彦左の正眼!

世の中、すっきり一刀両断!で始めたこのブログ・・・・、でも・・・ 世の中、やってられねぇときには、うまいものでも喰うしかねぇか〜! ってぇことは・・・このブログに永田町の記事が多いときにゃあ、政治が活きている、少ねぇときは逆に語るも下らねぇ状態だってことかい? なぁ、一心太助よ!! さみしい時代になったなぁ

日常生活

異常気象っていうのかな・・・正月から梅が満開

酉年が明けました。家内に言われて庭に出ると玄関わきの梅の木に花が一輪・・・
梅一輪
( ^ω^)・・・なんてものじゃなく、枝によっては満開状態をていしている。
もう、梅が満開
蕾も結構、ふくらんでいます
どうも元旦には開花していたようだが、孫や姪っ子たちの喧騒軍団に占領されたわが家、落ち着いては花のことなど思いも至らぬ心理状態。誰からもこの異常事態についての報告はなかった。
正月飾り
うるさかったお正月
わが家の小さな庭に梅の木は二本ある。ひとつは息子が生まれたときに、当時、住んでいた社宅があった新宿区から希望者に記念樹木の進呈があった。

今は亡き父がこれをもらいに行ってこの庭に植えたもの。少なくとも38年はたっている。この木は日当たりの関係からいつも玄関わきの梅の木より開花がずいぶんと遅れる。だから、今年ももちろん開花はまだである。
こぶしの蕾も大きく膨らんでいます
こぶしの蕾も今年は早めに膨らんでいるような・・・
この玄関わきの梅の木は家内の父から結婚祝いにといただいた盆栽である。若いころ、盆栽の手入れもわからずに枝ぶりがよいなどと口走ったものだから、讃岐は高松の盆栽がわが家に鎮座した。ところが案の定、見事に枯らしてしまった。

打ち捨てるのも可哀そうと家内が庭に植えておいたのが、なんとなんとこんなに大きな梅の木に育った。おそらく枯れ木と思っていたものからヒコバエが芽吹き、こうした命が継がれていったのだと思う。

そう思うと、わが家の庭には今は亡き二人の父から命を託された二本の梅の木があるのだと今頃になって気づいた。

なんとまぁ不肖の息子だといまさらながら、あきれ果てた正月であった。そんなことを思い起こさせてくれた梅の木に感謝せねばなるまい。

それにしても、この地球、健全な命をつなげていける自然環境は確実に破壊されていることは確かである。


12月21日、何はともあれ、冬至にゆず湯に入り、南瓜を喰らう

今年もはや冬至。恒例のゆず湯に入り、南瓜を喰らった。

柚子湯
ゆずの芳香がこれだけでも漂ってきました
風呂場に一歩足を踏み入れると柚子の香りが浴室いっぱいに漂っていた。湯船にゆっくり浸かり、手元に柚子を招き寄せ、その芳香を胸一杯に吸い込んだ。

柚子湯に入る
そんなさわやかな気分になれるのはこの小さな浴室の空間だけである。

 

世の中は宗教や文明の衝突を背景とした無差別テロが頻発する不安定な国際情勢や全世界的な格差社会の蔓延といったものだけではない、激越なと称してよい異常気象に象徴される自然秩序の地球的規模での崩壊といったこれまで人類が経験したことのない苛烈な時代へと突き進んだ2016年であった。

 

世界はまさに動乱の時代に入ったと思わざるを得ない

 

そんな憂鬱で重苦しい雰囲気の一年ではあったが、わが家はみんな大病を患うこともなく、何とか一年間を乗り切りそうである。

南瓜の煮物
冬至のカボチャの煮物
年末ジャンボを当たるはずはないからと購入することもなく、いつものように来年の年賀状のお年玉抽選だけを心待ちにする、平々凡々な大晦日が訪れようとしている。


老若の差こそあれ、今年も当たり前だが家族はみんな平等にひとつずつ年を重ねた。それぞれにいろいろと思うところは違っているのは当然だが、年の瀬から三が日にかけてわが家へ集合してくるいつもの年越しの時間がもうそこに近づいている。

冬至の野菜炒め
今年は野菜炒めにも南瓜の彩りが・・・
そうした何気ないことの繰り返しこそが、実は一番幸せなことだったのだと65歳の高齢者の仲間入りを果たしたころにようやく気づいてきた。


ずいぶんと奥手な高齢者であるが、まずはこの一年の残されたわずかな日々を無事に過ごし、新たな年を迎えられたらと心より願っている。


そして、このブログを訪れていただいた皆さんにも平穏無事な日々が続くことを祈って、今年の答辞、もとい、冬至の弁にしたいと思っている。



今日から八月、錦織圭が頑張った早朝、六輪もの朝顔が咲いた!!

(当ブログの写真の転用・二次利用を禁じます)

1・太陽が差し込まぬ間のひと時

朝顔が咲いた・・・

今朝はATP1000イリーズのロジャーズカップ2016の決勝戦。

5時半に起きて、錦織圭選手とジョコビッチ戦の第一セットの第8ゲームからのテレビ観戦。第一セットは6−3で敗退。


そして、第二セットに入ってブレイクを許すも、すぐにチャンスをものにし、取り返す。なかなかの好ゲームで、錦織圭もジョコビッチをいらつかせる場面も出て、あと一息というところで、ジョコにワンブレイクアップを許し、惜しくも敗退。

2・上にも二輪の朝顔が・・・
上にも二輪の朝顔・・・

ちょっと前はジョコビッチとの対戦は、相当の力の差があると感じていたものが、今日、の第二セットのゲームはジョコ攻略も射程圏内に入ってきたと思わせるショット、ラリーが随所に見受けられた。

3・ここにも一輪
ここにも一輪・・・

早起きした甲斐はあったと窓外を見やると、朝顔のグリーンカーテンに紫の花がいくつも咲いているのが目に飛び込んできた。

4・朝顔、咲いた
たくさんの朝顔が・・・

数えてみると六輪の花が咲いている。こんなに一度に咲いたのを見たのは初めてだねと家内と話しながら、写真を撮った。


・・・もう今年も八月・・・月日が経つのは本当に早いねと語り合った盛夏のさわやかな朝である。



2015年、すべてが遅れついでのお正月・・・でも・・・

年末、年始を風邪に見まわれ、文字通りの寝正月となったわが家も、ここに来て、遅ればせのお正月気分を味わっている。


お腹の調子がようやく復した8日に一日遅れの七草粥をいただいた。

一日遅れの七草粥
七草粥は胃に優しいと本当に感じたひつじ年

ムカムカしていた胸にこの胃腸に優しい粥はやはり優れもの。何だか例年にない幸せを感じたものである。


そして、誰かが熱を出していたお正月。初詣などとても無理。外気を吸ったのは年賀状を取りに玄関を出たほんの10数秒というのだから、大変な正月であった。


そんな私たちも、やはり、初詣には行きたいねと、9日、地元の高幡不動尊へ久しぶりに出かけた。

高幡不動・初詣
高幡不動尊金剛寺

遅い遅い初詣であったが、人出は多くなく、ゆっくりとお参りが出来た。

不動堂・参拝
不動堂も9日ともなるとゆっくりお参りができます

お不動さんの三ヶ日は延々と参道に行列が出来て、とても私のような足の悪い人間はお詣りはむずかしい。またお年寄りも寒い中、一時間、二時間と行列に並ぶのは至難の業である。

五重塔
五重塔

そこで、ここ数年は人出の多いお不動さんを避けて、やはり近間にある武蔵国一宮・小野神社へ初参りするのが恒例となっていた。

2009年初詣
武蔵一之宮 小野神社

静かな境内に鈴の音が響く初詣は清々しい気分となり、一年の始まりに相応しい場所ではある。


ただ、根が食いしん坊の私どもにとって、惜しむらくは屋台が出ていないこと。

ここも年々、初詣客が増えてはいるが、屋台がでるほどの人出ではない。


ということで、お参りを済ませてから、境内をゆっくりと散策し、風が冷たい中、甘酒を二人ですすった。

屋台がまだ出ていました
境内にはまだ屋台が出ていました・・・ラッキー!!

