彦左の正眼!

世の中、すっきり一刀両断!で始めたこのブログ・・・・、でも・・・ 世の中、やってられねぇときには、うまいものでも喰うしかねぇか〜! ってぇことは・・・このブログに永田町の記事が多いときにゃあ、政治が活きている、少ねぇときは逆に語るも下らねぇ状態だってことかい? なぁ、一心太助よ!! さみしい時代になったなぁ

信州散策

木曽駒ケ岳・千畳敷カールの紅葉は信州の高い青空に映える

10数年ぶりに秋の千畳敷カールへ登った。といっても、菅の台バスセンターの駐車場へ車を置いて、路線バスに乗り継ぎ、中央アルプス駒ヶ岳ロープウェイの“しらび平”駅(標高1,662m)まで40分。

1・しらび平駅前広場
しらび平駅前でロープウェイを待つ人たち
そこから山頂の千畳敷駅(2,612m)までの標高差950mをロープウェイでものの7分半で登攀?

太古の氷河期、巨大な氷で削り取られお椀の底のような形をした天空世界へと迷い込む。

2・おわん型にえぐれた千畳敷カール
そこは自然がもたらした圧倒的な造形と気の遠くなるような時の刻みの世界であった。

3・千畳敷カール
秋天は雲一つない青空である。

4・信州の青空に映える紅葉
紺碧の空には紅葉が似合う。

5・千畳敷カールの紅葉
遠くに南アルプスの峰々が見える。

6・遠くに南アルプスが連なる
絶景である。10数年ぶりの千畳敷カール。

7・青空を背景に駒ケ岳の稜線
散策路一周は40分ほどの行程である。

8・千畳敷カールを歩く登山客
昔と比べると、周遊路はずいぶんと整備されていたが、そこをわたしたちは約二時間をかけのんびりと歩いた。秋の一日、信州の紅葉と抜けるような青空を楽しんだ。


2015年のSEIJI OZAWA MATSUMOTO FESTIVAL 小澤征爾さんの全身全霊の指揮に涙した

2015年9月6日(日)、松本市のキッセイ文化ホール(長野県松本文化会館)において、9月1日に傘寿(さんじゅ)のお祝いを迎えられたばかりの小澤征爾氏指揮によるベートーヴェンの交響曲第2番を聴いた。

キッセイ文化ホール
9月6日、雨のキッセイ文化ホール

8月9日から9月15日までひと月を越す期間、開催されている「SEIJI OZAWA MATSUMOTO FESTIVAL」の終盤を飾るコンサートである。

小澤征爾松本フェスティバル・PF

1992年から松本市で毎夏のひと月余にわたって開かれてきた音楽祭、「サイトウ・キネン・フェスティバル松本」が、今年から「SEIJI OZAWA MATSUMOTO FESTIVAL」と名を変えての初回の記念すべき音楽祭である。

パンフレット

かねて、一度はと思いながら思い立った時には、もうその稀少なチケットは完売ということの繰り返しであった。今年、そんな願いが叶ったのは、信州の知人というより常々お世話になっている人生の大先輩がチケット発売と同時に早朝より列んで購入していただいたからである。

SEIJI OZAWA MATSUMOTO  FESTIVAL

この方のご厚意により小澤征爾さんの傘寿の歳に、その稀なるコンサートの末席を汚し、夫婦して大いなる感激を分かち合うことができた。

この前列2番目で聴きました
この前列2番目の席でした

8月の上旬、小澤征爾氏が浴室で転倒し、腰の骨を折り8月下旬に上演の3回のオペラの指揮を降板するとのニュースに接した時には、「あぁ、折角の機会だったのに」とガックリきたものだった。


しかし、幸いにも療養は順調で9月1日に80歳の誕生日を迎えた「マエストロ・オザワ80歳バースデー・コンサート」において、約22分のベートーヴェンの「合唱幻想曲」を指揮されたと知り、ひと安心。


6日の演目は「オーケストラコンサート Bプログラム」の小澤征爾さん指揮による「ベートーヴェン:交響曲 第2番」と、「バルトーク:管弦楽のための協奏曲」(指揮:ロバート・スパーノ)である。そして、演奏は「サイトウ・キネン・オーケストラ」であった。

小澤征爾氏の幼少期に弾いていたピアノ
幼少時に弾いていた小澤征爾氏のピアノが展示されていた

そんな演目の順も、オケ名を最後に書いてしまうのは失礼とは知りつつも、やはり、夢であった生・小澤征爾の指揮を目の当たりにし、会場いっぱいに溢れかえったあの熱気を思い起こすと、どうしてもこう書かざるを得ない。

エントランスに溢れる人
エントランスに溢れる人々

ロバート・スパーノの指揮によるバルトークの「管弦楽のための協奏曲」が終了。20分間の休憩をはさみいよいよ小澤征爾さんの登場である。楽団員が入って来て着席してから登場と思いきや、5、6人の団員がステージに現れたころ、あの印象的な白髪頭をした小澤さんが団員と談笑しながら入場する。のっけから、何だか、音楽は楽しくなくっちゃって、小澤さんんが語りかけているようで、ますます演奏が楽しみになる。


指揮台に立つ小澤さんが立ち、あの指先が動くと第一楽章が始まった。しばらくして、指揮台に置かれた椅子に腰を落としての指揮に変わったが、ここという音符が踊る場面ではピョンと跳ねるようにして立ち上がり、全身を動かし指揮をとる。
第四楽章へは休憩をとることなくなだれ込んでいった。その熱い思いとほとんど座ることなく全身を震わせ、右へ左へ体の向きを変えての指揮は、楽団員の気持ちをひとつにし、いよいよクライマックス。

小澤征爾コンサートプレート
記念プレート:このポーズ、見ました!!

第二楽章、第三楽章への合間には指揮台を降り、脇に置かれた椅子に座り、給水だろうか水分をとっておられた。


小澤さんの動きがピタッと停まるや全楽器の音色が一斉に消えた。

小澤征爾氏が今まで立っていた指揮台
終演後のステージ・指揮台の椅子についさっきまで小澤征爾さんが・・・

満員の場内は瞬間、静寂に支配された。そして、じわっと目尻に熱いものが湧いてきた。素晴らしかった。

まさに万来の拍手である。久しぶりにこんなに自分も必死に手を打った。手のひらが赤くなるほど拍手した。


4度、小澤さんはステージに現れた。そして、楽団員一人ひとりにねぎらいの言葉をかけ、握手をして回った。ティンパニー奏者の最上階の雛壇の上にまで上がり、言葉をかけ、握手を求めた。


みんなでこのコンサートをやり遂げたねという小澤さんの音楽に対する心もちが伝わってくる素晴らしいフィナーレであった。


その頃、場内は拍手から「セイジ!」、「セイジ!」という掛け声に合わせた手拍子に変わった。

小澤さんの笑顔が遠い2階席からもはっきりと見えた。本当に思い出に残る素晴らしい演奏会であった。


家路へ急ぐ聴衆の人たちも興奮冷めやらぬようで、昂揚した笑顔の人々が続々と文化ホールから吐き出されてくる。

コンサートが終わって・・・

そして、雨の中、タクシー乗り場にならぶ長蛇の列ができていたが、みんな笑顔である。音楽というものが人々に笑顔を確かに贈ることをしみじみ実感させられた松本の一日であった。



松本の老舗フレンチ、“レストラン澤田”にお呼ばれして

澤田(フランス料理)ーー信州・松本グルメ(2007.10.21)
上高地・穂高神社奥宮の古式ゆかしい御船神事を参観する(2013.11.4)

レストラン澤田は松本市にある正統派フレンチを供する老舗のレストランである。我が家がレストラン澤田を知ったのはいまから8年前の2007年9月である。それから上高地や松本を訪れる際には必ずと言ってよいほどにお邪魔しているわたしの大好きなお店である。

0・レストラン澤田
レストラン澤田

4月の中旬にオーナーの澤田宗武氏から松本へ遊びに来ませんかというお電話をいただいた。二年前に穂高神社奥宮の例祭・御船神事を拝観した際にお寄りして以来ご無沙汰していたので、おいしいあの澤田のフレンチが電話口から滲み出してきたようで、ゴールデンウィークに蓼科へいく予定を急きょ一日、前倒ししてまずは松本へうかがうことに決めた。


5月1日のお昼に東京を立ち、娘も同行する三人旅である。当日は、夕方に“レストラン澤田”で食事をしてから、前回同様に安曇野にある素晴らしい澤田邸で一泊するという何とも贅沢な旅であった。


松本へ到着してから夕刻までの間、娘が大好きな“神様のカルテ”のロケ地巡りをし、翌日もこのロケ地巡りは続くのだが、それは次にアップするとして、ここでは久しぶりに“レストラン澤田”を紹介することにしよう。

3・前菜・鯛 4・スープ
前菜とスープ

店の造作は重厚なアンティーク調に統一されており、それが大人たちがしずかにディナーを愉しむ落ち着いた雰囲気を醸し出している。

1・澤田店内 2・アンティークな造りの店内
アンティーク調に統一された大人の空間

そして、シックなカウンターの脇に大きなグランドピアノが置かれているが、斎藤記念コンサートで来日した音楽家によるミニコンサートなどを度々開催するなど“レストラン澤田”の文化的な質の高さもこのお店の大きな魅力となっている。

5・エイのソテー
エイのソテー コリコリ感最高の絶品料理

そんな“澤田”の当夜の料理であるが、当夜も、目にも美しく、そしてとてもおいしい素敵な料理が次々に運ばれてきた。

6・お肉料理・ラム肉 7・肉料理・ビーフ
お肉料理 ラムとビーフ
8・デザート
デザート

ワインを呑みながらの澤田さんとのお話が楽しくて、写真を撮るのがおろそかになったが何とかメニューをこなした。

9・赤ワイン
”澤田”のワインはいつもおいしい!!

澤田さんと家内はこの後、澤田邸までの車の運転があるので、わたし一人がまぁなんというか、アルコールは料理を引き立たせるために必要不可欠なもの、いや、料理そのものの重要な構成要素のひとつであるとの高邁な自説によって、心ならずも失礼してワイングラスを頻繁に傾けていた。


フレンチ料理を評するのにこんな表現は少し的外れのような気もするが、“レストラン澤田”をひと言でまとめるとすれば、やはりこの言葉が一番ふさわしいというしかない。


清楚なのである。味も姿も実にすがすがしく、妙な押し付けがましさもなく、可憐な料理なのである。


だから、澤田さんの生き様への強烈な共感とも併せて、これからもわたしはこのお店へ通い続けるのだと思う。


お店は現在、オーナーの澤田宗武さんの息子さんとお嬢さんにより運営されている。宗武氏は悠々自適の生活を楽しむ日々を送っているわけだが、根がバイタリティーの塊のような御仁である。どうも退屈な時間を過ごすのが苦手と見えて、こうしておしゃべり相手に私のようなものをお招きいただき、ひと晩、ああだのこうだのと談笑に花を咲かすのである。この日も朝の三時半くらいまであとからジョインされたお嬢さまにもおつきあいいただいて、年代を超えた者同士の楽しくも豊かな語らいの時間を過ごさせていただいた。


松本深志高校のすぐそばにある“レストラン澤田”。ぜひ、一度、訪ねてみてください。期待を裏切らぬ本当に素敵な“清楚”なお店です。



 

 

 

 

 

 

 

穂高神社で幻のザラメ味噌煎餅に遭遇、癖になる旨さ!!

