彦左の正眼!

世の中、すっきり一刀両断!で始めたこのブログ・・・・、でも・・・ 世の中、やってられねぇときには、うまいものでも喰うしかねぇか〜! ってぇことは・・・このブログに永田町の記事が多いときにゃあ、政治が活きている、少ねぇときは逆に語るも下らねぇ状態だってことかい? なぁ、一心太助よ!! さみしい時代になったなぁ

経済

グランドデザインのない菅首相の経済政策=今度は雇用熱心度減税?5

 今日も菅首相の思い付き経済政策がニュースで流れた。

 雇用に熱心な企業に減税などの恩典を与えるといった雇用対策の検討を指示したというものであった。

 この政策検討の指示もご多分に洩れないが、これほど統一性を欠く政策が、時の内閣から次から次へと繰り出されるのも珍しい。 まぁ、お陰で、少々のことでは驚かなくなったし、また、相当なことを言われようが、期待もしないし、失望もしなくなった。自分の短気な性格には、恰好の精神鍛錬である。

 ただ、こっちも洞ヶ峠を決め込んで、冗談を言ってばかりもいられない。今の日本経済を取り巻く世界のなかで一人負けのような状態で、こうした無能な政府が居座るのは、極めて危険である。 まぁ、あまり、こっちも揶揄ばかりしてハスに構えてばかりいては、本当にこの国の経済は根っ子からやられてしまう。どうしたらよいのか・・・。う〜ん・・・。

 「一に雇用、二に雇用、三に雇用」とか、「介護とか成長分野に力を入れて」とか、「法人税減税」とか、この宰相は声高にお題目を唱える。どうも、生きた経済はすべてが関連しているのだという、至極当たり前の理屈以前のことがお分かりになっていないようなのだ。

 一つの経済行為が次の経済活動を誘引するのだというごく基本的な経済の知識もないのではないかと、一連の発言を聞いていて、正直、呆れるしかないのである。それをまずは丁寧に、側近の人々が一国の宰相に教えてもらいたいのだ。

 少しでも経済政策なり政治に関わるものであれば、政策論の一つでも真面目にやれば、産業連関表や生産波及系数(倍率)といった言葉も一度くらいは聞いたことがあるのではないのか。でも、菅首相の発言を聞く限り、そうしたことも知らずに、思いつきで口から出まかせのように喋っているとしか思えない。「政治主導」とことあるたびに口にする菅首相。その人が使いこなすべき官僚の人々も、こうした思いつきの発言にはさすがに参っているのではないのかと、同情してしまう。財政再建をぶち上げる傍らで、税収不足に悩むなかで、法人税の減税を語り、さらに雇用に熱心な企業にはさらに減税の恩典を与える。90数兆円に及ぶ概算要求の来年度予算に、こうした減税案をどのように具現化しようというのか。本当に分からない。それから、そう言えば、第三の道なんて、昔、言ってたけど、来年度予算でその「道」ってもの、見せてくれるんだよね・・・。

 何せ、ああも、こうも単発的な政策?を脈絡なく唐突に言うのだから。

 ここに至ると、この内閣は経済政策に限らず、大元の国のグランドデザインをそもそも自らが描けぬ内閣なのだと言うしかない。何のために政権を奪取したのか。

 小沢一郎は嫌いだ。しかし、この体たらくを何度も見せられた日には、「矢でも鉄砲でも持って来い」じゃないが、ヒットラーでもいいかと本気で、最近、思えて来たのだから・・・。

 正直、そんな自分が怖くなってきた。

 介護ロボットの開発支援に1兆円の予算をつけるとか、ちょっとでも気の利いたことでも言ってくれないもんだろうか・・・。

 あぁ、あぁ、ただでさえ猛暑日が続いているのに・・・・ ゚・(ノД`;)・゚・

代表選なんかやってる暇はない!!経済無策の民主党内閣3

 最近のやられっぱなしの日本経済を見ていると、この国に政府と呼べる経世済民を専らとする政治の司令塔など、ないのだと思うしかない。

 この11日には1995年7月以来の円高に突入。

 そして、先日、第一四半期の対前年比GDP伸び率が、わずかに0.1%との速報値が発表された。確定値になったら、ひょっとするとマイナスにもなりかねない危機的数字が発表されたのである。

 まずは、そうした為替動向について、菅首相は休暇中の軽井沢から12日午前中に、仙石官房長官に対し、急速に円高が進むことへの懸念を電話で伝え、金融市場で特異な動きがあった場合には報告するよう求めたという。政治の最高責任者、国民生活を守る最終的なゴールキーパーであるとの自覚ゼ〜ロ!の男と断じざるを得ない。

 それを受けた形で、同日、政府高官は、「政府として為替市場の動きを注視していく」
「今後の推移を注意深く見てゆく」と、他人事のようなコメントを発表、どこか評論家のような反応である。

 こうした経済の状況下では、敏速に具体的対応策を集中的に講じることこそ、政府の役割なのではないのか。軽井沢で休暇など取っているような連中に、「政治主導」を云う資格などない。

 また、現状の景況感の認識においても、政府内で、荒井聰国家戦略相は「政策が功を奏して軌道に乗りつつあると思っている」と、この景気減速の事態にも、素人といおうか、希望的観測の言葉を、政策当局の大臣とは思えぬ態度で並べた。

 その一方で、内閣府の津村政務官は、「景気は踊り場に入ったと言えるかもしれない。海外の景気の減速やこのところの円高などで、景気の自律的な回復の芽が摘まれることが懸念される状況だ」と、先行きを懸念する見解を述べた。

 この大事な時期に、政府内で現状の足元の景気認識が共有されていないことに、正直、驚きを隠せないし、政府内でそれこそ角付き合わせるような厳しい政策論議がなされた気配もないことに、こんな政府に政治を任せたままでは、この国は直に滅びてしまうと、恐怖心すら覚えてしまう。

 また、首相に続いて夏季休暇に官房長官が入るといった危機意識の欠如に、この民主党政権の経済政策をはじめ、安全保障などの国の舵取りの基本哲学についての無知蒙昧ぶりが一段と際立ち、国政を担当しているという極めて重い責任、使命感も、この民主党政権にはないのだと断罪するしかない。

 この政権は本当にあらゆる分野において、素人の集まりであり、抽象的な一般論を、首相を含め各閣僚が、好き勝手に言う、「思いつき内閣」、「口から出まかせ内閣」と言ってよい、無責任で度し難い政府であると、いまや言うしかない。 