最近の甘酒が美味しくなっていたのには驚いた。

甘酒 境内に建つ土方歳三像
高幡不動は土方歳三の菩提寺でもあります

もちろん、その前に、ちゃんとご本尊のお不動さんにも手を合わせてまいりました。

不動明王
奥殿に安置される不動明王

五重塔内に安置された観音様にもお賽銭をあげて、一年の家内安全家族の健康を祈願したので、何も食い意地だけではありません。

五重塔内・観音様にお参り

そして、冬の日もあっという間に傾いてきたので、三ヶ日の人出が引いたなかでの遅ればせの初詣もこれはこれで落ち着いていて、いいもんだなと感想を述べ合いながら、お持ち帰りの大きなたこ焼きを大事に懐に抱いて家路へと急いだ。


そして、この三連休に弟家族、息子夫婦もわが家へ押し寄せ、恒例の玄関にての記念写真を10日遅れで撮ったり、いつも通りのワイワイガヤガヤのお正月がやってきました。
そして、餡餅入りのお雑煮もまたいただきました。

餡餅入り雑煮
具の底に丸い餡餅があるのです・・・

胃腸も回復してのお雑煮、やはり、一味も二味も違う格別に美味しいお雑煮でした。


我が家も孫なども増えていつしか総勢10名となり、2015年も、まぁ、すべてが遅ればせではあったが、結果としてはいつも通りのお正月風景となりました。


健康第一!! 


それを肝に銘じて今年一年、楽しまねばと決意を新たにしたところであります。

平成26年12月22日、今年は朔旦冬至というのだそうだ

朔旦冬至(さくたんとうじ)とは陰暦11月1日(朔日)が冬至の日にあたることをいうのだそうだ。

柚子湯
香りがふわっと・・・朔旦冬至の日の柚子湯

冬至の日は、古代、弱まった太陽の力が復活する一年の始まり、つまり元旦を意味していた。

 

一方で、陰暦では、新月が現れる日がその月の最初の日(朔日)とされている。

 

太陽と月がそれぞれ復活する日が重なる時が19年に1回廻って来る。いわば、蘇りの力が倍増する日が19年に一度の朔旦冬至ということになる。

 

それゆえに、古来、宮中では、この朔旦冬至を瑞祥吉日として盛大にお祝いしたのだという。

冬至のカボチャ
甘いカボチャでした

我が家では、そうは言っても、いつも通りの柚子湯と南瓜で蘇りの儀式を慎ましく行いました。



愛猫、麟太郎の一周忌を迎えて、その在りし日を偲ぶ

8月13日、我が愛すべき麟太郎が逝ってちょうど一年を迎える。

1・りんたろう
在りし日の麟太郎

麟太郎は昨年の8月13日、まさにお盆の入りの日に、17歳、人間に譬えると優に90歳を越える長寿を全うし、見事な最後を遂げた。


麟太郎の葬儀は翌日の8月14日、禅宗浅間山・慈恵院の付属多磨犬猫霊園(府中市浅間町2-15-1)にてリンを愛した家族でしずかに見送った。

2・慈恵院受付所
慈恵院の受付所

本日、その一周忌を迎えるにあたり、故麟太郎の在りし日のことなど偲びたいと思う。

そして、ペットの老いをどう捉え、それから避けられぬ死を迎え、その見送りをどうしたかなどをここに記す。


そうすることをたぶん、わが愛する麟太郎もきっと喜んでくれると信じている。


麟太郎は1997年9月にわが家へ迎えた。ご近所の方を通じ、その知り合いの方から生後3か月ほど経った子猫をいただいた。物静かな猫だった。


名前は息子が決めた。実は男の子が生まれたら命名したかった名前である。当時“麟”という漢字が人名漢字になかったため已む無く断念した経緯を息子が知っていた。だから雄猫にこの名前を付けてあげたらと、少々、猫にしては不釣合いな名前であったが、命名の運びとなった次第である。


それがかえって知り合いの皆様にもインパクトがあったのかすぐに名前を覚えて頂き、17年の長きにわたり可愛がっていただいた。


その麟太郎、親ばかを承知で申し上げるが、その一生はなかなか凛とした孤高の人生いや生き方を貫いたと考えている。


自ら人間の膝に乗るなどと云う隷属的な行為は一度もしたことはない。

お風呂も大好きで、家内が抱いて湯船に入ると気持ちよさそうに細く目を閉じ、何だか人間の大人と同じ雰囲気を抱かせたものだ。


また、屋根裏で生まれたミミという子猫を世話せざるを得なかった1年半ほど、君はまだ4、5歳だっただろうか、君の食事の皿にミミが横入りしてくると、争うことなくすっと身を引き譲ってしまう。お母さんがいつも“リンちゃん、あなたが主役なのよ、頑張りなさい”などと、その奥ゆかしさに半ばあきれ歯がゆさを覚えていたこともあった。その姿を目にする度にそれは臆病なのではなく、弱き者に対する温かな心持ちを有するジェントルマンシップなのだとわたしは感じ入っていたものだ。

亡くなるまで独立不羈の姿勢を崩すことはなかった。その姿は家内と麟太郎を話題とするとき、いつも二人して、何だか今の日本人に欠けている潔さ、美意識、精神力をこの子は有しているねと語り合ったものだ。

3・2008年のリン
この縁台から庭を見るのが好きだった

小さい頃から大きくて獰猛な野良猫などに立ち向かってゆく姿は常に“敢然と”と表すべき、わたしからすると無謀とも思える闘いを挑んでいた。やろうと思ってもなかなかできぬ行為だと自らを省みて忸怩たる思いがあったものである。


そうした精神性は麟太郎の立居振舞にもよく表れ、凛とした佇まいにいつも「生き方と一緒で、君はスマートだね」と声をかけたものだ。


そうした姿勢は老いても崩れることはなかった。

人間でいうともう80歳だと言われるくらいの頃から、君の食事もそろそろ僕らの食事と一緒でもよいねと、最後の1年半くらいは鯵などの焼魚を麟太郎の分として半匹くらい、時には一尾をお母さんが焼いてくれていたね。


そして君はそれを当たり前のように口にしていた。本当に甘えてどうこうするといったこともなく、わたしなんかよりも上品に上手に食べていたね。決して食べ散らかすようなことをしなかった。


お水を飲むときいつしか君は手で掬ってそれを口に持ってゆくようになったね。その姿もどこか所作に適って端然としていて美しさがあって好きだった。

亡くなる2週間ほど前あたりから足がひどくふらつき始めて2階へ上って来るのもしんどそうになってきた。それでわたしたちも君が本当に年老いたのだなぁと今後の介護をどうするかにつき真剣に話し合いを始めたくらいであった。


