彦左の正眼!

世の中、すっきり一刀両断!で始めたこのブログ・・・・、でも・・・ 世の中、やってられねぇときには、うまいものでも喰うしかねぇか〜! ってぇことは・・・このブログに永田町の記事が多いときにゃあ、政治が活きている、少ねぇときは逆に語るも下らねぇ状態だってことかい? なぁ、一心太助よ!! さみしい時代になったなぁ

日常生活

秋は紅葉のみにあらずと、ひっそりと主張する菊変化(へんげ)

菊変化


ふと目にとまったお座敷の菊。色とりどりで美しい。


家内に問うたところ、うちの庭の菊だという。


こんなに色んな菊があるんだと云うと、この菊はもともと二つの菊から変化してきたものだという。


もともとは煉瓦色とピンク色の八重の菊を庭に植えたのが、煉瓦色→オレンジ色→黄色に、ピンク色の菊は白へと、年を経るにつれ色が薄まり褪せてゆき、花も八重が一重に変化(へんげ)していったのだそうだ。


家内はもちろん植物学者ではない。遠い記憶をたどってそう説明してくれたのである。


そして “多分、そもそもの野に咲く菊の原種に戻っていっているのかもしれない” と、菊変化(へんげ)から自然の力の底力のようなものを感じとったようなのである。


人は手塩にかけて絢爛で豪奢な色とりどりの八重の菊を作りだした。


しかし庭に植えられた瞬間から、豪奢な菊は人工の造作から解き放たれ、自らの遠い記憶をたどりながら本能的に本来の姿へと、自らが自然界で生き抜く力を有していた原始の姿へと、その回帰の道を歩みはじめたのだろう。


年ごとに一枚、一枚、人工的な衣を脱ぎ去り、八重が七重へ、六重、五重・・・そして一重へと、路傍の小さな花をつける野菊へと原点に戻っていっているのだろう。


ふと床の間に活けられた菊を見て、秋は何も紅葉だけじゃないよと教えられた気もしたし、それ以上に自然の摂理の深奥を垣間見たような気にすらなったのである。

ホタルブクロが咲いて、さぁ、蛍狩りだ!!

美山荘の蛍狩り(2006.7.5)
東京の「ほたる狩り」=うかい鳥山(八王子)6月3日〜7月13日(2010.5.29)

床の間に活けられたホタルブクロに気づいて、家内に「これどうしたの?」と問うたところ、「前から庭にたくさん咲いてますよ」との呆れたような返事。

活けられたホタルブクロ
ホタルブクロの活け花

早速、庭に出て見た。紫陽花も今年は見事に咲いている・・・ トホホ (;一_)・・・ 

アジサイ
紫陽花も鮮やかに咲いていました・・・
額紫陽花
額紫陽花もきれいです
額紫陽花
紫陽花を撮り出したら止まらなくて・・・
紫陽花

その紫陽花の脇にほんと〜にホタルブクロがたくさん咲いているではないか。

ホタルブクロ
ありましたよ・・・、ホタルブクロ・・・
ホタルブクロ
たくさん咲いています

東京ではなかなか気分が盛り上がらないなと生意気言っていたわたしだが、こうやってホタルブクロをわが家で目にするとは・・・季節感満載ではないか・・・

ホタルブクロ
懺悔の気持ちでアップでも撮りました
ホタルブクロの花芯
下からカメラを挿しこんで花芯を撮りました・・・、必死です・・・
花芯
活け花の花芯の方がきれいに撮れたので

実のところ来週、信州辰野に蛍狩りに行く予定にしているのである。


にもかかわらず、その季節感を己の庭にも感じぬわたしの無粋きわまりない所業に、業を煮やしたホタルブクロが季節の空気をちゃんと読めよと諭しているような気がしたものである。そこで、謝罪の意味もこめて写真を色々と撮らせていただいた。


そういうことで、来週は蛍狩りに行ってくるが、辰野町の公式HPに「【24年度】松尾峡・ほたる童謡公園のほたる発生状況」というWEBサイトがある。そこには毎日の午後8時から9時の一時間で松尾峡・ほたる公園で蛍を視認した数が日毎に掲載されている。平成9年から観測を開始し、今年で15年目となるとのこと。


これによると、この63日(日)に7匹を観察したのを初日に、天候により数の増減はもちろんあるが、日毎にその発生数は増加している。


610日(日)に1268匹と千匹台を越えてからは、13日(水)3736匹、15日(金)7350匹、17日(日)には9189匹となっている。昨日は風が強かったので、7679匹とのこと。


これまでの最高は2004年の17000匹だそうで、さてさて、わが家のホタルブクロにも気づかぬこのわたしは、辰野でどれほどの蛍が歓迎してくれることやら・・・、ちょっと心配になってきたわたしである。

細川奈津子さんのヴァイオリン・リサイタルの夜を愉しみました

細川奈津子リサイタル
細川奈津子ヴァイオリンリサイタル・パンフレット表紙

奈津ちゃんに初めて会ったのは約3年前の2009826日である。山中恵介氏(ピアニスト山中和子氏の御主人)の信州黒姫のお宅での恒例のホームコンサートの場であった。


2009年のホームコンサートでの細川奈津子さん
2009年8月の信州黒姫のホームコンサートでの奈津ちゃん

当時、ウィーン国立音楽大学に留学中の奈津ちゃんが夏休みで地元である黒姫に帰郷しており、山中和子氏の誘いで、ホームコンサートに顔を出してくれたのである。


その時は、“タイスの瞑想曲”や浅田真央ちゃんのスケーティング曲であまりにも有名となった“チャルダッシュ”が聴けてうれしかったのと同時に、まだ愛らしい女の子、学生さんという印象を受けたものである。


そして昨年の8月、4年間留学していたウィーン国立音楽大学の第二ディプロマを最高位の成績で取得し帰国したばかりの奈津ちゃんに、また黒姫のホームコンサートで会うこととなった。