湧水の都・安曇野の早春を賦す(2015.3.30)
湧水の郷、安曇野を歩く その1=NHK「おひさま」ロケ地・陽子の通学したあぜ道(2011.8.9)
穂高温泉・安曇野、泊まってみたい宿=にし屋別荘(2011.8.23)
穂高温泉郷・安曇野、泊まってみたい宿=なごみ野(2011.8.28)

3月下旬に急遽、早春の安曇野を訪ねることになった。

1・早春の常念岳と有明山
常念岳と有明山

穂高神社への参詣が大きな目的であったが、ご祭神の穂高見命のご利益であろうか、御船会館の脇に“幻のざらめ味噌煎餅”という大きな暖簾というのだろうか下の写真のような大風呂敷?で目を引く店があった。

2・御船会館の真横にあります


「信州 有喜堂」
 (本店 松本市両島7-17)というお店で、支店と言ってはなんだが、穂高神社の境内に小さな売場を構えている。

3・信州 有喜堂・保高神社店
信州有喜堂・穂高神社店

当社HPの口上に、「1枚を3日3晩かけて作る揚げ味噌せんべい」、「味噌せんべいは、オリジナルの合わせ味噌を、100%国内産米のお煎餅に塗っては乾かし、塗っては乾かし、丹精こめて1枚1枚を時間かけて作りこみます」とあった。

4・まいう〜の石ちゃんも来店してました
まいう〜の石ちゃんもご来店

帰宅して、口に入れて、その売り文句は嘘でないと感嘆した。だからここに紹介する。

歯を入れるとガリッではなくザクッとした音というべきか、揚げただけだとそこでボロボロとこぼれてくるのだが、塗りがしっかりしているので塗れ煎餅特有のしなっとした感があって、非常にお上品にお煎餅を食しているってな美しき姿となる。

6・ざらめ味噌煎餅
ざらめ味噌煎餅、これが基本形

そして、幻のざらめがほんとうに味噌の味を引き立て、逆かな? 甘みが際立ってきて、よくぞこんなもの考えたものだと感心すること請け合いの一品です。

7・カスタード味噌煎餅  8・ごま味噌煎餅
左:カスタード味噌煎餅     右:ごまの味噌煎餅

写真にないけど、ねぎ味噌もなかなかでしたね。癖になるのは間違いなし。葱通の人はぜひ、チャレンジを。

えびマヨはなかなか魅力的であったが、何せ12時15分の時点でもう売り切れ。人気商品なんでしょうかね、それとも若い人たちが大量に買い求めたとか・・・、いずれにしても次に行った際にはぜひ、食べてみたいひと品である。

9・”えびマヨ”ほしかったけど、売り切れでした
えびマヨが売り切れ・・・

このブログを見て、ざらめ味噌煎餅をたべてみたいと思った方は、あなたはかなりの食いしん坊か、煎餅好き。おいしいですよ・・・この幻のざらめ味噌煎餅・・・

お買い求めは、穂高神社へお参りに行かれることをもちろんお勧めするが、松本の本店もいわゆる松本市街とは反対側に位置するので、当社HPでネット購入をするのが簡単。

10・神楽殿修復中で拝殿が正面にくっきり
神楽殿の再建工事で拝殿全体がいま見渡せます

ただ、一枚の値段が181円から208円とお高く、送料も調べてみたら本島648円 九州・北海道1,080円とかかるので、これ一枚なんて注文はできないよね。


やはり、安曇野へでも遊びに行った際に、労を惜しまず穂高神社にお賽銭をあげて、御船会館横の店で求めるのがネットの値段より一枚の値段も安いみたいだし、ご利益もあるから、そうしたほうがいいかな・・・

なんだか、最後に締まりのないこととなり、まことに申し訳ない食レポでした。




 


湧水の都・安曇野の早春を賦す

(当ブログ内の写真・記事等一切のコンテンツの転用を禁じます)

湧水の郷、安曇野を歩く その1=NHK「おひさま」ロケ地・陽子の通学したあぜ道(2011.8.9)
穂高温泉・安曇野、泊まってみたい宿=にし屋別荘(2011.8.23)
穂高温泉郷・安曇野、泊まってみたい宿=なごみ野(2011.8.28)
穂高神社で幻のザラメ味噌煎餅に遭遇、癖になる旨さ!!(2015.4.12)

3月29日、全国のトップをきって東京でサクラが満開になったと発表された。わたしたちはその前日から一泊で安曇野を訪ねていた。

1・早春賦

そもそもは穂高神社への参詣が目的であったが、あたりに車を駆るうちに安曇野の清澄な風景を目にし、その魅力を再認識した。

2・穂高神社拝殿
穂高神社拝殿

参詣後に「ひょっとしてわさびの花が咲いているかも」という家内の言により迷わず大王わさび農場に向かったが、それが大正解。

3・水車のある風景
水車のある風景

いつもは(5月から10月)黒いネットで覆われ、こんなに広々とした開放感のもと、わさび田を一望することはできない。

4・わさび田一望
一望にわさび田

その整然と畝が立てられたわさび田の面が早春の陽光を浴びて白く輝いて見える。点々と白い斑のように光るもの・・・、目を凝らすと・・・あっ・・・やはり、わさびの花だ・・・

5・わさびの花
わさびの花

ここでは一日12トンという湧水量を誇るわさび田の真清水が畝々を潤す。

6・真清水がわさび田の畝に湧き出る
清冽な真清水が畝をうるおす

この水は外部から引き込んでいるものではなく、この一面のわさび田の下から湧き出でる伏流水なのだという。しかもその流水が含んでいる養分のみでわさびは育つのだそうだ。

7・蓼川と万川の透明な水の流れ
湧水を流す蓼川と万水川

まさに安曇野は自然と共生し、自然からの賜りもので生きているといってよい。

8・早春の安曇野を駆る
安曇野を駆る

常念岳の頂には真っ白い雪がまだまだしっかりと残っている。

9・冠雪の常念岳
常念岳

しかし、安曇野の里には小さな春がたしかにやってきている。

10・早春の安曇野

東京がもう満開だと桜を愛でる頃、ここ安曇野にはようやく早春の腑が奏でられる季節がやって来る。




“藤屋(THE FUJIYA GOHONJIN)”に魅(ひ)かれて、善光寺参り

長野市大門町80  ☎ 026−232−1241


「牛に牽かれて善光寺参り」という諺があるが、この度は“THE FUJIYA GOHONJIN”というイタリアン・レストランに“魅かれて”の善光寺詣でとなった。

1・善光寺・山門
善光寺・山門

THE FUJIYA GOHONJIN”というお店がJRの会員誌・ジパング倶楽部だったかで紹介されていた。そのアンティークな雰囲気を醸す写真がとても気に入ってイタリアンつきの善光寺参りということになった次第。

2・メインダイニング
THE MAIN DINING WISTERIA(ウィステリア)

「御本陳藤屋」は1648年(慶安元年)に“御本陳藤屋旅館”として創業、旧北国街道善光寺宿の本陣として加賀百万石・前田家藩主の常宿となるなど格式を誇る老舗中の老舗である(藤屋は本陣を“本陳”という字に替えて店号としている)。

3・歴史を感じさせる玄関

その輝かしい歴史を有す旅館業を8年前に休業、“THE FUJIYA GOHONJIN”と名称を変え、ウェディングやパーティー会場、レストランなどを兼営する複合的施設へと変貌を遂げている。

4・アール・デコ調の洋館

THE FUJIYA GOHONJIN”のアール・デコ調の風格ある洋館は善光寺の門前町のなかでもひと際目立つ建物であり、ランドマーク的存在となっている。

5・善光寺門前町・右手の洋館がFUJIYA
右手の三階建て洋館が藤屋旅館、車道突当りに仁王門が見える

そんな老舗で戴くイタリアンにわれわれ夫婦は興味津々で伺った。

参道の人影も少なくなった午後7時過ぎ、お店へ着くと玄関内のソファでダイニングルームへの案内を待つ。

6・エントランス
エントランス かつての藤屋旅館の玄関

そして、いよいよTHE MAIN DINING WISTERIA(ウィステリア)へ向かう。

藤屋旅館時代に、伊藤博文や福沢諭吉、高村光雲などが歩いたはずの板敷きの廊下をいまは靴のままで通ってゆく。

7・この奥の方へ入っていきます
ここを曲がって、さらに左にまっすぐゆくとレストラン

外観は鉄筋コンクリートにタイルを貼ったアール・デコ調であるが、内部は木造数寄屋造の和風建築である。奥まった場所へ長い板の間の廊下を進むのだが、嫌が応にもレストランへの期待は膨らんでゆく。なかなか凝ったアプローチである。

HE MAIN DINING WISTERIA
、その空間へ足を踏み入れた瞬間、藤色が浮き出すランタンのほの灯りの世界が目の前に広がる。

8・藤色の間接照明が落ち着いた雰囲気を醸し出す
藤色の世界・・・

当夜は日本庭園の見える窓際にわれわれの席は用意されていた。

9・窓際の席
窓際のテーブルでした

窓外には庭の緑が燈された灯りにほんのりと浮かびあがり、どこか幽玄の世界に身を置くような感覚にとらわれる。心奥に静かに緑葉が舞い落ちてきたような、心落ち着く空間である。

まだ開店間近とて、後方を振り向くと店内にお客は少ない。奥に藤をモチーフとする何枚もの大きな壁画が飾られている。

10・THE MAIN DINING WISTERIA
壁に藤の花の壁画が・・・

室内を彩る藤色の灯りが“THE FUJIYA GOHONJIN”のディナーの世界を一層、盛り上げてくれる。

当夜の料理であるが、食いしん坊のわれわれ夫婦、いろいろと食べてみたいとアラカルトでオーダーすることにした。

そして、ここは一部屋をワインセラーに改造するなど、ワインも魅力があるとのことで、ワインリストからお薦めの赤ワインを注文した。

まず、アピタイザーに温かい二品を頼んだ。もちろん、それぞれを仲良く半分こです・・・

一品目が“フォアグラのソテー 無花果とパイを添えて”

11・フォアグラのソテー

さぁ、これをどうやって上手に、しかも均等に、いやいや、パイを崩すことなく・・・きれいに分けるのか・・・


その老夫婦のひそやかな神経戦の気配を察知したのか、ダイニングマネージャーの福島香里さんが「お分けしましょうか」と、間髪入れずの好アシスト!!

12・ダイニングマネージャーの福島さん
チャーミングな福島さん(掲載の許可はとっています)

見てください、このお手並み。

13・ダイニングマネージャーに取り分けてもらいます

上手でしょ、こんなにきれいに、しかも・・・キ・ン・ト・ウに・・・(*´▽`*)

14・さすがプロ!
お見事!