まさかそんなにすぐ君が逝ってしまうなどと誰も考えてはいなかった。

4・庭の麟太郎
庭のこの辺りが大好き。このすぐ右脇にいまリンのお墓がある

それくらい君は老いてもその老いを人様に見せることをしなかったのだ。今思うと、その我慢強さと真正のダンディーさには深く頭が下がる。


亡くなる日は猛暑であった。

家の中でも比較的涼しい玄関の板の間に横たわっていた君は、夕刻になりいつしかわれわれと食事を共にするダイニングキッチンで横になっていた。


わたしは2階でパソコンに向かっていたが、階下から家内が“リンの様子がちょっと変だ。病院に連絡したらこれから連れてきてくださいというので、行ってくる”という。


下へ降りて君の様子を見ると、呼吸が荒くなり、お腹と胸が大きく膨らみ縮むのを見た。明らかに変である。家内が準備を整えさぁ行こうとした時に君は大きく息を吸い口を閉じかけた・・・そして本当にしずかに息を引き取った。


いつもわたしたちと語り合い、食事をとっていた部屋で君はちょうど家に戻っていた娘とわたしたち夫婦、いや両親の見守るなかで何ら僕らの手を煩わすことなく、見事に自分の一生の幕を閉じて見せた。


見事である。


皆の頬にしずかに泪の滴が流れ落ちるのが見えた。1年前のちょうど今日である。


君はほとんど病院にもかかることがなかった。最後の今際の際にも結局、病院には行くことはなかった。


気持ちが落ち着いてから病院へ先ほど息を引き取ったことを伝え、今後、葬儀などはどうしたらよいのかなどを訊ねた。


紹介されたのが前述の府中の多磨霊園に隣接する4000坪という広大な境内を擁する“禅宗・慈恵院の付属 多磨犬猫霊園”であった。大正10年開園のペット霊園の嚆矢となる由緒のあるお寺である。

5・0この中のお堂で葬儀を執り行いました
慈恵院の犬猫の葬儀を行うお堂へこの門から入る

8月14日、同所へ麟太郎を抱いて伺った。この日も慈恵院の空から真夏の陽光が降り注いでいた。

5・1暑い日でした

手続きを終えると、お坊さんの先導で火葬場へ向かった。

6・この奥で荼毘にふしました
この奥で荼毘に付しました

そこで僧侶の読経とともに火葬を行ない、その後、骨上げを家族で行なった。

それからお堂へ移動。

7・このお堂で葬儀を行ないました
このなかで葬儀を執り行いました

骨壺と戒名を前にお坊さんが経を読み、丁寧な葬儀を行ってくれた。

8・家族で見送りました
家族で見送りました

ついこの間のことのような気がする。


2014年8月13日、今日も去年と同じ空は晴れ上がり、ひどく暑い日であった。


盆の入りの日。多磨霊園に隣接するわが家の菩提寺へ墓参した。


帰宅後、麟太郎が大好きだった庭の隅に骨壺を埋めた小さな小さなお墓があるが、そこで今度は麟太郎の一周忌の線香を供えた。

9・麟太郎のお墓
麟太郎は庭の隅にしずかに眠っています。花と線香を手向けました。

こうして想い起すと、今でもうっすらと目尻に泪が滲んで来る。本当にスマートな一生であった。夫婦二人してわれわれもかくありたいと語り合うが、この凛とした生き方はなかなか真似のできぬことだと、また一方で納得し合う二人でもあった。


そしてこの文章を書き始めて直ぐにわたしたちの寝室に突然、カナブンがどこからともなく飛びこんできた。窓は全部締め切っているので、いつわが家へ入って来たのか不明である。


最初、家内の顔にぶつかってその指に掴まれた。それからわたしの掌へと移され、ベランダの窓から暗夜のなかへ投じられた。


障子を閉めて直ぐである。コトン、コトンと窓を打つ音がする。障子を開けると、そのカナブンが見えた。


先ほどの狂ったように飛廻り挙句の果てに家内にぶつかって行った様が、“お母さん、お母さん、ボクだよ、リンだよ”と訴えているように感じられてしようがなかった。何せ、亡くなってちょうど一年経ったまさにお盆の入りの夜なのだから。

わたしはあるお盆の夜の出来事を思い出し、ふたたび窓を開け、カナブンを室内へいた。するとカナブンは閉めた障子の桟に停まると静かな眠りにつきはじめたではないか。

そしてこの文章を終える今になっても動くことはない。まるでこの家の一員のような様子でわたしのすぐ目の先で眠っているのだ。

10・桟に停まるカナブン

何だか安心しきって夢でも見ているようだ。

11・一周忌に飛び込んできたカナブン

いまから60年近く前になる。まだ幼稚園前のわたしが父母と共に祖父母の家にお盆に行った夜。


灯篭が飾られた仏壇の間にカナブンが飛びこんできて、小さなわたしが大声をあげてこれを捕まえ、外へ放り出そうとした時のこと。


その時、祖母がこう言ったのだ。


“お盆にはあなたの知っている亡くなった人たちが戻って来る”

“このカナブンも次の命をカナブンとして与えられ、たぶん、ここに戻ってきたのだ”

“だから殺生はもちろんダメだが、ちゃんとやさしく扱ってやれ”


と、カナブンが部屋を飛廻るままにさせたことを鮮明に思い出した。


だから今夜はこのまま電気を消して、カナブンに命を託し我が家へ戻ってきた麟太郎と久しぶりに一緒に眠ろうと思う。


リン、元気にしているかい?

おやすみなさい・・・




今年もあっという間に・・・“施餓鬼会(せがきえ)”の日が来た

今年も我がお寺の施餓鬼会(せがきえ)が7月6日に行われた。


施餓鬼会を終えた本堂
施餓鬼会の行われる本堂

昨年のブログ(“施餓鬼会(せがきえ)が終わり、梅雨が明け、夏が来た”)を読むと、書き出しは次の如く。

「7月6日はわが家のお寺の“施餓鬼会”です。今年もその日がやって来た。
例年だと“施餓鬼会”は梅雨も真っ盛りの頃となるのだが、今年は関東甲信越の梅雨明け宣言が早々に出た日と重なった。東京の最高気温は33.7度。お寺へ向かう車中で外気温を見たら36度であったから、猛烈な暑さであったことは確かだ」


