「国防を言葉の遊びにしてきた大きなツケ」

 

 ミサイル防衛PAC3、配備前倒し…来年中に4基体制(読売新聞7月8日)

政府は7日、2008年3月末をめどとしているミサイル防衛(MD)システムの地対空誘導弾パトリオット・ミサイル3(PAC3)3基の配備を前倒しし、07年中にも実施する方針を固めた。北朝鮮の弾道ミサイル発射を受け、迎撃体制のシステム整備を急ぐ必要があると判断した。防衛庁はPAC3の最初の1基を、06年度末までに航空自衛隊第1高射群の本部がある入間基地(埼玉県)に配備する予定だ。その後、07年度末までに同高射群の霞ヶ浦(茨城県)、習志野(千葉県)、武山(神奈川県)の3基地に1基ずつ配備する計画だったが、これを前倒しし、07年中に完了させたい考えだ

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060708-00000001-yom-pol

 

 北朝鮮のミサイル発射を受けて、政府のドタバタが目につく。しかし政府与党よりも、これまで非武装中立を声高に唱えてきた社民党・共産党ら野党が何ら具体的行動・発言をしていないことに憤りを感じる。これまで野党は、国は自分で守るしかないという「当然の国家の義務」を脇へ置き、国会で専守防衛や飛行距離はそこまで必要ない(攻撃距離となる)、空中給油は防衛の場合必要ないなどなど、空理空論を展開し、いたずらに国防議論を神学論争へと祀り上げてきた。

 

言うまでもなく国民の命と財産を守る義務が国家にはある。その慰労なきことをチェック・監視するのが健全たる野党のはずである。その野党がこの危機を前にして何の行動も起こさない。今こそ日頃から口を極めて唱えていた非武装中立思想で、現実にどのようにして「国民を守る」のかを具体的にわたしたちの目の前に示して欲しい。ここで、無言を決め込むことは政治家としては、自らその存在を否定したことと同意義であるということは、彼ら自身が一番分かっているはずである。

 

 しかし、現在のこの国のドタバタを見ていると、今まで国会や大手新聞で議論されてきた国防議論や専守防衛の厳格な定義といったものが、本当に虚しく、馬鹿馬鹿しく思えてくる。国際社会の現実を直視すれば、これだけの経済力と技術力を有する国が、丸腰で生き抜いていけるはずはないということは、国際社会でビジネスを行なっている企業戦士たちはよく知っている。

 

現在は、日米安保条約により国防は可能と都合よく考えているが、その結果、わが国は米国の属国のような地位に陥ろうとしている。特にこうした危機が現実のものになった時、飛来するミサイルさえ自力で防ぐことが出来ない国が、それを庇護(ひご)してくれる米国に対して国民の生命に関わるBSE輸入解禁であろうが、米軍再編費用がどれほどかかろうが、彼らの言いなりになるしか選択の道はないのである。

 

迎撃態勢が一応、整備されるのが2007年度末、再来年の3月末である。まずはこの年末までに一基の地対空誘導弾パトリオット・ミサイル3が入間基地に配備されるという。北朝鮮に「年末まで撃つのは止めてね!」とでも、この国はお願いするつもりなのだろうか。世の平和主義者、非暴力主義者は、いまこそ、具体的にどういう形で、国民を守ればよいのかを世に向って発言し、処方箋を示すべきである。だって、国防計画で厳密に定められたスケジュールを、危機だからといって、この雰囲気をよいことに、さっさと政府は前倒ししようとしている。そうした軍備拡張に反対していたはずの大手新聞社もそのことについて一言も発言しない。

 

 日頃、現実的な危機管理議論がなされていないと、こうした時に、緻密な議論もなく、なし崩しで軍拡がなされていくことこそが、この国をいつか来た道に戻していくのだということを、自分たちはよく知るべきである。そして、これまで、非武装を、専守防衛を口にしてきた人々、野党は、この現実を前にして具体的な防衛策を講じ、そして行動を起こして見本を見せて欲しい。もしそれが現実的選択肢として採用できるのであれば、わたしは改めてこれまでの野党の見識に頭を下げ、「恐れ入った」と謝罪する。

 

 国際社会は国益と国益のぶつかり合いである。いわば、日々戦場・常在戦場なのだと思う。こうした現実に眼をそむけ、ひとり砂上の平和をむさぼる議論を国会・政治家に許してきた国民にいま、大きなツケが回ってきたといえよう。

 

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