彦左の正眼!

世の中、すっきり一刀両断!で始めたこのブログ・・・・、でも・・・ 世の中、やってられねぇときには、うまいものでも喰うしかねぇか〜! ってぇことは・・・このブログに永田町の記事が多いときにゃあ、政治が活きている、少ねぇときは逆に語るも下らねぇ状態だってことかい? なぁ、一心太助よ!! さみしい時代になったなぁ

国際問題・外交

米大統領選 クリントンVSトランプの第一回TV討論は35:65でクリントンが勝った

11月8日の米大統領選の候補者、ヒラリー・クリントン氏(民主党)とドナルド・トランプ氏(共和党)が26日午後9時(日本時間27日午前10時)からニューヨーク州のHofstra University.NYにおいてTV討論を行った。

 

9時少し過ぎ、両候補者はディベート会場であるHofstra Universityに特設された壇上に登場、双方、握手を交わしたあとNBCテレビのニュース・アンカーであるレスター・ホルト氏の司会によりディベートがスタート。

 

最初のテーマは雇用問題など経済政策で始まり、TPPなどの貿易問題、人種差別問題、イラク問題や核拡散など安全保障の問題、NATO・日本・韓国などとの同盟関係の考え方、テロ対策、Birtherism(オバマ大統領はアメリカ生まれでないので大統領として不適格とする運動)、トランプ氏の納税問題などさまざまな分野,関心事において意見が戦わされた。

 

90分の予定時間であったが、討論は初回から白熱し、予定を8分超過しての終了となった。

 

雇用問題ではクリントン氏はインフラ投資の拡大により雇用を創出するとした。一方でトランプ氏は米企業の海外逃避の制限、メキシコからの関税不平等による雇用喪失などを例示し、減少を食い止めるといった話が中心で、このテーマは双方の話がすれ違う形でまずは互いの主張を述べあった。双方、落ち着いた対応で無難な滑り出しとなる。

 

次にNAFTAやTPPなどの貿易問題ではトランプ氏が実際の閣僚として務めたクリント氏に、TPP賛否について過去の発言のブレなどを指摘。クリントン氏も予想されたことでもあり、危なげない安定した対応であるが、トランプ氏が大統領になったら既存の枠組みを大きく変えることで雇用問題など別次元の展開が拓けるのではとの期待も少しうかがわせた。

 

ディベートの潮目が変わりだしたのが、アフリカ系やイスラム系米国人、有色人種に対するトランプ氏のこれまでの過激な差別発言が議論の俎上に上ってからである。

 

クリントン氏は過去および選挙期間中のトランプ氏の差別発言を具体的に指し示し、大統領としての資質、人としての資質について問題があると指摘。トランプ氏はここあたりから口調も早まり、コップに手を出し口を潤す場面が頻発。クリントン氏の口撃に話を少しずらした返答を繰り返し、最後には女性は妊娠するのでビジネスには不向きなどの過去の数々の女性蔑視発言をクリントン氏にあげつらわれ、一挙にディベートは守勢となる。

 

このテーマ以後はクリントン氏が整理された頭で各々のテーマに具体的かつ冷静に応答するのに対し、トランプ氏はその場しのぎで話しているように見えた。挙句の果てに、トランプ氏は「あなたはこのひと月ほど家にこもってこの討論会の準備に専念していた。その間、わたしは全米を巡り人々声を聴いて歩いた」とクリントン氏に発言。

 

これに対しクリントン氏は、「わたしは大統領になる準備をしっかりしていたのだ」と切り返した。

 

そして、「NATOは今では無用の長物、73%ものコストを米国が負担するなど金がかかり過ぎ」と発言するトランプ氏に対し、クリントン氏は「日本・韓国に核保有を促す発言をするなどNATOだけでなく同盟国に大きな不安を与えてきた、大統領になろうかという者は自分の発言の重み、言葉が世界におよぼす影響を真剣に考えて発言すべきである」と、まるでわがままし放題の放蕩息子を親が諭すような場面では、クリントン支持者たちは拍手喝采であったのではなかろうか。

 

このあたりから討論の最終までクリントン氏は冷静沈着にトランプ氏の口撃に対応し、懐の深さを演じきって見せた。

 

その逆にトランプ氏は各テーマが持つ大きな視点での議論展開がなく、自分が見聞きした些末とも見える事柄を具体例として持論を展開、問題がその一事に矮小化されてしまった感がある。そして、自身の納税問題に関し、「政府が他国を守るためなど多額の無駄遣いをしており、納税をしていないことは賢い判断である」と語った時には、これでトランプ氏は終わったと感じたが、討論終了後の退席時のぶら下がりインタビューでは、「当然、州税は払っている」と答えていたが、この問題は今後とも燻り続けるのではないかと感じた。

 

総じて、トランプ氏は明らかな準備不足であり、少々、ビジネス界での商売口上の上手さを過信し過ぎ、政治とビジネスとは大きな相違点があるという重要な事実を軽んじてきたトガが当夜の討論では随所で見受けられた。

 

結果、わたしの採点はクリントン氏65点に対しトランプ氏は35点となった。

 

CNNが直後に行ったHofstra UniversitySpin Roomでのコメンテーター(両陣営支持者が出席)の議論も当初は候補者のディベートの優劣について穏やかであった。しかし、クリントン氏が勝ったとの評価がその場を支配し始めると、トランプ派のコメンテーターが猛然と反発するなど、その姿はどこか新興宗教の熱烈な信徒のように見えて、やや不気味な印象を受けた。

 

CNNフロリダ州オーランドの投票先未定の選挙人を含めた視聴者22名を現地会場に招じていた。TV討論直後にその優劣を問うたが、クリントン氏勝利が16名、トランプ氏6名(クリントン氏 1:トランプ氏0・38)という結果であった。そのインタビューのなかで民主党支持の若い女性の発言が特に印象的であった。

 

民主党でサンダース議員をずっと指示してきて人物とのことであったが、クリントン氏ができぬことをトランプ氏が代わってやってくれると期待したが「大変がっかりした」と述べたのである。

 

また、討論終了直後のCNNTVによるボタンによるどちらに軍配をあげるかとの投票(ORC POLL)は、この調査に応えてくれる視聴者は民主党支持者が41%と共和党支持者を10%ほど上回っていることを前提(支持政党なしの人も3割ほどいるか?)に、この結果を見てもらいたいとして挙げた数字が以下の通りである。

 

クリントン氏62% トランプ氏27% (クリントン氏 1 に対しトランプ氏 0・44)

11%の人はどちらとも言えぬと回答したものであろう。(  )内は勝敗をはっきりさせた視聴者の中での比率。

 

わたしが討論直後に受けた印象はタイトルに掲げたごとく、クリントン氏65点、トランプ氏35点である(クリントン氏 1 に対しトランプ氏 0・54)。

 

ディベート直後の全米での評価は、オーランドやCNNの視聴者の調査からみれば、倍以上の差でクリントン氏が勝利したといっている。私の採点の方がもう少しトランプが頑張ったと考えたことになる。

 

直後の興奮状態のなかでのぶら下がりインタビューで、ある記者がトランプ氏に「今回のディベートで反省すべきところはありますか?」と質問を発したことが今日のすべてを物語っていたといえる。

 

TV討論は11月8日の本選挙に向けてあと二回開催される。予定は次の通り。

10月9日:第二回大統領候補者テレビ討論会(ミズーリ州)

10月19日:第三回大統領候補者テレビ討論会(ネバダ州)

 

トランプ氏陣営もこのままではまずいと感じたことは確かである。10月9日に向けて今度は万全の対応また反撃の妙手を繰り出してくることは必至である。今回はこれまで以上に我が国の安全保障に重大な影響を与える米大統領選挙である。次回のディベートを大きな関心を持って待つこととしたい。


“ソウル・ロッテホテルの前日キャンセル”、蛮国・韓国の非礼、ここに極まれり!!

理屈の通らぬ子供、韓国には“外道には外道の対応”をするしかない・天皇謝罪要求発言の真相(2012.8.24)

本稿はヘイトスピーチではない。ヘイトスピーチとは、差別されるべきではない、排斥される理由のない無辜の対象、健全、まともなる対象に向かってその憎悪の感情をぶつけ煽る表現である。


しかし、韓国のような独りよがりの怨讐(おんしゅう)に満ちた性根の捻じ曲がった対象からこうした非礼極まりない仕打ちを受けるのであれば、もう遠慮などいらぬ。言ってみれば、正当防衛である。


李明博という男が天皇陛下非礼極ない言葉を発し、わが国の尊厳を踏みにじったこともまだ記憶に新しい。


こうした蛮行は、この“カンコク”という国の名前も口にしたくない昨今であるが、この国がこれまでやってきた無礼は一度や二度ではない。


韓国とは国際儀礼も国際法もわきまえぬとんでもない野蛮国であり、商道徳という道徳観の一片すら身に付けぬ、契約という法概念も理解できぬ、下劣で醜悪な国の態もなさぬ蛮族であると断じざるを得ない。


事はこうである。


在韓日本大使館が11日に恒例の自衛隊創設記念行事を開く予定だったソウルのロッテホテルが前日の10日になって、「国民感情に触れる」などとして一方的に予約の取り消しを通告してきたという。


日本大使館としては韓国軍、政府関係者、外交団など約1000人に招待状を送っており、急遽、日本大使公邸に会場を変更し、記念行事は開催するとのこと。


そこは優秀な日本国民であるから記念行事は滞りなく実施されることと信じている。


この国際的な儀礼行事を請け負ったホテルが1日前になってドタキャンするといった暴挙、蛮行を見ると、高家・吉良上野介から饗応場所の畳替えを教えられずに、一夜にして新品に張り替えた忠臣蔵の話を思い出す。


陰湿で執拗な苛めを繰り返す吉良上野介のあの狡猾で底意地が悪く憎々しげな顔が、いま韓国という性根が腐り切った国に重なって来る。


慰安婦問題についてもすべてそうだが、歴史に真摯に向き合う姿勢を持つべきなのは韓国のことであろう。


朝鮮戦争時に、在韓米軍基地近くの基地村で米兵相手の売春をしていた韓国人女性ら122人が6月25日、『米軍慰安婦』として韓国政府の厳しい管理下に置かれ、人権を侵害されたなどとして国家賠償を求める集団訴訟をソウル中央地裁に起こした。