そう、2013年は7月6日が梅雨明けだったのですね。今年はまだまだ梅雨明けは先になりそうです。


そして、今日の最高気温は27.7度。蒸し暑い1日であったが、昨年よりは6度も低い気温。曇り空ということもあって意識するほどの日差しもなかった。


まぁ、施餓鬼日和?であったといってよい。


そんななか、日曜日ということもあり今年も多くの檀信徒が参列、本堂は立錐の余地もない。あふれた人は外の廻廊にて施餓鬼法要の読経の声を聴く。

まず、法要の前に恒例の法話がなされた。今年は真言宗智山派の大本山である高尾山薬王院修験部修験課課長である戸田令定(れいじょう)氏が講師として招かれていた。


戸田氏は新住職の中学、高校、大学のご学友ということで今年の法話の講師を引き受けられ、頭襟(ときん)を頭部につけ法螺貝を脇に抱えた山伏姿での登場であった。


演題は“山の魅力”。


不殺生戒、不偸盗戒といった仏教の十戒(じっかい)・“戒め”を、日常のなかで守ろうとする心の姿勢が大切であるとの内容。


“やってはならぬ”といっても人は過ちを起こす。仏教の十戒は文字通り“戒(いましめ)”であり、それを破った際の“律”すなわちペナルティはないということである。


“戒め”の“十戒”を頭の隅に留め、日々をおくる心づもりを忘れずに生きなさいということであったと理解した。

手前勝手な解釈であるが、仏教とは、ほんとうに凡人にはありがたい心弱きものにやさしい宗教であると感じたところである。


とくに俗世の垢に塗(まみ)れたわたしには何ともありがたい話にホッと胸をなでおろした次第であった。


そんな法話のあと、施餓鬼会の法要が粛々と執り行われた。

施餓鬼会・住職読経
新住職による施餓鬼会の法要

本堂内に共鳴する十数人の僧侶による読経はいつものことながら美しく、心に響く。


本堂内に設けられた施餓鬼棚は檀信徒の卒塔婆が立て掛けられ、その前で今年住職を退き、長老となられた前住職と息子さんの新住職が並んでお清めを行なう。

長老・住職の施餓鬼棚の浄め

そして、長老が椅子に坐られ経机に積まれた過去帳を一冊一冊、手に取りお香に翳し、頁をめくってゆく。

過去帳をめくる長老

彼岸に逝った一人ひとりの霊に施しを行なっているのである。


施餓鬼とは読んで字の如く、“餓鬼に施し、鳥類に施し、他人に施し”、まさに“情けは人の為ならず”の心なのだと、口のなかで念仏を唱えた。


法会もとどこおりなく終了。檀信徒は卒塔婆をいただき、各自の墓所へそれを立てるため本堂をあとにした。

お墓に卒塔婆を立てる
新しい卒塔婆を立てて、お参りする

つい先日と思った施餓鬼、もう今年の施餓鬼がやってきた。この齢になるとと、年寄り臭いことを言うが、年寄りなのだから許していただきたいが、ほんとうに一年が過ぎるのが速い、速すぎる・・・


来年はどんな速度でやってくるのだろうか。はたまた来年という年は私のうえにもひとしくやってくるのだろうか。そんな考えが脳中に去来した施餓鬼の一日ではあった。



新宿御苑で花見に興じる(2014年4月1日)=御苑は桜の種類も多く、しばらく満開で〜す

今週の天気予報も今日が晴れで、あとは曇り日が多いとのことだったので、年度初めの41日、晴天のもと新宿御苑まで足を伸ばし、2014年初の花見に興じた。

やっぱり満開の桜は素晴らしい

今週が都心の花見も盛りと、平日であるにもかかわらず、多くの人々が新宿御苑を訪れていた。新宿門から入苑したが、お昼休みと言うこともあってか、その人の多さには正直、驚いた。

お昼時に花見に訪れる人びとも驚くほど多い

苑内では家族連れからカップル、日本人だけでなくアジアの人たち、欧米人と様々な人々が、美しい満開の桜にため息をもらしていた。

外人さんも花見です

朝方、少し雲が覆っていたものの、お昼には青空が広がり、絶好の花見日和となった。その青空を背景に桜花が咲き乱れる様子は、いつ見ても美しいと感じた。

満開です

新宿御苑の桜は、わたしはおそらく初めてか、学生時代に来たことがあるかぐらい。こんなに桜の巨木があるとは、ビックリである。

一本の桜の樹です
これ、一本の桜の樹です
古木の枝先に健気に咲く桜
古木も健気に桜花を咲かせています

例年、御苑の花見を楽しむ家内の案内で、久しぶりに園内をゆっくり一周した。汗ばむほどでもなく、春の陽射しが心地よく、気分爽快な散策であった。

人出もすごいです

広い芝生の上では家族連れや昼間なのに職場の仲間だろうか、雑多な人々がうららかな陽光のもとで、日本の花、美しい桜の花を観賞、いや、花より談笑に花を咲かせているグループも多くおりました。

花見に興じる家族連れ

そしてNTTビルを望む新宿御苑ならではの桜の風景なども一興であった。

御苑の花見の醍醐味ですかね

日本庭園の一画、松の緑のなかに白く棚引く雲のように咲く桜も見事である。

日本庭園に咲く桜

池面に枝を垂らし、その末梢まで花を咲かせた桜には、誰しも趣きを感じるのだろう、たくさんの人が芸術家の顔となり写真を撮っていた。もちろんこの彦左衛門も何枚も撮りました。

水面に垂れる桜花

苑内の桜の種類は多く、寒緋桜という桜も変わっていて面白い。

寒緋桜 ハナカイドウ
左:寒緋桜                右:ハナカイドウ

また、“アメリカ”という桜も最近、桜の色が白くなったと感じるなかで、いわゆる桜色の花びらをつけており、その美しさにちょっと複雑な感情を抱いた。その横に“陽光”という桃色の花を咲かせた桜もコラボして、豪勢な花見を演出しており、園内を回遊して興味は尽きない。

アメリカの向こうに陽光
手前が”アメリカ”、奥の桃色の濃い桜が”陽光”という品種
逆光と桜
逆光と桜

さらに、八重桜や枝垂れ桜などはこれから咲き初めということでまだまだ、しばらく満開の桜を楽しめそうである。

枝垂れ桜はこれから満開
この枝垂れ桜が満開になったら、さぞかし美しかろう

日本人は春といえば桜。秋といえば紅葉。大勢の人出に賑わう新宿御苑で興じた花見。日本人には花鳥風月を愛する心が染みついているのだと感じた心地よい一日であった。


そして、その中に混じって桜を愛でる外国の人たちも、美しい自然の前ではわれわれと同じように“花鳥風月”を愛でる心を有しているのだと、至極、当り前のことに気づかされた一日でもあった。


初孫の初節句、2014年ひな祭りを祝う

今日は楽しいひな祭りである。

2014年ひな祭り

昨年末に生まれた初孫(女の子)の初節句を一日早い昨日、お祝いをした。弟一家も集まって、総勢9名の大人数でのお祝いであった。


お内裏様とお雛様

昨年までは、お雛様を飾っても、娘はほとんど無関心。夜の食事の時に、“わ〜ご馳走”と声を上げてくれるだけ。何とも甲斐のないひな祭りであった。


ところが、今年は初孫の初節句ということもあり、家内も力が入り、ちょちょっとちらし寿司の素を使ってなんて、手抜きはせずに本当の?手作りのちらし寿司を朝から準備。

定番のちらし寿司です
大好きな桜でんぶのかかった”ちらし寿司”

そして、小さいながらも尾頭付きの鯛の塩焼きに、これは大きな蛤のお吸い物。

初節句のごちそうです ちらし寿司と蛤のお吸い物

 みんなテーブルについて、おめでとうと声をそろえて、料理に舌鼓を打つ。


ふっと気づくと、座卓の横に寝せられた孫は、不思議そうにこの大賑わいの光景を畳表の視線で眺めていた。


“そうだったね。君のためのお祝いだったね”と、みんなに注意喚起しても、“そう言えば、本人、まだ、分からないもんね・・・”と一応の相槌を打つものの、テーブルのお皿に箸を伸ばすことのほうに余念がない。