黒姫ホームコンサートでの細川奈津子氏
2011年8月の黒姫での圧巻のチゴイネルワイゼン

その夜、彼女の激情的なチゴイネルワイゼンを聴いた時、ほんの二年前、ここに立っていたあの愛らしい女の子とはまったく別人の、ひとりの音楽家がわたしの目の前で演奏してくれていると震えるような感動を味わったのである。まさに、夏の夜の夢を見せてくれた奈津ちゃんであった。


ディナー会場での即興演奏
黒姫ではディナー後にこうして自由な演奏をやってくれるのが楽しみ・・・

それから約1年。今回は東京の代々木上原の“MUSICASA(ムジカーザ)”(渋谷区西原3丁目33)で、“細川奈津子ヴァイオリンリサイタル”が開催された。こじんまりとしたホールであるが、音楽をこよなく愛する人々が集うのには格好の肩の凝らぬお洒落な空間である。


代々木上原・ムジカーザ
”MUSICASA(ムジカーサ・音楽の家の意)”

演目は以下の通りであった。


当夜の演目
当夜の演目

モーツアルトとブラームスの曲目が終ったところで、休憩となった。その20分間の休憩時間に聴衆には簡単なオードブルとワインが供される。以前の山中和子さん(今回のピアノ伴奏)のコンサートでもワインがふるまわれたが、この形式はクラシックが肩肘張った小難しい教養といったものをひけらかす小道具などではなく、人間の日常生活の潤いのためにあることを改めて認識させるもので、素晴らしいアイデアであると前回、感心したところであった。


ワインお変わり自由
個々人がワインをカウンターに取りにゆきます
休憩時間にワインとオードブル
写真を撮るため、ちょっと椅子の上に置きました。もちろん、立って歓談しながら呑むんですよ

その愉しい休憩時間をおいしいワイン(二杯もお代わりしてしまったなぁ・・・)と、仲間との楽しい語らいで過ごし、リサイタルは後半の部へと入っていった。


ムジカーザ
こじんまりした空間です。私の席から撮りました

そして最初のクライスラーの小品“前奏曲とアレグロ”で、わたしはまたまた奈津ちゃん、いや、もう細川奈津子氏と呼ばねばならぬ、成長著しい音楽家の勢いというものを感じ、また感動したのである。


細川奈津子・山中和子略歴
細川奈津子・山中和子氏のプロフィール

クライスラーの曲もそうだが、最後の曲となったラフマニノフの“二つのサロン風小品作品6”においても、あの童女のような愛らしい顔とは正反対の内面に蔵する迸る情感を見事に空間に解き放つ見事な演奏であった。


細川奈津子さん
終演後に出口でお客様を笑顔で送ってくれました

内面に秘する激情を弾きこなす細川奈津子、今後のさらなる成長が楽しみである。

 

 

ロンドンオリンピック女子バレーボール最終予選・日韓戦を観た!叫んだ!落胆した!

23日午後710分から東京体育館において、女子バレーのロンドン五輪世界最終予選の日本対韓国戦が行なわれた。

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木村沙織選手のアタック

日本女子チームはこれまでペルー・チャイニーズタイペイ・タイを下し、3連勝と好調な滑り出しである。テレビ観戦で盛り上がっていたわが家も、それじゃ、韓国戦を東京体育館で応援するかと急遽思い立ち、当日の朝、チケット販売のローソンでアリーナ席を二枚ゲットした。結構、簡単にチケットが入手できたのには、正直、驚いた。

アリーナチケット
アリーナチケットをゲット

そして「盛り上がっているのは結構、ウチだけだったりして」という家内の言葉に、すこし不安も感じ、納得もしながらも、千駄ヶ谷へと向かった。

東京体育館
東京体育館

当日の組合せは第一試合ロシア対ペルー、第二試合タイ対チャイニーズタイペイ、第三試合セルビア対キューバ、そして第四試合がお目当ての日本対韓国であったが、われわれは第二試合の後半からの観戦となった。

セルビア・キューバ戦、館内はまばら
セルビア対キューバ戦・館内は空席だらけ

館内へ足を踏み入れると、予想通り客席はパラパラの状態であったが、日韓戦が始まれば相応の盛り上がりは見せてくれるに違いないと、それまでは実にゆったりとしたスポーツ観戦であった。

ネット際のプレーが見にくい
いい席だったが、難を言えば、ネット際のプレーが見にくい

シートは正審判をちょうど真後ろから見る素晴らしい位置であったが、贅沢を言えば逆にネット際のプレーが見難い角度でもあった。

試合結果
第三試合まではワンサイドゲーム

第二試合も第三試合もワンサイドのゲームでそれぞれタイが3-0、セルビアが3-0と簡単に試合を制した。

そして、日韓戦までの待ち時間にコーヒーを呑みながら、日本チームがこれまで1セットも失っていないこともあり、「日本もこの調子でいくといいね」、「でも、あんまりすんなり勝ってしまうのも、折角、大枚叩いてアリーナ席で観戦しているのだから、少しは接戦を見たいね」と、勝負の怖さをまったく知らぬわれわれは能天気にもその時、語り合っていたのである。

アトラクション
その時は戦勝気分であった・・・

日韓戦前には華やかなアトラクションも挟まれ、スポーツ観戦というよりまさに“The Show”を観ているようで、すでに気持ちは戦勝気分であった。

さぁ、試合開始
さぁ、試合開始だ!!