この一事をしても、韓国人ならびに韓国系米人は、韓国内はもちろん米国内にも“慰安婦像”の設置を早急に行なわねばならない。これまでも彼らの言動からこれは当然のアピール行為なのだから。


それから、ベトナム戦争時に韓国軍がベトナムで行った非人道的行為(注)について、韓国政府ならびに韓国民はその歴史認識について語らねばならない。


ベトナム戦での韓国の非人道的行為

l  8000人以上の民間人を殺した韓国軍の虐殺行為の数々」(2000年4月21日号“ニューズウィーク”)

l  韓国人兵士による現地ベトナム人女性に対する強姦などにより生まれ、韓国軍撤退により取り残された “ライダイハン”と呼称される最少5千人から最大3万人(釜山日報)の子供(敵軍の子)の問題・対応も闇のなか


こうした自らの行いについては決して正々堂々と表で謝罪なりその事実を語らぬ卑劣漢が残念ながら、わが国の隣りに目障りにも居座っている。


冒頭の非道なドタキャンといい、李明博とかいった無礼者の暴言といい、かの国は本気でわが国と戦争状態に突っ込んででもゆこうと心底から考えているのだと思うしかない昨今の状況である。


人間の心とは理性を持続させ続けるのはなかなかに難しい。凡人であればあるほど、左様である。


もうさすがに限界が迫っていると感じる自分が本当に怖い。



海江田民主党党首、党首討論・集団的自衛権の行使容認批判は笑止

佐渡旅行から帰って来てまだまだアップしたい記事が多数ある。


しかし、11日の海江田万里民主党党首と安倍晋三総理との党首討論を聞いていて、さすがに佐渡のトビシマカンゾウがきれいだったと報告する前に、ひと言、集団的自衛権の行使容認について述べざるを得ない。


そもそも民主党は結党時に「基本理念」と「基本政策」を定めたものの、いわゆる公党としての綱領を有せずにきた。就中、現行憲法の在り方については党内意見の集約をこれまで怠ってきたと言える。


2013年2月24日の党大会で、民主党綱領をようやく採択したものの、公党結成の中軸となるべき国家観の共有に強くかかわる現行憲法の在り方に関し、その記述はあいまいであり、1998年結党時の基本理念の域を出ていない。


採択された党綱領で憲法については、「憲法の基本精神を具現化する」として、「私たちは、日本国憲法が掲げる『国民主権、基本的人権の尊重、平和主義』の基本精神を具現化する。象徴天皇制のもと、自由と民主主義に立脚した真の立憲主義を確立するため、国民とともに未来志向の憲法を構想していく」と、現行憲法の護憲なのか、改憲なのか、はたまた新憲法制定を目指すのか、まったく分らぬ表現となっている。


現下の東アジアには豺狼(さいろう)のごとき無法国家が跋扈する。


11日も東シナ海公海上を警戒監視していた自衛隊機2機に対し、中国の戦闘機2機が30mもの近さまで異常接近してきたという。つい2週間ほど前にも中国戦闘機がやはり30mの至近まで異常接近している。


そして、中国公船等が尖閣諸島周辺の接続水域内への入域や領海への侵入を繰り返すなど東シナ海における空・海での中国の力による脅嚇(きょうかく)行為は、今やいつ偶発的事故、衝突が起きても不思議ではない緊迫した状況となっている。


他方で、核兵器開発を急ぐ独裁国家・北朝鮮の動向もミサイル発射実験の多発とも併せ、東アジア情勢の弾薬庫と化し、その存在は金正恩の思考が読めぬこともあってきわめて不気味である。


先の大戦以降、国家安全保障上初めての目の前の危機といってよい現下の国際情勢を前にして、昨日の海江田民主党党首、野党第一党党首の討論は涙が出るほどに情けなく、これが日本国民を代表する国会議員の一方の旗頭なのかと、呆れ果ててしまった。


6月4日に民主党内の勉強会「防衛研究会(会長・前原誠司元外相)」が公表した「安全保障基本法案」の骨子では、集団的自衛権の行使を限定的に認める内容となっている。


現実的な対応としては、自民党の認識、方向感と大筋においてほぼ同じといってよく、国家安全保障に重大な問題について日本の最大野党は党内の意見統一が図られていない。党の分裂を惧れるあまり、国家安全保障上の重要課題について議論さえ行われていない。


笑止である。これで公党としてよく国会論戦に恥ずかしげもなく加われるものだと呆れてしまう。だから、昨日も党首討論冒頭に海江田代表が集団的自衛権に対する民主党の考え方を次の通り述べたが、安倍総理から、「果たして(民主党の)立場はどこにあるのかよく分かりませんでしたね」と軽く一蹴される始末。


*「集団的自衛権の行使について民主党の見解を申し上げる。これまで長年にわたる憲法解釈があり、この解釈を正面から否定して、集団的自衛権の行使一般を容認する変更は許されない。集団的自衛権を行使したいのならば、憲法改正の申し出をすべきだ」


いま目の前にある危機に対処するに際し、政治家はひたすら冷徹な現実主義者であらねばならない。そうでなければ、国家の安全、国民の生命・財産など守り切れるものではない。


その意味で、今回の党首討論はあまりにお粗末で、一国を代表する与野党のトップによる安全保障論争とはおよそ遠く離れた幼児の言葉遊びを見せられているようであった。


海江田党首が集団的自衛権の行使容認については憲法改正でやるのが筋だというのなら、それでは今の間近の危機を民主党はどうやって乗り越えようと考えているのか明確に国民の前に示したうえで自民党を責めるべきである。


よもや日本の国会議員が列をなして中国や北朝鮮へ赴き、習近平国家主席や金正恩第一書記の手を戴き、笑顔で握手でもすれば事は無難に済むとでも考えているわけではあるまい。


こんな野党第一党の体たらくゆえに本来の安全保障議論の深まりが期待できないのである。


本来、集団的自衛権の行使容認議論を行なう際には、この国の防衛を将来ともに現行憲法の枠組みのなかで日米安全保障のフレームを前提に考えるのか、それとも憲法改正あるいは自主憲法制定を想定し、急迫した現在の国際情勢への対処に慰労なきことを期し次善策として議論を深めるのかの、そもそもの現行憲法に対する姿勢が問われなければならない。


わたしは米国がかつての力を失ったいま、この国は本気で自分の手による防衛を考える時期に来ていると考える。


海江田代表が「日米安保条約は総合的にバランスの取れた義務をそれぞれが負っている。首相は米国とのイコールパートナーシップによって、先の太平洋戦争の歴史をひっくり返そうとしているのか。そうした考え方こそが日本の安全保障にとって大きなリスクだ」と言った意味がよく分らぬ。


いまのこの国の防衛が日米の“総合的にバランスの取れた義務”によって担保されていると本気で考えているのだとしたら、この人物は国際政治をまったく理解できていないと言うしかない。


また、日本国の真の独立とはいったい何なのかといった国家観に関わるテーゼについてもこれまで思念をめぐらせたことがないのかも知れない。


現行憲法を金科玉条とするのなら、まず前文にある「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」とした国際政治に対する認識が大きく損なわれた現在、この憲法に謳う9条第2項の「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」ということでは、自国の防衛は果たせぬのではないのか。


また、米国の核の傘に守られてきた戦後日本の安全保障も、日米安全保障条約の陰に隠れた“日米地位協定”、即ち、「合衆国の軍法に服するすべての者に対して、また米軍基地内において、合衆国の法令のすべての刑事及び懲戒の裁判権を日本国において行使する権利を有する。」という治外法権適用の外人疎開地の存在を自儘に許した不平等条約との代償によって確保されてきたと言えるのである。


日米地位協定を法律的にそのまま準用すれば米軍は米軍基地を日本国内に必要とすればどこにでも設置することが可能とされている。


戦後、70年が経過した現在でも、沖縄はもとより首都東京に敵国であった軍事基地が存在する国家など、およそ独立国家と呼ぶことはできない。


国家の尊厳を見失い、屈辱的地位を当然としてきた“植民地根性”丸出しの安全保障議論でよいのか。自分たちで自国を守るという普通の国、尊厳ある国家をめざすべき時が来ているのだと考える。


 


米国の尖閣・リップサービスでシリア問題の対応を過(あやま)つな。安倍外交の評価。

尖閣諸島問題について、オバマ大統領は2月の安倍首相との首脳会談では、「日米協力が地域の安定につながる」との見解にとどめ、日中双方に平和的解決を求める中立的な姿勢をみせていた。

ところが、シリアへの軍事介入を具体的に示唆してからの米国内はおろか英国をはじめとする国際世論は盛り上がりどころか、反対の声が高まり、オバマ政権の外交戦略は一挙に劣勢に立たされた。

そんななか、G20において、当初、見送りとされていた日米首脳会談が、「2日前の電話協議の後、米側から首脳会談をしたいとの提案があった」(菅義偉官房長官)ことから、急きょ、開催の運びとなり、尖閣諸島問題について次のオバマ大統領の発言がなされたのである。

「力による問題解決を目指すいかなる取り組みにも反対する」

これは、冒頭の2月首脳会談の「日米協力が地域の安定につながる」とのきわめて冷ややかな発言とは異なり、同盟国としてはある意味、当然の発言、肩入れをしてくれたものと評価してよい。

しかし、この首脳会談が米国側の要請で急きょ設営された経緯、日米首脳会談が予定されぬなかで日露首脳会談は実施されるという情勢、さらに、このオバマ発言を日本政府が一切、公表しなかったにも拘らず、ローズ大統領副補佐官が記者団に明らかにしたことを考えると、米国側の狙いは明らかである。

この発言が尖閣周辺への領海侵犯など中国側の挑発行為を牽制するもので、日本側が欣喜雀躍して公表したのであれば、それはこれまでの日米外交の力関係のなかで、頻繁に目にしてきた光景である。

しかし、今回の日本政府は尖閣について意見交換したことすら会談後の記者会見で明らかにしていなかったのである。

わが国に尖閣という飴を与え、率先、米国のシリア軍事介入に賛同の意を表させる。そんな見え透いた手に乗るべきではないのである。

攻撃に関する国連安保理の決議採択を除き、第三国が、議会承認があろうがなかろうが、紛争国へ自儘(じまま)に軍事介入をすること自体がそもそも許されることではない。

その原理原則を蔑(ないがし)ろにして、国際社会からの真の信頼は得られない。

今のところ、プーチン大統領との会談、オバマ大統領との会談においても、シリア情勢に関する安倍外交は周到な対応、受け答え、そして熟慮したメディア戦略をとっているものと評価してよい。