そして、“お腹いっぱいだけど、ケーキのためにお腹を空けときゃなか”と、もう、デザートに食欲脳は全開である。


形だけの、これはケーキ屋さんで求めた小さなデコレーションケーキを食べる。

ひな祭りのケーキ

 そして、タイミングよく長崎の叔母より初節句のお祝いにと長崎名物の“桃カステラ”が贈られてきた。


長崎は中国と縁が深い街である。

岩永梅寿軒・桃カステラ


中国で桃は“長寿の実”、“難除けの実”として縁起の良いものとされているが、『桃の節句』に因み、長崎らしく南蛮渡来のカステラの上に桃の意匠を凝らした砂糖をコーティングした“桃カステラ”という祝い菓子を初節句のお返しに贈るのが、いつの頃からかの風習となっているのだそうだ。


これはさすがにもうみんなお腹いっぱいで、お持ち帰りで各自、自宅でいただくこととなった。


下の写真は本日、3月3日に家内と二人でいただく際に、撮った写真である。

カステラの上に桃の意匠の砂糖のコーティング 桃の節句の意匠

そして、もうひとつ、下の写真は4年前に贈っていただいた桃カステラと桃饅頭である。饅頭もあるのである。

2010年桃饅頭 2010年桃カステラ
左:桃まんじゅう              右:桃カステラ

こうした風習がいつ頃から長崎に根付いたのか不明であるが、まぁ、何とも風流ではある。そして、これって、お祝いをいただいた当方が、本来、叔母に贈らねばならぬものなのだが、まぁ、そこは、親戚の誼(よしみ)で勘弁願うとしよう。

おいしかったねぇ・・・

でも、あの初孫の“なに、あなたたち浮かれてるの”ってな無垢な眼差しは、いやぁ、なかなか大人の無節操さを、それも純な心で問いかけているようで、思い出すと、少々、赤面の至りではある。


2014年節分・鬼は外、福はうち!!

早いもので、もう今年も節分。

福豆

明日は立春である。

今日は4月上旬の温かさ、でも、立春の明日は雪が降るとの予報。最近の気温の変動は何とも年寄り泣かせである。


夫婦二人となってしまったわが家で、今年も豆まき。


家内が“豆まき、やる?”と訊くので、“もちろん”と応えた。


そして、“鬼はそと〜”と大声張り上げた。

そして、あとの掃除が大変だからと、例年、控えめに撒いていた豆を、今年は思いっきり、“福はうち〜!!”とやった。

豆を多く撒かないから、いつもジャンボ宝くじが当たらないんだよと、二人納得顔で撒いたのが、下の写真。

福はうち!


やはり、あとの掃除が・・・と躊躇したのかなぁ・・・豆・・・少なすぎ・だよね・・

何だか、今年も宝くじはダメそうですね・・・


でも、鬼は外!だけは豪快にやった。

まぁ、健康第一で一年が過ごせればいいよねと、またまた、二人で納得。


去年はこれより豆が少なかったかなぁ・・・


それでも、二人健康で過ごせたのが何よりだったのだから・・・・・・

 

2013年も早いこと! すでに冬至も過ぎて・・・ブログアップ、頑張る彦左!!

12月22日、2013年の冬至の日。


いつものように“ゆず湯”に入り、

2013年冬至の湯

そして、ビタミンB豊富なカボチャの煮つけを食べる。

冬至のカボチャ

「ほんのこの前だったよね、冬至」と、たった二人きりの食卓で家内と話し合う。

 ほんとに、この頃、月日の経つのが早いと感じる。


最近、ちょっとこのブログ更新をさぼりまくり、高齢の・・・、もとい、恒例の人間ドックも昨日の胃カメラで二人とも無事終了、ようやく、わたしは今年中にアップすべき記事をこれから、シャカリキになって作成することに、そして、家内はおせち料理の準備に本格的に取りかかることとなりました。


あぁ、本当にこの一年、早かったなぁ・・・

でも、家族みんなが健康で一年過ごせたことは、何よりも幸せなことであったと心から思っている。


さぁ!! 🎶 “あ〜といくつ寝〜るとお正月♬♬”で、さぁ、アップし忘れのブログ、頑張るぞ!!


 

七夕の日、虹の浮き橋が大都会を跨ぐ

7月7日、子供たちの合同誕生日を祝うため、新宿の息子のマンションを訪ねた。


この日の都心の最高気温は35.4度。まさにその灼熱の時間帯、わずかな時間ではあったが、人気も少ない、陽炎がゆらぐかのような熱のこもった舗装道路を歩き、マンションへと到着した。

炎天下に人気も少ない都心の歩道

6時からすぐ近くのイタリアンで食事会の予定であったので、それまで息子の家で、ああでもないこうでもないと他愛もない話をしていたところ、突如、新宿の空に遠雷がとどろいた。


にわか雨でもくるのかなと思う間もなく、まさに驟雨が見舞った。


大粒の雨がマンションの窓をたたく。晴れ渡っていた空は突然、白いレースのカーテンが引かれたかのようである。近くの高層ビルも雨煙のなかにおぼろげで、そのシルエットを確認することも難しくなった。


そして、夏の雨は30分ほどもせずに小止みとなり、上がった。


これから外出という矢先の大雨であったので、みんな、ほっと胸をなでおろした時、


わ〜、きれい!!


との叫び声。指さす窓の向こうに、それはそれは大きな虹が出現していた。

都心の虹

13階の窓から見ると、虹が真正面に弧を描くようで、道端から見上げるものとは明らかにそのスケール感が違い、臨場感が異なった。


大きくてきれいな完璧な孤を描いている。まるで、みんなで空中散歩をしているような錯覚にとらわれた。


高いビルの上を悠々と跨ぐ虹。

ビルを超えて虹の橋

自然の絵筆で描かれた完璧な虹のアーチ。その下に広がる人造の街。その光景を目の当たりにすると、所詮、人間の智慧なんてこんな程度のものとの思いを強くした。

自然ってすごいなぁ

そんな自然の造形の刹那を写真に収めようと、みんな、携帯やスマフォ、もちろんわたしは持参のデジカメで、しばし無言の撮影会を繰り広げた。


ビルの谷間から発した虹は、ある一軒の人家へと降り立っているようで、その光景を目にすると、そのお宅には幸せの使者がきっと天から舞い降りてこられるに違いないと思ったものである。

虹橋のたもとのお宅には幸せが訪れるに違いない

その夢のような空中散歩も、ものの数分で終焉を迎えると、そこにはまた夏の空が何事もなかったかのように広がった。

夏空が戻りました

それから、天の恵みで熱が冷まされた舗装道路を歩き、おいしいイタリアンのお店へと向かった。

施餓鬼会(せがきえ)が終わり、梅雨が明け、夏が来た。

7月6日はわが家のお寺の“施餓鬼会”です。今年もその日がやって来た。

例年だと“施餓鬼会”は梅雨も真っ盛りの頃となるのだが、今年は関東甲信越の梅雨明け宣言が早々に出た日と重なった。


東京の最高気温は33.7度。お寺へ向かう車中で外気温を見たら36度であったから、猛烈な暑さであったことは確かだ。


そんな猛暑の一日、施餓鬼の法会に参加した。

法要が行われる本堂
施餓鬼の法会が営まれる本堂

物の本によれば、“施餓鬼会”とは限りない物欲を象徴している餓鬼に施しをする法要のこととある。人間誰しも心の中に餓鬼が棲んでおり、餓鬼に支配されていると、気づかぬうちに人は自分本位に走ったり、人を差別したり、傷つけたりしているという。