しかし、一旦、試合がスタートするとその浮かれ切った気分は木っ端微塵に打ち砕かれ、まるで冷水が浴びせられたようで、あっという間に気持ちは萎縮。

1セットの立ち上がりから、動きがいつもの日本チームらしくない。

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いつもの落ち着きあるプレーが見られなかった

サーブミスやレシーブミスといった凡ミスの連続で、「いったい、どうなってんの」と、いつしか満員となった観客席のあちこちからボヤキや悲鳴が挙がっていた。

東京体育館も日韓戦は満席
満員の席のあちこちからボヤキの声や悲鳴があがる

結局、第一セットはいいところなく、1825で落とすこととなった。

10番が韓国のエース・金軟景
10番の金軟景(キム・ヨンギョン)が冴えに冴えた試合であった

2セットも一進一退の試合展開ではあったが、何とか2522でセットをもぎ取ったものの、韓国のエース・金軟景(キム・ヨンギョン)の高い打点からのアタックを阻止することができず、前日までのブロックポイントや粘りのレシーブもとんと影を潜め、韓国チームのアタックの強さ、どんな球でも拾いまくる粘りだけが光るセットであった。

打てども打てども
ブロックも決まらない

続く第3セットこそはとわれわれも熱を入れての応援となったが、結局いいところなく、1725で実質、韓国ワンサイドのゲームであっさりとセットを失った。

そしてこれを失えば敗戦となる第4セットと言えば、結果は1325とまったくいいところなし。あっという間の出来事であった。

タイムアウトが多かった
日本のタイムアウトが多かった

正直、試合中、のべつ悲鳴だけ挙げ続けたというのが実態で、それはこの日韓戦の試合全体の観戦記そのものの総括であったともいえる。


2004
年のアテネオリンピックで負けて以来、負けなしの22連勝中の韓国戦でのこの手痛い一敗。

敗戦
日韓戦、手痛い一敗

日本がロンドン五輪へのキップを手に入れるには、同じアジアの韓国の順位如何にもよるが、ロシア、セルビアなど残る強豪との三試合にもう一敗も出来ないという切所へ一挙に追い込まれることになった。


われわれの試合前の「少し接戦を期待」な〜んて、思い上がりもここまで言うかというほどの気持の驕りであった。そのことをいま厳しく戒める必要がある。


“勝って兜の緒を締めよ”とはよく耳にする格言だが、ここは気を取り直して、もう一度、“負けて兜の緒を締めよ”で、全日本女子チームの奮起を促したい。

日本の女子バレーの実力は、数年前までは放映TV局の視聴率アップを狙うための大甘解説で人気倒れと言ってよいもので、世界の実力にはほど遠いところにあったと思う。

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木村沙織選手のアタック、やはり格好いい!!

しかし、ここ23年は明らかに世界の上位チームと何とか戦えるレベルまで、その実力が向上しているのも事実である。

アタック
アタック!!

だからこそ、われわれ老夫婦もこうして東京体育館までわざわざ足を運び、“火の鳥NIPPON”の戦士たちに熱い声援を送ったのだ。

韓国チームは日本バレーの分析を緻密にやっていた。ことごとくと言ってよいほどにこちらのアタックやクイック攻撃、バックアタックを読み切り、それを阻止した。為す術がないとはこのことである。


そのうえ韓国の勝負への強いこだわりが、打たれても打たれてもしつこく、泥臭く、玉を拾い、追いかけ回すひたむきなプレーに見て取れた。観戦していて最後の方は、韓国チームの勝負に対するそのひたむきさに、逆に胸が熱くなるといった場面も度々あった。

韓国チームの見事な勝利に対しては心からエールを送りたいと思う。

頑張れ日本
もう一度ねじを巻き戻し、頑張ろう!!

そして最後に、“火の鳥NIPPON”なんてそんな恰好つけたネーミングなんかつける必要はないと思っているが、木村沙織さんをはじめとする若い選手たちに、“負けて兜の緒を締め”直して、もう一度ネジを巻き戻しロンドンオリンピックへのキップはもちろん、目標に掲げる金メダル奪取という夢を是非かなえて欲しいと願っている。-

気合は入っているのだが
血のにじむような練習をやってきた、この力は必ず裏切らない

それだけの血のにじむような努力をこの若い人たちはやって来ているのだから。この日韓戦はドタバタの試合ではあったが、わたしも含め、勝負というものの本当の怖さを改めて知らされたという意味において、大変得難い経験をしたのだと思ったところでもある。

頑張れニッポン
頑張れニッポン!!!

さぁ、勝負はこれからだ。頑張れ、ニッポン!!


これからの活躍をわれわれ夫婦も心から応援している。

母の日に意表を突く粋な贈り物、お相伴しました

5月の第二日曜日、13日は母の日。

 

息子夫婦から家内へカードとある贈り物が届いた。

 

中国茶である。たかだかお茶というのに、随分と大きな箱である。中にはガラス製の急須とビニール袋に入れられた3cmほどのくすんだ濃緑の陏円形の塊が3つあるだけ。


この塊が・・・
このくすんだ塊って、な〜に?

いったい母の日とどういう関係が・・・

 

まぁ、とりあえずお茶にしましょうということで、わたしもお相伴にあずかることとなった。

 

お湯を注いでしばらくすると、あらららら・・・、え〜っ!!


大輪のカーネーションが
大きなカーネーションが花開きました・・・

それはそれは、きれいなカーネーションが一輪、花を咲かせたではありませんか・・・

 

この意表を突いた粋な計らいに、少女のように「わ〜っ!!」と、喜色満面の家内。

 

お母さんありがとう

「お母さんありがとう」に・・・家内は、早速、嫁と息子に御礼の電話を入れていました。


心温まるティータイムでした

温かなティータイムのひと時をわたしもお相伴させてもらいました。

メデタシ、メデタシ!!の巻でした・・・


因みにこのお茶は“不発酵茶”というものだそうで、ビニール袋の説明に“康乃馨(やすのかおり)”とありました。原産国は中国安徽(あんき)省だそうです。

「鬼は外、福は内!!」、2月3日は節分でした

節分
お不動さんで買ってきた炒り豆

“節分”は読んで字のごとく季節の分かれ目のことであり、四季それぞれの分かれ目を“節分”と呼ぶのだろうが、いま節分といえば立春前日の23日を一般的にはいうようだ。


今年の立夏は55日の子供の日であるが、ということは次の節分は54日となるが、ゴールデン・ウィークの真っ只中に「鬼は外、福は内」をやったとすると、多分、ご近所の人は、「あの家は何をまた季節外れの無教養なご家庭か」と、笑われてしまうのだろう。


わたしも、やはり「鬼は外、福は内」は、窓を開け、冷たい北風が室内に吹き込むなかで、口早に「鬼は外!福は内」と言いながら窓を閉めるのが、一番、季節感があってよいと思う。  

鬼はそと〜!!