殊に米国が民主党(鳩山)政権以来、中国の外交大国としての急速な台頭とも相まって、わが国への冷淡な外交姿勢をとり続けるなかで、シリア問題で武力行使反対を鮮明にするロシアとの首脳会談を行なおうとした、この天秤外交が、これまで、意のままに日本を操れるとしてきた米国中枢の外交戦略に、蟻の一穴を穿(うが)つに相応の効果を引き出したことは、積極的評価に値する。

米国に、わが国の属国としての価値ではなく同盟国としての価値を認識させるには、“遠交近攻”は言い過ぎだが、米国が嫌がる国との接近、親密度のアップが外交戦略の要諦であることを、今回はよく示してくれたものとして、記憶にとどめておくべきである。

最後に、付け足しのようで恐縮だが、「米国のイラク攻撃を支持してはいけない」と、時の総理、小泉純一郎氏に進言した反骨の元外交官と自認する天木直人・外交評論家が、9月4日付の“YAHOOJAPAN ニュース”・「シリア情勢でぶれまくってオバマを失望させる安倍首相は小泉首相より劣る」で持論を展開されておられるが、この方、何だか言っておられること、信念がどうも首尾一貫していないようで、これまで持っていた外交のプロ?といったイメージは捨てた方がよいようだ。

米国のシリアへの軍事介入には日本政府は断固、反対を表明すべし

わが国は明日未明に決定を見る2020年オリンピック開催都市に東京が選ばれるか否かに高い関心が寄せられている。


しかし、国際情勢に目を転じれば、オバマ米・大統領のシリアへの軍事介入へ向けた動きが風雲急を告げている。


中国・ロシアの反対により合意には至らなかったものの、この8月28日には英国が化学兵器使用を理由にシリアへの武力行使容認決議案を国連安全保障理事会へ提出した。それと平仄を合わせ、同日、オバマ大統領がテレビ局インタビューの中で、アサド政権側が化学兵器を使用したことの確証を得たとして軍事介入を示唆。


まさに中東に莫大な石油利権を有し、イスラエルの安全保障の堅持が国益にかなう米英両国による水も漏らさぬ国際政治の舞台における連携プレイであった。


しかし、今回はこれまでの湾岸戦争やイラク戦争に突き進んでいった様相とは、国際世論の反応は大きく異なっている。


まず、お膝下の英国議会であるが、安全保障委提議に対する反応は早く、翌日の下院において、即座に、シリアへの軍事介入容認動議を否決、英政府の短慮を戒め、武力行使の動きを強く牽制した。


それに危機感を覚えた米政府が米国議会を説得、承認をとる方向へと動き出した。

9月3日のケリー米国務長官は、米上院外交委員会の公聴会で、シリアのアサド政権が反体制派に対し化学兵器を使用した証拠が確認できたとして、米国による軍事介入の議会承認を得ようとつとめている。


そのなかで、ケリー長官はイラクの大量破壊兵器所有誤情報により軍事行動を決断した経緯を踏まえ、「今回は誤った情報に基づいて議会に採決を迫ることのないよう、証拠を慎重に確認してきた」と述べ、オバマ大統領が主張しているのは「米国が戦争を始めることではなく、アサド政権が持つ化学兵器使用の能力を抑え込むことだ」と陳述した。

であれば、米議会を説得する前に、武力行使へ猪突猛進するのでなく、もっと国連や中国、ロシアとの利害調整をギリギリまで行ない、非人道的兵器の使用廃止に向けた事態収拾に尽力すべきなのである。


シリアでの化学兵器使用疑惑を調べている国連調査団は8月末にシリアでの現地調査を終え、複数の研究機関が収集データを分析中であり、最終結果が出るのが9月の中旬から下旬にかかるとの見通しである。


そうした状況も踏まえ、欧州連合(EU)は9月6日からリトアニアのビリニュスで開いている外相会議で、シリアの化学兵器使用疑惑への対応につき、国連調査団の報告を待つべきだとの見解で一致した模様である。


シリアでの化学兵器の使用は、その使用者が体制側、反体制側を問わず、重大な国際法違反であることは言を俟たない。だからといって、非当事者の第三国が恣意的に割って入るように軍事介入することは、そもそも、国連憲章においては許されていない。


紛争国への軍事介入は国連安保理においての承認が大原則である。


ロシア、中国が反対し、安保理決議がされないなかでの武力行使は、まさにルール違反であり、米国やその同盟国の私益・利権擁護のゆえであるといってよい。


そんな状況のなか、わが国は、当然、米国から強力な圧力を受けることは確実である。既に、水面下ではTPPや尖閣諸島問題や北朝鮮問題などを材料とするさまざまな揺さぶりが掛けられてきていることは想像に難くない。


もちろん、直面する外交課題は、その単独事案のみを見るのでなく、現在抱える諸々の外交懸案、そして将来的課題等々を総合的に勘案し、最終的に自国の国益にプラスになるか否かで、その断を下すものと考える。


しかし、国際政治の大原則というものを捻じ曲げて、外交課題を判断するようなことがあってはならない。

今回のシリアへの武力介入がまさにそれである。


国連の調査結果もまだ出ていない。そして国連安全保障理事会での承認を取得することが難しいなか、日米安保の同盟国である米国が前懸かりになり圧力をかけてきているからと言って、米国の判断に賛同、後押しするようなことだけは断じてするべきではない。


これは独立国家としての筋を通す、国際社会に日本は米国の属国ではないのだと、今後の立ち位置を毅然とアピールする絶好の機会ととらえるべきである。


これまでわが国が米国の武力行使に異を唱えたことはない。

だからこそ、今回のシリアに対する米国主体の武力介入には、国連安保理の決議がない限り、断固、反対を表明すべきなのである。


そのことによって、わが国への国際社会からの視線も変化し、独立国としての扱いを、わずかの尊敬を、勝ち得る道程へと入ってゆけるのだと考える。

前泊博盛氏の講演で、日米地位協定の恐るべき本質を知る

1972515日の沖縄復帰から今年で41年目である。なぜ、41年目などという中途半端な数え方をするのか。

それは、去る428日、サンフランシス講和条約の発効により、日本が完全なる主権を回復し、国際社会復帰を果たした61年目だとして、政府主催が“主権回復の日”の式典を開催した中途半端な節目をつけたことに倣(ナラ)ったまでである。

要は、60年目の切りのよい節目の年には、自民党が政権の座に座っていなかったため、政権に復帰した最初の428日に、一年遅れの式典を開催したものである。

だから、沖縄復帰後41年目というのも、一応、節目の年と言っておこう。その節目の年に、前泊博盛(マエドマリヒロモリ=沖縄国際大学教授・前琉球新報社論説委員長)の“日米同盟を問い直す”という講演会を聴いた。  

日米同盟を問い直す

前泊博盛氏は、2004113日に「日米地位協定の考え方」という外務省の機密文書を全文スクープし、同年のJCJ(日本ジャーナリスト会議)大賞や石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞などを受賞。そしえ、今年の31日に、“本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」”(創元社発行)という本を共著で上梓している。

前泊博盛氏
前泊博盛氏

なぜ、この講演についてわざわざブログにアップしたかというと、恥ずかしながら、わたしは今回の講演で、初めて“日米地位協定”の真の中身について知らされたからである。そしてその恐るべき本質を知るに至り、この国が戦後、この協定により米国の植民地に貶められたのだという事実に愕然としたからである。

講演会
日野市新町交流センターでの講演会

これまでも、米海兵隊のグアム移転費用の肩代わりやオスプレイの強引な沖縄配備や訓練地域の決定など、事あるごとに、この国は米国の属国なのではないかと考えさせられたことがあった。


それが米国の無理強いというのではなく、密約も含め法的な形で雁字搦(ガンジガラ)めに規定された、法的には当然の権利として米国は振る舞っていたのだという事を知り、正直、ここまでやられているのかと愕然としたのである。


そして、講和条約>日米安保条約>日米地位協定という通常に考えられる法体系が、実はその逆で、講和条約<日米安保条約<日米地位協定という、驚くべき法支配が外交密約により緻密に構築されていることも知った。

この国に主権があるのか? この国は本当に独立しているのか? 

日米地位協定は、この国家の存立にかかわる問題である。これから主権確立に為すべきことは何か、真の独立に必要な決断は何か、真剣に考えねばならぬ時機に来ていると感じたのである。

北朝鮮の核武装。中国海軍の軍備拡張と尖閣諸島接続水域への日常的な進入。韓国の竹島実質支配。ロシアの北方4島実質支配など、わが国領土・領海を侵犯する脅威は急速に高まり、実力行使もその過激さを増してきている。

国際情勢は緊迫度を急速に高めてきている。

その中で、わが国は日米同盟という絆にすがり、米国の核の下にいるというこの一点に依存し、国家の安全保障を担保していると思っている。

しかし、前泊氏は云う。「米国はいわば一夫多妻である。日本というオメデタイ妻は、米国は自分だけを愛してくれていると信じている。」

しかし、米国は軍事同盟関係でも韓国(米韓相互防衛条約) 、イギリス・フランス・カナダ・オランダなど北大西洋条約機構(NATO)、フィリピン(米比相互防衛条約)、オーストラリア・ニュージーランド(太平洋安全保障条約)、ラテンアメリカ諸国(米州共同防衛条約)と多くの国と締結している。

さらに、イスラエル・エジプト・サウジアラビア・パキスタン・イエメン・グルジア・タイ・マレーシアなどにも実質的な軍事援助を継続している。

そうした状況下、当然の如く、米国の紛争地域に対するコミットは半端ではなく、広範囲にわたっている。


今後、日本の為に戦闘を想定した実践的軍事展開の事態が発生した場合、本当にどこまで米国はこのone of themの妻のために、自国の若者の血を流してくれるのか。

こう問いかけられた時、この国の安全保障をどう考えるのか。日米安保同盟の問題、自衛隊の問題、そして、その延長線上に憲法改正の問題が当然のように浮かび上がって来る。

完全なる主権回復61年目の記念式典。沖縄復帰41年目。61年前に完全に日本の主権が回復していたというのであれば、沖縄は日本ではなかったというのか。

こうしたこと一つ取っても、この国の独立とは一体、本物なのか、考えさせられる問題は多い。

前泊博盛編者の「日米地位協定入門」は、そうした国家の主権とは何か、独立とは何かを深く考えさせられる素晴らしい本である。

非常に易しく、分かりやすく書かれているので、ぜひ、皆さんにも、ご一読いただければと思う。

もう、任せられない民主党=金正日(キム・ジョンイル)総書記死去

北朝鮮は19日午後零時、朝鮮中央通信社(朝鮮中央テレビ)をはじめ党や軍関連のメディアを通じて、「金正日(キム・ジョンイル)総書記は17日午前830分、現地指導に行く途中、走行中の列車内で逝去された」と発表した。