さすがプロのお手並み、そのあとの料理の仕分けもすべて彼女が依怙贔屓なく?やってくれました。

次のアピタイザーが“ズッキーニのスカモルツァ・アフィミカータ 生ハム添え”

15・ズッキーニとスカモルツァアフィミカータ

メニューには載っていなかったが、当夜の特別メニューということで奨められてオーダー。

これも見た目ではスカモルツァ・チーズがよく判らなかったが、そこは福島さんがテキパキと仕分けながら懇切丁寧に説明してくれる。

16・黄色いのがスカモルツァチーズです
生ハムの下の焦げ目のついたのがスカモルツァチーズです

大好きなズッキーニに温かくてちょっとスモーキーなスカモルツァというチーズがおいしい温前菜でした。

17・ビューティフル
もっちりしておいしかったぁ〜

次にわたしの好物のパスタ。もちろん、スパゲッティです。


黒豚のラグー スパゲッティ アラビアータというものでした。これも仲良く“半分こ”でした。レトロ調に撮ってみました。

18・”半分こ”の量です

黒豚が予想以上にしっかり入っていたので、ここらあたりでお腹も結構、一杯になりかかったが、唐辛子が上手いように効いているので食が逆にすすんでしまう。パスタはしっかりとした腰で、麺類好きのわたしの喉越しも“GO〜かく”

そしていよいよ本日のメイン。

まず、スズキとじゃがいものロースト。

19・スズキとじゃがいものロースト

これまた、しっかりとした大きさでもちろんハーフ、ハーフに切り分けていただきました。ハーフでもこの量です。

20・鱸のポワレ これでも結構な量でした

それでも、レモン汁をかけてあっさりしていたのでペロッといってしまいました。

それから本日最後のメイン、“ホロホロ鳥のカチャトーラ”

21・ホロホロ鳥のカチャトーラ

ご覧のように骨付きの大振りの肉です。これは絶対にテーブルスタッフか福島さんのような方にお願いしないと、素人がフォークとナイフで勝負するのは難しい。福島さんの手に掛かれば、次のように見事な因数分解の解が認められる。

22・ホロホロ鳥も見事に因数分解

もちろん素手で骨を掴みかぶりついてもいいように新しいお絞りも用意されたが、とくにわれわれのようにシュアーにシェアする場合は、迷うことなくスタッフの方にお願いするのがよい。

この最後のホロホロ鳥によりわれわれの胃袋は無条件降伏、壊滅的ダメージ・・・いや・・・幸福感一杯でもう一片のデザートも受け付けぬ状態に・・・ でも、しぶとくわたしはシャーベットをオーダー。

ってなことで、これでこの夜の晩餐も終了・・・と思いきや・・・

テーブルスタッフの可愛らしい岡田さんが、BARの方で残りのワインとデザートをいただいてみてはいかがでしょうかと囁く。ちょっと気にはなっていた場所だったので、それではと移動する。

中庭に面した窓際の二人席が用意されていた。

23・素敵です・・・

老年夫婦にはここまで暗くなくてもいいですよと言った感じの、アヴェックには最適なムーディーなBARでした。

テーブルの上に置かれたランプの灯りに仄見える君の笑顔・・・

24・大人の雰囲気のBAR

そう・・・そんな時間が、時代が僕らにもあったねぇなどとお互いに目と目で頷き合いながら、わたしはワインとエスプレッソ・シングルを彼女はシンプル・ブラックをオーダー。

FUJIYAに魅かれて”の素敵な善光寺参りの一日は静かに更けていったのです・・・

帰りにホテルまでのタクシーをエントランスの椅子席で待つ間、福島さんがずっとわれわれのお相手をしてくれる。

彼女が安曇野出身だと云うこと、そこの有明山神社の奥にある伝説の王、八面大王の墓所といわれる“魏石鬼窟(ぎしきのいわや)”へいったことがあるという話。

われわれも3年前にそのパワースポットへ行ったこと、松本のおいしい“フレンチレストラン澤田”を彼女もよくご存知だったこと、安曇野の旅館、“なごみ野”のお料理が美味しいことなどなど・・・

その福島さんにはタクシーのドアまでエントランススタッフの方と一緒にお見送りをしていただいた。

何だか同郷の人にでもお会いしたような心温まるひと時を最後の最後まであたえてくれたおもてなしのレストラン・“THE FUJIYA GOHONJIN

一度は訪ねるべき価値のあるとっておきの場所である。

それと・・・岡田さん・・・代々木体育館・・・大丈夫だったかな・・・デング熱・・・次、伺ったときに名刺をいただきますね。



うなぎのまち岡谷で鰻を食べた、簗(やな)のうなぎ・“観光荘”=蓼科グルメ36

岡谷市川岸東5−18−14 ☎ 0263−22−2041


諏訪地方の謎のひとつ、洩矢神社(岡谷市川岸東1-12-20)を訪ねたついでに、ちょっと足を伸ばし、お昼に鰻を食べに行った。


岡谷市中心部から天竜川沿いに県道14号線(下諏訪辰野線)を15分ほど走ると、県道と天竜川を挟んで“やなのうなぎ・観光荘”がある。

1・県道14号線沿いに観光荘

観光荘の座敷席から外を見ると真下に天竜川が流れている。

2・裏の天竜川で簗漁を行なっていた

当店の案内によれば、江戸時代中期、当地を治める高島藩によって天竜川を下る鰻を捕獲する仕掛け・“本瀬締切りの簗場”がこの場所に築かれたとある。


この簗場で捕った鰻を提供しようと昭和29年に最後の簗師・宮澤幸春氏が当店を創業したのだそうだ。その頃はまだ蛍が群舞していたことから、蛍の光を観る荘(やかた)ということで、“観光荘”と名付けたとある。その簗場も昭和49年の一級河川護岸工事によって、その姿を消したという。


岡谷市は別名、“うなぎのまち”といわれている。

と云っても、今回、初めて知ったというか、家内の友人が岡谷を訪ねた際に“岡谷は鰻よ”と、鰻を食したと伝え聞いたところからそんな特産を知ったというのが実のところ。

そんなこんなの由来を持った岡谷の鰻を、ここ“観光荘”で食べたわけである。

3・観光荘

店内一階は広座敷の座卓席が八つ。

4・店内

テーブル席が二つとなっている。

5・このテーブル席でいただきました
この席で食べました

そのほかに階下に囲炉裏席を設けた茅葺の部屋もあるとのこと。

6・囲炉裏席を設けた茅葺の部屋
館内の階段(右手)を降りると、茅葺の部屋に続く

さて、当日のオーダーであるが、わたしは“うな重”を頼んだ。


何ごとも最初はオーソドックスにとの我がモットーに則ってのことである。そしてせっかく食べるのだから思いっきりにと三切れの蒲焼がのる“松”を奮発。

7・うな重
うな重です、三切れのっています・・・

蓋をあけてその肉厚、重なり合うボリューム感にはただただ満足・・・


さらに肝吸いには驚愕。

8・肝吸い

こんな肝が大きい肝吸いってお目にかかったことがないような気がする。これぞ真正肝吸いと悦に入った。


一方、家内はいつもの旺盛な好奇心から“観光荘”オリジナルメニューである“やなまぶし丼”をオーダー。もちろん男女共同参画の時代である。家内も“三切れ”にチャレンジしたことは云うまでもない。なんと三段重ねの丼ぶりで登場である。

9・やなまぶし
三段丼ぶりを分解? やなまぶし丼です

“やなまぶし”は長ネギと山葵(わさび)をまぜて蒲焼に載せ、お好みに合わせタレも垂らして食す。

10・長ネギと山葵をまぜて鰻にのせます
こうして山葵と長ネギをまぜて蒲焼のうえに・・・

わたしも一切れ戴いたが(勿論、うな重の一切れと仲良く交換した)、濃厚なタレで焼いた鰻に山葵のきりっとした辛味と長ネギの臭味が、口中に残る鰻の膏をさわやかに流し落とすようで見事なアイデアであると感心した。

これもこれから病みつきになる予感がした逸品である。怖るべし“やなうなぎ”である。


さらに嬉しいことに、タレは自由にお好みの分だけかけることが出来る。ツユ沢山大好きのわたしにとって、これまたホクホク顔の鰻であった。

11・タレをしっかりかけました
タレをたっぷりと・・・

そして、鰻が出てくるまでの待ち時間に、いま捌いている鰻の骨であろう、タレをつけてカラッと揚げた“骨せんべい”が供された。

12・鰻の骨せんべい

これは酒のツマミに最適なカルシューム満載の品であった。お昼だったのでお酒は呑まずに食べたが、頭も二つついてきたがカリッと抵抗感もなく喉を越す。なかなかのモノと見た。


最後に当店の鰻であるが、すべて活鰻(かつまん)を使用しているとのこと。店頭に置かれた樽に大きな鰻が泳いでいたが、その太さにちょっと驚いた。

13・活鰻(かつまん)

手を突っ込み触ることもできるのだが、これは遠慮することにした。


そして、捌(さば)きは関東風の背開きである。しかし、焼きは備長炭でじっくりと焼く関西風の“地焼き”となっている。

14・秘伝のタレで飴色に焼けた蒲焼
秘伝のタレでこんがり飴色に焼かれた蒲焼

そのため身もしっかりとし皮もパリッとした仕上がりで、舌にとろける関東の蒸し焼きとは異なった食感である。


関東風になれたわれわれにとってこの硬めの食感はある種の戸惑いを覚えるが、当店秘伝の甘味のきいたしっかりしたタレがこの地焼きの鰻にまことによく適っており、あらたな鰻を発見したと家内ともども喜んだ。


そしてこれから蓼科へ来た際にはたまには岡谷まで足を伸ばし、この“観光荘”の地焼きの鰻を食べにいこうと話をしたところである。





信州の遅い春に憩う=高遠城址公園に散り敷く桜

昨日の諏訪湖の満開の桜に味を占め、4月25日は、ちょっと足を伸ばして高遠城址公園の盛り過ぎの桜を見に行くことにした。


一週間ほど前にTVニュースでちらっと“高遠の桜がいま、満開”との映像を観ていたので、もう散ってしまったかも知れぬが、天気も良いし、山間の風情豊かな杖突街道をドライブするだけでも気分がよかろうと、一路、高遠を目指した。

杖突街道の春

杖突街道の春は色とりどりの花々がその路傍を装う。ただ、両脇に迫る山肌に新緑の芽吹きはまだわずか。その冬ざれの景色に山桜だろうか薄ピンクの色を刷いてみせる。


高遠城址公園も盛りを過ぎたのだろう、ピーク時の交通規制もなく、直接に城址公園の駐車場へと車を入れることが出来た。

天地桜模様

南口から入苑。地面に散り敷く桜の花で、疾うに満開の盛りが過ぎたことを知る。


ただ、葉桜になった桜もよし、ちょっと出遅れて満開を誇るのんびり屋の桜もあり、これはこれで、ひとつの風情であると、人出も少ない城址をそぞろ歩く。

満開は過ぎて・・・

上空に広がる盛り過ぎの桜花・・・その光背を彩る春の空・・・

青い空

 

ゆっくりと時が流れる春のひと日・・・
 

桜散り・・・

古戦場の城址に散り敷く桜花・・・



そのなかにも、視線を釘付けにする自己主張の赤枝垂れのモミジ・・・

桜のなかに赤枝垂れのモミジが・・・

不思議な光景である・・・



さくら


そう・・・高遠城址公園の桜は満開を過ぎても、人々に花言葉を紡ぐようにして物語りを語り続けている・・・



信州の遅い春に憩う=諏訪湖の満開の桜は美しい

甲府を過ぎたあたり、中央高速を走っていて、目をよぎる新緑の燃える山肌に薄桃色の雲がところどころに浮かび上がっていた。


4月24日。甲府や信州の桜はまだ満開の時期にあるようだと、いつもの諏訪南ICを通り過ごし、諏訪ICで降りることにした。

いまを盛り オブジェと満開の桜
諏訪湖畔の桜は今が盛り

久しぶりに諏訪湖を廻ってみようということになった。家内が言うのには、このぶんだと湖畔の桜や花梨の花が美しいのではないかというのである。


駄目元で湖畔沿いの道をゆくと、諏訪湖南岸沿い、天竜川の流出口である釜口水門の辺りの公園の桜は、狙い通り、今を盛りに満開であった。

釜口水門北岸から桜並木を見る
釜口水門(天竜川流出部)南岸より桜並木を見る

穏やかな湖面に春のそよ風がわたり、まろやかな波紋がしずかに広がってゆく・・・。心安らぐ春の情景である。

彫刻と桜、遠くに釜口水門
彫刻と桜と遠くに釜口水門

諏訪湖畔にこんなにも桜の樹々が育っていたことを気づくことなくこれまできた。 

湖畔の満開の桜
諏訪湖畔の桜並木

真っ青な空と広々とした湖、遠くに残雪を被る山脈・・・満開の桜の下にひそむ雄渾の春である。

諏訪湖の満開の桜に遠くに八ヶ岳の頂きが

信州の遅い春。


信州の春はゆっくりやってくるが、一挙に覆いかぶさるようにやって来る。

その輝く時間は短いのかも知れないが、だからこそ、この“時”がことのほか絢爛で、愛おしい。




信州の鎌倉 その6=中禅寺・薬師堂(重要文化財)