結婚して初めの頃は、玄関脇に柊の枝とイワシの頭を突き差す風習をまねていたが、毎年、翌朝になると野良猫がイワシを食い散らかし玄関先が汚れるので、3、4年でそれは止めてしまった。

 


「あの柊はどうしていたの」と、今回、家内に問うたところ、昔は節分が近づくとお店に鰯と柊の枝がセットで売っていたが、最近は目にしないとのこと。

 


そう言えば、この頃は恵方巻とかいう関西の風習とやらで、節分が近づくとチラシで巻き寿司の写真をよく目にしたりするが、何かバレンタインチョコがチョコレート企業の陰謀であったように、鰯の生臭さとは異なるスーパーなどの“売らんかな”魂胆の胡散臭さを感じ、うちではその“恵方巻かじり”はやっていないし、やる気もさらさらない。


ただ、こうやってグダグダ書いていて、なかなか宝くじが当らないのも、「鬼は外」は、結構大きな声で威勢よく豆を撒くのに対し、「福は内」は後の始末が大変でないように控えめな声で炒り豆を室内に撒くのが一因なのではないかと・・・、いま、気づいたところである。

あまり散らからぬように「福はうち〜!」と撒くの結構、難しいんだよな・・・

節分が終ってなるほどと合点した。これを“後の祭り”というのだろう。来年こそは大声で「福は内」も叫び、遠慮なく福を呼び込み、宝くじを当てようと誓った今日である。ただ、「買わなければ当らないのよ」と、いつも家内に言われる通り、まずは、購入することを忘れないようにしなければとも、思っているところであります。


冗談はともあれ、インフルエンザが流行しているとか、くれぐれも皆さま、今年も健康に留意され元気に過ごされんことをお祈りいたし、節分の記とさせていただきます。

2012年も七草粥で無病息災を祈りました

七草粥を食べて無病息災を願いました(2011.1.8)
七草粥(2010.1.8)

春の七草、せり、なずな、ごぎょう、はこべら、仏の座、すずな、すずしろ、すらすらと言えました。
 

七草粥

因みに秋の七草は、おみなえし、おばな、ききょう、なでしこ、ふじばかま、くず、はぎ、の7種です。秋に七草粥って食べないねと不用意に口をすべらしたところ、間髪いれずに「食用ではないので、粥で食べることはしません」と、家内に突っ込まれました。


でも、葛(くず)は食べられるよねと言い返したところ、「七種そろって七草粥でしょ」と、また切り返されました。 

水餃子鍋

今年は七草粥より、土鍋に大きく盛られた水餃子鍋の方が目立ち、こんなことで正月に痛めつけた胃袋が果たして休まるのだろうかと小さな疑念がちらりと頭をかすめましたが、また何か言って切り返されるのも癪なので、「おいしいね」とひと言つぶやき、七草粥を口に入れました。


厳しい冬を迎えてもまだ復旧もままならぬ東北の被災地の方々を思うと、そんな“おちゃらけ”が言える小さな幸せを本当にかみしめ、これからも家族仲良く生きてゆかなければと思っています。

 

 

食べログやらせ事件とサイト運営業者カカクコムの責任

価格比較サイト大手の(株)カカクコム(本社:東京都・資本金:78500万円・設立:199712)が運営するWEB SITE“食べログ”での「やらせ業者」によるランキング操作は、匿名性を不可欠要素とするネット社会において、起こるべくして起きた事件である。

そして、やらせ業者の問題に関心が偏り過ぎで、サイト運営業者の責任やトラブル対応の自覚欠如の問題があまり語られていないのは不満である。

わたしも行きつけの店がない場所でお店を探す時に、よく“食べログ”を閲覧する。その場合、わたしはお店の点数で決めるというより、口コミの数の多寡やその内容に注意して、そのお店を利用するか否かを選択する。

口コミがいわゆる“さくら”というケースも十分、考えられるからだ。巧妙な文章術を弄した場合はなかなかその真偽は見極めにくいが、褒めすぎて馬脚をあらわしているケースだとか、常連を誇示したくて書き込みをしているケースなども、一応、贔屓の引き倒し的な中立性の欠如から選択材料の意見からは除外している。

また、逆にやたらと攻撃的にお店の欠点をあげつらうケースもちょっと脇に置く。ライバル店の贔屓客やお店そのものが誰かを介して書かせているケースも考えられるからだ。

だったら、何を参考にするのかということだが、素直な感想というものには、文章にそれなりの軽さというか軽妙さがある。

さらに、品性とまでは言い過ぎだが下品でないという意味で、お店の評価が要領よくまとめられているものが、リアリティがあり、信頼性の高いものと感じている。

そうした程度でわたしは“食べログ”の点数、口コミを参考にしている。

ただ、今回の事件はやらせ業者側の問題だけが強調されているが、サイト運営事業者としてのカカクコムの責任についてはほとんど言及がなされていない点で不満である。

同社は20107月に佐賀市の飲食店経営者からいわゆる「食べログ訴訟」を起されている。

訴状内容は「食べログには3月、店のメニューの写真などが利用客から投稿、掲載されたが、店に連絡はなかった。それ以降、店の外装やメニューは変わったが内容は更新されず、客に誤解を与えるとして削除を4回要請したものの拒否された」というものである。

当初、カカクコムは「内容は投稿者が食事した当時の状況であり違法性はない。『最新の内容とは異なる場合がある』との注意書きもしている」と反論、全面的に争う姿勢を見せ、913日に佐賀地裁で第一回口頭弁論が開かれた。