そして朝鮮中央テレビはその公式発表の2時間前の午前10時から数度にわたり、「正午に特別放送がある」と異例の事前放送を繰り返していた。

これまで「特別放送」という表現で発表された内容は、1972年の“74共同声明(南北共同声明)”と、1994年の“金日成(キム・イルソン)主席死亡”という朝鮮半島情勢を大きく揺るがす報道となった2回のみである。

その放送直前に野田首相は、就任後初の街頭演説を行うべくJR新橋駅前へ向け官邸を出発、金総書記死亡の一報を受けて、急遽官邸へ取って返したという。

そうしたドタバタの中で午後1時過ぎに開催された安全保障会議には、事もあろうにわが国の国内治安維持の最高責任者である山岡賢次国家公安委員長兼拉致問題担当相が不在だったというではないか。

同相は栃木県警本部視察や専門学校の式典出席のため訪れていた宇都宮市からの帰京途中新幹線内で、安全保障会議招集の連絡を受けたという。会議室に到着したのは、首相からの指示が終了した午後110分で、山岡氏は個別に首相から指示を受けたとのこと。しかも、ご本人に“特別放送”があることすら会議招集連絡があるまで知らされていなかったというのでは、治安維持を本務とする警察組織の情報伝達のあり方、指揮命令系統に重大な欠陥があると指摘せざるを得ない。と同時に、山岡国家公安委員長兼拉致問題担当相自身の組織掌握力・ガバナンス能力に看過できぬ致命的問題があると言わざるを得ない。

野田首相はもちろん、山岡大臣さらには官邸および各省秘書官らの危機発生時の機動的対応力の欠如には言葉を失う。何とも目を覆いたくなる危機管理の実態である。

21日午前に開かれた自民党の外交・国防合同部会において、外務省が特別放送の約40分前の19日午前1123分に「特別放送が予告されている。金日成主席が死去した時と同じだ」と首相秘書官に伝えていたことを明らかにした。

さらに内閣情報調査室が19日午前108分に「正午から特別放送がある」とのニュースを官邸、関係省庁に配布。1039分には、過去の“特別放送”と“重大放送”の報道内容を記した一覧表を官邸の首相秘書官室に送付していたことも明らかになった。加えて、「特別放送があるとのニュースは秘書官が首相に報告したと聞いている」とも内調幹部は発言しているのである。

官邸ならびに野田首相は、“特別放送”の意味を理解したうえで、辻立ち説法に出掛け、山岡大臣の秘書官らは正午に特別放送があること自体を国家公安委員長へ伝えなかったことになる。

もうここまで来ると、民主党政権には国家運営という痺れるような重圧感が皮膚感覚において決定的に欠落しているのだと云うしかない。

本来は外務省や防衛省等の情報・諜報ルートで、北朝鮮の発表以前に公表された17日午前の金総書記死亡またはそれを憶測させる動きを掌握しているのが、本来の整備された危機管理体制であるのだろう。韓国においてもその事前諜報ができていなかったとして危機管理能力が問題視されている。


陸地において国境を接する韓国ですらそうであるから、平和ボケしたこの国にそこまでの対応を求めるのは酷だと残念ながら納得するとしても、少なくとも19日午前10時以降の対応は、迅速かつ緊張感を持った体制・意識で迎えるべきであった。

北朝鮮暴発、核兵器暴走という“重大危機”発生時に備えた万全の態勢を整えるべく政府の総力をあげ、奔走、尽力すべきであった。

然るに前述したような首尾である。

民主党という政権にこれ以上、この国家を任せるのは危険である。

鳩山内閣での普天間基地移設問題からの日米関係の毀損、菅内閣時の尖閣列島中国漁船領海侵犯問題処理の不手際、北方領土問題における怯懦な対露外交など民主党政権の外交能力はあまりに稚拙であり、“国家の独立”、“領土権”という外交の最低限の要諦すら理解できぬお粗末さである。

そして今回のこの能天気な危機管理の実態・・・

もう任せられない! 消費税率アップなどという政治課題など待っていられぬ。国家の安全保障という最もプリミティブな“政治の使命”において、その能力を問う総選挙を速やかに行なうべきである。

もう、民主党には任せられない、任せておいてはこの国はとんでもない地獄に堕ちてゆく。そう思ったのである。

オサマ・ビンラディン容疑者殺害を許す「米国の正義」の欺瞞

 オバマ米大統領は1日夜(日本時間2日午後)、国際テロ組織アルカーイダの最高指導者オサマ・ビンラディン容疑者(54)を殺害したと発表した。

米CNNも「Inside the place bin Laden was killed」のCaption(見出し)で、殺害作戦の実行には米海軍特殊部隊(SEALS)がかかわったと、潜伏していた邸宅の内部の様子や当該作戦に至ったこれまでの経緯など殺害の詳細について淡々と伝えていた。

そしてどこの局だか忘れたが昨夜の米テレビニュースで米軍関係者が「殺害の盾に女性がなっていた」と発言していた。

一応、公式にはビンラディン容疑者の身柄確保を前提としてはいたが、昨夜の米軍関係者の発言を待つまでもなく、当初から同容疑者の殺害は至極当然の予定の作戦だったのだと考えるしかない。「ジェロニモ(オサマ・ビンラディンの暗号名)が殺害された」との一報に対し、オバマ大統領は「We got him」とつぶやいたと云う。

同時多発テロの全容解明を目指すのなら、身柄の拘束を果たし、裁判にかけて、アルカーイダの最高指導者とされるオサマ・ビンラディン容疑者が実際にテロを指示し、実行させたことを法廷で明らかにさせねばならないはずだ。

そうでなければアフガニスタン軍事作戦の大義は正当化されないからだ。

大量破壊兵器を擁するとして国連安全保障理事会決議の不保持義務違反を大義にイラク侵攻作戦を開始し、フセイン大統領を拘束、処刑した米国。そして、その後、イラクの大量破壊兵器の存在は確認されていない。イラク侵攻の大義はなかったことになり、いまだ今日までイラク侵攻軍事作戦の正当性は証明されていない。

そうしたなかで、今度はオサマ・ビンラディン容疑者の殺害である。容疑者というからには、裁判によりその罪が明らかにされ、刑が執行されねばならない。それが民主的国家の最低限のルール、原則である。

今日(5月4日)、当初、米国が説明していた襲撃の状況と異なることが分かった。当初の説明では米政府はビンラディンが銃で反撃したので殺害したとしていた。しかし、今日の報道では同氏は武器は携行していなかった。

つまり初めからジェロニモ(オサマ・ビンラディン)を殺害することを目的に作戦を遂行したと考えるのが自然である。でなければ、大統領の第一声は「We got him」ではなく、「Why did they kill him?」か「Why not,did they restrain ?」となるはずである。

ブッシュ大統領はフセイン大統領の拘束を訊いて、「We got him」と言ったという。

しかし、オバマ大統領はオサマ・ビンラディンの殺害の一報を訊いて、「We got him」とつぶやいた。殺害という事実に接して、「なぜ?」と戸惑わずに「やった!」とつぶやいた。作戦目的が殺害にあったと考えておかしくないという理由である。

そもそもパキスタンという国に潜伏している容疑者を捕縛・殺害するのに米国軍を使うなどその傍若無人ぶりには唖然とする。パキスタンの主権はあまりにも軽いと云わざるを得ないし、他国の主権侵害を歯牙にもかけぬ米国に「国家の正義」など標榜する資格などこれっぽちもない。

米国がこうだと信じたことが「正義」だとして、他国に平気で軍事介入するあり方は、どう考えてもおかしい。さらにいまの国連のあり方は大きな矛盾を抱えている。なかんずくリビア空爆でも分かるように米・英・仏にとって気に食わぬ政権、主義は軍事介入してでも制圧、ねじ伏せるというのでは、あまりに偏狭な独善主義であり、独裁主義と断じるしかない。

東京新聞は4月30日、「(政府は)米側が求めていた滑走路をV字形に配置する方式を容認する方針を固めた。結局、自民党政権時代の「V字案」に戻る形になる。北沢俊美防衛相は五月七日に沖縄県を訪問し、仲井真弘多知事に対し、「V字案」を容認する方針を非公式に伝える見通し」であると伝えた。

東日本大震災で米軍は原子力空母まで派遣した被災地支援の「トモダチ作戦」を展開した。在沖海兵隊も現地に入り救援活動に従事した。その活動自体は心から感謝をする。

しかし、「トモダチ作戦」が終了した5月1日とほぼ歩調を合わせるように、米軍の要求する「普天間V字案」の方針を政府が固めたことを考慮すれば、米国の自国利益に合致した懐柔策にあまりにこの国は簡単に騙され、翻弄され、その外交術の幼児性を再認識させられ、暗澹たる気持ちになる。

米国は災害やテロなどすべての事象を材料に、自国利益の拡大強化につなげる強引な外交いや独善的な軍事力活用を図る国家であると云える。それは厳しい国際政治の中で当然と言えば当然の国家の動きではあるが、米国の属国にも見間違われるこの国にとって、イラク、アフガン侵攻、今回のオサマ・ビンラディン殺害という他国の主権侵害をまったく問題視せず、自己正当化を続ける米国という独善国家に、われわれはそろそろ、その欺瞞性を見抜き、一定の距離を置き、自国の安全保障問題を含め冷静な評価を下すべき時機に来ていると考える。

北朝鮮が韓国・延坪島(ヨンピョンド)を砲撃=菅首相発言、万全でない

 

「国民の皆さんに備えが万全だと言える態勢を作りたい」と、北朝鮮と韓国の砲撃戦を受けての菅首相の発言である。

 

また、菅内閣に危機管理能力が問われる事態が勃発した。今度は場合によっては、菅首相が言うように「不測の事態」に備える必要がある。

 