 そんな厳しい環境の中で、民社党は9月14日の代表選かなんか知らないけれど、政治ごっこに余念がない。そんなことなど、やってる状況じゃないだろ〜!!というのに・・・

 そしてメディアも、永田町担当がここぞとばかりに張り切って、小沢一郎だの菅直人だの、さらには次期総選挙での議員辞職を決めたはずの鳩山前首相までもがしたり顔で現れる、その「ごっこ遊び」を性懲りもなく垂れ流す。

  わたしは、民社党政権に、長年の自民党政権下、諸々の利権や人事、政治献金の還流システムなど、この国の硬直化した政治システム自体に、抜本的な構造改革のメスが入れられることを期待した。

  しかし、いまの惨憺たる経済の状況の正確な理解さえままならず、なす術をまったく知らぬ政府閣僚の面々を見るにおよび、自分の不明を恥じ、ただただ慨嘆するしかない。

 本当に 政治主導とよく言ったもんだ。呆れて物も言いたくない。 だから、これで止めにする。 涙、涙、涙・・・・・・

株式市場(TOPIX)の年初来変化率が日本のみマイナスへ

 菅直人副総理(経済財政担当)が20日の記者会見で、日本経済は「デフレ状況という認識だ」と発言した。しかし、「日銀と協力して・・・」といった発言に、現下の経済の深刻な事態に対する今後の対応を語る様子はまるで評論家のようで他人ごとであった。

 

 いま、事業仕分けで予算の絞り込みが行われている。ムダを省くのは当然のことであるが、その一方で経済がここまで落ち込んでいるなかで、早急な景気刺激策が求められていることも事実である。

 

そうしたなか、政権中枢の副総理が、しかも国家戦略を任された経済財政担当大臣が、デフレ脱却を日銀の金融政策に任せるだけで、財政面で何ら具体的な施策、方針も打ち出さないとは驚きを越えて、この人は経済の実態が肌身で分かっているのだろうかと、政治家としての資質を疑わざるを得ない。こうした宣言をするときには、具体的対応策を同時に提示し、市場の動揺を抑えるということなど、危機管理のイロハ中のイロハであろうと考えるが。

 

菅副総理はなるほど国会論戦における舌鋒には鋭いものがあるが、経済政策は口先だけでどうにかなるものではない。政権発足後2カ月を超えた今、TOPIXが年初来の変化率でマイナスになったという。G7各国の株式市場がほぼ20%から30%の伸び率を示すなかで、日本のみ▲1.07%である。それもここひと月ほどで一段と落ち込みがひどくなっている。成長地域と言われるアジア市場を見ても、中国の81.42%、韓国の42.64%、インドの76.20%、台湾の69.16%と、軒並みの大幅な伸び率に較べ、わが国の体たらくぶりが際立っているのである。

 

民主党政権発足後のTOPIXの動きを見ると、9/16931.4310/19905.8011/19837.71と直近までに9/24950.20の発足後の最高値を記録したものの、大勢は右肩下がりで下落している。発足後わずか2カ月の間でも11.2%のマイナス、特にこのひと月で8.1%もの大幅マイナスとなっているのである。

 

 市場は民主党政権の経済政策を好感していないことは明らかである。ここひと月の市場の冷たさはとくに気味が悪い。そのうえでの20日の菅副総理の他人ごとの「デフレ宣言」である。また、一段と市場心理が冷え込んでゆくことは確かである。口先の説明はもういい加減にして欲しい。無駄な公共工事を止めるのはよいが、その削った資金で経済をそれこそ自律回復させる「玄人の景気刺激策」を早急に打ち出すべきである。もう、国民と新政権とのハネムーン期間も終わりである。金の切れ目が縁の切れ目と昔の人は、よくぞ言ったものである。

東証株価、連日のバブル崩壊後の最安値更新=7054円98銭1

東証株価、連日のバブル崩壊後の最安値更新=705498

 

週明けの39日、米国株式市場のダウ工業株30種平均は、前週末比79ドル89セント安の6547ドル05セントの水準まで下落。19974月以来、1111カ月ぶりの安値を更新した。

 

それを受けた10日の東京株式市場は昨日に続き小幅ながら続落、2日続けてのバブル後最安値の更新。終値は前日比3105銭(0.44%)安の705498銭となった。

 

1982106日(697435銭)以来、265カ月ぶりの安値水準となる。

 

 【これまでの安値更新の推移】

 

1982.10.6   6,974.35(鈴木善幸首相退陣表明6日前)

2003.4.28   7,607.88(竹中ショック)

2008.10.27  7,162.90(リーマンショック)

2009.3.9   7,086.03

 

西暦 東証株価時価総額【億円】 東証株価指数(TOPIX

 

1989         5,909,087                             2881.37

1990         3,651,548                             1733.83

1991         3,659,387                             1714.68

1992         2,810,056                             1307.66

1993         3,135,633                             1439.31

1994         3,421,409                             1559.09

1995         3,502,375                             1577.70

1996         3,363,851                             1470.94

1997         2,739,079                             1175.03

1998         2,677,835                             1086.99

1999         4,424,433                             1722.20

2000         3,527,846                             1283.67

2001         2,906,685                             1032.14

2002         2,429,391                               843.29

2003         3,092,900                             1043.69

2004         3,535,582                             1149.63

2005         5,220,681                             1649.76

2006         5,386,295                             1681.07

2007         4,756,290                             1475.68

2008/12    2,789,888                               859.24

2009/2      2,466.937                               756.71

2009/3/10 2,300,698             703.50

 

(出典:内閣府「『平成20年度経済財政報告』の『長期経済統計』の『金融・財政統計』」等)

  東証時価総額は年末値

  東証株価指数は196814日の株価を100とした時の各末値

26年ぶり、バブル崩壊後の株価最安値7086円03銭5

26年ぶり、バブル崩壊後の株価最安値708603

 

20081027日のバブル後安値(716290銭)を更新

 

東証株価バブル崩壊後最安値へあと42円だが・・(2008.10.25)

 

東証株価時価総額・東証株価指数(TOPIX)の推移(1956-2008)

 

バブル崩壊後の日経平均株価の最高値・最安値(2009.2.18)

 

東証株価最安値(2008.10.10)

 

 

 

3月9日、東京株式市場で日経平均株価は昨年915日のリーマンショック後の1027日に付けたバブル後最安値716290銭を終値であっさりと更新した。

 