信州の鎌倉 その1=塩田平
信州の鎌倉 その2=北向観音堂
信州の鎌倉 その3=安楽寺
信州の鎌倉 その4=常楽寺
信州の鎌倉 その5=独鈷山・前山寺

上田市前山1721番地

塩野神社前より独鈷山
独鈷山


中禅寺は独鈷山(標高1266m)の北側の山裾(同600m)に位置し、先述した前山寺の末寺となっている。


中禅寺の拝観時間は午後4時まで。われわれが到着したのは4時を20分ほど過ぎた頃。本堂は閉まっていたので、御朱印をもらうことはかなわなかった。


25 中禅寺・本堂

しかし、境内には自由に足を踏み入れることができた。ご近所の方が夕刻の散歩に来られていたので、観光寺院とは異なり、近在の人々の日常生活のなかに融け込んだ、共に長い時を刻んできた純朴な“お寺”なのだろ
う。

中禅寺・標石

本堂入口の左手に、これまた質朴簡素な仁王門がある。門の両脇に金剛力士像が睨みを利かせていなければ、田舎の普通に古い家の手入れをしていない門のように見える。

中禅寺・仁王門
仁王門

ただ、最近の研究調査によって、二体の金剛力士像は平安末期の制作のものと判明し、日本で5番目に古い仁王像なのだという。


吽形・金剛力士像(左) 阿形・金剛力士像(右)
左:吽形の金剛力士像        右:阿形の金剛力士像

そんな貴重な仁王像だが、あまりにも素っ気なく置かれているので、どうもありがたみに欠ける。それはまことに失礼というものだろうと、今は深く反省している。

中禅寺・薬師堂斜め方向から

その仁王さまを横に見て、仁王門をくぐった正面に、重文に指定される薬師堂がある。

この薬師堂は平安末期から鎌倉初期に建立されたものである。藤原時代に数多く造営された「方三間の阿弥陀堂形式」という建築様式で、平泉の中尊寺金色堂などが有名だが、中部日本では最古の木造建築物とされている。


中禅寺・薬師堂正面より
薬師堂正面

屋根は茅葺きで、方三間の宝形造である。四囲のどちらから見ても柱が四本立ち、その柱と柱の間(けん)が三つある正四角形の建物である。


薬師堂真横から
薬師堂真横より

正面三間と側面第一間には、両開きの板扉が設けられている。また、背面には引き戸の入口が一つ存する。


散策の人もいなくなった境内に建つ薬師堂は、鎌倉という時代が語りかけてくれているようで、まことに端正で質実剛健な佇まいを見せていた。

パワースポット 磐座群から放たれる精霊の気配 延喜式内社・“塩野神社”

元気(パワー)をもらう神社旅行
辰宮 太一
ジェイティビィパブリッシング
2009-06-30


塩野神社は独鈷山(とっこざん)の北の山麓に位置し、中禅寺から100mほどの至近に、人影もまれな森厳な社叢のなか、ひっそりと鎮座している。

道筋に案内板

当社は、『日本三代実録(901年編纂)』に貞観15年(873)、「信濃国塩野の神」に “正六位上”の位階を贈ったとの記述を残すほど古くて由緒ある延喜式内社である。

式内郷社塩野神社の標石  塩野神社境内図
杉木立入口に立つ標石             境内図

社伝によれば、白鳳元年(661)4月に出雲大社から独鈷山頂上近くにある鷲岩の上に、分霊、勧請されたとあり、後世、この塩野の人里へ遷座されたのだという。

塩野神社前より独鈷山
塩野神社前から独鈷山を望む

従って、その祭神は素戔嗚尊(すさのおのみこと)、大己貴尊(おおなむちのみこと=大国主神)と少彦名尊(すくなひこなのみこと)の三柱の出雲系の神々である。


空高くそびえる杉並木の細い参道を抜けると、社務所や枯れた神木の根を囲む祠が建つちょっとした広場に出る。ここを馬場となし、祭事として流鏑馬神事が行われるという。

杉木立
杉木立の先に一の鳥居が見える
境内社・十二社飛来姫命
鳥居前の広場 境内社・十二社飛来姫命

そして、その奥、正面に鳥居が立つ。鳥居を抜けると沢を跨ぎ、神橋が架かっている。

太鼓橋の下を流れる細川
太鼓橋の下を流れる細川

独鈷山を水源とする幾多の湧き水が当社境内の沢に流れ込んでいるが、その沢水が本流たる塩野川に合流し、塩田平をうるおしてきた。同社が、古来、水の神として信仰を集めた由縁がそこにある。

太鼓橋と正面に拝殿
神橋の向こうに楼造りの拝殿

その聖なる沢を跨いでゆるやかな弧を描き太鼓橋が架かっている。神橋を渡ると正面に二階建ての一風変わった社殿が建つ。

楼造り拝殿
楼造りの拝殿・勅使殿の扁額を掲げる

正確には“楼造り”といわれる建築様式で、寺院では有名なところで法隆寺の経蔵・鐘楼や唐招提寺の鼓楼があげられるが、神社ではとても珍しいものである。

塩野神社拝殿と本殿
前が拝殿、奥が本殿

社殿は江戸時代の建築物で、楼造りの拝殿が寛保三年(1743)の再建、その奥の一間社流造りの本殿は寛延三年(1750)のものといわれている。


この拝殿の右前方、木立のなかに石祠の載る磐座の一群がある。その一画には“霧不断の香”でもたき込められたように神気が漂い、どこか凛ととした荘厳さが感じられた。

磐座1 磐座2
苔むす磐座の数々
磐座3 磐座4
樹林に鎮まる磐座
石の祠 磐座5
石祠が載っています

雨があがった時分などに参拝できれば、樹間に揺れる葉先に宿る滴の耀きや木漏れ日のゆらぎのなかで、沢に流れるせせらぎの音が木魂し、俗世の慾や身の穢れもいっさい落とされて、その爽快感はさぞかし言語に尽くせぬ最高の気分になるのではないかと思った。


お一人で、または愛する人と一緒に、この聖なる地を訪れてはいかがであろうか。ミステリアス・スピリッツを総身に浴びることのできるパワースポットである。

上高地・穂高神社奥宮の古式ゆかしい御船神事を参観する

(当ブログ・「彦左の正眼」内の一切の写真・記事等の転用を禁じます)

パワースポット・霊峰明神岳の下、明神池湖畔に鎮まる“穂高神社・奥宮”(2013.11.2)

穂高神社・奥宮の例祭で、毎年108日に催される“御船神事”を参観してみたいものとかねてより思っていたが、今年、ようやくその願いがかなった。

10月8日朝、神事の準備の進む奥宮
10月8日朝、御船神事の準備が進む奥宮
御饌の準備をする神官 御饌の岩魚
御饌(みけ)の岩魚を用意する神官

安曇野市穂高に鎮座する穂高神社本宮では、例年、92627日、例大祭として御船祭りと呼ばれる御船神事が執り行われる。

穂高神社・拝殿
穂高神社・本宮拝殿

海洋と遠く離れた急峻な山脈に囲まれた信濃という地で何故に船祭りかとまことに不思議ではあるが、その謎はいずれ謎解きに汗をかくとして、ここでは御船祭りについて簡単に説明しておく。


長峰山から安曇野を一望
長峰山から安曇野を一望

御船祭りの起源は定かでない。

北九州を本拠とする海人(あま)族の安曇族は6世紀頃にはこの安曇野へ進出したという。

海神である綿津見命(わたつみのみこと)とその子・穂高見命(ほたかみのみこと)をこの地に祀り、そして、海民としてのもだしがたいDNAかそれとも白村江の海戦を指揮した海人族の矜持なのか、船合戦の模様を後世に伝承すべく祭りという形で様式化したのか、いまにしてはもうその真相を推し量る術はないが、千数百年前へ遠く思いを馳せる壮大なロマンを感じさせる神事である。

穂高神社・御船会館
穂高神社本宮・御船会館

そんな本宮の御船祭りの10日ほど後に、奥宮の例大祭として御船神事が催される。毎年、108日の午前11時からその神事は始まる。11時から奥宮前で神官の祝詞や巫女の舞の奉納が30分にわたって行われる。そのなかに併せて、「日本アルプス山岳遭難者慰霊祭」も斎行されている。

アルプス遭難者慰霊祭も同時に執り行われる

これが当日の神事としてのメインなのだが、観光客の関心は、私を含め、明神池を龍頭鷁首の舟が廻る“絵になる”儀式の方に集まるのは、仕方のないところか。


そのお目当ての御船神事は11時半ころより執り行われる。
すでに湖畔にはたくさんの人たちがカメラ片手に待ちわびる。そのなかを、番いの鴛鴦が余興のようにして池の畔に寄って来て、参観者の目を愉しませる。

神事の前に鴛鴦が二羽

一瞬、どよめきが・・・
明神の神使(しんし)であろうか、明神岳の高みから一羽の白鷺が湖面すれすれに舞い降りてきたのだ。
対岸の木の枝に羽を休める白鷺が美しい。

枝にとまる白鷺

しばらくして、もう一度、湖面を滑空し、明神岳麓の一の池奥の湖面の枯れ木に停まる。

明神池の奥に羽を休める白鷺

その姿は端正で神々しくすらある。その様子はまるで神事の前触れでもあるかのようである。


明神池・一の池の桟橋に係留された龍島鷁首の二艘の舟に神官、巫女、雅楽師が乗り込む。

神官が船に乗り込みます

そして、いよいよその姿を明神池にあらわす。御船神事の一番の見どころのスタートである。

御船神事がスタート


その刹那、明神池奥から先ほどの白鷺がさ〜っと池の上を横切り、いずこかへ飛び去ったのである。

夢のような一瞬であった。明神さまのお使いだったことは、不思議なことに撮ったはずの写真に飛空する白鷺の姿がひとつもなかったことからそう信じるしかないのである。

御船神事は神官と巫女が乗り込む一艘目には氏子が幣帛を高く捧げている。

一艘に幣帛を捧げ、神官と巫女が乗船

二艘目には雅楽師が乗り込み、湖上に雅な雅楽の響きをわたらす。

二艘目に雅楽師が乗船


さぁ、これから、順次、写真で御船神事の一切をご覧いただくことにしよう。

湖面に映じる装束
池の中央左へと一列に舟が進みます
湖面を進む龍頭舟
池の中央よりに龍頭の舟がゆく。湖面に映る神官らの姿が美しい
明神岳麓で御船神事
明神岳麓をゆきます
明神岳麓をめぐる龍頭鷁首の二艘の舟
明神池の奥、明神岳の麓に沿い、龍頭鷁首の舟が進みます
明神池奥をゆく龍頭舟
明神池奥を厳かに進む龍頭の舟
雅楽師がゆく
雅楽師もゆきます
ここから異変
このまま、二艘目が流れに押され、池の奥へと・・・
方向転換
何とか方向転換しました
少々、距離があきすぎちゃいました
少々、距離があいちゃいました
大自然の中で行われる御船神事
大自然の中で行われる神事の迫力です
紅葉のなかをゆく龍島鷁首
追いつきました・・・紅葉のなか素晴らしい光景です
紅葉をゆく御船神事
紅葉をゆきます
御船神事もいよいよ終了です
そして桟橋へ戻ってきました

