京都で7月17日といえば大概の人は祇園祭の花、山鉾巡行の日だという。
函谷鉾の巡行
それは間違いではないのだが、祇園祭の起こりが平安初期、全国で流行った疫病の祟りを祓う神事、祇園御霊会を嚆矢とすることから、八坂神社を午後6時に出立する三基の神輿(神様)が氏子地域をめぐり四条寺町の御旅所まで渡御する神幸祭(24日が還幸祭)こそが祇園祭という神事の本義であり、最も重要な神事であるということを知る旅人は意外と少ない。
17日の渡御を待つ三基の神輿:八坂神社舞殿
だから神幸祭の露払いとしての役割を担う山鉾巡行だけを観覧し、コンコンチキチン、コンチキチンの祇園囃で舞いあがり「いやぁ祇園祭は壮麗で迫力があった」と帰路につく観光客は、実は夕刻から催行される祇園祭の肝心かなめの神事を見ないまま、極論すれば真の祇園祭を見ずして京都を後にするといってもよいのである。
鶏鉾の音頭取り
と、たいそうな御託を並べたが、まずは「割烹やました」で腹ごしらえである。
例年、「やました」の店前に行列がやってくるのは午後7時頃である。それまでの時間、旨い料理に舌鼓を打ちながら、祇園祭の本義たる神事をお待ちするという算段である。
いうも明るい割烹やましたの板場
さて、当夜の喰いっぷりであるが、まず先付にはじまって、
先付
まずはと・・・カウンターの上の材料を物色していると、大将の「岩ガキのいいのがあるよ」のひと声で一品目は7、8年物の大ぶりのクリーミーな岩ガキを所望。
7、8年物の岩ガキ、久しぶり・・・
次に夏の定番、鱧!
薄造りもできるというので、初めて注文。
レアものの鱧の薄造り
もちろん、やました名物の炙り鱧も堪能しました。
田辺君が鱧を炙る
それから3月にお邪魔したときに仰天した蛤のイタリアン仕立てをお願いした。
蛤のイタリアン風炒め
料理に名前がついていないので、こちらで勝手に「リストランテ・やました」と命名したが、これがなかなかな美味で、長崎組の叔母もご満悦。
そして、野菜料理には芋茎(ずいき)の煮物をお願いした。
芋茎の煮物
いつもながら上品な味つけで、長崎組は珍しいといって味わっていた。
そして、怒涛のオーダーから1時間半が過ぎた7時過ぎ、いよいよ当夜のおたのしみ、神輿渡御の鑑賞である。
仲居さんの「きましたよ!」の汽笛一声ならぬ「合図一声」が店内に響き渡る。
するとお客がすわと、「一斉」に箸を置き、ワイワイと表へむかう。
さて神幸祭であるが、神輿の到着の前にまず百名ほどの神宝奉持列が粛々と都大路を練り歩いてくる。
外へ出るとまだ明るい。とおくから太鼓と幟を先頭に、三駒の騎馬武者が近づいてくる。
太鼓と幟が神宝奉持列を先導
騎馬武者もゆく
威風堂々の一隊である。
そして神宝を奉持する一隊の先頭には祇園祭の格式を示す円融天皇(在位969-984年)の勅令が記された「勅板」を抱える宮本組講員の面々が立つ。
勅板を奉持する宮本組講員
そのあとから数々の神宝を奉持した講員がわれわれの目前を通り過ぎてゆく。
緋色の和傘も艶やかな神宝奉持列
そして白馬に跨る久世駒形稚児がやってくる。その可憐で雅な様はまさに王朝絵巻の世界である。
白馬に跨る可愛らしい久世駒形稚児
その行列が過ぎてから神事の肝たる神輿がやってくるわけだが、それまではもう少し間がある。
そこでいったんわれわれはまた店内へと戻り、宴のつづきがはじまる。
再開の手始めは、お野菜と併せて鱧の天ぷら・・・と、鱧づくしで迫った。
鱧と野菜の天ぷら
次にグジ(甘鯛)の塩焼きをいただいた。さすがにお腹が一杯になってきた。
グジの塩焼き
・・・が、最後の〆に、なんとステーキを頼んでしまったわたしの餓鬼道ぶりには、細君以下皆さんさすがにあきれ顔であった・・・
…牛?だったか、ステーキです
もちろん、みんなで少しずつシェアしたのだけれども・・・
柔らかくて肉の味がしっかり、「やました」の肉はいつもひと味違うと納得・・・
さて、そうこうするうちに本番の神輿がやってきた。
御旅所への神輿渡御は三基のうち木屋町通りを通るのが素戔嗚尊(すさのおのみこと)の御霊をのせた中御座(なかござ)と、重さ2トンの最重量の神輿である八角屋根の西御座(素戔嗚尊の子、八柱の神々)の二基である。
まずやってきたのが中御座である。時刻は午後7時40分過ぎ。
中御座が「やました」の前を通過する
そして中御座が去ってから1時間40分経って、漸く、仲居さんから「来ました!」の聲。いつもはこんなに間隔はあかないのだが、今年は待つのが長かった。
遠くに西御座の灯りが見える
いよいよわたしの祇園祭がはじまるのだと、心臓が高鳴る。
やましたに門付けする西御座
その荒々しい担ぎを神様は殊の外、喜ばれるのだという。
大将がおもてなしをする
そして「割烹やました」への口上を述べ、もてなしの酒やジュースを飲み干し、しばしの休憩ののち木屋町通りを北へのぼってゆく。
木屋町通りにいつもの静寂が戻る。
御客たちは火照った頬を夜風になぶらせ熱を覚ますかのように夜の帳のなかで物思いにふけり、三々五々、店内へと姿を消していった。
こうしてわたしの2023年の祇園祭、割烹やましたの祇園祭が終わりを告げたのである。
今年も大将、そしてやましたの衆、ありがとう!!