前週末比8707銭安の708603の大引けであった。日経新聞によるとこの東証株価の水準は1982106日(697435銭)以来の265カ月ぶりの安値水準になるという。

 

 【これまでの安値更新の推移】

 

西暦      日経平均株価

1982.10.6    6,974.35円(鈴木善幸首相退陣表明6日前)

2003.4.28    7,607.88円(竹中ショック)

2008.10.27  7,162.90円(リーマンショック)

2009.3.9     7,086.03円

 

 

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バブル崩壊後の日経平均株価の最高値・最安値5

バブル崩壊後の日経平均株価の最高値・最安値

 

=GDPマイナス12.7('A`|||)

 

218日日経平均三日続落 753444銭(前日比−111円7銭)

 

 中川財務・金融担当大臣の辞任により、麻生内閣の迷走が極まってきた感がある。リーマンブラザーズの破たん(08.9.15)に始まった米国発の金融危機ではあったが、わが国経済も自動車・家電を始めとした輸出関連産業の極端とも言える業績悪化で、216日に内閣府より発表された10-12月期の実質GDP成長率(国内総生産・2000 暦年連鎖価格)は、▲3.3%(年率▲12.7%)となった。また、名目GDPの成長率は、▲1.7%(年率▲6.6%)となった。

 

 四半期ごとのGDP成長率を見ると、200710-121.1%、20081-30.2%、46月−0.9%、79月−0.6%で年明けから景気が減速していることがわかる。そしてこの直近の10-12月が−3.3%と大きく悪化することになった。今後の見通しについては日銀短観や経済界によれば悲観的な見方が強い。

 

 しかし、速報値ではあるが年換算のGDP成長率が−12.7%までに日本経済が急ブレーキを踏んだことは、見方を変えれば製品在庫調整がドラスティックに進むということでもある。そう考えれば景気の校回復というのもあながち楽観的見方と言えなくもない。現にトヨタが4月に在庫調整を終え、5月からは増産する方針を明らかにした。もちろん、新車市場の底打ち感は見えていず、在庫調整も計画通りにいくかどうか、不透明感は残ったままではあるが・・・。

 

218日(水)の東京株式市場の日経平均株価下落は3日目。日経平均終値は前日比円−111円7銭安の753444銭となった。リーマン・ショックでバブル崩壊後の最安値を更新した昨年10月の7,162.90円まで37154銭に迫ってきた。

 

 

【バブル期以降の日経平均の最高値・最安値】

(出典は「*出典:日経平均プロフィ」)

 

(バブル期の最高値)

 海部俊樹内閣時代の19891229日(金)の大納会の終値、  

38,915.87である。

 

(バブル崩壊後の最安値更新履歴) 

小泉純一郎内閣時代の竹中ショックで、2003428日(月)に、バブル崩壊後の日経平均最安値の7,607.88を記録した。

 

 そして今回のリーマンブラザーズの破綻(2008.9.15)を契機とした国際金融危機で20081027日(月)に7,162.90に急落(麻生太郎内閣)、4年半ぶりにバブル崩壊後の最安値を更新した。

 

 なお、2009年に入ってから218日までの月毎の最高値・最安値は次のとおりである。

 

1月 最高値9239.2417日(水))  最安値7682.14126日(月))

2月 最高値8076.6226日(金))  最安値7534.44218日(水))

 

 

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東証株価7649円、バブル崩壊後最安値へあと42円だが・・5

東証株価、バブル崩壊後最安値へあと42円だが・・

 

東証時価総額推移1956〜2008年

 

 

 

 

 

 20081024日、東証株価は8000円台をあっさりと割り込み、終値が7,649円となった。2003428日のバブル崩壊後最安値の7,607円へあと42円という壊滅的水準に近づいた。1024日の時価総額(東証一部)も2579774億円へと急落し、過去最高の時価総額であったバブル期の590.9兆円(1989年末)の44%にまで下がる結果となった。また直近10年間の年末時価総額を見ると、その最高値は昨年末の538.6兆円(2007年)であり、その総額から48%の水準、つまり半分の資産価値までこの10か月間で落ち込んだことになった。

 

 この世界的規模での株価急落はもちろん米国の金融危機に端を発し、世界景気の後退が懸念され、実感されるなかで起こったものであるが、パニック的市場心理がその大きな部分を占めていることも一方の事実である。とくに日本の株式市場や為替レートを冷静に見れば、我が国の経済実態に見合った株価水準でないことは分かるはずである。

 

 まず、東証一部銘柄のPBR(純資産倍率という)を見よう。PBRは株価÷1株当りの株主資本(BPS)で計算される値である。1株当りの株主資本(BPS)は株主資本(企業の純資産価値)÷発行済み株式総数で得られる数値である。

 

 理論的にはPBRが「1」のとき、その企業の株価は正当に評価されていると言えるものである。なぜならPBR1より低い値が続く時には、株主はその企業を清算させ、投下資金を回収した方が得という計算になるからである。したがって、理論的にはPBR1」という数値がその企業の株価の下支えと考えられる。

 

 そのPBRを東証一部上場企業平均で見てみると、9月末の数値ですら0.9と1を割る水準にあった。9月末の日経平均終値は11,259円とこの24日の7,649円より3610円、47%も高い時点においてである。因みに24日の株価急落の一因とも言われたソニーの24日の株価で計算されたPBR0.57である。

 

 一方で為替レートを見ると、対ドルで94.28円(25am9:50現在)、対ユーロで119.00円(同)、その他通貨に対しても同様に円は一種、独歩高の様相を呈している。通貨として現在、国際的には「円」が非常に強い通貨であると国際金融市場のプロたちが考えている証拠である。その大きな要因はこの世界恐慌的な世界同時株安の元凶である金融システムの毀損が、日本は国際的な視点で見ると相対的に傷が浅いという点にあると考えられる。

 

 そう考えたとき、日本の今の株価水準はどう考えても低すぎるし、必要以上に他国のパニックにお付き合いし過ぎという感がしてならない。外人投資家やファンドなどが国内の機関投資家とも相まって投機的先物取引等を行うなど市場が複雑な動き・展開を見せるのは当然であり、単純に理屈だけで割り切ることはできぬが、現時点では日本は相対的に安定的な経済環境にあるのだと考えられ、株価水準は実態を無視してやはり突っ込み過ぎではないかと言わざるを得ないのである。

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日経平均、バブル崩壊後最安値まであと669円5

日経平均、大幅続落で10日の終値8276円43銭

バブル崩壊後最安値669円!