こうして、2013年の穂高神社・奥宮の御船神事は無事、終了の運びとなった。

御船神事の無事終了に満足気な明神岳
眼下で斎行された御船神事の一切を見届け終えた明神岳


終わってみると、舟が池を廻った時間はほんの10分余と短かったのだが、その厳かななかに雅な華やかさを感じさせる神事は、その物理的時間よりもはるかに永い時の流れを観るものに与えたから不思議である。


夢のようなひとときに酔い痴れた人々が明神池をあとにし始めたとき、この神事を参観した人々がこんなにもたくさんいたのかと、社務所脇の出口を埋め尽くす人の列を目にして驚いた。

神事を終え、社務所出口へ向かうたくさんの参観者
出口の混雑もひどかった
神事終了後の奥宮境内の人、人、人

そして、前日にあれほど静かだった奥宮の前が人で溢れかえるさまを見て、御船神事という古式ゆかしい例大祭への関心が、想像以上に高まっていることに嬉しいような、ちょっと寂しいような複雑な気持ちに襲われたところである。




“辰野・ほたる祭り”に行って来た=松尾峡・ほたる童謡公園

美山荘の蛍狩り(2006.7.5)
京料理・「粟田(あわた)山荘」で「蛍の夕べ」を愉しむ(2011.7.1)
東京の「ほたる狩り」=うかい鳥山(八王子)6月3日〜7月13日(2010.5.29)

長野県辰野町上平出1006-1


ゲンジボタルの群生では東日本随一と言われている信州は辰野町の“ほたる祭り”に出掛け、“蛍狩り”を思う存分愉しんだ。


辰野ほたる祭りポスター

今年で第64回目というのだから、戦後すぐの昭和23年に第一回目が開かれたことになる。さらに戦前もほたる祭りは催されていたということで、正確には戦後復活してから今年が第64回目に当るということらしい。


また平成9年からは、祭りの期間中、その会場である“松尾峡・ほたる童謡公園”で20時〜21時の間に発生したホタルの数を集計している。辰野町の公式ホームページにその集計表が掲載され、日々、更新されている。


その目視調査に携わっているのは辰野町の人々であるが、当番制となっているため、急にホタルの発生数が増えた台風の翌日(20日)など、人手が足りずに確認漏れが相当数あったとのこと。


ただ、バードウォッチング(bird watching)ならぬホタルウォッチング(firefly watching)って、あの暗いなかでどうやって正確に数えているのかは、う〜ん、正直、まだ分からない。


因みにわたしどもが訪れた625日は5,286匹の発生であったが、翌日は4,088匹と徐々にピークアウトしていた時期に当る。祭り最終日の71日は僅かに649匹となり、今年の最盛期は台風一過の20日の11,168匹ということになる。


さて、そんな細かい数字などどうでもよいのであって、当日の情景をお話しなければならぬ。


当日は朝から天気もよかったので、「今日はホタルもたくさん発生するぞ」と期待に胸膨らませたのは言うまでもない。

第一駐車場前に建つ”ほたる童謡公園の碑”

ほたる祭り会場の“ほたる童謡公園”には6時前に到着した。ホタルが出て来るのが745分頃ということだったので、2時間前に会場に到着したことになる。その御蔭で、足の悪いわたしには会場至近の第一駐車場に車が置け、わたしの全体力を心置きなく蛍狩りに注ぎ込むことができた。


第一駐車場はそもそもが“ほたる童謡公園”専用の駐車場で、公園への入口となる“わらべ橋”のたもとにある。



天竜川にかかる”わらべ橋”

橋上より天竜川を見る

諏訪湖を源流とする天竜川に架かる“わらべ橋”を渡り公園中心部へと入ってゆくと、直に公園が一望できる開放的な場所へ出た。

ほたる童謡公園の中心部へ
ほたる童謡公園中心部へゆく道

目の前に広がる光景は回遊路を設けた一面の草むらであるが、よくよく見ると水路といおうか小川が縦横に張り巡らされ、里山の豊富な沢水がそこへ流れ込むように設計されており、ホタルの棲息に適した環境が整備されていた。“ほたる童謡公園”という名が表わしているように、かなり人工的な臭いがするのは致し方のないところか。 


この水路群に蛍が棲息している
公園内にめぐらされた水路が見える
ほたる童謡公園
ほたる童謡公園全貌
ほたる童謡公園全貌

そしてわれわれは暗くなって見知らぬ道を歩くのも危なっかしいので、一応、事前に公園内を探索して歩いた。


カメラセット完了
ベストポイントで待つアマチュア・カメラマン

するとまだホタルが出るまで2時間もあるというのに、おそらくベストポジションと思われるポイントにカメラを据え付けた三脚を立てたアマチュア・カメラマンの姿がそこここに認められた。


カメラ準備万端
あとはホタルを待つだけ・準備万端

皆さん、立派なカメラをお持ちで周到に事前調査も済ませたのだろう、のんびりと同好の士としての会話など楽しんでいる様子であった。こちらの単機能デジカメでは蛍の曳光など写せぬことは承知していたものの、ちょっと彼らが羨ましい気がした。


また園内にはさり気なくホタルブクロの花も咲いており、蛍狩りへの期待は弥(いや)が上にも昂まって来る。


ホタルブクロがたくさん
ホタルブクロがさりげなく咲いていた
赤紫のホタルブクロ

関東では珍しい白いホタルブクロ

そして回遊路の所々に設置されたベンチに腰かけて待つこと1時間ほど経った720分頃、突然、家内が「あっ!飛んでる」と、右斜め上空を指差すではないか。


辰野町の日の入りは7時ちょっと過ぎであったが、上空一帯はまだまだ明るく、蛍の曳光を認めるなど到底無理だと思っていた矢先のことであった。


明るい大気のなかを一匹のホタルがハロゲンランプのような強い光を点滅させながらふらふらと飛行しているではないか。


周りにいつしか増えていた見物客も一斉に家内の指差す方向に目を投じ、「あっ、いる!」、「あっ、ホタル飛んでる」、「あそこ、あそこ」、「わ〜っ!」と弾むような声をそこかしこで挙げた。


ベンチに腰かけていた人たちも立ち上がり、回遊路の柵の前に立ち、まだ草むらや小川がはっきりと見えるなかホタルの小さく可愛らしい光を見つけんと、目を必死に凝らし始めた。


そして数分も立つとそこかしこで、「あっ、あそこ!」、「あの草むらに一匹」などと、園内にいくつもの声が響き出した。

ホタル飛ぶ
ホタルの曳光

なるほど745分頃になると急速に公園内は闇に包まれ、草むらに潜んでいたゲンジボタルが一挙に表に湧き出て来たかのように、あっちへ飛びこっちへ飛びと忙しく活動を開始した。


ホタルの曳光
薄く山影が見えるなか、ホタルが飛んでいる・・・、見えますか?

先程まで見ていた園内の無造作な草むらは、まるでこっそりとクリスマスのイルミネーションを装ったかのように、突如として一斉に光の競演の幕を開けたのである。


辰野町HP観光サイトより
辰野町HP・観光サイトより引用・ホタルの乱舞です

もうどっちを向いてもゲンジボタルの乱舞が目に入って来る。そしてまだ空中に飛び立たぬホタルも草むらの蔭でぼ〜っと蛍光の点滅を繰り返している。


ホタルの光が赤く写っています

偶然、闇に一点の光が写っています

わたしの写真はご覧いただいているように、一匹の光を偶然捉えた際にのみホタルの曳光が残っているものである。ただ画面に広がる闇の部分にこそ、実際には無数のホタルの光が点滅し、流れていたのである。カメラの限界か技量のなさか、誠に申し訳ない。皆さんの心の目を大きく見開いて闇の部分に目を凝らしていただきたい。



きっとホタルの幽玄な光のダンスの様が目蓋の内に浮かんでくるはずである。これらの写真の闇のなかに多くのホタルの光が埋もれ隠れ、潜んでいるのだから・・・



すーっと蛍が飛んでいる・・・

そうしてホタルの集団の乱舞を愉しんでいた時、一匹のホタルがふ〜らふ〜らとわれわれの上空へ寄り添って来た。


周りの人たちも「こっちおいで」とか、「ホ〜タル来い」とかそのホタルを自分の元へ呼び寄せようと声を掛けた。


すると、あろうことか家内が差し出した指先にそのホタルが止まってくれたではないか。それが次の写真である。もちろん場内はフラッシュ禁止なので、この程度が精一杯の映像なのだが、まぁ、幻想的?とでもご評価いただけると幸いである。


指に停まってくれたホタル
家内の指に蛍がとまってくれたのです・・・

そう言えば、ちょうど一年前に京都の“粟田山荘で蛍の夕べ”(2011.7.1)を愉しんだ際にも、一匹の蛍がわたしどもの部屋へ迷い込み、家内の肩先に停まったものだ。


京都粟田山荘で肩に停まる蛍
昨年の6月、京都の粟田山荘の”蛍の夕べ”にて

ホタルはそもそも女性好きなのか、それともわたしが蛍に嫌われているのか・・・。雅な世界にどうにも下らぬことを云って申し訳ないが、少々、気になるところではある。


まぁ、そんな些細なことはどうでもよい・・・、何せ十分に心ゆくまでホタルの幽玄の光の競演を愉しめたのだから・・・


そして天竜川に寄り添う辰野という小さな町は、実にホタルの似合うところであった。

今年もおいしいサクランボの季節がやってきた=須坂市・藤沢農園

住所:〒382-0005 長野県須坂市新田町2588

fax026-245-8721


623日、信州は須坂にある藤沢農園からおいしい“佐藤錦”が届いた。同封された御手紙に「今年はさくらんぼにとって良い気候の為、豊作になりました」とあった。  

藤沢農園から届いたさくらんぼ
藤沢農園から初夏の風とともに、さくらんぼが届きました

早速に大粒になったつややかなサクランボを口にした。甘くてちょっと酸味の効いた、まさに初夏の味覚である。

箱いっぱいのサクランボ
箱いっぱいの佐藤錦です

「おいしい」、「おいしいね」の合唱に、サクランボも喜んでいるのだろうか、食べるほどに甘味が増し、そのなかにほんのりとした酸味を残す絶妙の“爽やかさ”を届けてくれる。

豊作の佐藤錦・つややかな紅いさくらんぼ
今年の出来はよいという、この艶がたまらない
2011年のさくらんぼ
2011年の佐藤錦です・・・、ちょっと紅味が今年と違います

昨年の夏に黒姫の山中和子氏のホームコンサートへ向かう途中、須坂市にある藤沢農園を訪ねた。ここ数年、季節ごとの旬の果物をお願いしている果樹園である。


藤沢農園の前庭

その季節はちょうど桃の季節であったが、藤沢英明さんと奥様の道子さん、それから英明さんの御両親に歓待いただき、お母様から次から次に様々な種類の桃の試食を勧められ、その実直で豪胆とも思える桃の振舞い方に、「これは試食などではなく、豪勢なピーチパーティーだなぁ」と思ったものである。

  
これって、試食というより、ピーチ・ビュッフェっていったほうが・・・・。写真の他にももっといただきました・・・


桃でお腹一杯になったところで、英明氏がとても広い果樹園を案内してくださった。


ぶどう畑

桃畑

プラムはもう収穫が終わっていました・・・・、これは収穫されなかったのですね・・・

桃はほんとうにおいしそうでした・・・

その日のあまりの暑さとわたしの足が悪いのもあり、見学は半時間ほどの一部の個所で失礼したが、その時の英明さんの熱っぽい語り口から果物に対する深い愛情と自然を相手とすることの厳しさを知った。と同時に、自然に向き合う敬虔な姿にある種の感動を覚えた。英明さんが開設しているブログ“FARM 2 FARM”にその思いが日々つづられているので、ぜひ、閲覧していただくとよい。季節感満載のブログです。

藤沢農園パンフレット
藤沢農園のパンフレットです。訪問するのにこの地図があれば迷いません

その藤沢農園から届いたサクランボ!!