だから、この緊急事態に言葉尻をとらえてとやかく言う気はない。

 

  ただ、こうした時の一国のリーダーは、「備えは万全である」、「心配はいらない」、「冷静にいろ」と、言えばよい。もちろん、態勢を万全たらしめることは当り前なのだが。

 

  菅直人という人物は正直なのか、愚かなのか。

 

  「備えが万全だと言える態勢を作りたい」ということは、現時点では備えは万全でないということを内外に表明しているのである。実際には優秀な自衛隊の制服組が万怠りなく不測の事態に対する軍事的対応はとっているのだとは思うが。

 

政治主導の面目躍如がこの現下の局面である。なのに、冒頭の言葉である。

 

おそらく、万全な態勢ということの具体的内容を把握していないために、こうした自信なさげな言葉が出てくるのだろう。国民は不安でしかたがない。

 

  今回、不測の事態が起これば、先送りや右顧左眄する時間的余裕はない。失敗は許されず、即座の政治決断が求められる。この内閣にそれができるか。

 

  民主党政権を選択したわれわれは、今日、本日においては、菅首相に過(アヤマ)たぬかじ取りを、本当に祈るような気持ちで、やっていただくしかないのである。

 

  俎板の上の鯉の気持ちとはこのようなものなのだと知った。今日、明日の危機である。菅という料理人の包丁さばきが的確であることを心から祈る。

 

河野雅治駐露大使の強制召還に、ロシア側は即座に高圧的反応=メドベージェフ大統領の北方領土・国後島訪問事件

 読売新聞社は、1122124発で、次の記事を配信。

 

「露下院のコサチョフ国際問題委員長はインターファクス通信に対し、『日本の新たな悲しむべき過ちだ』と批判、大使の一時帰国という『過激な一歩』でロシアの立場が変わることはないと断言した。マルゲロフ露上院国際問題委員長も、『露大統領の訪日直前の大使帰国は、挑戦だ』と述べた。大統領の『国内視察』に、他国が口を挟むのは容認できないとする論法はロシアの政界、外務省に共通している。コサチョフ委員長は、『騒ぎを大きくしているのは日本側だ』と語った。」

 

 思った通りのロシア側の反応である。本当にこのロシアという国は、「盗人猛々しい」という言葉は、この国のためにあるというほどの、相変わらずの不誠実さ、傲慢さである。

 

さて、そこで、菅・前原の次の一手は、まだ、報道では聴こえて来ない。当然のロシア側の反応である。

 

さぁ、詰将棋の始まりだ。

 

菅・前原組みは何手先まで読んで、強制召還を命じたのか。今度こそ、民主党政権が政権党たり得るのかが、この国益を賭けたチキンレースで愚かしくも試される時がやって来た。だから、やけっぱちで、こっちもじっくりとこの一戦、見てやろうじゃないか。

 

ところで、経済封鎖は当然、やるんだよね?

 

そんな手は、日本が困るだけの話だとロシアが高を括(クク)り、高笑いしているのは目に見えるようだが、北方領土が我が国固有の領土であるからには、軍事力に訴えることをしない、核なき国家に出来ることとは、これくらいのことしかない。


 そんなことは、当然、シナリオに織り込み済みで、強制召還を命じたんだよね? 


 損失を被る企業や人々への税金での支援は当然として、このロシアとの経済断絶、場合によっては国交断絶も視野に入れたシミュレーションで、まず、これから起こる経済的不自由、生活の困窮を、国民は敢えて享受せねばならぬ。この覚悟を国民に求めてゆく、準備、手順、具体的手段・・・、そして法治国家なんだから、法的整備など、そういったことは、永田町のどこかで誰かが、政治主導だから、コツコツと準備をやってくれているんだよね。


 「ロシア経済封鎖に係る経済損失補てん法案」の国会提出や輸入資源や水産物、森林資源の輸入代替先の確保には、すでに、強制召還を命じたと同時に、少なくとも動き始めているんだよね。

 

核を持たぬ国家が核保有国と事を構えるのは、その覚悟が今あるか否かは別として、こうした国民の臥薪嘗胆しかない。遠い昔に、そうしたことを国民に強いた国があったことを聴いてはいるが・・・。

「竹島」に李明博(イ・ミョンバク)大統領がやって来る!=露大統領、北方領土訪問

  メドベージェフロシア大統領が1日、空路、国後島に入った。旧ソ連・ロシアの国家指導者が北方領土を訪れるのは初めてである。9月下旬からそうした話は伝わっていた。だから、日本政府は「両国関係に重大な支障が生じる」との警告を発し、その暴挙が万が一にも実行に移された場合、それに対する対抗手段は当然だが、周到に用意されていたはずである。

 

そして、その暴挙があろうことか昨日、起こってしまった。日本の領有権と警告は完璧なまでに無視された、力づく、問答無用の暴挙である。

 

 大統領による国後島入り直後の記者会見で菅首相は、「北方四島は、我が国の固有の領土であるという、その姿勢は一貫しております。それだけに今回の訪問は大変遺憾に思ってます。前原外務大臣の方から大使に抗議をいたしました。今後の事はどういった形で対応するか検討していきたいと、こう思ってます」と述べた。それは、とても国家主権を踏みにじられた国の最高権力者の言葉ではなかった。怒髪天を衝いて間髪入れぬ対応につき語るのではなく、怒りの一片すらも感じさせぬ、呆けたような空疎な言葉だったのである。

 

 このキョトキョトと目線の落ち着かぬ卑屈な男がこの国の最高権力者であることの恥辱にいつまでわれわれは耐えねばならぬのか。

 

 そして、今日(2日)、駐露大使を一時帰国させたことにつき、「事情を私も聞きたいと思って、そう指示しました」と、この男は言った。事情を私も聞きたい?事情なんか、外交力のない政権が普天間、尖閣でオタオタしている間に、北方領土の実効支配から確固たる領有化へと、一挙にこの領有問題のステージを上げようとの狙い以外に、どんな事情があるというのか。

 

 周到に用意がなされた対抗手段が、おそらく駐露大使の召還なのだろうが、それならば、相応の外交戦術的な物の言い方があるだろうがと言いたいのだ。尖閣に続きこの国の主権が、国際社会の面前で踏みにじられ、辱められているのだから。

 

 召還した後に、果たして次の手をどうするのか。この前の中国船長逮捕ではないが、まさか、地検の判断で釈放したなどという国家主権もへちまもない愚策をやるのではなかろうな?との不安がよぎってしまう。

 

「事情を聞き終わったので、大使を赴任地のロシアへ戻します」などと云って、あっさりと戻すのではないよね、菅さん!それ相応の覚悟を持って召還したんだよね!

 

 国民は恥ずかしくて居ても立ってもいられないんだよ、このあまりにもお粗末な政権に。本当に領土が食い荒らされる危うい状況だと、真剣に思わざるを得ないんだよ!

 

 あぁ、今度はきっと、韓国が竹島に李明博(イ・ミョンバク)大統領を上陸させて来るに違いない。何しろ、この政権は何をされようが、目先のゴタゴタが静まれば、それで良しと胸を撫で下ろすのだから。将来にわたる国益が大きく毀損されたことに対する自覚と責任感が全くないのだから。わが国と利害関係を有する国は、ここを先途とこぞって攻め込んでくるのは、必至である。

 

外交は戦争だということを知らぬ能天気集団が、この国を本当に弱体化させ、亡国の際に追い詰めようとしている。

菅首相の国辱外交=「尖閣諸島」の致命傷となった日中首脳会談

  104日のブリュッセルでの日中首脳の偶然的首脳会談において、日本は致命的ミスを犯した。

 

 中国・新華社は会談を受けて105日に、「温総理『釣魚島は中国固有の領土』強調 菅首相と会談で」との見出しで、「日中首脳会談で温首相は、釣魚島(尖閣諸島)は中国固有の領土であると改めて主張」と、報じた。

 

 中国漁船衝突事故に際して、当初、日本政府は「尖閣諸島に領土問題は存在しない」として、国内法に照らし船長の逮捕・拘束・延長は検察の判断で、粛々と手続きを進めた結果であると説明した。

 

 それが、船長の拘置延長を決めた19日を境に、中国政府の対応が一挙に硬化した。翌日の20日、軍事管理区域内で不法に軍事目標をビデオ撮影したとして、建設会社「フジタ」社員4名が中国内で拘束された(内3名は30日に釈放)。

 

21日には、ニューヨークを訪れていた温家宝首相が「われわれは(日本に対し)必要な強制的措置を取らざるを得ない」と発言をエスカレートさせた。経済面でも23日以降、レアアースの実質的な輸出制限に踏み切るなど、対日圧力を強めていった。

 

 そして、25日に釈放された船長が福州の空港に到着するのに合わせ、中国外務省は、「(日本は)中国の領土と主権、国民の人権を著しく侵犯した。中国政府は強い抗議を表明する」と述べ、「日本側は今回の事件について中国側に謝罪と賠償を行わなければならないとの声明を発表した。まさに矢継ぎ早の強硬策の連続パンチであった。

 

 それに対し、日本政府の不甲斐なさは、処分保留で船長を釈放した24日以降の腰砕けの対応である。

 

 そもそもこの事件は、前にも述べた(9.26付け)が、中国漁船の拿捕という初期動作の幼稚な決断にあったことは、言を俟たない。

 

 しかし、国家主権を前面に押し立て、拿捕し、船長を逮捕してしまったのであれば、それ相応の外交上の筋の通し方があって然るべきである。

 相手が牙をむいて来たら、途端に怖じ気づき、あたふたと狼狽し、地検が勝手に判断し釈放したのだと云う。

 

 赤っ恥もいいところである。

 

 また、29日の細野豪志前幹事長代理の首相特使も笑止である。仙石官房長官はその時点で、「ボールは中国側にある」と明言していたのに、なぜ、わが国がわざわざ出向いて行かねばならぬのか。私は調整に動くなと云っているのではない。外交上の調整とはまさに、内々に行なわれるもので、相手にボールがあると建て前で云うのであれば、中国側が動くまでこちらから表立って訪中する特使などは、外交上の駆け引きではあり得ぬ悪手中の悪手である。

 

 そして、止(トド)めが今回の日中首脳会談の究極のミスである。

 

 頭を下げて、何とか首脳会談をセットしようとしていた様子だけで、日本側のうろたえ振りが国際的にも失笑を買っていた。そのなかで、鼻面を取って引き回されるような形で、廊下で会談したというではないか。場所が廊下であろうが便所であろうが、双方が平等の条件で臨んだ会談であれば、文句はない。