 

26年ぶり、バブル崩壊後の株価最安値7086円03銭(09.3.9)

 

 米国のサブプライムローン問題に端を発した金融危機が、とうとう世界の株式市場を恐慌の恐怖に陥れることとなった。

 

 昨日のNY市場の暴落を受けて、前日小康を保った東京市場も、我慢しきれずにあっさりと9千円を終値で割り込んだ。それどころか、週末・初のNY市場の動向次第では、連休明け早々にも8千円台を割り込む事態も想定される水準にまで落ち込んでしまった。

 

 バブル崩壊後の日経平均の最安値は小泉内閣時代の2003428日の7607円である。その水準まで残り669円の安値圏を覗き込む崖っぷちにまで、日経平均が来た。恐慌の前触れのすえた悪臭が流れ出しているようで、気味が悪い日々が続く。 

 

東証株価時価総額(第1部)・TOPIXの推移

1956年〜2008年)

 

暦年【年】東証株価時価総額【億円】東証株価指数(TOPIX

1956    16,404                                  51.21

1957            16,748                                  43.40

1958            23,226                                  60.95

1959            37,770                                  80.00

1960            54,113                                109.18

1961            54,627                                101.66

1962            67,039                                  99.67

1963            66,693                                  92.87

1964            68,280                                  90.68

1965            79,013                                105.68

1966            87,187                                111.41

1967            85,901                                100.89

1968           116,506                                131.31

1969           167,167                                179.30

1970           150,913                                148.35

1971           214,998                                199.45

1972           459,502                                401.70

1973           365,071                                306.44

1974           344,195                                278.34

1975           414,682                                323.43

1976           507,510                                383.88

1977           493,502                                364.08

1978           627,038                                449.55

1979           659.093                                459.61

1980           732,207                                494.10

1981           879,775                                570.31

1982           936,046                                593.72

1983         1,195,052                               731.82

1984         1,548,424                               913.37

1985         1,826,967                             1049.40

1986         2,770,563                             1556.37

1987         3,254,779                             1725.83

1988         4,628,963                             2357.03

 

暦年【年】東証株価時価総額【億円】東証株価指数(TOPIX

 

1989         5,909,087                             2881.37

1990         3,651,548                             1733.83

1991         3,659,387                             1714.68

1992         2,810,056                             1307.66

1993         3,135,633                             1439.31

1994         3,421,409                             1559.09

1995         3,502,375                             1577.70

1996         3,363,851                             1470.94

1997         2,739,079                             1175.03

1998         2,677,835                             1086.99

1999         4,424,433                             1722.20

2000         3,527,846                             1283.67

2001         2,906,685                             1032.14

2002         2,429,391                               843.29

2003         3,092,900                             1043.69

2004         3,535,582                             1149.63

2005         5,220,681                             1649.76

2006         5,386,295                             1681.07

2007         4,756,290                             1475.68

2008

 

(出典:内閣府「『平成20年度経済財政報告』の『長期経済統計』の『金融・財政統計』」)

  東証時価総額は末値

  東証株価指数は196814日の株価を100とした時の各末値

リーマン・ブラザーズのCHAPTER11申請は世界大恐慌へのゴング!3

 915日、米国の大手証券会社リーマン・ブラザーズ・ホールディングスがCHAPTER 11(米連邦倒産法第11条)を申請した。日本でいうところの民事再生法である、と言うより、日本の民事再生法の見本が米国のチャプター・イレブンであったのだが。同法は現在の経営陣が退陣することなく会社再生の道を選べるという点で、会社更生法とは大きく異なる。とは言っても会社の倒産というきわめて深刻な事態であることに変わりはないのである。

 

 およそ10年前のこと。北海道拓殖銀行の破たんにつづく山一証券の自主廃業の発表。199711月、この日本で相次いで起こった社会を震撼させた大手金融機関の実質的な大型倒産。その翌年には日本長期信用銀行という大銀行の倒産などが続いた。リーマン・ブラザーズのCHAPTER11の申請を聞いて、あの時の背筋の凍るような金融危機の恐怖がまざまざと甦ってきた。事の発端は異なっていようが、これまでの経緯があまりにも似ているのである。

 

 サブプライム・ローン問題に端を発した世界的な金融不安は、これまでのところ自己努力による増資を中心になんとか決定的な金融危機を回避し、目晦(くら)ましのようにして、ごまかしごましでなんとかやって来たように見える。しかし、この99日、サブプライム問題の煽りを受け苦境に陥っていた米政府系住宅金融機関二社に対し、米政府が十兆円余にのぼる多額の公的資金による資本増強という政策パッケージを発表、両社を公的管理下に置くとした。この発表により逆にわたしは、米国の金融危機は生半可なものではなく、不良資産が不良資産を新たに生み出してゆく、未曽有の負のスパイラルの世界に入ったと判断し、憂慮を深めたところであった。

 

 その矢先の大手証券というより世界的大金融機関であるリーマン・ブラザーズのCHAPTER11の申請である。いま、米国にとどまらず欧州の金融機関も含めてサブプライム・ローンの痛手を互いの傷をなめ合うように増資をし合うことで、自己資本の毀損(きそん)に対処しようとしている。しかし、その増資による自己資本の増強という手法は、そのリンクの中にある、一社がつまずくことで、ドミノ倒しの危険を孕(はら)んでいる。「見せ金増資」とは言わぬが、最初の増資で自己資本を強化した金融機関が、他の金融機関の増資に応じ資本増強を果たす。それを繰り返すことで、みんな、資本は大丈夫であると何となく安心しているのが、つい、昨日までの状況ではないのか。

 

 リーマンが破たん。その直後にニューヨーク・タイムズ社がプライベート・エクイティのJCフラワーズらのAIGへの出資見合わせを決定し、同社が財務的危機に陥る懸念があると報じた。AIGは誰もが知っているように、130以上の国・地域に展開している世界的な保険・金融サービス機関である。そのAIGも危ないのか。

 

 ドミノ倒しが本格的に始まったのではないのか。無性に気味が悪い。真夏の夜の悪夢にならぬとよいが・・・、21世紀の世界大恐慌・・・などという恐ろしいことにならぬとよいがと祈るばかりである。


どうにも納得できぬ400億円増資=新銀行東京2

どうにも納得できぬ400億円増資=新銀行東京

新銀行本店看板

新銀行ビル

新銀行正面

 