今年のさくらんぼは一段とおいしそう
大粒でとてもおいしいサクランボ!!
コンポートに盛りつけられた佐藤錦
コンポートにサクランボはよく似合います

コンポートへ盛りつけられたつややかに紅い“さくらんぼ”を見ていると、まるで信州の初夏の風がわが家の居間を吹き抜けているかのようなそんな爽快感にとらわれたのである。


・・・そして・・・8月には瑞々しい”黄金桃”が・・・、もう今から待ち遠しい・・・わたしである。

新緑の乗鞍高原温泉郷を巡る=千間淵・番所小滝で高山植物を愛でる

千間淵
千間淵

乗鞍三滝で一番大規模な番所(ばんどころ)大滝を観た後、われわれは一旦、駐車場へ戻り、途中で昼食を取った。その後、県道84号線を少し登り、千間淵(せんげんぶち)に近い“JAあずみ”隣の公民館に車を止め、千間淵、番所小滝へと小大野(こおおの)川を下っていくことにした。

千間淵案内板
案内板の脇に下り口があります

案内板の脇の下り口すぐのところに、一本の山桜の樹がいまを盛りと白い花を全身に装い、われわれを歓迎してくれていた。

山桜
いらっしゃいと満開のヤマザクラ

千間淵へのアプローチは大番所大滝とは異なり、身の危険を感じるような急激な傾斜はなく、足の悪いわたしでもそう疲れもせずに小大野川沿いの渓流径へと降り立つことができた。

厳しい傾斜はない
そんなに急な傾斜道はなかった
小大野川沿いに千間淵へ
小大野川の渓流沿いに歩く

そこまでの道ばたには、さまざまな高山植物が山間の静けさを破らぬかのようにしてひっそりと息づいていた。

群生する姫一花
群生する姫一花
ヒメイチゲ
これがヒメイチゲ(姫一花)です。調べるのに苦労しました。真中の丸いボンボリみたいなのが蕾です
姫一花
姫一花がたくさん見れました

家内はちょっと行っては立ち止り、またちょっと行ってはしゃがみ込んで、可憐な花や蕾を熱心にのぞき込んでいる。植物に詳しい家内も名前の分からぬものがあり、帰宅後、「山と渓谷社」のポケット図鑑で調べて名前が判明したものも少なくなかった。

ミヤマエンレイソウ
ミヤマエンレイソウ
ミヤマエンレイソウの”がく”と花弁 2
ミヤマエンレイソウの三片のがく(黄緑)と三枚の花弁(白)

高山植物など門外漢のわたしでも、あんな山深い高所で小さな小さな花を咲かせ、次の世代へと命をつなぐ自然の尊い営みを見せつけられると、社会性を有する故の人間という生物が成せる文明とは実際のところどれほどの価値があるのかと、そもそものところで懐疑心を膨らませているところである。

マイヅルソウ
マイヅルソウ
マルバスミレ
マルバスミレ

その時はそんな感慨にふける間もなく千間淵大橋へ到着した。小大野川に架かる吊り橋を渡り、しばらくゆくと今度は山肌に沿って架かる千間淵小橋へ到る。

千間淵大橋と小大野川
千間淵大橋と小大野川
千間淵大橋
千間淵大橋

その橋の袂に小大野川へ下りる10段ほどの急な階段がある。川はテラス状の大きな平たい石を迂回するようにして流れているが、増水時にはそのテラスも水中に没するとのことで、その場合は千間淵を眺めるベストポジションはあきらめざるを得ない。

千間淵小橋手前から石のテラスを見下ろす
千間淵小橋たもとから階段で小大野川のテラス状の石板に降り立つ

当日はそうしたこともなかったので、そのテラス状の石板の上から右斜めに落差が2、3mの小さな滝が落ちるドーム型をした千間淵をゆっくりと心ゆくまで見ることができた。

千間淵を見る
千間淵
千間淵
この淵がどうして千間もあるの?

小さな淵にも拘らず千間(1.8km)とはまたどうしたことかと思ったが、小大野川とは別の水源である前川から千間もの量の薪を流したところ、この淵へと流れついたので、この名前がついたのだと、後で“のりくら散策ガイド”を読んで知った。

千間淵小橋
千間淵小橋を渡り、この手前の方へと進みました

小橋を渡り渓流沿いに下流へと進むと、山の斜面にお目当ての一つであった“イワカガミ”の群生を見つけた。

イワカガミ群生
イワカガミの群生

家内は身をかがめ花の下から花芯を見ようと、カメラ片手にいろいろ工夫をしていた。その熱心さに本当にこの人は花が好きなんだなぁとなかば呆れて見ていたというのが実際のところなのだが、下の写真を見ていただくと分かるように、見事に“イワカガミ”が写っており、その執念には脱帽したところである。

イワカガミ
イワカガミ
イワカガミ
イワカガミ
イワカガミ
この写真は素晴らしい・・・

そしてもう少し渓流沿いに歩いてゆくと、木の間越しに落差8mの“番所小滝”が見えてきた。


番所小滝
落差8mの番所小滝
青葉のなか番所小滝
新緑のなか、ただ滝は流れつづける・・・

新緑のなかで流れ落ちる滝を間近で見ることが出来て、都会では決して体験できぬ森林浴にマイナスイオンと健康100%の時間を心ゆくまで愉しめた千間淵散策であった。

新緑の乗鞍高原温泉郷を巡る=乗鞍三滝(善五郎の滝)

新緑の乗鞍高原温泉郷を巡る=乗鞍三滝(番所大滝・ばんどころおおたき)
新緑の乗鞍高原温泉郷を巡る=乗鞍三滝(三本滝・さんぼんだき)

最後に乗鞍三滝の“善五郎の滝”を訪ねた。アプローチの難易度では三滝のなかでここが一番楽であった。


善五郎の滝
善五郎の滝

また、その周遊コースに “牛留池(うしとめいけ)”という“逆さ乗鞍”を映すミラーレークもあり、観光スポットとしての充実度は高い。

牛留池に映る逆さ乗鞍岳
牛留池に映る”逆さ乗鞍岳”

鈴蘭橋の(下から来ると)手前に大きな駐車場があり、その駐車場の出入口のすぐ脇に“善五郎の滝入口”のポールが見える。ちょっと入路が分かりづらいが、大丈夫。

鈴蘭橋
善五郎の滝入口の案内
鈴蘭橋と駐車場の中ほど、道路より少し入り込んだ所に立っている

善五郎の滝への経路には白樺が多く、この季節はムラサキヤシオが咲き始めて、白と紫とそして新緑のコントラストが殊のほか素晴らしい。

白樺に囲まれた経路です
白樺が多いアプローチです
白樺とムラサキヤシオ
白樺とムラサキヤシオと新緑のコントラスト

この景勝を愛でる余裕があったのも、ほかの二つの滝(番所大滝・三本滝)と異なり、山道といっても一部を除き起伏は激しくなく、ゆったりとしたハイキング気分で歩けたからである。

ムラサキヤシオ
いま咲き始めたところのムラサキヤシオ

駐車場から7、8分で善五郎の滝を上から見下ろせる滝見台へ到着。


滝見台へはすぐ到着

雪解け水が豪快に落下する滝口の上方に目を転ずるとそこには冠雪の乗鞍岳が見える。

善五郎の滝と乗鞍岳
滝見台から善五郎滝と乗鞍岳を見る
滝口
滝見台からは雪解け水が落下する滝口がよく見える

まさに絶景ポイントである。

ムラサキヤシオと乗鞍岳
滝見台のちょっと上からムラサキヤシオと乗鞍岳を撮りましたが・・・ちょっとボケてますね・・・

そこから途中、急な下りがあるものの、危ない個所はないので足が少々弱った方、杖をついて歩ける人であれば、余裕で“善五郎の滝”まで行き着くことが出来る。

新緑の中、善五郎の滝
新緑のなか善五郎の滝

最後に一番厳しい下り階段があるが、手すりも整備された安定した階段なので、安心である。かなりご高齢の方も付き添いの方と一緒に見学に来られていた。

きつい下り坂には手すりが
最後の急な階段も手すりがあり、安全です
突き当りの下り坂を下り、この橋を渡ってきました
正面右に小さく見えるのが上の急な階段です。この木橋を渡ってきます

その急な階段を下り、木橋を渡ると遠くにもう一つの木橋が見える。その橋の上から“善五郎の滝”を正面に見上げる形となる。

先の橋が善五郎の滝の真下
木橋から最後の木橋を見る・この淵が昔の滝壺である

その最後の木橋手前のエメラルド色した淵が後ほど知ることになる数百年前の滝壺である。


その淵からの清流を眺めながら岩壁沿いに歩くと、瀑布の轟音が近づいて来る。左手の山肌が迫り出しているので、最後の急な階段を十段ほど昇って、木橋に行こうとした時、すぎ左眼前に“善五郎の滝”の全貌が現出し、その迫力に息を呑むことになる。

幅10m落差30mの善五郎の滝
幅10m・落差30mの豪快な善五郎の滝

その自然が造り出した演出は見事というしかなく、人の力で出来ることなど限りがあると、素直に納得させられる瞬間である。

DSCF1439
橋の上から、素晴らしい自然の造形美

ここは乗鞍三滝のなかでももっとも水飛沫が激しく、風の向きに拠って橋の上でも細かい飛沫が霧のように降って来た。


わたしは橋を渡り案内板が設置してある最も低くて滝に近い滝見台へ下りて行った。

案内板のある一番下の滝見台
案内板のある下の滝見台

床はびっしょり・・・

床がびっしょりと濡れていた。まさに天気雨が降っているような様相である。防水カメラでもないのに、必死でシャッターに“善五郎の滝”をおさめたのが下の一枚である。

私もカメラもびしょ濡れ
水飛沫がすごかったです

また、そこの案内板にこの滝は古来、後退を続けているのだと書いてあった。最後の木橋の下流側の淵が昔の滝壺なのだという。現在の滝壺は百数十メートルも後退していることになる。

滝壺
現在の滝壺
現在の滝壺から橋下を過ぎ昔の滝壺へ
百数十メートル下流にある昔の滝壺
昔の滝壺へなだれ込む
いまも昔の滝壺へ雪解け水が落ち込んでゆく

そう思ってもう一度“善五郎の滝”に目を転じると、滝壺のちょっと上部に岩肌の突出した部分がある。30m上の滝口から猛烈な勢いで滝水が落ち、そこへぶつかり、豪快な瀑布の様相を造り出している。

落下の水勢で岩が削り取られてゆく
出っ張った岩肌を滝水が削り取ってゆく・・・

しかし、それは同時にその岩肌を削ぎ落としてということでもあり、滝口の岩盤の研磨と相俟って、何百年、何千年という気の遠くなる年月を経て、新たな“善五郎の滝”の景観を造り続けていることを知った。


大自然の桁外れな力を思い知らされた時間であった。

新緑の乗鞍高原温泉郷を巡る=乗鞍三滝(三本滝・さんぼんだき)

新緑の乗鞍高原温泉郷を巡る=乗鞍三滝(番所大滝・ばんどころおおたき)
新緑の乗鞍高原温泉郷を巡る=乗鞍三滝(善五郎の滝)