 

 しかし、現実は、中国側は会談を決意したと同時に、中国外務省の日本語の堪能な日本担当者を同席させた。その一方で、日本は会談を渇望しながらも、そもそも、中国・モンゴル課長すらASEM自体に同行させていなかったというではないか。

 

 素人でも分かるが、あまりにもお粗末である。

 

 日本は、中国語を一切理解できぬ首相と英語通訳だけ。対する中国は対日政策を熟知する日本語堪能な人物と温家宝首相。

 

 案の定、会談翌日の新華社は、「温家宝首相は『釣魚島は中国固有の領土だ』と改めて強調した」ことを、記事の冒頭に載せ、世界に向けて配信した。日本は「やあやあ、座りましょうという感じで自然に、普通に会話ができた」と、首相が悦に入り、「阿吽の呼吸で(会談が)調整された」だのと、能天気も度を超している。

 

 それこそ日本が実効支配を続けている尖閣諸島が、一挙に実質的領土問題として日中間に浮び上った瞬間であった。

 

 愚かである! あまりに稚拙で不勉強である。

 

 この将来にわたる国益の毀損を菅直人という人物は、どのように穴埋めするのか。議員を止めれば済むような話ではない。まさに国賊である。昔であれば、「一族郎党、市中引き回しの上、獄門打ち首の刑」だと、叫びたい心境である。

 こんな体たらくの国を放っておく手はない。

 幕末ではないが、ロシアや韓国などが北方領土や竹島は、「俺のものだ」と、列強国が牙をむいてくるのは火を見るよりも明らかである。

韓国哨戒艦沈没=おい、おい鳩山さん、「先頭切って走るなよ」

20日、韓国政府は、哨戒艦沈没したのは北朝鮮製の魚雷によるものとの調査結果を公表した。

 

その公表を受けて、鳩山首相が記者団の質問に饒舌に答えた言葉が、次の通りである。

 

「もし韓国が国連安全保障理事会に決議を求めるということであれば、ある意味で日本として、先頭を切って走るべきだと、そのように考えておりまして、強くその方向で努力をしたいと思います」

 

「今日まで私は、韓国の政府が極めて冷静に行動をされたということは、評価を申し上げたいと思います。中国においても、この冷静という意味がまた別のところにあるかもしれません。私は、事実は事実としてこれは認めるべきでありますので、その中で、やはりこういった信じられないような行為というものが2度と起きないようにしていくために、私は国際的な場裏の中で、しっかりと訴えていく必要があると。中国に対してもそのように臨みます」

 

 この短絡的な人物には、外交のような相手の心の機微をうかがい、複雑な心理戦を展開するのは無理である。

 

 というより、国運をこの人物にゆだねるには、この二つのフレーズを読んでも、怖くてとても任せられるものではない。

 

 「先頭を切って」なんて、まずは韓国、米国、中国の判断や動きを見つつ、日本の憲法内で、対応するんでしょう。もし、今後、北朝鮮の軍事的活動が活発化していったとき、日本は国連安保理で決議されれば、多国籍軍の先頭を切って参戦し、戦闘行為も辞さぬつもりなのか。

 

簡単に「先頭を切って」などと、危険な言葉を軽々しく口にすべきではない。

 

また、中国の対応についての発言も大きなお世話である。外交において自身の胸中をあからさまに語ることだけで、国の最高権力者としての資質はゼロである。

 

「私は国際的な場裏の中で、しっかりと訴えていく必要があると。中国に対してもそのように臨みます」なんて、中国と北朝鮮とのこれまでの関係を考えれば、それがどんなに困難なことかわかるはずだが。

 

 そして、この人物は、朝鮮戦争が、まだ、休戦中のステージにあるという重大な歴史的事実をひょっとして知らないのではないかと、本気で心配してしまう。

 

 もうどこの国もこの国の首班の言葉をまともに聞くことはしないのだろう。日本国民としても、お願いだから鳩山という人物は何も分かってないので、相手にしないでくれと言うしかない。

 

 あとで、お前のところの首相は「先頭切って」と、言ったぞ。だから、まず、日本が北朝鮮に先陣として侵攻しろと、国際社会から言われようもんなら、本当に、大変なのだから・・・。

普天間基地移転先の先送り、党益優先、国益無視の愚昧

 普天間基地の移転先決定の先送りが、15日、民主・国民新・社民の3党間で合意されたという。
「は〜っ?」というのが、正直なところである。移設先を今は決めないことを決めた? 「えぇ〜!」である。

 この連立政権は国民を馬鹿にしているのか? いったい何がやりたいのか。普天間問題は3党の足並みを乱すため、この難しい問題については先送りして、政権維持を最優先ということなのだろう。

 こんな無責任な政権はいらない。鳩山首相が「日米関係を重視する」と口先でいくら言おうが、「Trust me」と胸をたたいた日本の首相に対し、米国は今後、その言葉に信を置くことはないだろう。、「Trust me」の結果が先送りでは、「ふざけるんじゃない!」というのが、誰しも思うところではないだろうか。

馬鹿にするのもいい加減にしてほしい。

これは米国が言うだけでなく、日本国民も同様に叫びたいのだ。

米国との関係悪化を見越したうえで、対等な日米関係の構築というのであれば、当然のこと、民主党は次の一手を用意しているのでしょうねと、ここで念を押しておきたい。普天間の移転先も決めないというのであれば、米国が「それなら国防は勝手にやれ」と言い出した時の、覚悟はしているのだろうねと、言いたいのである。

 この国が米国の核の傘に守られているという事実は重い。米国を怒らせたうえで対等というのであれば、核の傘から抜け出す覚悟があるということだと、考えるのが国際社会の常識である。

 民主党はその腹をどう決めているのか。鳩山首相は、その腹が固まっているのか。ここまでの首相や同党の言動を見ていて、そんな腹など何も決まっていないと考えるのが普通である。

 そして、社民党も政権与党である。普天間基地の具体的移転先も未検討なまま、ただ反対、県外、海外と叫ぶのも、あまりにも無責任。政権の一角を占める党としての責任感の希薄さに、あいた口は開いたままである。

 国民はこの連立政権の行く末にもう、期待することをやめねばならぬ。とくに民主党の党益、政局のみに意を用いた政治運営に、早過ぎるというかも知れぬが、駄目だしをするしかない。政権与党は将来にわたる国益について重大な責任をもっているのだという、当たり前のことを知らねばならぬ。

習近平副主席、天皇陛下との会見、あからさまな政治利用!

習近平(シー・チンピン)国家副主席の天皇陛下との特例会見のセットについて、その反応の代表的例があるので、紹介する。

 

それは、お隣り、大韓民国で最も購読数の多い新聞である「朝鮮日報」が伝えたものである。同紙は1214日に訪日する習近平副主席が天皇陛下との会見をセットされたことに関し、「鳩山政権、中国には破格の待遇」のタイトルで記事を流した。そのなかで「日米同盟を決裂の一歩寸前にまで追い込みつつある日本の民主党政権が、中国に対しては破格の待遇を用意しつつ接近を図っている」と述べている。

 

 その「破格の待遇」とは、次の経緯を言う。

 

今月7日に平野博文官房長官は電話で、中華人民共和国の習近平副主席来日の際に、天皇陛下への会見をセットするよう羽毛田信吾宮内庁長官に要請した。この時、羽毛田長官は「(天皇との会見は1ヶ月前までに申請する)ルールは政府内で重視されており、尊重されるべきだ」と、これまでのルールを盾にその要請を拒絶した。

 ところが、この10日に再度電話で、平野長官が羽毛田長官に会見セットを要請。平野長官はこの会見が鳩山由紀夫首相の強い意向であるという理由で会見をセットするよう迫り、特例的に認めざるを得なかったという。

 

そこで、羽毛田長官は11日、異例の緊急会見を開き、「(1カ月ルールは)国の大小、政治的重要性で差を付けずに適用してきた。単なるルールではなく、現憲法下の陛下の役割にかかわることだ」と、天皇の政治利用について強い不快感を示した。

 

10日の小沢訪中と合せるように特例扱いで天皇陛下との会見がセットされたとなれば、鳩山首相の強い意向であると釈明するものの、その蔭に小沢幹事長の強引な指示がなかったと思う方が不自然で、無理な話である。

 

小沢の一声でさまざまなことが強引に決められる。民主党政権になってから、しばしば目にし、強く感じることである。そして、今回のことで、小沢一郎衆議院議員が実質的な最高権力者であることが、白日の下に曝されたと言ってよい。

 

それはそうとして、天皇と政治の距離の問題である。

 

天皇陛下はご結婚満50年に際する記者会見(H.21.4.8)において、「日本国憲法にある『天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴』であるという規定に心を致しつつ、国民の期待にこたえられるよう願ってきました。象徴とはどうあるべきかということはいつも私の念頭を離れず、その望ましい在り方を求めて今日に至っています。なお大日本帝国憲法下の天皇の在り方と日本国憲法下の天皇の在り方を比べれば、日本国憲法下の天皇の在り方の方が天皇の長い歴史で見た場合、伝統的な天皇の在り方に沿うものと思います」と、ずいぶん直截に政治との距離感についてご自身のお考えを述べられた。

 

 皇后陛下も、天皇陛下ご即位二十年に際しての宮殿での記者会見(H21.11.6)において「戦後新憲法により、天皇のご存在が「象徴」という、私にとっては不思議な言葉で示された昭和22年、私はまだ中学に入ったばかりで、これを理解することは難しく、何となく意味の深そうなその言葉を、ただそのままに受け止めておりました。御所に上がって50年がたちますが、『象徴』の意味は、今も言葉には表し難く、ただ、陛下が『国の象徴』また『国民統合の象徴』としての在り方を絶えず模索され、そのことをお考えになりつつ、それにふさわしくあろうと努めておられたお姿の中に、常にそれを感じてきたとのみ、答えさせていただきます」と述べられた。

 

 このように両陛下が象徴天皇の意味を問い続け、真剣に心を砕いてこられたご様子を知る国民として、今回の暴挙と言ってよい「政治利用」は、これまでの両陛下の血の滲むようなご努力と国民への御心を踏みにじるものであり、断じてこれを許すことはできない。

 