 

 

 



 

 

 



都議会与党の公明党が東京都が提案する新銀行東京再建のための増資に賛成する方針を固めた(読売新聞社3月22日)ことで、この増資案が26日の予算特別委員会でとうとう可決された。本案は28日の本会議で正式に決定をみることとなる。

 

新銀行東京についてわたしは当初からPJオピニオンで「石原都政の象徴、新銀行東京の赤字」(2006.12.5)、「赤字決算『新銀行東京』実質トップの石原都知事に株主代表訴訟?」(2007.6.5)、「『総ての責任は司令官たる自分にある』=新銀行東京」(2008.3.14)と、度々、その先行きについて警鐘を鳴らし、都知事の言動について批判を繰り返してきた。

 

特にH18年度決算発表後の定例記者会見(2007.6.1)で新銀行に関し、石原慎太郎都知事が口にした「進むも地獄、引くも地獄で乾坤一擲打って出る以外にない」との不適切な言辞に対しては、「乾坤一擲といった一か八かの経営姿勢なり行動をとるというのであれば、万が一経営が破綻するようなことにでもなれば、実質株主である都民(新銀行の株式の84%を都が保有)は実質、経営トップにある都知事に対し株主代表訴訟同様に、知事ポストの進退は言うに及ばず石原氏の個人財産の差し押さえをも展望した経営責任を厳しく問うていかねばならない」と断じたところである。

 

そしてこの度の「追加出資」要請の事態である。約9か月前の6月1日の記者会見では記者の「資本金に対してかなり累積損失の額が膨らんでいるが、追加出資が不要なのか」という質問に対し都知事は「これはありません。今のところ考えておりません」と答えていた。1000億円もの都税を投入し20054月に開業した新銀行東京。そのわずか2年後の2007年3月期決算で累積欠損が849億円に達したにも拘わらず、その決算発表の日に都知事はあまりにも危機意識の欠如した言葉で記者の質問を一蹴していたのである。その会見の冒頭では「新銀行東京についてでありますけども、今後2年間で経営を建て直す、そのめどをきっちりつける。少なくとも、2年後には単年度黒字を出す、そういう喫緊の目的のために人事を刷新することにいたしました」とも発言していたのである。2年後と言えば20093月期である。

 

今回、公表された薄っぺらな再建計画では、単年度黒字は20123月期へとこのわずか9か月の間に納得のゆく説明もないまま3年も後ろ倒しになったのである。


これは一体、何なのか。

 

都議会での新銀行についての野党との攻防でも「銀行の中身がよくわからない」、「株主の立場として」といった他人事のような責任逃れとしか見えぬ答弁に終始している。そうであれば9か月前の発言は何だったのか。一時凌ぎの言い繕いだったとしか思えぬではないか。中身がわかっていなければ、2年間で単年度黒字にもってゆくと答えられるはずなどない。もしわからずに言ったのであれば、自治体の首長、最高責任者として1000億円もの都民の税金を投入しておいて、あまりにも無責任極まりない発言と言わざるを得ない。

 

また一方で「株主」の立場を強調するのであれば、都民の税金を有効に運用する責任において、最低でも「善管注意義務」を全うする義務はあるはずである。株主は都民であり、都知事ではない。知事に委任しているのである。その注意義務を怠り、1000億円もの税金をドブに捨てるようなことになれば、それはプロジェクトの発案者たる都知事が責任を逃れる理屈はない。ましてや再建の道筋も明確に都民に示すことなく、さらなる400億円もの都税を投入することなど、都民の一人、いや国民の一人として到底、納得のゆく話ではない。今度の増資で再建がならなければ、傷口を大きくした末に、次は破綻処理という国税である公的資金の投入という最悪の事態も想定されないわけではないからである。

 

さらにこれは都知事のみの責任を問えばよい話ではない。万が一、再建がならねば、増資に賛成票を投じた議員一人ひとりは、特別背任ともいうべき責任に問われかねないのだと肝に銘じるべきである。来年の都議選はこの400億円増資について都民が良識ある裁断を下す番である。


 

赤字決算「新銀行東京」実質トップの石原都知事に株主代表訴訟?3

200612月11日の「石原都政の象徴、新銀行東京の赤字」で、わたしは「理念先行の石原都政が、この新銀行を都財政のお荷物にさせぬことを祈るばかりである」と述べた。しかし、その祈りはどうも天に届きそうもない。61日に新銀行東京の開業2期日の平成l8年度決算が発表された。経常損失401億円(計画180億円前後)、当期純損失547億円であった。すべて「利益」ではなく「損失」である。

 

銀行決算で「業務純益」と呼ぶ指標は一般企業でいう営業利益(=売上高−売上原価−一般管理・販売費)のようなものであり、銀行の本来業務の収益を表わすものである。またより厳密な銀行本来業務の収益を表わすものとして、特殊要因である変動的な国債等関連損益や一般貸倒引当金繰入等を除いた「実質業務純益」がある。新銀行東京のH18年度決算の「業務純益」はマイナス206億円、「実質業務純益」はマイナス85億円となった。

 

一般企業で「営業利益」がマイナスであれば、その事業は継続する「経済合理性がない」ということである。なぜなら、製品を作る原材料費や販売費、そして会社の一般管理費、それらに係わるすべての人件費などを差し引いた数字が「営業利益」であり、商売というものが利益を生み出すのが当然の理であることからすると、営業利益が赤字というのはその商売に経済合理性がないということをあらわす。新銀行東京はその営業利益にあたる「業務純益」がマイナス。またその期の変動要因を除いた「実質業務純益」もマイナスであった。

 

新銀行東京のHPではコーポレートスローガンに「従来の銀行とはちがう発想で、つぎつぎと便利なサービスを提供する新銀行東京」、「銀行の常識にとらわれない新しいスタイル」とある。

また仁司泰正代表執行役からのご挨拶のなかに「『新銀行東京』は、日本で初めての、中小企業に対する無担保融資を中核とし、多彩なサービスを提供する銀行です。債務超過でも、安定的なキャッシュフローがあれば、無担保で融資します」という金融常識からすれば大胆不敵な表現がある。これはこの銀行の出自が「技術力はあるが大銀行にいじめられ資金調達に悩む中小企業を救済」するホワイトナイトの役割を石原都知事が声高に標榜したことにある。道路公団民営化など「官から民へ」という大きな社会的要請のなかで、わざわざ公的部門が銀行業に進出する大義がそこにあった。