番所(ばんどころ)大滝を観た翌日(5/30)、小大野(こおおの)川の一番上流に位置する三本滝を訪ねた。

何とか三本滝を一望?に
三本滝

乗鞍三滝のなかで最も時間を要し(一般の人で片道25分)かつ木の根の這う細い下り道を歩かねばならず、足の悪いわたしには難易度が高く、体力のある午前中がふさわしいとの家内の読みによりそうした行程となった。

この三本滝案内板を目指して歩きました

その判断が結果的に“日本の滝百選”に選ばれた“三本滝”を心ゆくまで鑑賞する最高に贅沢な時間をわれわれにもたらしてくれた。


当日は午前930分には、 “三本滝レストハウス”(この時期まだ閉鎖中)前の駐車場に到着。標高1700mとの表示があったが、朝晩の冷え込みはまだまだ半端ではないのだろう、駐車場の隅に除雪した雪の残骸がまだ解けずに残っていた。

駐車場に除雪された雪が残る
駐車場にまだ残る除雪された雪

そして乗鞍の頂上、畳平へ向かう乗鞍エコーラインもこの三本滝バス停でまだ全面通行止めの状態であった。

エコーライン閉鎖中
これより先は通行止め
三本滝レストハウス
三本滝レストハウス

レストハウスの右側壁沿いにちょっと進むと、そこに三本滝へのアプローチ路らしきものが見つかった。しかしその入路口には手毬大の石ころが多数転がり、熊笹が両脇に生い茂るなど、案内板もないためこの道が三本滝へゆく径なのか不安になる。

三本滝ルートの入口
ここが分かりにくい三本滝への入路

実際に一組の御夫婦がやはり「あっちだ」、「いやこっちだ」と言いながらレストハウス周辺を巡っていた。その後、このご夫婦とは山道ですれ違うこともなく、三本滝で合流することもなかった。結局、あのご夫婦は三本滝を見ることを諦めてしまったのだろうかとちょっと気の毒な気がした。


一方、われわれは“女将おすすめ・のりくら散策ガイド”の小冊子を手に、疑心暗鬼ながらもスキー場の林間コースのような狭い山坂を下り始めた。

三本滝へのルート入口
この坂を下ります

途中で手書きの“三本滝⇒”なる案内板を見つけひと安心したのも束の間、その下に書かれている文章に“この先残雪(30cm程度)があります。雪解け(5月下旬頃)までトレッキングシューズでも、歩行が困難です”とあった。


曲がり角に矢印標識が

ここが思案のしどころだが、行けるとこまで行っちまえ!というのが、わが夫婦の共通する性分。その標識から山道は一挙に幅を狭め、雪が解けている故か、昨夜の雨の故か泥道の表面はぬかるんでいる。

雪の残る三本滝への道
雪の残る三本滝への経路

わたしは残雪がそこかしこに見え隠れする下り道を杖を支えに慎重に歩を進めた。

往路はこの傾斜を下りました
往路はこの歩きづらい坂道を下ります(写真は復路のもの)

またどうしても引っ張り上げてもらわないと難しい段差があったり、グラグラと不安定な丸太橋などは家内に手を引いてもらわないと危険であり、健康であってくれた家内に心から感謝したところである。

厳しい個所もあります
厳しい難所もありました

そうこうしながら痺れた足を引きずり、息をあげて歩き続けていると、三本滝へ0.2kmという標識を見つけた。萎えた足の力が俄然、みなぎってくる。本当に人間って現金なものである。


地獄に仏・あと0.2kmの標識

そしてこれが最後の胸突き八丁なのだろう。眼前に山肌にへばりつくようにして急勾配の階段があった。手すりにすがりつき、最後の力を振り絞り、それを昇る。

急勾配の階段
この急勾配を手すりにすがって昇りました

すると、今度はしっかり揺れてくれるではないか、吊り橋が待っていたのである。


しっかり揺れる吊り橋

高所恐怖症のこのわたしがその難所の吊り橋を独りで渡り切る。下には小さな滝が轟音を轟かしている。

吊り橋の上から
吊り橋の上から清冽な滝と滝壺が見下ろせる

だが、あまりに清冽なその流れと滝壺へと一直線になだれ込んでゆく水勢に、高所恐怖症という劣性な感性は身を潜め、奔馬のように奔る透明な流水に融け込みたい、どこまでも一緒に転がってゆきたいというこれまで覚えたことのないAdventurous Spiritにとり憑かれたのである。

三本滝手前にも清冽な滝が
滝壺に真っ逆さまになだれ込む

この充実感・・・、昂揚感・・・!! もう三本滝は近いに違いない・・・。霊気とでもいうのだろうか、水の精にでも手招きされているような陶酔感である。


その危うい心の揺らめきを覚醒させたのもまた水の精なのだろうか・・・、滝壺に落ち込む水音であろう、わたしの耳朶を打ち、その響きはどんどん大きくなってゆく。まるで和太鼓が乱れ打ちに転じてゆくようなピッチで・・・

吊り橋の下にも小さな滝が
この吊り橋を渡り、坂を登った地点から写しました

水の精に操られたようにして吊り橋を無事渡り終えると、直ぐにまた急勾配の板敷きの坂があった。最後の力を振り絞り昇りきった。


目の前にぽかっと小さな平地が出現した。

わたしには難易度の高い最後の難所
平地といってもこの険しさ

水溜まりのできた小さな木橋を渡ると、その先に“三本滝”の案内板が見えた。

正面に三本滝の案内板が
水溜りの橋の突き当りに三本滝の案内板が

三本滝に到着である。慎重に足場を選びながらの行程であったが、35分ほどで到達した勘定になる。家内の助けもあり、捻挫や転ぶこともなく、上出来の部類といったところである。


そして転がり落ちて来たのだろう、そこここに点在する大石を右に左に避けながら、ゆっくりゆっくり瀑布の放つ轟音に向かい進んだ。

大きな石が転がっている
沢にも大きな石がゴロゴロ

視線を地べたから空へ向けて上げた。三筋の滝を認めた。一望できた。爽快である!!

何とか三本滝を一望?に
眼前に滝が見えた。手前に黒い沢の滝・真中に本沢の滝・左奥に糸のように無名沢の滝

三本滝は水源の異なる三筋の流れがこの個所で滝となって天空より落下し、ひとつに合流するという。

合流
本沢の滝に右手より黒い沢の滝が落ち込んで合流

その合流する最後の瞬間、それぞれ出自の異なる水流は自らのアイデンティティーを確かめるかのように、己だけが造り上げ得る姿を創り出し、滝口からダイブする。それほどに三本滝の姿は見事なまでにその趣きを異にしている。


そして各々が落ち込んでゆく滝壺から発される轟音は、三筋の水流が一緒になり混然となる寸前に己が生きて来た自身の証しを必死に誰かに伝えようと叫んでいるようにも聞こえたのである。

霊気を感じる空間
霊気を感じさせる無意識界・・・

自然の造り出す無意識界の景観であるが、客体であるわたしには彼らの強い意思を感じさせる命の為せる表現に思えたのである。


その三本滝。

向かって右手が小大野川の支流・黒い沢にかかる“黒い沢の滝”である。

黒い沢の滝
豪快に流れ落ちてくる”黒い沢の滝”

直下に落下するのではなく、幅広い急勾配の黒い岩盤の上を豊富な水がまさに石奔(いわばし)っている。

石奔る
まさに石奔(いわばし)る

その砕け、跳ね、舞い落ちて来る様は、真下から眺めていると奔放な野生馬が今にも跳びかかってくるようで、その生命力には圧倒される。


真ん中で豪快に落下している滝が、小大野川本流を流れ落ちる“本沢の滝”である。

本沢の滝
本沢の滝

少し奥まった滝口から一直線に落下する瀑布の様は潔く、痛快であり、見事である。

DSCF1073
一直線に滝壺に雪崩れ落ちる

そしてちょっと左手に白く糸を引くように楚々と流れ落ちているのが、無名沢にかかる“無名沢の滝”である。

無名沢の滝
もともと水量が少ない無名沢の滝

右側の二つの豪快な滝とは異なり、ただでさえ僅かな水量は滝壺に落ち込むまでに霧となって大気を潤している。わが身を削り、細い糸のようになり落下し、滝壺へ舞い降りる時には、消え入るような姿である。

DSCF1050

ただでさえ細い我が身を削り、大気という世界に水の精なる潤いをほどこし、ついには消え入るように小さな小さな滝壺へと身を沈めてゆく・・・

無名沢の滝
か細い流水が岩肌を落下してくる・まだ残雪がそこかしこに・・・

なにか、衆生を救うために祈ってくれている観音さまのように思えてきて、この“無名沢の滝”が殊のほか有難く、いとおしく感じられた。

絶景スポットを譲りました
絶景ポイントを後から到着した旅人に譲る

そして20分ほど三本滝という清浄なる空間を二人っきりで独占したところで、旅人たちがチラホラと辿り着いて来た。そこで頃はよしとこの清浄界を後にして帰路につくことにした。


帰りは足が慣れたせいもあるのか、30分弱でレストハウスまで辿り着いた。


ミヤマカタバミ

その道すがら高山の花や芽吹き始めた木々の新緑を愛で、ウグイスやコマドリなどの野鳥の囀りに耳を傾け、心満ちた道行きを愉しんだ。

可憐な花々に失礼にならないように、帰宅後、”山と渓谷社”の”高山の花”、”山の花”、”野の花”を買い求めたのでこれからもう少し勉強しないといえませんね。色々な花が咲いているのだが、名前が分からないのが多くて・・・

新緑の乗鞍高原温泉郷を巡る=乗鞍三滝(番所大滝・ばんどころおおたき)

新緑の乗鞍高原温泉郷を巡る=乗鞍三滝(三本滝・さんぼんだき)
新緑の乗鞍高原温泉郷を巡る=乗鞍三滝(善五郎の滝)

「乗鞍高原のミズバショウが見たい」との家内の言で、蓼科の新緑を堪能したついでに、乗鞍温泉まで足を延ばした。

松本ICから国道158線で乗鞍高原へは約1時間・上高地との分岐点

わたしは初めての訪問だったが、家内は独身時代に“お花畑”(乗鞍岳畳平:標高2700m)に行ったことがあるという。ただその時は花より団子の“お年”だったので、お花畑の美しさより夏というのにあまりの寒さに高山植物の鑑賞もそこそこに“下界の温かい団子を喰うため(これは私の想像だが・・・)”下山したのだそうだ。公平性の観点からこの件についての家内の言い分を一応記しておくと、「当日は霧がかかっており、視界不良で気温も低かった」とのことだが、数十年も前のこととて事の真偽をわざわざ確かめる気はこちらにはない。でも・・・やはり、団子の口だとわたしは確信して疑わない。


そして山頂・畳平までの乗鞍エコーラインは11月から6月末までは閉鎖中で、長野県側から畳平には登れぬため(岐阜県側からは515日より畳平への路線が開通)、今回はミズバショウを観ようとなった次第。


ところが、乗鞍訪問の二日ほど前に観光協会にミズバショウの開花状況を問い合わせたところ、「盛りはゴールデンウィークの頃で、終わってしまった」とのこと。

宿は予約してしまった。行くしかないということで、言い出しっぺの家内が観光案内の資料に目を通し、入念に見どころを再選定、観光ルートを作り上げたのが、乗鞍三滝巡りであった。そしてこの名勝たる三滝全てが梓川の支流である“小大野(こおおの)川”と呼ばれる奇妙な名前の川に形成されている。

初日、われわれがまず向かったのが、その一番下流にある“番所(ばんどころ)大滝”(標高1240m)である。大滝と謳われているように落差は40m、幅も11mの規模を誇り、乗鞍三滝のなかで一番大きな滝である。この上流に残る二つの“善五郎の滝”(標高1520m)と“三本滝”(標高1810m)があり、そこは翌日、訪れた。