しかし、20111月になり、両者は15日までに、カカクコムが店の情報を削除し、飲食店経営者が訴訟を取り下げることで合意、男性は訴えを取り下げ、口コミなどもサイトから削除された。この合意には金銭の支払いもなされたと言われているが、その額や詳しい内容については両者とも公表していないため不詳である。

現在。“食べログ”の月間利用者数は3201万人(201111月現在)で、登録されている飲食店も約67万店にのぼっているという。新聞最大手の読売新聞の発行部数が1000万部というのと比較しても、その影響は決して小さくなく、もはや公器ともいうべき情報媒体となっている。

そうした社会性や公共財としての自覚がカカクコムに欠如していることが、佐賀市の口コミ削除の拒絶対応や今回の事件のそもそも根源にあるのではないかと考える。

それを如実に語っているのが、この15日にカカクコムが公表した「本日の報道内容について」と題するプレスリリースのなかにある「不正業者発覚の経緯、発覚範囲 について」の内容である。

そこには、「飲食店より不正業者から食べログへの口コミ代行等の営業を受けたとの通報を、20111月頃にいただき、その際に業者が示した営業資料等に基づき独自調査を行い、不正業者の存在を把握しました。その数は昨年12月時点で延べ39社となっております」と書かれている。

この「やらせ業者」の問題は表面的には既に1年前に発覚していたにも拘わらず、一年もの間、実際には何の対応策も講じず、放置していたことになる。

そして、ここにきてバタバタと事態が急展開したのは、「月島もんじゃ振興会協同組合」の健全な競争を維持するための自衛的行動がそのきっかけとなった。あくまでも他力によるものである。

月島商店街
月島商店街

要は201112月、月島のもんじゃ焼き店約60店が加盟する「月島もんじゃ振興会協同組合」が、昨年の秋以降、行列をなすほどに急激に客足をのばした複数の加盟店の調査を行なった。その内2店舗がやらせ業者に“食べログへ”の書き込み依頼をしていたことを認めた。そこで同組合がやらせ業者との契約を解除するよう求め問題が大きくなったことで、カカクコムも地域興しの成功例として有名な“月島もんじゃ焼き”で事を大きくしてはとの判断が働いたとしか考えようがないのである。

カカクコムの利用規約には、「4.食べログの利用について」の項番(4)「口コミの著作権等」の[2]において、「お客様が食べログに口コミの投稿を行った時点で、当該口コミの国内外における複製、公衆送信、頒布、翻訳・翻案等、著作権法上の権利(当社から第三者に対する再使用許諾権を含みます。)を、お客様が当社に対して無償で利用することを許諾したものとしますと、口コミの著作権は当社に帰属するとある。

また、その項番[7]において「当社または第三者がお客様の口コミを利用したことによってお客様または第三者が受けた損害については、当社では一切の補償をいたしません。また、口コミを投稿した本人による当該口コミの利用等本規約が特に認めた場合を除き、お客様が食べログに掲載されている口コミを利用して利益を得た場合には、当社はその利益相当額の金員を請求できる権利を有するものとします」と損害が発生した時は投稿者、利益が出た場合はカカクコムと、まぁ、同社に都合のよいことばかりが書かれている。

口コミや写真投稿の著作権までを自社が有するというのであれば、そこから発生する損害賠償は自社が責任を持つという双務的契約でなければ、あまりに一方的過ぎて公平を失する。大組織対個人という視点でもおかしな契約といえる。

また、投稿者の登録に当っても現在のメールアドレス・郵便番号・性別・生年月日のみ登録というのではなく、属性等の項目を増やし相応の審査が求められるのではないか。その意味でも実名で登録させ、本人確認を免許書等ですることも必要ではなかろうか。

投稿はこれまでのようにニックネームでするとしても、実名がサイト運営者に把握されているということで、そこには不正を抑止し、さくら的書き込みやいわれない誹謗中傷行為もしにくい心理状態が働くのではないかと考える。

“食べログ”は思想信条の表現の場ではなく、あくまでも飲食情報を収集するサイトである。やらせ業者の暗躍を許すのであれば、このネット情報サイトは実名登録、ニックネーム投稿というので問題はないとわたしは考える。

わが家のおせち料理

わが家のおせち料理を紹介しよう。

正月飾りの膳
取り皿を兼ねた祝い膳

わが家のおせちは三段重と取り皿を兼ねての祝い膳がついている。

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一の重
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二の重
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三の重
そして、これは家内が持ち込んだ文化であるが、わが家では元旦は関東風のお雑煮が供されるが、二日目以降は、白味噌仕立ての餡餅入り雑煮となる。
関東風雑煮
元旦の関東風雑煮
結婚当初の数年間は、二日目以降に来られるお客が餡餅入りの雑煮を食べて、目を白黒させるのを見るのが楽しみで、お正月のひとつの風物詩にもなった。
餡入り雑煮
二日目の白味噌仕立て餡入り雑煮
しかし、銀婚式(25年)、さらに真珠婚(30年)も過ぎ、珊瑚婚(35年)も間近となると、みなさん、もうわが家の餡入り雑煮に驚く人はいなくなり、元旦に来られる人の中に、掟破りの餡入り雑煮を所望する人まで出て来ているのが実態である。
白味噌の中に餡餅が
白味噌の中に餡入り丸餅が見える・・・
白味噌仕立ての餡入り雑煮は、四国は讃岐の名物というか、伝統的雑煮である。
結婚当初、「何だこれは!」と叫んでいたわたしも、正月二日のお雑煮がいつの間にか楽しみになっていることに気づき、われわれ夫婦のうえに長い月日が静かに流れて来たことを実感するのである。