施餓鬼法会を修すご住職
施餓鬼の法会を修するご住職

そこでお釈迦さまが、物欲に支配された醜い心を洗い、清らかにしていく手だてとして、施しすなわち布施の修行として諭したのが“餓鬼に施しをする”、即ち、“施餓鬼”なのだそうだ。

施餓鬼の法会
施餓鬼の法会

そしてそれは同時に知らず知らずに餓鬼道に落ちているかもしれぬ我が親、ご先祖さまを救うことでもあるという。


この日もお坊様方10数名により、餓鬼道に苦しむ餓鬼のみならず、無縁仏や三界万霊に施しをする法要が営まれた。あわせて東日本大震災の被災者および檀信徒の先祖の供養も行われた。

散華をする僧侶たち
散華する僧侶たち

途中、われわれも大きな声で般若心経を唱和し、物欲とくに食欲にまみれたわが身を浄め、またあらたな一年を過ごせますようにと、専心祈りに集中する。


そして読経のなかわれわれは堂内に設えられた施餓鬼棚の前に立ち、焼香をすませる。

読経のなか施餓鬼棚へ順次焼香
施餓鬼棚でわれわれが順に焼香します

最後に、ご住職が施餓鬼棚へ向かい諸々の供養をされて、施餓鬼法会は終了となる。

施餓鬼棚で供養するご住職

そして副住職から手渡される真新しい卒塔婆を持ち、われわれはお墓へと散じる。

各々のお墓に卒塔婆を立てにゆく檀信徒 ご先祖様にお参りする人々

墓石もこの暑さにはさすがにうだっているようで、柄杓でお水を頭から何杯も掛けてあげると、どこかお墓全体がほっとしたように見えたのも、気のせいだけではなかったような気がした。


方々のお墓でも檀家の方々が卒塔婆を立て、手を合わせ、ご先祖の霊を祀っていた。


こうして今年の施餓鬼も終わり、梅雨も半ばを過ぎ・・・ではなく、早々に明け、本格的な夏の足音がすぐそこに聴こえはじめた。

梅雨明けの空

線香の煙が立ち昇るのにつられ頭上を仰ぎ見ると、青い空が薄雲をとぎれとぎれに流し、真夏の顔を垣間見せていたのである。

青梅市・“吹上しょうぶ公園”の花菖蒲は今が盛り、30日まで!!

青梅市・“吹上花しょうぶまつりHP

いま、花菖蒲が満開とのニュースを観て、梅雨の合間にと早速、青梅市吹上にある“吹上しょうぶ公園”を訪れた。

長井系・出羽万里
長井系・出羽万里

“吹上しょうぶ公園”は圏央道青梅ICより5km、中央道八王子ICより20km、JR青梅駅より徒歩約15分のところにあり、山間に深く切れ込んだ、いわゆる谷戸(ヤト)地一帯2.1haが公園となっている。

いわゆる”谷戸”です
浅い谷が切れ込んだ谷間の地・多摩丘陵に多い”谷戸(ヤト)”という地勢である

パンフレットには、「貴重な谷戸地を保全するため、霞丘陵の一角、勝沼城跡歴史保全地域に囲まれた谷戸および、その周辺の歴史的資源を積極的に活かし、花しょうぶを主体とした公園として整備」と、説明されている。

駐車場から・奥にしょうぶ公園があります
駐車場の奥に”吹上しょうぶ公園”が広がる

園内は畑地が30区画ほどに分けられ、江戸系・肥後系・伊勢系・野生種・長井系・米国種・雑種、約10万本の花しょうぶが植えられている。

花しょうぶ、盛りです

鑑賞形式は回遊式となっているが、土の道、板敷の道ともに幅が広く、休憩ベンチもほど良く点在し、よく整備されていたので、足が不自由なわたしでも安心して歩くことが出来た。

花しょうぶを楽しむ人々
ゆっくりと鑑賞ができる回遊公園

それと望外の喜びだったのが、なんと半夏生の花と白く粉をかぶったような葉が見られたことである。京都建仁寺の両足院以来の半夏生との再会であった。

水辺に咲く半夏生 突端にわずかに緑を残す葉も
これぞ半夏生
見事な半夏生である

さらに“ミズカンナ”という初めての水生植物にお目にかかったのも、

初めてです、ミズカンナ 自信作・ミズカンナ
珍しい植物である・・・ミズカンナ

それでは、花しょうぶの万華鏡の世界をじっくりと写真でお楽しみください。

これから雌蕊へもぐり、蜜を吸います
まずは花しょうぶの雌蕊にまさに潜り込もうとする蜂を撮りました
長井古種・日月 長井古種・野川の鷺
長井古種・日月            長井古種・野川の鷺
肥後系・秋の錦 米国種・ピンクフロスト
肥後系・秋の錦             米国種・ピンクフロスト                 
肥後系・日の丸一号 肥後系・白玉兎
肥後系・日の丸一号            肥後系・白玉兎
肥後系・蒼茫の渉
肥後系・蒼茫の渉


こうやって撮った写真の数を見ていると、わたしは長井系の素朴な花しょうぶが好みのようである。 

菖蒲だらけです

みなさんはいかがであろうか。それを確かめに“吹上しょうぶ公園”へ急がれては。

伊勢系・衆華の誉 菖蒲だらけ!

“吹上花しょうぶまつり”は6月30日までである。

本日は端午の節句、天気晴朗なり!

本日は2013年の端午の節句。天気晴朗です。


子供の日、快晴です

このGWの後半、息子夫妻が訪ねて来るというので、家内が端午の節句の飾りつけをしてお迎えをしました。


端午の節句


ところが、息子からは取り立てた感想はなく・・・(´;ω;`) 、まぁ、子供じゃないしねと老夫婦は渋々納得!!

鯉のぼりはもう棹は棄ててしまったとかで、それが五月の空に泳ぐこともない。


なんか、昭和は遠くなりにけりってな気分になりましたなぁ〜。何しろ、横に飾ってある花も、日本の菖蒲ではなく、庭のジャーマンアイリスで代用しているのだから、どっちもどっちってとこかな。


それでも、久しぶりに家内が“菖蒲湯”の準備をしてくれていた。この菖蒲はいわゆる鑑賞用の花菖蒲ではなく、葉菖蒲というサトイウモ科の植物なのだそうだ。へぇ〜!と感心したところである。


菖蒲湯
そして子供の日ならぬ、老人の日を一番風呂につかりながら、無病息災を念じたわたしでありました。気持ちよかったぁ〜!!

深大寺“なんじゃもんじゃ”の花が満開(2013.4.24)

厚い雲におおわれた今日、深大寺へ盛りは今週いっぱいという満開の花を観にいった。 

深大寺
深大寺山門

先般、深大寺へ参拝した時に気がついた“なんじゃもんじゃ”という奇妙な名前の木の花がいま満開であるとのNHKの地方ニュースを2日ほど前に観たからである。 

リボンのような花
”なんじゃもんじゃ”の花はなんだかリボンのよう・・・
舞い落ちた”なんじゃもんじゃ”の花です
舞い落ちた花弁です

とても忙しい家内が今日しか時間がないというので、曇り空で写真撮影にこだわりをもつわたしは、今日の天気はかなり条件は悪いと思ったものの、止むを得ず女房の尻を追っかけて訪ねることにした。

かえでの中に”なんじゃもんじゃ”
カエデの紅と”なんじゃもんじゃ”の清楚なホワイトのコントラストが見事!!