番所大滝案内板
番所大滝の案内板

番所大滝を見るには、車を止めた駐車場から少し山道を下ったところで道が左右に分かれている。左手へ下ってゆくと滝上展望台へ、右手の道を下ると滝を見あげる展望台へと続くのである。

そこでわれわれは最初に番所大滝の滝口、つまり滝の頂上を見下ろす“滝上展望台”へ向かうことにした。下り初めてすぐにその小さな滝上展望台はあった。

番所大滝滝口
番所大滝の滝口はこんなに狭くて小さい

新緑の木立で視界が遮られ、一望のもとに滝水の落ちる瞬間を観ることは難しかったが、水勢があり大きな水音を轟かすわりに、その水量は透けて見える岩畳の川底をうすく舐めるように流れる程度であった。こんな水量でどれほどの滝になるのかと思ったのは正直な感想であった。

番所大滝滝口
水勢はあるが、水量は川底の岩肌が透けて見える程度

そこから夢見橋を渡り、その渓谷の景観を楽しんだ。そのまましばらく行くと千間淵(せんげんふち)にゆくが、橋を渡ってちょっと行った先でわれわれはUターンした。先ほどの分岐点へ戻り、番所大滝を下の方から見る展望台へ向かうためである。

小大野川に架かる夢見橋
小大野川に架かる夢見橋・これを渡って先に行くと千間淵

分岐点から展望台への径はかなり急勾配の下り坂であった。

途中、こんな足場も・・・、ちょっと怖い・・・

ただ足が少々不自由なわたしでも手すりが整備されているので、ゆっくりと足元を確認しながら下りてゆけば問題はない行程である。

展望台へ九十九折りの急坂が
真っ逆さまに落ち込むような急坂、でもしっかり手すりが・・・、助かった・・・

足元に注意しながら途中の岩肌を観察すると、昔地学で習った”板状摂理”が見事に見える。太古の昔からの自然の営みを理屈なしに納得できる造形である。

大滝への道に続く板状摂理
急坂で足元には注意しながら、板状摂理を見てみよう
くっきりと板状に摂理が見える

分岐点からわたしの足で10分程度の距離であったか、滝の中腹を眺める位置にある屋根付き展望台へと到着した。

水しぶきがただよう展望台
誰もいない展望台

あたりには細かい霧のようになって水飛沫が漂っていた。まさにマイナスイオン100%の清浄世界である。

目の前には落差40mの番所大滝があった。

番所大滝
豪快な落差40mの番所大滝

清冽な雪解け水が雪崩のようにして滝壺にど〜っと落ち込むその様子は、渓谷に轟く大音響と相俟って迫力満点であった。

雪解け水がなだれ込む滝壺
轟音を発する滝壺

滝口の勢いはあったものの、あの僅かに見えた水量がどうしてこれほどの大滝に変身するのか、自然が造り出す景観の魔術にわたしはただ唸り声を絞り出すことしかできなかった。

滝口を見上げる
滝口を見上げると、あの水量がと思うほどに、豊かな雪解け水が落ちてくる

大滝が轟かす大音響のほかには何の音もしない・・・。そのことがこの渓谷の静寂を逆に見事に際立たせている。

新緑を裂きなだれ落ちる大滝
新緑を裂き雪解け水が豪快になだれ落ちる・・・ほかに何の音もない・・

そしてその自然が生み出す“静寂の時間”は、社会と呼ばれる猥雑な空間で呼吸せざるを得ないわたしに、人間という生物の存在がいかに小さく、その意思が何ほどにもないことを、否も応もなく悟らせたのである。

松本名物・翁堂の“女鳥羽(めとば)の月”=松本のお菓子

松本市中央3−4−16


GWに松本散策で中町通りをぶらぶらしていると、えんじ色の大きな暖簾を店頭にひろげているお店にぶつかった。“御菓子処翁堂”と書いてある。

中町通りにある翁堂・蔵の店
店頭に大きな翁堂の暖簾が・・・
蔵造りの家並みがつづく中町通り
蔵の町・中町通り

そこで、当然の如く、わたしの足はたくさんのお客さんが入っている店内へと直角に曲がった。

お客が一杯の翁堂
店内にはたくさんのお客さんが

店内に飾られた額や置物を見ると、どこか由緒あり気な和菓子屋である。店の奥の窓越しには小さな中庭と漆喰塗の蔵が見えた。

奥の蔵は資料館
中庭を通って奥に資料館の蔵が

そこで、店主の木内さんに訊ねたところ、この翁堂は明治44年(1911)創業というから、今年で101年目の由緒正しき老舗ということになる。

福禄寿の額の掛かる店内と木内社長
福禄寿の額と店主の木内さん

店内に飾られる篆書体(てんしょたい)で書かれた“福禄寿”やちょっと難解で読み取れない漢字の刻まれた額について訊ねると、先代のご主人の御趣味だということであった。

表のショーウインドーの飾りも風流
ショーウィンドーに飾られた風流な品々

木内さんは翁堂の三代目にあたるということ。由緒があるはずだ。

店内には翁の人形が
翁の人形

そこで、旅人の厚かましさで、「何がお薦めでしょうか」なんて訊ねて、“女鳥羽(めとば)の月”という菓子を買い求めた。女鳥羽川に映る月影をクルミをたっぷり使って形どった白餡入りの焼き菓子である。何と戦前の昭和14年に全国菓子大博覧会において金碑を受領しているというのだから、この“女鳥羽の月”自体がなんとも由緒正しき和菓子であった。

女鳥羽の月が並ぶ
木内店主お薦めの”女鳥羽の月”

いわゆる旅先のお土産屋で売っている饅頭程度の気持ちで買い求めたので、帰宅後に口に入れてビックリ!! 

くるみの載った女鳥羽の月
”女鳥羽の月”の上に載るくるみが女鳥羽川に映る月影を表しているのだとか
女鳥羽の月の白餡
この白餡のおいしさにビックリ!!

この白餡が上品でふしぎなまろやかさなのである。早速、包み紙に書いてある原材料を調べると、卵・砂糖・くるみ・水飴・小麦粉・本味醂・テボ(手芒)餡・塩・膨張剤とあった。さて、“テボ餡”なるものが、どうもこのふしぎな味を醸し出しているらしい。 

女鳥羽の月の包装紙
”女鳥羽の月”の包装紙

ということで、早速、調べて見ると、テボとは手芒と書き、手芒豆(白いんげん豆)を餡にしたものが、“テボ餡”なるわたし好みの白餡の正体であった。

お店の前を流れる女鳥羽川
菓子の名前の由来となる女鳥羽川

店主の薦めるままに購入した“女鳥羽の月”は松本の名物であり、しかも由緒のある焼き菓子であることを知らされた今回の松本の旅であった。

花林桃源郷・“蔵久(くらきゅう)”の“かりんとう屋敷”=松本のお菓子

松本市中央2-4-13

0263-36-2165


花林桃源郷(かりんとうげんきょう)・“蔵久(くらきゅう)”は信州安曇野にある。そのお店は店舗と呼ぶには相応しくない、5800平方メートルもの敷地に建つ元造り酒屋のお屋敷で、登録有形文化財にも指定された建築物の一画を売店として平成17年にオープンしている。

その文化財の広い和座敷では日本式の庭園を愛でながら、“お茶と花林糖”や“田舎蕎麦”などがいただけるという。

また、その屋敷は昭和51年公開の「犬神家の一族」(石坂浩二主演)の撮影が行われたところとしても有名なのだそうだ。


その大仰なお店については昨年の23日の安曇野旅行ではまったく気づかずに素通りしたことになる。


なのになぜ、ここでブログへアップするかと言えば、このGWに松本を訪ねた際に、その“蔵久”の“かりんとう屋敷”へたまたま入ったのが縁である。そこはいわば安曇野の“蔵久”の出店とでもいったらよいのだろうか、歴史を感じさせる蔵を改造した小さな店である。


お店の前を流れる女鳥羽川
蔵久前より女鳥羽川を望む

女鳥羽川沿いの小さな武家屋敷にあるような時代がかった門をくぐり、砂利が敷きつめられた小径の飛び石を踏んでゆくと、突き当り右手に小さな蔵がある。

蔵久・かりんとう屋敷
この小さな門をくぐり、庭石を踏んでお店へ。右手が女鳥羽川
奥右手の蔵の中がお店

突き当り右手が”かりんとう屋敷”

まことに重厚な漆喰塗の観音扉が開かれ、そこに“久○かりんとう本舗”の暖簾がかかっている。“蔵久”の可愛らしい“かりんとう屋敷”である(暖簾の“久○”のロゴは“蔵久”が松本のかりんとうの老舗・久星(きゅうぼし)食品(株)の運営になるからとのこと)。



漆喰扉の中がお店
この重厚な扉のなかがお店です

うす暗くて少しひんやりした店内には、たくさんの種類のかりん糖がお洒落な袋に入れられて展示されている。

薄暗いが落ち着いた店内
蔵の中です、この薄暗さが落ち着きます・・・

試食が出来たので、もちろん色々なかりん糖を口に入れて見た。黒糖のしつこい甘さを想像していたわたしは、そのサクッとした歯触りに加え、ほんのりとした甘味と黒糖のみでないキャラメル味やシナモン味といった今風の品ぞろえとパッケージの可愛らしさに気持ちがウキウキ。

白糖かりんとう
白糖かりんとう
柚子かりんとう
柚子かりんとう
生姜かりんとう
生姜かりんとう

加えてまことに小振りだが“蔵シック”なお店の落ち着いた雰囲気が殊のほか気に入ったのも、“花林糖”を買い求めた理由である。

源作
蔵久の銘品”源作”
源作
源作・親指大をひと回り大きくした正統派花林糖です
このサクサク感がいい
源作のなかはこんなです、サクサクして本当においしいです

「源作」は個包みの正統派のかりん糖。そのほかに「蕎麦」「珈琲」「白糖」「黒糖」「梅」「シナモン」「キャラメル」「ココア」「海苔」「ゆかり」「生姜」味などちょっとそそられるかりん糖が多数並んでいる。


きれいな包装
海苔かりんとう
海苔かりんとう
海苔の風味がしっかりした花林糖

家に帰って色々な種類の“蔵久”のいう“花林桃源郷(かりんとうげんきょう)”の世界にどっぷりつかり、その甘さ控えめの上品な“花林桃(かりんとう)”にご満悦だったのはいうまでもない。


そして、先日の世界女子バレー応援の際にも、会場の東京体育館までコーヒーのお供に持参し、キャラメル味の“花林桃”を休憩の合間に食べました。


キャラメルかりんとうの包装
キャラメウ味の花林糖
キャラメルかりんとう
これ袋の一部ですが、あっという間に食べちゃいますね
東京体育館でキャラメルかりんとうを食べました・・・が、韓国に負けちゃいました・・・

花林糖に特化する“蔵久”は毎年、新作を送り出しているが、今年も安曇野らしい「わさび花林糖」が販売されている。


松本や安曇野までゆくのは大変だが、東京でもJR駅の立川駅内のエキュート立川店・「信州安曇野 蔵久店」と品川駅内のエキュート品川サウス店・「KarintouSweets蔵久店」で購入が可能という。わたしも近くまで行った時にちょっと立ち寄って、その「わさび花林糖」なる新作を買い求めたいと思っている。


たかが“かりんとう”、されど“花林糖”である。一度、試しに騙されたと思って食べて見られたらいかが。あなたもきっと蔵久の“花林桃源郷”の世界に魅入られてしまうこと請け合いである。

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