乗鞍三滝で一番大規模な番所(ばんどころ)大滝を観た後、われわれは一旦、駐車場へ戻り、途中で昼食を取った。その後、県道84号線を少し登り、千間淵(せんげんぶち)に近い“JAあずみ”隣の公民館に車を止め、千間淵、番所小滝へと小大野(こおおの)川を下っていくことにした。
案内板の脇の下り口すぐのところに、一本の山桜の樹がいまを盛りと白い花を全身に装い、われわれを歓迎してくれていた。 千間淵へのアプローチは大番所大滝とは異なり、身の危険を感じるような急激な傾斜はなく、足の悪いわたしでもそう疲れもせずに小大野川沿いの渓流径へと降り立つことができた。 そこまでの道ばたには、さまざまな高山植物が山間の静けさを破らぬかのようにしてひっそりと息づいていた。 家内はちょっと行っては立ち止り、またちょっと行ってはしゃがみ込んで、可憐な花や蕾を熱心にのぞき込んでいる。植物に詳しい家内も名前の分からぬものがあり、帰宅後、「山と渓谷社」のポケット図鑑で調べて名前が判明したものも少なくなかった。 高山植物など門外漢のわたしでも、あんな山深い高所で小さな小さな花を咲かせ、次の世代へと命をつなぐ自然の尊い営みを見せつけられると、社会性を有する故の人間という生物が成せる文明とは実際のところどれほどの価値があるのかと、そもそものところで懐疑心を膨らませているところである。 その時はそんな感慨にふける間もなく千間淵大橋へ到着した。小大野川に架かる吊り橋を渡り、しばらくゆくと今度は山肌に沿って架かる千間淵小橋へ到る。 その橋の袂に小大野川へ下りる10段ほどの急な階段がある。川はテラス状の大きな平たい石を迂回するようにして流れているが、増水時にはそのテラスも水中に没するとのことで、その場合は千間淵を眺めるベストポジションはあきらめざるを得ない。 当日はそうしたこともなかったので、そのテラス状の石板の上から右斜めに落差が2、3mの小さな滝が落ちるドーム型をした千間淵をゆっくりと心ゆくまで見ることができた。 小さな淵にも拘らず千間(1.8km)とはまたどうしたことかと思ったが、小大野川とは別の水源である前川から千間もの量の薪を流したところ、この淵へと流れついたので、この名前がついたのだと、後で“のりくら散策ガイド”を読んで知った。 小橋を渡り渓流沿いに下流へと進むと、山の斜面にお目当ての一つであった“イワカガミ”の群生を見つけた。 家内は身をかがめ花の下から花芯を見ようと、カメラ片手にいろいろ工夫をしていた。その熱心さに本当にこの人は花が好きなんだなぁとなかば呆れて見ていたというのが実際のところなのだが、下の写真を見ていただくと分かるように、見事に“イワカガミ”が写っており、その執念には脱帽したところである。 そしてもう少し渓流沿いに歩いてゆくと、木の間越しに落差8mの“番所小滝”が見えてきた。 新緑のなかで流れ落ちる滝を間近で見ることが出来て、都会では決して体験できぬ森林浴にマイナスイオンと健康100%の時間を心ゆくまで愉しめた千間淵散策であった。