あと、正月のお屠蘇(とそ)であるが、父が存命の頃は大晦日にお屠蘇を用意するのが父の仕事であった。まだ若かったわたしは、日本酒に砂糖に味醂・・・と何だかいろいろと調合し、その中に屠蘇散をつけるそんな父の姿を、まぁ、ご苦労なこったなんて横目で見るだけで、どちらかというと冷ややかに見ていた気がする。

2010_01072010年正月の光景0212
いまは味醂に屠蘇散をつけ込んだだけのお屠蘇・・・、反省してます・・・
父がいなくなり、今度は自分の役割となったが、一年目に日本酒、味醂、砂糖を適当に混ぜ、正月を迎え、家族に「これ、何?」と言われて以来、味醂に屠蘇散のパックを一日つけた簡便お屠蘇で正月を迎えるようになった。味は味醂の甘味が効いておいしいのだが、父の造った屠蘇散の香りがよくきいたお屠蘇とは明らかに別物である。

父の享年に自分の年が近づくにつれ、そろそろ本物のわが家のお屠蘇造りに励まねばならぬと考え始めている。

あけましておめでとうございます

鏡餅
2012年正月鏡餅

みなさま、明けましておめでとうございます。

明治神宮
明治神宮
2012年辰年がいよいよ明けました。

しめ飾り
昨年は東日本大震災という千年に一度という大災害に見舞われました。
被災地では多くの人々が、家族を、友を、家屋を、仕事を、夢を、平穏な日常を・・・と、一瞬のうちに多くのものを失い、絶望のどん底に陥れられました。

また、多くの日本人は自然をコントロールしようとしたこれまでの人間の傲慢さに気づかされました。
そして、地域とのつながり、家族の絆、人の思いやりなど、もう失っていたと思っていたそうした人間社会の根底を成す構成要素がいかに大切であり、人間の平穏な日常をおくるにあたって欠かすことのできぬものであったかを、骨の髄から知らされました。

人はひとりでは生きることができない。みんなの支えで生かされているのだということを学びました。

2012年はその気持ちが本物であるのかどうかが試される年だと思います。
正月2日の昼の月
正月2日の昼の月
新年にあたって、さて、どうこの一年を生きてゆくのか。そう劇的に生き方を変えることなど凡人のわたしなどには容易なことではありません。小さくてもいいから出来ることから始めるしかありません。

日々の生活をもう一度見つめ直し、ちょっとでもよい、社会のため、家族のため、友人のため、自然のためになるような時間を増やしてゆきたいと考えています。

この2012年という年がみなさまにとって、すこしでもよいから前へ進める年であってほしいと願っています。

みなさまに幸多からんことをお祈り申し上げ、新年のご挨拶とさせていただきます。

哀しいことの多すぎた2011年も大みそか・・・

あまりにも哀しすぎることの多かった2011年もいつもの年のように大みそかを迎えた。
津波が越えていった石巻の堤防
あの日、この堤防を大津波が越えていった・・・(石巻市・12月23日・撮影者は息子)
3.11の東日本大震災では自然の前では、人間の知恵など何ほどのこともないことを骨の髄から知らされた。

新宿からビルが密集する小さな人の営みを望む
その一方で、東北の被災地の人々のひたむきな姿を目にすることで、人間は悲しみのどん底に落とされようとも、これから将来に横たわる一秒、一秒を拾い集めながら、”生きる”という苦しくつらいけど、”尊厳”という絨毯の敷かれた長い路を歩んでゆく存在であることを知った。

そんな2011年の大みそかに空を見上げた。
2011年大みそかの雲ひとつない青空
そこにはどこまでも、どこまでも、青い、青い・・・空が広がっていた。

そして中天にうっすらと白い昼の月を見つけた。
月齢6.4の月
月齢6.4、もう少しで上弦の月・・・
もう少しで上弦の月なんだ・・・

一秒、一秒、太古から変わらぬ息遣いをしている自然の不敵さを見た。

右に目を移すと、そこにキラキラと耀く太陽があった・・・
まぶしくて直視できない。

そのまぶしさを手に入れようと写真に収めた。
そこには不思議な六つの赫い光輪が太陽を守るかのように取り囲んでいる姿が映っていた
2011年大みそかの太陽
それは、わたしに”まぶしさ”を独り占めさせないかのように見えた。

まぶしい命はひとしく人々の上にそそぐのだと云っているかのように・・・

昭和記念公園の“Winter Vista Illumination”でクリスマス・イブはいかが?

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光の競演・・・

「国営昭和記念公園Winter Vista Illumination」は、日本を代表するイルミネーションとして「日本夜景遺産」の「ライトアップ夜景遺産」に認定されている(日本夜景遺産事務局主催)。

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ミントグリーンに光るキング・オブ・シャンパン・グラスツリー
ビッグリース

12月25日(日)まで開催されているので、恋人たちはいうまでもないが、家族や友達と一緒に今年は mas Eve の夜をこのWinter Vista Illuminationの光の下で過ごしてみたらいかがであろうか。

赤色に変わったキング・オブ・シャンパングラスツリー
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水面に映るイルミネーション

あまりにも色々なことのあり過ぎた2011年。

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銀杏並木のイルミネーションの下に連なるミニシャンパン・グラスツリー
ミニシャンパン・グラスツリー
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銀杏並木のイルミネーション

疲れ切った心に滋養を与える意味でも、mas Eveの夜くらい、美しい灯りの下でおだやかな時を過ごしても、きっと神様は許してくれるだろうと信じている。

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シャンパン・グラスツリー
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大噴水のライトアップ
大ケヤキのイルミネーション

イルミネーションの点灯は1700から2100までで、最終入園は2050である。通常入園は930から1630までであるが、1630以降はイルミネーション開場のみの開園となっている。そして、16時以降は立川口ゲート・立川口駐車場のみが使用される。

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グランドイルミネーション
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まるで勝韮蹌瓧鵑量襪某兇詈汗磴里茲ΑΑΑ

Merry Christmas to you and enjoy your life more !