 14日の鳩山由紀夫首相の「天皇陛下のお体が一番大事だが、その中で許す限りお会いになっていただく。日中関係をさらに未来的に発展させるために大変大きな意味があると思うから、判断は間違っていなかった」との発言は、「日中関係をさらに未来的に発展させる」によって「外交」としての意味合いが濃いことを心ならずも吐露し、会見が政治利用であることを物語っている。

 

 さらに、こんな無理強いをしておきながら、陛下の健康を気遣うなどと、よくも言えたものだと思う。鳩山由紀夫という人物の言葉の「軽さ」、「空虚さ」を思わざるを得ない。

 

そもそも天皇と政治の距離感は常に細心の注意をもって見極めていかねばならない。天皇皇后両陛下がこれまでの会見で天皇の役割について述べられた深い思いを一顧だにせぬ今回の判断を「間違っていなかった」と言い切る鳩山首相の無思慮と小沢一郎幹事長の「力づくの権力」を「わたくし」するような行為に、わたしは憤りを隠すことはできない。

 

そして、この問題は、羽毛田信吾宮内庁長官が言うように「憲法に規程されている天皇の役割にかかわる」ものであり、慎重なうえにも慎重な対応が求められるものだと考える。

 

民主党政権の権力の乱用が、国の根幹を危うくするものに本当にならねばよいと感じた「事件」である。

小沢訪中団、屈辱の一日=いつこの国は中国の属国になったのか

1210日はある意味、国辱の日である。

 

今回の林間学校、いや、訪中に小沢先生に引率されて143名もの国会議員が中国を訪れた光景を見せられると、この国はいつの間に中華人民共和国の一属国になり果てたのかと思ってしまったのである。小沢一郎民主党幹事長が胡錦涛(こきんとう)中国国家主席と会談する様子などは、国内であれだけ横柄な態度で終始する姿との対比において、見るに忍びないというのが正直な感想である。

 

小沢一郎民主党幹事長の訪中はまさに国辱ものである。総勢600名を超すという中国訪問団。とくに143名におよぶ小沢氏に引率された民主党国会議員の幼児脳と自分のおかれた国会議員という立場に対する意識の希薄さに唖然とするのである。

 

校長先生に引率された小・中学生じゃあるまい。中国側が用意した巨大な黒塗りのリムジン車に小沢氏が乗り、添乗員の掲げる旗に従った同行議員らが番号のふられたマイクロバに分乗し、長い車列をつくって市中心街へ向かう光景を、中国人民はどのように見ただろうか。どう見たって、言うがままに動きまわる修学旅行、そのものである。

 

この光景を見れば、日本は中国の属国となり、朝貢貿易ではないが皇帝に跪(ひざまず)きにいった植民地の使節としか見えぬ。小沢一郎だけが属国の王として浩然と胸を張り、人民公会堂を歩む姿を見ると、属国の小心翼々とする為政者が、己の自尊心の満足のために国益という国民そのものの将来にわたる財産を「わたくし」する卑しい姿を見るようで、吐き気がしたのである。

 

実に、今日の訪中の大デレゲーションを見て、日本はいつの間に中国の属国になり果て、いつの間に国会議員は中学生、いや小学生のレベルの扱いを受けるようになったのかと、嘆かざるを得ない。国民の代表である国会議員はひとりひとり、小沢一郎と同じ権限を国民の一代表、代理人として行使する権限を与えられているのだという、民主主義の原理原則をもう一度国民は問い直す時機に来たのではないか。本当によく民主党の代議士は考えてもらいたいと憤りをもって思うのである。国民は中国に膝下することを期待して、政権交代など望んだのではない。どうも結論を急ぎ過ぎるが、民主党首脳に政権交代の国民の真意をもう一度、思い知らさなければならぬと思った一日である。

 

何度も言うが、今日一日、小沢一郎率いる民主党訪中の仰々しさを見て、日本国民として本当に恥ずかしい思いをしているのである。

 

国会議員は国民が平等の権利を行使し選んだ代表である。そのひとりひとりは本質的に同じ権限を有すはずである。国民の意思をひとりひとりの議員が体現するのが本来の姿である。民主党議員は小沢一郎の部下になったのではなく、国民の代表になっているのだということを、真剣に考え直してほしい。

 

普天間飛行場移設問題、鳩山首相迷走にダメ出し!!

鳩山由紀夫首相は127、米軍普天間飛行場移設問題に関する、公邸前での記者団のぶら下がり取材において「政府としての考え方を、最終的にどういう風に米国に対して申し上げるかを決めるときが来たと思っている」と述べた。

 

 それを受けた大手メディアは、「<普天間移設>首相、近く最終方針…米国側に提示へ」(毎日)・「普天間方針、米側に近く伝える意向…首相」(読売)・「首相、普天間問題で『最終方針決める時期』」(産経)・「普天間移設で首相『政府として考え方、決めるとき』」(朝日)・「普天間移設『考え決める時』 首相、米に近く提示」(日経)というタイトル記事を配信している。

 

普天間飛行場移設問題について日本政府の最終方針」を米側に伝える方にニュアンスを置いたタイトルから「政府の考え方を決める時がきた」の方にニュアンスを置いたタイトルまで、首相発言の捉え方に微妙な差が生じている。

 

 これまでの普天間基地移転に対する鳩山首相の発言のブレが尋常でないことを考えると、タイトルを曖昧にせざるを得ない大手メディアの苦労も分かる気がする。冒頭の首相発言を慎重に再度、読み返して見ると、「最終的にどういう風に米国に対して申し上げるかを決めるときが来た」である。

 

 鳩山首相は「どういう風に言うか」を決める時がきたと言っている。要は「政府としての考え方」を「どういう風に」言うか、米国の怒りを見たので、早く「決め」ないといけない、と言っているに過ぎない。もっと言うと、「(移転問題を)どうしたらよいかわからなくなった」という鳩山首相の気持ちを「Trust me」と言ってしまった自分自身に傷がつかぬよう「どういう風に」米国に伝えたらよいか、「先延ばしの仕方」を決めないと、相手が本当に怒ってしまうと、言ったに過ぎないのである。

 

 決して移転問題の最終方針が彼の頭の中にあるわけではないことをわれわれは理解しておかねばならない。来年7月まで連立政権を崩す覚悟がないのであれば、「県外、できれば国外」という党是を掲げ、「重大な決意」を表明した福島瑞穂党首率いる社民党の主張を袖にすることはできない。これまでの様々な問題への対処、指示のあり方を見ていると、どうも鳩山首相の脳内思考は、すべて決断を好まず先送りする、抽象的な「言葉力」で物事をしのごうとする傾向がきわめて強いことが窺われる。

 

だから、のらりくらりで年越しし、そうこうするうちに何とかなるのではないか。そんな気持ちでいたに違いないと思えてくるのである。

 

しかし4日にルース在日米国大使が岡田外相、北沢防衛相の会談で、「鳩山政権がオバマ大統領の顔に泥を塗った。先月の日米首脳会談当時、鳩山首相がオバマ大統領に『信じてほしい』と早期に結論を出すことを約束しながら、危機を免れるとこのような態度を取るのか」と顔を赤くして、2人に怒声を上げたという。

 

そこで、鳩山首相は驚いて何か年内に米国に言わねばならぬと考えた。

 

その気持ちが「どういう風に」という表現に表れている。最終方針が定まっており、それを伝えるのであれば、「はっきり最終方針を申し上げる」でよいのである。表現方法で方針が変わるような最終方針など、外交の世界で受入れられるはずはない。玉虫色の表現とは、行なわれるべき事実はひとつであるが、その事実の解釈を両国国民にとって互いによいように理解させるための政治的テクニックである。決して、やるべき事実が決まっていないときに、表現の仕方で最終方針を曖昧にするなどということではない。そんなことは、外交上、許されることではないし、そんな言葉で「YES」というような米国ではない。

 

甘えるのもいい加減にしろと鳩山由紀夫首相には申し上げたい。こんな不誠実な態度をとり続けるかぎり、この国の国益はどんどん損なわれ、国際社会からの信用も失ってゆくことは確実である。

 

いまは、出来ることと出来ないことをはっきり内外に言うべきであろう。とくにこれは国の安全保障にかかわる問題である。表現力の巧拙で済ます話ではなく、決断力・政治力がまさに問われる問題なのである。

 

 こんな外交姿勢で「日米両国の対等な相互信頼関係」を築くなどとよくも言えたものである。米国の核の傘に守られて平和を享受している現実を直視し、対等な関係にある「新時代の日米同盟の確立」のためには、いざとなればその「核の傘」をなくすことも視野に入れた重い判断をしていなければ、「対等」な外交を標榜するのもおこがましいと言わざるを得ない。その覚悟を国民に求めるからには、自らがその覚悟をしているのは当然のはずである。それが為政者の最低限の責務、資格である。しかし、どうもこの鳩山由紀夫という人物の腹のなかに「肝」というものはそもそも存在しないようである。

そう言えば、同氏は政治家の前は学者であった。それを称して「口舌の徒」と揶揄した政治家がかつていたことを思い出した。

ヒロシマ・少女たちの日記帳=広島原爆5

広島平和記念資料館を訪ねる=原子力平和利用の国民的議論を(2011.3.31)
長崎原爆資料館を半世紀ぶりに訪ねて(2010.9.5)


少女たちの日記帳「ヒロシマ 昭和2046日〜86日」

広島原爆ドーム
広島原爆ドーム
 64年前の今日、午前815分。米軍のエノラ・ゲイ号は広島に人類初の原爆を投下した。当時の広島市の人口35万人の4割に当たる14万人が死亡した。


 私は長崎生まれで、長崎原爆資料館を見ているが、掌が溶け込んだグニャグニャになったガラス瓶の展示品を忘れることはできない。その記憶はもう40数年も前になるが、その時心に受けた衝撃は、今でも胸中の襞の奥底につらい疼きとして残っている。


 今夜、NHKで「ヒロシマ・少女たちの日記帳」を観た。主人公の石堂郁江さんは当時、広島県立広島第一高等女学校の一年生で、一組の副級長をしていたという。「この伝統ある広島第一県女に入学することを許されます。ます覚悟を新たにして学業にはげみ、
心身を鍛え・・・」と、つい4か月前に生徒日誌に記した少女は、その日、授業休講中の疎開作業の途中で被爆し、無辜の命を奪われた