まずは本堂に参拝し家族の健康を祈った後、左手にある“なんじゃもんじゃ”の木の下へ立った。

青紅葉と紅紅葉を脇に控える”なんじゃもんじゃ”
新緑のカエデと紅のカエデの間に”なんじゃもんじゃ”

英語名で“snow  white”というそうだが、実際に目で見て、なるほど木の枝に雪が一面に降り積もったように見えたのには驚いた。駐車場のご婦人が教えてくれたのだが、夜にはライトアップされるのだそうで、それはまた一段と美しいのだそうだ。

”snow white”の名前通り、雪が降り積もったよう
ほんとうに雪が積もっているよう・・・

駒札の説明にあったように日本で自生するのは岐阜県、愛知県、長崎県対馬と不思議な分布になっているのも謎めいている。

”なんじゃもんじゃ”説明板
駒札の説明

この奇妙奇天烈な名前の樹、学名はモクセイ科の“ヒトツバ・タゴ”というのだそうだが、やはり、黄門さまがこの奇妙な花をつけるこの樹の名を訊ねて、村人が「はて、ナンジャモンジャわからんのう」と応えてから、この“なんじゃもんじゃ”という俗称が定着したというほうが、いかにもおかしみに溢れ、好ましい。

新緑あふれる深大寺門前通り
深大寺門前町も新緑があふれていました

“なんじゃもんじゃ”御覧のあと、人影もまばらな門前の憩処・“雀のお宿”で、珈琲で一服。

雀のお宿
”雀のお宿”という茶店で一服
くず餅と珈琲
くず餅、イカッタ〜!!

黒蜜と黄な粉のかかったくず餅が添えられた珈琲に、満足、満足のわたしであった。これもそれも、“なんじゃもんじゃ”さまのお蔭である。

春一番、もう雛祭がやって来る、弥生朔日

今年はブログ更新がまことに滞っていて、知人から体調でも悪いのかと連絡を受けたりする。


体調はいたって良好なのだが、ちょっと寒い日々が続いたため、寒い二階の自室を温めるのが面倒くさくて、温かな一階の居間でグズグズ、グダグダ・・・とやっているあいだに、今年ははや三月、弥生となった。


どうも窓外を眺めると、今日は春一番のようだ。強い南風が吹いている。ベランダへ出てみた。風が一瞬止むと、弥生の大気は肌に優しい。あの刺すような冬の寒気とはあきらかに異なる。 

春一番が吹く前はまだ雲が空を覆う
春一番が吹く前の朝の空

弥生の風が春の足音のトキメキを運んできたのだ・・・


空はまだ雲におおわれ、太陽もかすかに影を見せているだけ・・・ 

春一番に雲が掃かれてゆく
春一番に雲が掃かれ、うっすらと青い空が・・・

これから俺の季節なのだとじりじりと出番をまっているかのようだ・・・ 

太陽が出番を待っている
出番を待つ太陽

無精をして、ベランダから玄関脇の白梅を見下ろした。この梅は30余年前の結婚祝いに義父から戴いた盆栽だったが、根が無精者のわたしは手入れもよくせず枯らしてしまったものを、家内が庭に念のため植えておいたら、ひとつの芽が生え、甦ったものである。

白梅
二階から失礼・・・パチリ!

そして今や丈2mを超えるりっぱな成木に育ち、こうして美しい花をまとうようになった。生命力の強さ、命の流れを感じさせる梅の木である。


三週間ほど前から座敷にはお内裏様が飾られている。昨年までは段飾りをしていたが(もちろん家内一人で飾りつけをするのだが・・・)、 

7段飾り
段飾りもひと仕事・・・

今年は寄る年並みなのだろう・・・、お内裏様だけの雛飾りで“よし”としたようだ。 

お内裏さま
で、今年はお内裏さまで雛まつり・・・

でも、男雛、女雛と雛あられと桃の花・・・、まさに春の訪れである。

桃の節句
桃の節句ですねぇ〜

今年の啓蟄(けいちつ)は35日。このブログも長い冬眠からそろそろ覚めるときがやってきた。ブログの積み残しが貯まり過ぎで、これから腕まくりをして在庫一掃に励んでゆく所存・・・、だが、来週は奈良へお水取りの“おたいまつ”を観覧に行って参ります。


まだ、一月の京都の特別拝観のブログアップも済んでいないのに・・・、でも、ブログネタ探しも大事と気を取り直し、東大寺へいってきま〜す!!

新聞購読を止めて、平穏な日々が訪れた

今年の初仕事といってよいだろう。この2月1日より新聞購読を止めた。

これで毎朝のわたしのブツブツが止まり、家内も静かで平穏な日々が訪れると喜んでいる。

振り返ってみると、わたしの新聞購読遍歴も波乱に満ちたものであった。

親父存命の間は、陸軍少尉で戦後を迎え、バリバリのライトウイングだった男が、なぜか新聞は、“朝日新聞”にこだわり続けた。事あるごとに朝日の社説が気にくわぬわたしであったが、朝日の購読を父が中断することはなかった。

だから社会人になって一家を構えたわたしは、ご多分に漏れず“日経新聞”を購読することとなった。

そして少し家計に余裕が出てきたのだろう、当時江川が好きで巨人ファンだったこともあり、読売新聞も併読するようになった。

その後、新聞社は産業界に規制緩和と自由競争を求める論陣を張りながら、再販制度の特殊指定廃止の機運が高まったときなど、こぞって我田引水の社説を掲げ、自分たちだけは違う、業界権益の擁護に汲々とし、永田町をも巻き込み、その権益を守り通した。

それに嫌気がさし、仕事上、毎日大手5紙を購読すると云った酔狂な時期もあったが、ナベツネの傲慢な言動が目立ち始めた頃、巨人ファンと読売購読を止めた。

そして、いまなお横綱審議会などでその顔を曝す日経新聞の元鶴田社長の赤坂の高級バー遊興費などに関わる関連会社を巻き込んだ経費の公私混同問題、それを糾弾した社員株主の造反などで示した、日経が口酸っぱく経済界に求めたアカウンタビリティ、コンプライアンスの徹底において、まったくといってよいほど、その逆の姿勢を貫いた厚顔無恥さに、日経新聞の購読もスパッと止めた。

そこで、産経新聞購読となったが、これも何だか忘れてしまったが、自社に都合のよいことしか言わぬ、他社と変わらぬ姿勢に嫌気がさし、最後に東京新聞へ辿り着いた。

そして原発問題、エネルギー政策に関わる論陣で、頭から原発ゼロ、原発廃止と決めてかかる報道の在り方に大きな不満を抱き、先の総選挙で未来の党の結党をうけた時の記事など、“これで原発廃止”の大勢の世論を汲み上げる第三極ができたなどと、政党の在り方そのものの議論もせず、浮かれて、よいしょを続けた東京新聞。

2012年末にその購読も止めた。そこで自民党政権となったところで、じゃぁ、産経をと新年から購読したが、元旦の一面で・・・、何だったか中国と戦争でもやれとでも言わんばかりの記事を目にして、こりゃもうイカンと、2013年1月をもって、長きにわたったわたしの新聞購読生活に終止符を打ち、静かに余生を送る生活に入ることとなった次第である。