2011年・中秋の名月はみごとな、まんまる

今年の中秋(旧暦815日)は、昨日の912日であった。TVのニュースで今夜の名月はよく見えますというので、家内にせっつかれながら、早速、二階のベランダに出た。もちろん、カメラを携えて・・・


例年であれば初秋の夜風が頬に心地好かったと書くところだろうが、今年は30度を越した昼間の暑気がまだ空気中に残っているのだろう、どこかむっとしていて爽やかとは言い難い中秋の夜である。



月の暈が見事に撮れていますね〜

しかし大きな真ん丸のお月さまが夜空にしずかに輝いているのを見ているうちに、そんな蒸し暑さもどこかとおくに飛んでいってしまった。


ほんとに・・・まんまる・・・のお月さま・・・

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中秋の名月です・・・イヨッ!!

まんまる・・・まんまる・・・


肉眼では月のうさぎにもお会いできたのだが、写真になると光度の関係なのだろう、陰影がなくなり、ごらんのように・・・、まんまる・・・ みごとなまんまる・・・!!

きれいなお月さまでした・・・

家内が写真をチェックして、「うさぎさんは?」だって・・・


こっちは一生懸命に手ぶれを気にしながら撮っただけに、褒めてもらいたいベストショットと思ったところ、月の痘痕(アバタ)面が見たいんだそうな・・・


女ってやつは・・・


まんまる・・・まんまる・・・だけで、いいじゃないね〜

 

 

 

 

 

 

蝉が鳴かない2011年7月12日

 気象庁が79日、関東甲信越の梅雨明けを発表した。去年より8日、平年より12日早い梅雨明けである。



梅雨明けの夏空

 

 それにも拘わらず、東京ではまだ蝉の声を一切聴いていない、その姿もまったく見ていない。わが家の庭も静かなものである。



静かな庭・・・

 

 昨年の2010年は718日付けブログで「「一挙の梅雨明け」、「少ない台風」、「蝉(セミ)が鳴かない」、やはり異常気象?」と書いており、722日にも「2010年夏、蝉が鳴かない」と蝉が鳴かない異常気象について語っている。


 また2008年には81日付で「異常気象=蝉が鳴かない」と8月に入っても蝉が鳴いていないと記述している。


 ここのところ本当に蝉が鳴かない夏が続いている。



いつもはこのヨシズの上の壁に蝉がいるのに・・・

 

 今年は311日に東日本大震災という未曾有の天災が我が国を襲った。あらためて自然の恐ろしさを知らされ、自然の前では人間がいかに非力な存在であるかを教えられた。
 


そして、この夏、いつ蝉がわが家の庭に姿を現すのか・・・、あの「ジー・ジー・ジー」という暑苦しい夏!!の音色をいつ聴かせてくれるのだろうか・・・。



今日も暑い日でした・・・
静かなもの・・・

 

 自然との共生を疎かにしてきた報いが、この暑さの中で「蝉が鳴かない」という異常な日常をわれわれに強いているのだと・・・、思うしかない・・・



 




 

 


七草粥を食べて無病息災を願いました

今年も七草粥の日を迎えました。

 七草粥とは17日の「人日(じんじつ)の節句」の行事で、唐の時代、「七種菜羹(ななしゅさいのかん)」という
七種類の若菜が入った汁物を食べ無病息災を願ったことがそのルーツなのだそうです。
ネットで勉強しました。便利ですね〜


やさしい七草粥


  そんな講釈は兎も角、これまでの一年間、家族が健康で過ごせたことに感謝し、またこれからの一年間、みんなが健やかな日々を送れますようにと祈りながら、ほどよい柔らかさに仕上がったお粥を口に運びました。

お正月料理とお酒で疲労の極に達した胃袋に、塩分控えめの若菜の香りがほのかに匂うお粥がいたわるように沁み込むようで、生きている安らぎを覚えた。こんな感慨にしみじみ耽るのもやはり年齢かなぁ〜・・・。


七草粥


 でも、本当に昔の人は偉かった。体に良い、よく考えた食習慣を作り上げたものだと、頭ではなく胃袋で心から納得した七草粥でありました。


 

最後に、みなさまのこの一年間の無病息災を心よりお祈り申し上げます。


 

明けましておめでとうございます。

卯年です

おめでとうございます

 

2011年、平成23年と書いてはみますが、まだしっくりとは来ません。この数字に違和感が無くなる頃には、皆さんにきっと何かいいことが起きているのだと思います。


元旦の空

 

そう心より願ってこれからわたしの干支である卯年をわたしも皆さんと一緒に元気に生きて行こうと思っています。

日の丸


 
これから一年間、また当ブログをご愛顧いただきますようお願い申し上げます。



 


 


 

2010年大みそか。それぞれの一年、ご苦労様でした!!

2010年大みそかの空


全国的には大雪の空模様というのに、東京の空は日本晴れです。


2010年も今日一日で終わりとなります。


それぞれの人生に、それぞれの人が、さまざまな思いを込めながら、この2010年は幕を閉じようとしています。


新年のお化粧を終えた植木と一年間のお役目を終えた百日紅


一年間、いろんなことがあったにちがいない。でも、それが生きるということ・・・


そしてこの今日という一日を精いっぱい生きれば、また、必ず明日という夜明けが等しく誰にも訪れるのも、生きている証。


ましてや、今日は大みそか。


精いっぱい一日を生きてみよう。


そしたら、新年という真新しい道がそれぞれの人生の前に、「さぁ、歩きなさい!」とまっすぐに伸びている。


青空を目指す新芽


そう、明日、目が覚めたら・・・


たわわに実をつけた万両

一年間、当ブログご愛読、本当にありがとうございました。
来たる新年が皆さまにとって幸多き年であることを心よりお祈り申し上げます。


 


 

晩秋を装うころ

 

 

里の秋

 

久しぶりにご近所をぶらりぶらりと、散策した

 



柿の実

 

それぞれの人生の庭・・・いつしか晩秋の装いを凝らしている

 