 

しかし、ホワイトナイトとしての活躍は実態からすると知事が吼えたようには行かなかったと言わざるを得ない。理念である「中小企業向け貸出し」が思ったように伸びないうえに、それが不良債権化しているからである。

 

開業初年度の平成l7年の83日に発表された3期目で期間黒字化を謳った「中期経営目標」において、目標年度のH19年度の業務純益は230億円、経常利益は21億円であった。そして中小企業向け融資・保証残高6020億円、預金口座数は100万口座であった。

 

ところが目標年度一年前のH18年度決算実績は冒頭の業務純益マイナス206億円、経常利益マイナス401億円であった。しかも不良債権比率は6.42%とこの一年間で5.52%もの上昇を示しているのである。

 

その決算発表時に批判をかわす意図でもあったのだろうか「新中期経営計画」があわせて公表された。単年度黒字化を当初計画より2期後ろ倒しし、目標年度をH21年度とするものである。その主要な経営指標は、H21年度で業務純益28億円(当初中期計画H19年度 230億円)、経常利益10億円(21億円)であった。そして本丸の中小企業向け融資・保証残高は1610億円(6020億円)と大幅に目標ダウン、預金口座数にいたってはわずか10万口座(同100万口座)に減少している。

 

当初の意気込みとあまりに違う数字に愕然とする以上に、この「新中期計画」も内容をつぶさに見ると、その実効性に首を傾げざるを得ない点が散見される。一例を挙げれば、「営

業推進体制の再構築」のなかの「営業推進担当者の増強」である。18年度末の62名を21

年度末までに110名に増やすとしている。わずか365名の総従業員数(H18.9.30現在)のなかで本部人員をスリム化、営業分野に人材を重点配置するとしている。しかし、最近の金融業界ではコンプライアンスやリスク管理などの徹底のため間接部門の要員強化を逆に迫られているのが実情である。

 

そうした業界環境のなかで「従来の銀行とはちがう発想」で経営する「新銀行」であるから、それも話としてはありうることかも知れぬ。しかし営業経費計画の具体的数値を見れば、その実現可能性に疑問を呈せざるを得ないのである。

物件費と税金を除いた純粋な営業経費はH18年度実績が35億円、目標年度の21年度が25億円である。営業要員を8割も増員して、純営業経費は逆に4割もの大幅減を達成させるという。コーポレートスローガンにいう「銀行の常識にとらわれない新しいスタイル」がこうした魔法のようなことを意味するのであれば、そして「従来の銀行とはちがう発想」で「新中期経営計画」が作成されているとすれば、その実現性はきわめて危うく、その根拠も脆弱であると評価せざるを得ない。

 

H18年度決算発表後の定例記者会見で石原慎太郎都知事は「できないと思ったらやらない。発案は私でその責任はあるが、私も金融の専門家ではない。経営者に責任がある」と素人が無理やり銀行を創らせ大幅赤字にしたことには頬かむりし、「進むも地獄、引くも地獄で乾坤一擲打って出る以外にない」と不穏当な言辞を弄した。

 

乾坤一擲(けんこんいってき)とは「運命を賭してのるかそるかの勝負をすること」を言う。l000億円もの税金を投じた事業に対し自治体の首長が口にすべき言葉ではない。乾坤一擲とは知事自身の己の財産なり命を賭して勝負をするときに使う言葉であって、都民の税金である公金を使った事業で、「一か八か」の博変(ばくち)を打つなどあってはならぬことである。

 

そうした経営姿勢なり行動をとるというのであれば、万が一経営が破綻するようなことにでもなれば、実質株主である都民(新銀行の株式の84%を都が保有)は実質、経営トップにある都知事に対し株主代表訴訟同様に、知事ポストの進退は言うに及ばず石原氏の個人財産の差し押さえをも展望した経営責任を厳しく問うていかねばならない。

なぜ上場維持なのか? 公正さを欠く市場の番人!3

なぜ上場維持なのか? 公正さを欠く市場の番人!

 

 東京証券取引所の西室泰三社長は12日、日興コーディアルグループの粉飾問題に関し、東証一部の上場を維持すると、事前の大方の予想を大きくくつがえす結論を発表した。

 

 東証は二週間ほど前の223日に「London Stock Exchange(ロンドン証券取引所)と国際的なプレゼンスの向上に向けた協力を進めることで合意した」と晴れがましい発表をしたばかりである。グローバルな資本市場を目指すその心意気は是とするが、日興コーディアル問題においてこうした田舎芝居を見せつけられると、23日の「国際的なプレゼンスの向上」との合意コメントは聞いて呆れるし、「東証は大変重要なグローバル市場である」と持ち上げてくれたロンドン証券取引所のクリス・ギブソン-スミス会長の顔に泥を塗る結果となった。

 

 東証は同日付で日興コーディアルグループに対し、「過年度の決算短信等の訂正を開示した件については、適時開示を適切に行うための体制において改善の必要性が高いと認められる」として改善報告書の提出を求め、「同社が、証券取引法第172条第1項に規定する重要な事項につき虚偽の記載がある発行開示書類に基づく募集により有価証券を取得させた行為により、金融庁より平成1915日付けで課徴金納付命令を受けた」として注意勧告を実施した。

 

 西室東証社長は記者会見において「(粉飾決算が)日興全体として組織的、意図的と言えるまで至らなかった。投資家が損害を被ることはなかった」とし、不正が組織ぐるみで行われた確証が得られなかったことなどを理由に、上場廃止が必要なほど悪質性はないと断を下した。そして「(大手証券会社の一翼を担う企業ということで)厳しく見るという考え方はなかったのか」との記者の質問に対して「厳しくしすぎて、市場に混乱をきたしてはいけない」(PJ後藤卓也「日興株上場維持、東証記者会見一問一答」より)と応じた。

 

 今回、資本市場の重要な担い手である大手証券の日興コーディアルグループは187億円もの利益水増し粉飾決算を行ない、証券取引法197条で罰則を定めた有価証券虚偽記載を行なった。その粉飾のあり方は単なる技術的解釈の違いと言った問題ではなく、明白な組織的意図を持った決算操作であったことは動かすことの出来ぬ事実と考えられる。

 