 少女たちの生徒日誌をもとに淡々として描かれた広島原爆の日は、私に平和の意味を真剣に考え直す機会を与えてくれた。


86日原爆投下」の文字が画面中央に流れるだけの番組の終わり方だったが、それが余計に夢にあふれたこの少女たちの尊い命が理不尽にも一瞬にして消え失せた悲惨さを心に沁み入るように伝えてくれた。私はただ黙ってテレビのスイッチを切り、頬を伝う涙を流すにまかせた。

 


 つい先日、米国で「1945年8月6日と9日の広島、長崎への原爆投下について、米国民の61%が『正しい判断だった』と考え、22%が『誤っていた』とみなしていることが4日、米キニピアック大学(コネティカット州)の世論調査研究所の調査結果でわかった」(8/5中日新聞)とのアンケート結果がニュースで報じられた。


一方で、オバマ大統領は4月5日にプラハで「核兵器を使った唯一の国として行動する道義的責任がある核兵器のない平和と安全保障を追求する核兵器のない世界を目指して具体的な方策を取る」などに言及した、いわゆる「プラハ演説」を高らかに行なった。


先の米国民のアンケート結果とオバマ大統領の「プラハ演説」との乖離はあまりにも大きく、その無責任さ加減にあきれて言葉もない。


原爆の悲惨さを実際に目にしたことのない米国民。無知なるが故の米国民の非道の是認。石堂郁江さんが何を思い死んでいったかに鎮かに思いを致したとき、私は米国民の鈍感な傲慢さをとてもじゃないが許すことはできないと歯ぎしりするように思ったのである。

いや〜な予感、悪寒・・・=麻生太郎首相、竹中平蔵元総務相会談5

麻生太郎首相、竹中平蔵元総務相会談

 

いや〜な予感、悪寒・・・

 

 

 22日、麻生太郎首相が竹中平蔵元総務相との間で約40分におよぶ会談が行なわれた。竹中氏が総務相時代に副大臣の任にあった自民党の菅義偉選対副委員長の仲介であるとされる。会談の目的は「世界経済フォーラム年次総会」(ダボス会議)への出席が予定されている首相に、同会議のボードメンバー(評議員)である竹中平蔵慶應義塾大学教授が主要テーマなどを説明すると同時に、同会議での演説を正式に要請するものであったと公表されている。

 

 昨年915日のリーマンブラザーズ破綻を契機に、一挙に世界的金融危機が広まった。そしてその影響は、米国のビッグスリーをはじめとする世界の実体経済に大きなダメージを与え「百年に一度の経済危機」が現実のものになろうとしている。現在、米国の金融危機は一向に収まる気配を見せぬどころか、その傷口は深まり、米国経済全体が崩壊の淵に立っていると言ってもよい。基軸通貨国への不安は世界市場に伝染病のように伝播し、日々、その重篤さは深刻さを増している。ジェット・コースターのような連日の各国株式市場の乱高下が、その市場の不安心理を如実に表わしている。

 

 そうしたなか、分野を問わず市場原理主義を強引に導入し、日本社会をメチャクチャにした竹中平蔵元総務相が、麻生首相と面談した。

 

麻生総理は米国金融危機の勃発以来、過去に金融危機を克服したわが国が「国際金融危機終息のリーダーシップをとる」と国内外の会議等の場で息巻いてきた。そしてその意気込みは現実的な政策として国際社会で実現されていない。首相の「国際的リーダーシップ」への意気込みは、その意気込みとは真反対に国際政治の舞台においては冷淡なまでに「シカト」されているのが実際のところである。

 

そのなかで、約10年前のわが国の金融危機を終息させたとされる竹中平蔵氏が麻生総理と会談した。首相の焦燥感と地に落ちた政権支持率の浮揚策からか、「竹中」という猛毒にまた手を出そうとするのではないのか。今回の突然の、そして見様によってはタイミングの良すぎる会見に、そんな薄ら寒い危惧、いや、強烈な悪寒を覚えた。

 

竹中平蔵氏は言わずと知れた市場原理主義信奉者である。強烈な毒を内包する市場原理主義を免疫力のないわが国に強引といってよいやり方で、導入、施行した人物である。そして、憲法25条で保障された「国民の健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」を具現化する社会保障等の制度資本を破壊し、国民の招来に多大な不安を抱かせた張本人である。

 

そしていま社会問題化している派遣切りや公的病院の閉鎖など国民の生存、生命の保証すら危ない格差社会を現実に国民の目の前に出現させた元凶とも言ってよい。その竹中氏と首相との会談!単なるダボス会議の事務的な打ち合わせなどと思えぬのである。いま国民を途端の苦しみに陥らせた人物を己の政権維持のために利用しようなどとは、ゆめゆめ考えてはならぬ。

 

「改革」「改革」と、まだお題目のように唱える中川秀直議員のような政治家もいるが、小泉政権時代に「改革なくして成長なし」の掛け声に乗せられ、強引に米国式市場原理主義を諸々の制度資本に組み込むことをわれわれは余儀なくされた。その結果として国民の幸せが、財政コストとファンド等拝金主義者の視点のみで計られ、社会保障等の制度変更がなされ、現在の格差と荒涼とした社会情勢が現出したことを忘れてはならぬ。

 

米国は「社会」より「個の利益」を最優先とする市場原理主義と訣別する大統領を選択した。24日のビデオによる演説においてバラク・オバマ新大統領は、総額8250億ドル(約73兆円)におよぶ本格的な景気対策法案を1カ月以内で成立させる意向を表明した。これまでの共和党政治の市場原理主義とは大きく異なる、選挙期間中にマケイン候補がいみじくも批判した「社会主義」とも言える、政府が大きく介入する経済政策へ転換することを正式に大統領として表明したのである。

 

 セーフティーネットの機能せぬ社会を招来させた「竹中平蔵」という、真反対の男を、この時機、官邸に呼んだ麻生首相の意図は何なのか。それを推し量ると、本当にいや〜な予感そして悪寒を覚えるのである。こうした時機に剥き出しの「個の利益」信奉者を政権中枢に近づけることすら戒めるべきだと考える。

 

 

 

米国の今年の言葉に「社会主義」、では日本の今年の漢字は?5

121日、米辞典出版大手のメリアム=ウェブスター(Merriam-Webster)社が恒例の今年、米国人の心に残った言葉、「Word of the Year」(単語検索ランキング)を発表した。金融恐慌に端を発した公的資金による企業救済という言葉が各メディア上で踊ったが、第1位はその「bailout(救済)」であった。2位「vet(入念に調べる)」は、大統領選挙運動の最中、指導者の「適正や資質を厳しく吟味する」意味のvetという単語が頻繁に使用されたことが要因と説明されている。

 

そして3位に「socialism(社会主義)」という単語が顔を出している。米国においてである。大統領選でのディベートにおいてマケイン候補がオバマ候補の政府関与を強化する政策を「米国を社会主義化する」ものだと厳しく批判したことなどが検索上位の要因に挙げられている。しかし同国ではタブーに等しい「社会主義」である。その言葉が第3位にのぼったことは、共和党政権下、行き過ぎた市場原理主義がもたらした格差社会が極端な水準まで進み、もはや看過できぬところに来ていることをあらわす証左とも見て取れる。行き過ぎた「市場原理主義」は、決して社会を幸せにはしないということを、米国民は敏感に感じ取ったのではないだろうか。

 

反共のメッカである米国で、2008年という年が「社会主義」という単語が3番目の頻度で検索された年であったことは、その意味において特筆されてよい。「社会主義」への関心の高まりは、市場原理主義による幸福の追求が結果として行き過ぎた格差社会を作り出したことに対する、アンチテーゼだとも言える。社会主義の謳う「平等の理念」、「資本家による搾取の否定」といったプリンシプルとは一体どんなものなのかと、大きな関心が寄せられた。

 

米国民は現状の市場原理主義というパラダイムは健全な社会の枠組みではない、人々にあまねく幸せをもたらす仕組みではないことをはっきりと感じ始めている。そして同様の道をここ10年近く突き進んできたこの日本でも今年、80年も前に書かれたプロレタリア小説である「蟹工船」(小林多喜二著)が若い人たちの脚光を浴びたと話題を呼んだ。そうした日米の動きはまるで軌を一にしているようで、世情不安・閉塞感・世界恐慌というどす黒い叢雲(むらくも)が両国は言うにおよばず世界を覆った年であったと言えるのだろう。

 

 メリアム=ウェブスターの「Word of the Year」で2007年の第1位「w00t」は、コンピュータ世界で「歓喜」を表す表現形態で、オンライン・ゲーム愛好者の間で多用されたという。2006年の第1位はtruthiness」で、「証拠がない場合でも、真実であってほしいと思われる性質」を皮肉を込めた表現で表したもので、ブッシュ大統領がイラク戦争の大義とした「大量破壊兵器の存在」を真実と信じたがったことを皮肉った単語である。この二つの言葉は、あたらしもの好きで、アイロニーを好むいかにも米国的な造語であり、ある種、社会の前進をイメージさせるものとも評せる。しかし、「社会主義」はこの数十年間の自由を標榜する米国のイメージ(マッカーシズム時代を除く)とは大きくかけ離れるものであり、米国社会の抱える閉塞感がとてつもなく重く、根深いことを窺わせるのに十分である。

 

翻って太平洋を隔てたこの極東の島国にも、似たような恒例の年末行事がある。毎年、その年の世相を象徴する言葉を漢字一文字で表わす「今年の漢字」である。財団法人日本漢字能力検定協会が全国から応募された漢字のなかで最も多い字を「今年の漢字」として、毎年1212日の「漢字の日」に発表するものである。

 

京都清水寺の貫主があの清水の舞台上において大筆で墨痕鮮やかに揮毫するもので、誰でも一度は目にしたことのある歳末シーンではないだろうか。因みにここ過去三年の漢字一字は「愛」(2005年)「命」(2006年)「偽」(2007年)であった。果たして、この国では今年の漢字には何が選ばれるのだろうか。

 

森清範(せいはん)清水寺貫主による揮毫は1213日午前10時から同寺にて行なわれる。果たして今年を表す漢字は何になるのか?

 

恐慌の「慌」、非正規雇用の「非」、失業者の「失」、無差別殺戮の「無」・・・と、暗い世相を反映したネガティブな漢字しかいまのわたしの頭には浮かんでこない。暗いくらい一年であったのだと思うしかない。いや暗い年が始まったのだと思うべきなのであろう。



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