山茶花の花

 

そのことに気づいた

 



かりんの実


 

もう残すところひと月・・・

 

時間の流れにとまどう自分・・・、苦笑いする自分・・・

 

自分
自分 

 

晩秋の空気が染みる・・・静謐のひととき・・・・・・

 


玄関の落ち葉
玄関の落ち葉 

 

陶芸家、山中恵介氏の展示会に行ってきました

 11月3日(水)から7日(日)まで、成城学園の「成城さくらさくギャラリー」において、陶芸家、山中恵介氏の展示会が開かれている。

 

さくらさくギャラリー
 
成城さくらさくギャラリー

 

場所:「成城さくらさくギャラリー」世田谷区成城2-15-1

開催日時:11月3日(水)〜7日(日)11001900

アクセス:小田急線成城学園前駅南口より徒歩6分

 

山中恵介工房:長野県上水内郡信濃町大井2924-14 電話:026-255-2569

 

 「文化の日」の3日は素晴らしい秋の行楽日和であった。そこでわたしどもも、文化の香りの一欠くらい嗅がねばならぬと、ご案内をいただいていた展示会に伺った。

 

山中恵介展示会
 
展示会のかわいい看板

 

 初日ということで、小さな2階のギャラリーは人でいっぱいで、ゆっくりと山中氏とお話する時間もなかったが、恵介ワールドである「淡い青と白の世界」に浸り、ひと時の心の癒しをいただいたものである。

 

恵介の青と白の世界
 淡い青と白の恵介ワールド

食のうつわ
食のうつわ

 

 作品をいくつか目にするうちに、この淡い青と白の色調が、恵介氏の優しい性格がそのまま陶芸品に表れていることに気づかされた。なんか、ホッとする、あったかい作品群であった。

 


 
陶芸家・山中恵介氏

 

 期間中は、その場での即売も行われている。また、ギャラリーに作品のみ飾られているものは、注文すれば後日、恵介氏が焼いてくれるとのことで、その場で予約さえすればよい。

 

箸置き
 
これって、箸置きです

 

漁師
 
この漁師さんって、子供だよね・・・

 


 
ほら、笠の下にはかわいい顔が・・・

 

 「食のうつわ」という展示会名のとおり、このやさしく、ほんわかとした食器で家族で食卓を囲み、小さな憩いの時間を持てたら素敵だと本当に思わされた。

 

 お時間のある方は、ちょっと「成城さくらさくギャラリー」を覗いてみてはいかがでしょうか。可愛らしい「食のうつわ」があなたを待っていますよ。

 

万燈会(マンドウエ)の法要と声明(ショウミョウ)

 この日曜日、菩提寺において新しい山門の開元供養として万燈会の法要が催された。真言宗における万燈会は、空海が59歳の時(天長9年(832))に高野山で「万燈万華会(マンドウマンゲエ)」を修したことを嚆矢とするため、各種法要の中でも高い位置づけが与えられているとのことであった。

 

万燈会を迎える本堂
 
万燈会を迎える本堂

 
 
暗くなって万燈に灯がともされる

 

万燈会は、そもそも衆生の懺悔・滅罪のために仏・菩薩に一万の燈明を供養する法会である。天長9年に空海が初めて万燈会を行なった際の願文(ガンモン)のなかで「虚空尽き、衆生尽き、涅槃尽きなば、我が願いも尽きん」【「続遍照発揮性霊集補闕抄(ゾク・ヘンジョウ・ホッキ・ショウリョウシュウ・ホケツショウ)」〔空海・済暹(サイセン)・真済(シンゼイ)著〕の巻第八】と唱えている。それは、「宇宙法界に存在するありとあらゆるものが一つ残らず全て仏の境界(悟りの境地)に至ることを願い続けるという意味なのだそうだ。おそらく、仏に燈明をあげ供養することで、生きとし生けるものの安寧を祈る法会なのだろうと勝手に解釈して、この煩悩多きわたしも万燈会に参加した。

 

万燈会の法要が行われる堂内

 当日は、東京以外の北海道などの遠方からも駆けつけた真言宗の若い僧侶たち総勢15名による法要であった。この若い仲間は、現在、「声明(ショウミョウ)の会」を熱心に開催し、先般もヨーロッパで声明を紹介し高い評価を得るなど、仏教界の新しい息吹を感じさせる草の根活動を展開している。

 

僧侶たちの入場
 
法要を執り行う僧侶たちの入場

 

 法会は本堂内で、声明という僧侶たちによる男性合唱を堂内に響き渡らせ、1時間強を費やし行なわれた。惜しむらくは天井がもう少し高ければ、共鳴した音色ももっと素晴らしいかったろうにと感じたことである。そして、西洋の教会は音楽を通じた布教活動という点では、よく考えられた造りになっているのだと改めて気づかされた。しかし、そうしたことを忘れさせるに十分な趣のある法要であったことは云うまでもない。僧侶たちが薄暗い堂内にコの字型に座り、一斉に声明を和す。

 声明を和す僧侶たち

 

そして、時折、立ち上がっては、方形に連なり声明を唱えながら歩を進める。

 


 
方形に歩きながら声明を唱える

 

また、方形に対面しながら後方に散華札(サンゲフダ)を撒く情景はどこか秘密めいていて、自分の心と堂内の「気」がまさに燈明の炎のように揺らいでくるのを感じる。その神秘的雰囲気のなかで不思議と心は鎮まり安らいでゆくのである。

 

 散華札を撒く僧侶たち

方形に対面し声明を和しながら散華札を撒く

 




境内に整然と点された燈籠
 

境内に万燈の灯が・・・

 

こうした気持ちにみんながなれたら、もっとこのささくれ立った社会も明るく、安らかなものになるだろうにと思った。こうした心の平安を与えてくれた当日の若い僧侶たちに、本当に心から感謝したい。そしてこれからの益々の活躍を願っている。

 

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