同社が設置した第3者で構成された特別調査委員会(委員長:日野正晴元金融庁長官)の本年1月の調査報告書の結論で、有村社長(当時)が「本件行為(利益水増し操作)に対する積極的関与の疑いを完全に払拭することはできない」と報告され、粉飾決算の意思決定者は山本CFO(当時)であると断定していることから見ても、組織的な意思があった疑いはきわめて濃厚であると考えるのが普通であるからである。

 

特別調査委員会のトップをふくめた組織的関与を色濃く示唆する厳しい調査報告書の内容からは、とても西室社長の「(粉飾決算が)日興全体として組織的、意図的と言えるまで至らなかった」との発言を予想することはできなかったし、今、報告書を改めて読み返してみてもその考えは変わらない。

 

昨年2月に東京地検特捜部は、ライブドアの堀江貴文前社長他3名を有価証券報告書の虚偽記載の容疑で再逮捕した。その内容は有価証券報告書に本来利益として計上できない約50億円を利益として計上し、これにより重大な事実に関する虚偽の記載をしたというものであった。126日の最終陳述で堀江貴文被告は「私は無罪」と述べ、弁護側も「事件は作り上げられた蜃気楼」と主張した事件と、その内容においてどこが違うのか。

 

資本市場の担い手という善良なる仮面をかぶり、事業会社に対しその上場指南を行なってきた日興コーディアルこそ「上場廃止をするべき悪質性がある」と、「国際的なプレゼンスの向上」を目指し、「大変重要なグローバル市場である」東京証券取引所は、公正なる「市場の番人」として断じるべきなのではないのか。

 

ライブドア事件の第一審判決はこの316日に東京地裁第104号法廷で下される。

 

不二家、関テレ事件の根っこにはびこる原理主義3

 

 全日本テレビ番組製作者連盟 (ATP)が関西テレビの「あるある」捏造問題を受けて、88社の加盟会社に対し行なったアンケート結果が10日の東京新聞朝刊に載った。ATPNHKエンタープライズやテレビマンユニオン等番組の制作を放送事業者から受託する制作会社正会員72社と準会員16社からなる組織である。元加盟会社である日本テレワーク(131日退会届受理)の捏造問題の背景に考えられるものとして、委託側という強い立場にある放送局の制作予算の一方的な削減、それをクリアーするため番組制作をさらに孫請けさせざるをえないといったコスト優先の業界の構造的問題をあげる回答が目立ったという。

 

 この放送事業と番組制作会社の受委託関係について、ATP25日付けで発表した「『発掘!あるある大事典供戰如璽靭埖ぬ簑蠅亡悗垢訐写席検廚砲いて、「これまで(ATPと)各放送局とのイコール・パートナーシップを相互に確認してきました。それは番組制作の委託・受託の相互関係の中で、放送事業者と製作事業者があくまで対等の立場で視聴者の信頼を勝ち得ていくことを志すものです」と、ことさらに言及している。そのこと自体が、両者が対等な関係になく、放送事業者の視聴率競争に他動的に巻き込まれていることをいみじくも言い表していると言える。

 

 CM単価に直結する視聴率競争がますます激しさを増すなか、低コストで視聴率を稼げる効率的で刺激的な番組作りが至上命題となった下請け制作会社。番組捏造は、まさに下請けとして同業の制作会社との生き残り競争に勝ち抜くために、起こるべくして起こった事件であったことがわかる。

 

 同様に不二家の消費期限切れ原料の使用等「食品」に関するあってはならぬ事件も、外食産業の熾烈な競争や大量仕入れでコスト削減を図るGMS(大型総合スーパー)への喰い込みなど、食品メーカーが生き残っていくためには身を削るようなコスト削減が必至であった点で共通性を有す。購入側が企業合併などによりどんどん巨大化した結果、仕入れ業者に対し低価格と効率性を求めてくるのは、資本の論理では至極もっともな行為であり、批判されるべきことではない。

 

こうしたテレビと食品というまったく異なった業界でほぼ同時期に起きた事件の背景を見ると、そこにはあるひとつの寒々とした光景が広がっていることに気づく。

 

 視聴者にとってよりよい番組作りや消費者にもっと愛される食品作りよりも、スポンサーや大量仕入れ業者に選択される番組、製品作りという「モノ作り」の原点が取り違えられた殺伐とした光景である。それは自由競争のなかで経済効率性を極限まで追求すればよりよいモノやサービスが産まれ、株主の利潤も拡大するのだとする市場原理主義が創り出した景色である。

 

競争がない世界を考えれば、その地位に安住し自己改革努力が生まれず、ともすると非効率なマーケットになることも紛れのない事実である。だからこそ規制緩和や関税引き下げ等による自由競争の環境整備がさまざまな業種で進められてきた。そしてそのことで消費者やサービスの享受者たる国民が受けてきた恩恵も大きい。しかしそこにはもう一つ基本的な考え方があることも忘れてはならない。製品やサービスを提供する企業、そこに帰属する人間が決して忘れてはならぬこと。「この会社は誰のために存在するか」という問題である。

 

市場原理主義者は「企業は株主のためにある」という。企業の株主価値を最大限にあげることこそ経営者の役割であると。そして一方で、その対極に「企業はお客様のために存在する」という考え方がある。しかし、そのふたつの考え方は目的に到達する時間という軸を捨象して考えて見れば、実は同一のものであるとも言えるのである。

 

「モノ作り」の原点は商品の消費者やサービスの享受者を喜ばせることにこそある。消費者に喜ばれる「モノ」はちゃんとした購買者が贔屓にする。それは非常に時間のかかる行為であることも事実で、現在の激越な競争社会においてはなかなか受け入れにくい理念に思えるかもしれぬ。しかし、時間はかかっても岩石のひびに雨水が染み込んでいくように徐々にその企業に信頼という何物にも代え難いものが生まれ、その商品が売れ出し、会社の売り上げが伸び、利潤が上がってゆく。その結果として企業価値が上昇し、最後にはちゃんと株主の利益につながる形となっていく。この理屈は言ってみれば経済原理の正の連鎖の方程式である。

 

不二家や関西テレビの問題の起点は誰のために「モノ作り」をするのかというクリエーターとしての意識そのものであると考える。短兵急にストレートに株主のために「モノ作り」をしなくとも、終点は消費者から信頼を得ることで、株主の利潤を増加させることに違いはないのである。短兵急に最初から終点の株主利潤を目指すどこかの国のハゲタカファンドのようなやり口では、結局、大きく株主の利潤を損なうということを今回の事件はいみじくもわれわれに教え諭してくれた。

 

異なる業界で起こった事件ではあるものの、まさに「モノ作り」の原点を見失うと、こうした報いを受けることになると言うことである。低コストの追求や利潤追求という市場原理主義を徹底した結果、不二家と関西テレビが失った「信頼」という二文字はあまりにも大きかったことを両社のみでなく、モノ作りを行なう企業すべてはもう一度、認識すべきであると考える次第である。


 

いざなぎ超える景気拡大ってホント?2

いざなぎ超える景気拡大ってホント?

