳しさを一方的に押し付ける事業者に問題があると判断すべきなのかも知れない。

 

そうした実態をよく分析しない(国民に説明せぬ)まま、闇雲にただタクシー運転手の賃金が低すぎるとして、その改善を利用者たるお客に押し付けるのもおかしなものではある。その意味でも冬柴国交省大臣は誠実さを欠く、「美しくない」説明を国民に対して行なったと言わざるを得ないのである。

 

さて、次に登場するのは大田弘子経済財政担当大臣である。

大田大臣は国交省のタクシー運賃の値上げ容認姿勢に対し、419日の「物価安定政策会議」での議論を踏まえた閣議後記者会見で「乗務員の賃金が下がっているから、では値上げをして消費者負担の下でそれを改善するという運びは、すぐには納得しがたい」、「もう少しいろいろな根拠、データを示してもらい、政府部内で議論する必要がある」と、もっともな疑問を呈した。

 

しかしこの人物は今から14年前に発表された「平岩レポート」のときの主要メンバーであり、それに関する著書も物している。細川首相の私的諮問機関である「経済改革研究会」が9311月に規制緩和の第一歩と言うべき「経済的規制は『原則自由』に、社会的規制は『自己責任を原則』に最小限に」との原則を打ち出したいわゆる「平岩レポート」と呼ばれる現在の社会インフラとも言うべき「自己責任のもとでの規制緩和」を世に問うた有名なレポートである。

 

同氏は当時、まだ大阪大客員助教授であったが、規制緩和議論の過程のなかで、規制緩和の影の部分である「弱者に痛みが集中する」ことに対する社会のセーフティーネットについて安全や健康、環境を守るための規制も削減し、「必要最小限とする」という冷酷な表現を盛り込むなど中谷巌一橋大教授(当時)らとともに規制緩和推進つまり市場原理主義派の中心人物として鳴らした。

 

そして市場原理主義論争のなかで規制緩和が行き過ぎれば「格差拡大」などの弊害が起こる影の部分、現在、社会問題化している懸念についての議論はでなかったと当時の関係者は明らかにしているのである。

 

この「市場原理主義者」の「乗務員の賃金が下がっているから(中略)消費者負担の下でそれを改善するのは納得しがたい、(中略)政府部内で議論する必要がある」との発言は、おそらくタクシー事業者の経営努力が十分でなく、まだコスト削減や労働分配率の改善といった工夫が不十分である。その結果、市場の淘汰が進まず経済合理性の透徹した美しい姿になっていないと言いたいのだろう。しかし、現在、置かれているタクシー業界は十分に市場原理主義の徹底したマーケットであるとも言えることを、この教条主義的な学者、いや政治家はわかっているのだろうか。

 

地方の会社が倒産し職を求めて上京してきたものの、東京で仕事といえば当時、営業台数を伸ばしていたタクシーの運転手くらいしかない。そこで過酷で安い給料だが仕方なく運転手になった。歩合制であるので、需給環境の悪化するなかで給料はどんどん下がってゆく。まさに規制緩和を突き進めたタクシー業界は、市場原理に沿って理屈どおりに歩みを進めて行ったのである。失業率の高い時代に労使関係で経営者側が強いことも、一種の市場原理が働いた結果であり、労働条件をますます厳しくしてゆくことで何とか企業収益をあげる企業努力を続けてきたのである。

 

14年前にみんなが幸せになれると浮かれた「規制緩和」の推進により、「自己責任」を問われたのは、やはり弱い立場の人間であったという市場原理主義の行き着くところの当然の社会の姿が、いまわれわれの前に展開しているだけなのである。

 

セーフティーネットも「必要最小限」とすべきと冷酷に提唱した人物が、302万円の年間所得しかないタクシー運転手の給与改善のツケの先(消費者)がおかしいなどと「美しくない」言葉を平気で吐くことに、正直言って胸くそが悪くなる。同氏が主義に殉ずるのであれば、「弱いものは自己責任で弱くなったのだから仕方ない」と、切って捨てればよいのである。ごちゃごちゃと反対意見を述べ、いかにも庶民のためといった言動は、まことに「美しいものではない」。【につづく


いざなぎ超える景気拡大ってホント?2

いざなぎ超える景気拡大ってホント?

 

 大田弘子経済財政担当大臣が1122日、2002年に始まった景気拡大が58ヶ月目をむかえ、いざなぎ景気の57ヶ月を抜き、戦後最長となったと発表した。

 しかし大方の感想は「どこで景気は拡大しているの?」である。58ヶ月といえば約5年間に及ぶが、個人の懐が潤ってきたという実感がまったくないからであろう。一世帯当りの平均所得額(厚労省「国民生活基礎調査の概況」)を見ると、10年前の1996年で661万円、景気拡大が始まったといわれる2002年は前年の602万円から589万円へと600万円台を割り込んだ年である。2003年はさらに579.7万円と落ち込みを見せ、直近で数字が公表されている04年で580.4万円と8年ぶりに7千円の微増に転じたところである。なんと世帯所得は10年前の96年から03年まで一貫して下落し続け、04年でようやく下げ止まったのである。それも2004年までの8年間で81万円(12.2%)もの減少を示している。しかも、その間ずっと下がり続けているといってもよい。この生活実感が、戦後最長の景気拡大と言われても、「いやぁ、本当に景気がよい」とは、とても同調できぬ大きな理由であろう。

また別の視点から見ると、これまでの景気拡大期にあった賃金の伸びが抑え込まれている点が指摘される。97年を100とした2004年の全産業の賃金指数(200616日連合発表)は、1000人以上の企業平均で97.010人から99人の企業平均で95.0、全平均で95.77年前の水準を5%ほど割り込んでいるのである。このことは企業収益が好調と言われようが、世帯のみでなく個人の懐が暖まっていない証であり、大方の人の景気実感とぴったり来る数字なのではなかろうか。企業の内部留保は厚くなり、企業体質は強化されたものの、個人の生活意識調査(「国民生活基礎調査の概況」)で「苦しい」が2000年の50.7%から2005年の56.2%へと拡大していることと平仄(ひょうそく)が合う。

さらに格差の拡大が、その景気実感に輪をかけていると言える。格差社会の代表的指標であるジニ係数(当初所得)も1981年の0.35から直近数値の2002年の0.498へと一貫して上昇してきている。格差がきついといわれる0.40.5の範囲の危険水域の上限に達し、現時点では所得分配の是正が必要とされる0.5をおそらく越えているものと思われる。その数字も、六本木ヒルズ族に代表される一部の成功者たちの浮かれぶりとわが身の現実との格差が実感の数字として表されているよい例であろう。

 こうして異なった角度からいろいろな数字を見ると、いざなぎ景気を超える景気拡大といわれても実感できぬ真相が少し見えてくる気がしてくる。政府がどんな数字を発表しようが、懐はやはり「う〜っ、ブルブル、寒い!」なのである。

 

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