まぁ、報道はNHKを主体にテレビのニュースとネットで新聞社配信の記事を無料で読めば、腹も立たぬというもの。この続きを読みたい人は有料というネット記事が某新聞社などで試行されているが、その価値があるほどのオピニオンなり記事が万が一出現すれば、“そのしい事実、意見をく”ことにもなろうかと思うが、おそらくこのまま、朝の穏やかな日々を愉しむこととなろう。

二人っきりで過ごしたX`mas Eve=八王子のイタリアン・“マードレ イタリアーナ”

結婚以来、X`masといえば子供たちのためのイベントと割り切っていたが、今年、娘もグループホームへ入り、独り立ち。Eveにも自宅へは戻って来ぬという。


父として障害を持つ娘がここまで自立し成長してくれたことに心から感謝する一方、どこかからだの中を風が吹き抜けているようで、さみしい・・・

そしてふと思い出したのが・・・、と〜い昔はこの目の前におられる女性と二人っきりで過ごす楽しい夜がありましたね・・・ということで、30数年ぶりに二人っきりのX`mas Eveをイタリアンのお店で祝おう?(因みに私たちはクリスチャンではありません)となったのであります。


マードレイタリアーナ
可愛らし過ぎで入るのがちょっと恥ずかしい

道の駅八王子滝山の西500mにある“マードレイタリアーナ”(八王子市梅坪町59-1 電話042-696-3211)は、家内がかねてよりおいしいよと云っていたお店である。この日は何とお店がクリスマスデコレーションされていました。まぁ〜可愛らしいですねぇ〜。

おしゃれな店内です
お洒落な店内です

当日は5時からの予約で時間通りに到着したが、お店にはぞくぞくと若いカップル、それからわたしたちより年のいったご夫婦、息子娘と一緒に過ごす家族連れといったお客が詰めかけ、あっという間に満席。



愛らしいランプがムード満点、席もすぐ満員となりました

当日はニ時間の交替制ということで、事前予約の3000円のコース料理が手際よく運ばれ、各テーブルも笑顔でいっぱい(別途5000円のコースもありました)。

    
マグロのオイル漬け         サザエと木の子のつぼ焼き

生ハムと野菜のスープ

こんな光景を見ていると、今年起きた荒んだ事件の数々が嘘のように思われたが、今日くらいは憂き世の憂さを忘れようと互いに楽しく語り合い、おいしいイタリアンを堪能したニ時間余のEveの夜でありました。

  
白身魚のポワレとイベリコ豚の2色ソース、これ一人分です・・・

運転担当の家内を尻目に、こちらはカラフェ(デキャンタ)で頼んだ赤ワインを一人でグイグイと・・・ちょっと甘目でしたがこれもいたって“ニトリ”でしたねぇ〜


申し訳ないが、一人でやりました

そして当夜のピザが心なしかハート形に見えたので、ウェートレスのお嬢さんに“これ、X`masヴァージョンなの?”と訊ねたところ・・・

ハート形のシーフードピザ
♡形のシーフードピザ

“すみません、本来、円いんですが・・・”だって・・・。訊かなきゃよかったですねぇ〜。でも、ハートに見えますよね、このピザ・・・


パスタかピザ、どちらかの選択でした


だからなのか、デザートでは本物のハートマークのお飾りと可愛らしいサンタさんが二人だけのX`mas Eveを祝福してくれました。

デザート
ハートとサンタが祝福してくれました


2012年の“聖しこの夜”はこのようにして“みじかくも美しく燃え”たのでありました。  


サンタさん
恋人はサンタクロース♪♪

エヘン!! 1967年のスエーデン映画にこんな題のものがあったのを思い出しまして・・・。

何だかロマンチックな・・・とひとり物思いに耽っておりますと、家内が“そろそろ、お終いにしない”と、無粋なひと言。

現実に戻ると、周りの席には空席がチラホラ、入口に目をやると第二陣のお客さんがもう待っているではないですか。

 
お店からのX'masプレゼントです、えぇ〜!!

“そうだね、交替の時間だね”と、ここは素直に大人の対応で、気持ちよく席を立ち、コスパの素晴らしく良いお勘定を済ませたのでありました。プレゼントのワイン付きで3000円ですよ〜


美味しいお料理に加えてさらに、X`masプレゼントとしてテーブル毎に750mlの白ワインがついたのですから・・・・、もう文句なしです。

第二陣と交替です。merry x'mas
第二陣と交替です、Merry X’mas


そしてMerry X`masと、世界中のみんなが言える穏やかで平和な時代がやってくるといいなぁと、ワインの入った袋を抱きながらほんとに心から願った聖夜でした。

冬至には、ゆず湯とカボチャ、ですよねぇ〜

きょうは冬至。

毎年、なぜか冬至の日にはお風呂に柚子が浮かび、食卓にカボチャの煮物がならんでいる。

このゆず湯、暖かそうですね
浴室に柚子の香りがただよっています

昔からの風習だというので、まぁ何か御利益があるのだろうと、されるがままに“ゆず湯”に入り、最近はそう、結構、好物となってきた南瓜(かぼちゃ)もおいしくいただく。

冬至のカボチャ
最近はおいしいと思うようになった冬至の南瓜

そこで、せっかくだからとブログにアップすることにした。

例年は半分に切った柚子を洗濯ネットに入れたものが湯船に浮かんでいるのだが、今年は写真撮影がしたいと家内に頼み、素のままの柚子、それから半分に切ってみた柚子を浮かべたショットを撮った。

丸ごと浮かべてみました
丸ごと浮かべてみましたが、香りがいまいち・・・

当然、香は半分に切った方が浴室に柚子の香りがふわ〜っと漂い、わぁ〜冬至だ〜となる。

冬至のゆず湯
半分に切って浮かべ直しました・・・、もちろん、家内が・・・

例年のネット越しの無粋な柚子が今年は素でプカリプカリと浮かんでいる。見た目に美しいがよく湯船を見ると、底に柚子の大きな種がコロコロと転がっていて、あまりよろしくない。

種が沈んでいます
湯船の左隅に種のツブツブが見えますでしょうか?ちょっと・・・ですよねぇ・・・

風呂からあがり、「種が沈んで結構、汚れるね」とお気楽を述べたら、「でしょ〜」と家内のひと言。表面的な美観だけで物事を判断してはいかぬと年も押し迫った冬至の日にひとつ悟りをひらいたわたしでありました。

そこで、なぜ冬至にゆず湯? 南瓜?

ゆず湯は、「寿命が長く病気にも強い柚子の木にならって、柚子風呂に入って無病息災を祈る風習」なんだとか。

南瓜は、「緑黄色野菜の少ない冬にカロチンやビタミンの多く含まれるかぼちゃを食べ、ると風邪をひきにくい」のだとかで、昔の人はこうした日常の気づかいで家族の健康を守っていたのだと、これまたもういくつ寝るとお正月になろうかという日に、ひとつ先人の知恵に頭をさげたところでした。


来年からはまたわが家のゆず湯も、いつもどおりに洗濯ネットにおさまって湯船に浮かぶこととなります。

みなさま、寒さが急速に厳しさを増して参りました。くれぐれも風邪など召しませぬようお気をつけください。


それでは最後に一句

五七五の浮かび出でたるゆず湯かな

お粗末さまでした。

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