 

 大田弘子経済財政担当大臣が1122日、2002年に始まった景気拡大が58ヶ月目をむかえ、いざなぎ景気の57ヶ月を抜き、戦後最長となったと発表した。

 しかし大方の感想は「どこで景気は拡大しているの?」である。58ヶ月といえば約5年間に及ぶが、個人の懐が潤ってきたという実感がまったくないからであろう。一世帯当りの平均所得額(厚労省「国民生活基礎調査の概況」)を見ると、10年前の1996年で661万円、景気拡大が始まったといわれる2002年は前年の602万円から589万円へと600万円台を割り込んだ年である。2003年はさらに579.7万円と落ち込みを見せ、直近で数字が公表されている04年で580.4万円と8年ぶりに7千円の微増に転じたところである。なんと世帯所得は10年前の96年から03年まで一貫して下落し続け、04年でようやく下げ止まったのである。それも2004年までの8年間で81万円(12.2%)もの減少を示している。しかも、その間ずっと下がり続けているといってもよい。この生活実感が、戦後最長の景気拡大と言われても、「いやぁ、本当に景気がよい」とは、とても同調できぬ大きな理由であろう。

また別の視点から見ると、これまでの景気拡大期にあった賃金の伸びが抑え込まれている点が指摘される。97年を100とした2004年の全産業の賃金指数(200616日連合発表)は、1000人以上の企業平均で97.010人から99人の企業平均で95.0、全平均で95.77年前の水準を5%ほど割り込んでいるのである。このことは企業収益が好調と言われようが、世帯のみでなく個人の懐が暖まっていない証であり、大方の人の景気実感とぴったり来る数字なのではなかろうか。企業の内部留保は厚くなり、企業体質は強化されたものの、個人の生活意識調査(「国民生活基礎調査の概況」)で「苦しい」が2000年の50.7%から2005年の56.2%へと拡大していることと平仄(ひょうそく)が合う。

さらに格差の拡大が、その景気実感に輪をかけていると言える。格差社会の代表的指標であるジニ係数(当初所得)も1981年の0.35から直近数値の2002年の0.498へと一貫して上昇してきている。格差がきついといわれる0.40.5の範囲の危険水域の上限に達し、現時点では所得分配の是正が必要とされる0.5をおそらく越えているものと思われる。その数字も、六本木ヒルズ族に代表される一部の成功者たちの浮かれぶりとわが身の現実との格差が実感の数字として表されているよい例であろう。

 こうして異なった角度からいろいろな数字を見ると、いざなぎ景気を超える景気拡大といわれても実感できぬ真相が少し見えてくる気がしてくる。政府がどんな数字を発表しようが、懐はやはり「う〜っ、ブルブル、寒い!」なのである。

 

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京王線脱線事故に見た危機管理3

京王線脱線事故に見た危機管理

 

27日午後1112分ごろ京王線下高井戸駅と桜上水駅間の踏み切り内に立ち往生した乗用車と高幡不動行き普通電車が衝突した。

 その夜会食を終えたわたしは1120分過ぎに京王線新宿駅の改札口に辿り着いた。電車が不通となった直後で乗客の固まりが改札口内外にそこかしこにでき始めたところであった。構内アナウンスで「接触事故が起こり、列車ダイヤが混乱している」「新宿・下高井戸間でピストン運転をしている」との情報が伝えられていた。その区間より遠方に住むわたしは、さてどうしたものかと迷い、中央線か小田急線かどちらかで途中まで行き、そこからタクシーで帰宅するしか方法がないかなどと酒のまわった脳みそで考えていた。新宿から直接タクシーで帰宅となると料金も馬鹿にならない。しかし深夜にしかも酒の入った身体でほかの線に乗り換え、遠回りして最寄駅と思われるところへ向かい、そこでさらにタクシーに乗って自宅へ戻ることを考えたとき、さすがにどっと疲労感がわたしを襲った。「こんな夜中に」、いくら仕事とはいえ深夜まで飲み過ぎた自分の不摂生をとがめることはせず、正直、京王電鉄に舌打ちしたものである。そして「えいっ!タクシーで帰ろう」足は地上のタクシー乗り場に向かいかけた。

 そのとき「タクシーでお帰りの方は、必ず領収書またはレシートをいただいてください。料金を払い戻します」と、アナウンスの声が聴こえた。わたしは、それは助かったと階段を昇り、すでに40人ほど列ぶタクシー乗り場の列の最後尾についた。最前方を見ると、タクシーが一台もいない。しばらくして一台、そして一台やってくるといった状態で、珍しく空車が少ない。急ぐ人はすでにどんどんタクシーで帰っていたのだろう。10分ほどして後ろを振り返ると、50人どころでない人がわたしの後ろに連なっている。バブル以来、久しく目にせぬ光景であった。しかし人情とは不思議で現金なものである。これが自腹でタクシー帰宅となれば、こんな深夜にこんなに待たされてと、怒りが猛烈にこみ上げてくるはずだが、列んでいる人の表情も心なしかゆったりとしているように見えた。結局、私の帰宅は午前1時過ぎと、午前様であった。

 しかし、電車が不通となったわずか10数分後にはタクシー代まで負担すると決断した危機管理が、乗客の心理的ストレスや肉体的疲労はもちろん、企業の対応への不満を相当部分軽減するのに大きな効力を発揮したと感じた。そして通常見られる改札口での駅員とのトゲトゲしいやりとりやいざこざもほとんど耳にせず、見ることもなく緊急時の危機管理の見本を見せられたような気がした。これは現場独自の判断でできるはずはなく、そうした危機管理マニュアルが日頃から整備徹底されている証であると、沿線住民としては少し誇らしく思った。

もちろん衝突現場近くの住民の方々の衝撃と今後への不安が通り一遍でなく、大きいことは想像に難くないが、こうした危機管理ができる企業であればこの事故を契機にそうした安全対策もしっかりやってくれるのではないかと感じたものである。

 

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