彦左の正眼!

世の中、すっきり一刀両断!で始めたこのブログ・・・・、でも・・・ 世の中、やってられねぇときには、うまいものでも喰うしかねぇか〜! ってぇことは・・・このブログに永田町の記事が多いときにゃあ、政治が活きている、少ねぇときは逆に語るも下らねぇ状態だってことかい? なぁ、一心太助よ!! さみしい時代になったなぁ

芸能・スポーツ

浅草寺に立つ平成中村座で陽春大歌舞伎を観る

4月1日の初日から5月3日の千穐楽までひと月にわたり浅草寺境内に立てられた小屋で平成中村座による陽春大歌舞伎が催されている。

7 陽春大歌舞伎

江戸の芝居小屋の雰囲気、劇場空間を愉しみたくて春の一日、歌舞伎観劇と洒落こんだ。

2・浅草雷門
浅草雷門

浅草寺本堂裏に立てられた大テントの芝居小屋。想像していた江戸風情の外観はなく、どちらかというとサーカス場のように見えた。

3・平成中村座のテント小屋
イメージと違った芝居小屋

もう少し、役者の幟やまねき、絵看板などが飾られていると気分が出るのになあと感じた。

4・平成中村座  5・平成中村座入口
芝居小屋の入口

天保6年(1835)に建てられた現存する日本最古となる四国の“こんぴら歌舞伎”の芝居小屋と同じようにとは、さすがに言うつもりはない。

4 小屋二階席
こんぴら歌舞伎の芝居小屋の内部

しかし、せめて雰囲気づくりくらい、もう少し金をかけてもらいたいと思った。

4 こんぴら歌舞伎小屋・まねきと絵看板
風情は最高のこんぴら歌舞伎

やはり、幟を目にしながら気分を高めながら小屋へ近づく。

4 小屋への坂道にも幟
金毘羅歌舞伎、この坂道に立つ幟がイイ!!

そして、あの招き看板と絵看板と出会って、あぁ、今日は芝居を愉しむんだというあの昂揚感がほしいのである。

4・小屋に掛けられた”招き看板”
まねきと絵看板は小屋の必須の条件

折角、浅草寺の本堂や五重塔にかこまれた場所で興行を打つのだからなおさらである。そこはまさに東京に残る数少ない江戸の香りを残す場所なのだから。

6・この感じ、浅草の芝居小屋です
入口は入って、お弁当売場の景色が江戸・・・かな

まぁ、芝居小屋の体裁はこの程度にして、夜の部(16時半開演)観劇について記そう。

演目は、「妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)」、「高坏(たかつき)」、「幡隨長兵衛(ばんずいちょうべい)」の三つ。


「妹背山婦女庭訓」は、お三輪を演じる七之助は若さゆえの華やかさはあるが、芸の方はまだまだというところか。官女たちの執拗ないじめと求女への一途な思いからそれに耐える三輪の仕草が見ものなのだが、どうもその不憫さが当方に伝わって来ぬ。

官女とのやり取りがどうもパターン化しすぎたきらいもあるのだろうか、要は胸に迫るものがない。切々たる思いが舞台上から客席まで届いて来ぬのである。

7・小屋の内
場内はそれなりの小屋の風情も

次の「高坏」であるが、中村屋のお家芸ともいうべき世話物である。勘九郎演じる次郎冠者の滑稽さが売りの舞踊劇であり、高下駄を履いてタップダンスを踊るという目玉も楽しみな演目である。


其れなりに世話物の小品としてまとまってはいたが、勘九郎もまだまだ精進が必要と感じたところ。つい、観客は18世勘三郎、さらには17世勘三郎の舞踊を目蓋において観てしまうのだから、さぞや勘九郎もつらかろうと思う。


しかし、勘九郎のちょっとした仕種、台詞回しに、中村屋の飄々とした洒脱とでもいおうかその血筋はたしかに伝わっていると感じたことも確かである。


もう42年前になろうか、わたしは17世勘三郎の「うかれ坊主」をみた。その見事な舞踊、いや、江戸庶民の匂いをただひとつの仕種であらわしてみせる芸に、歌舞伎の凄味、培われてきた伝統といったものを教えられた。マイケルジャクソンのムーン・ウォークよりはるか昔に、17世勘三郎はその創造性豊かなダンスを歌舞伎座の舞台で踊って見せていたのだ。


そして18世勘三郎がいい味を出し、その飄逸な芸風に磨きがかかりはじめた矢先の無念の早逝。


若くして中村屋をその双肩で支えることになった勘九郎。躰は柔らかいが、やはり、まだまだ、その芸はこなれていない。タップももっとリズムにのって軽妙にステップを踏んでほしいと思ったものだ。高下駄ですよと彼は言うかもしれないが、17世であれば、下駄自体の工夫も重ねて、無重力の世界のタップをきっと見せてくれたと思う。


今後のさらなる精進を心より祈っている。


最後の演目、中村橋之助の「幡随長兵衛」。これは、橋之助、さすがという出来栄えであった。さらに、客席のそこかしこから役者が出て来ては舞台と掛け合いをやる様は、まさに江戸の小屋ではもっとこんな芝居がたくさんあったのだろうなと感じさせる「生きた芝居」であった。


江戸の庶民の粋、サムライ以上の漢の生き様を橋之助がスマートに演じる。あの声といい、なかなかのものであった。


わたしたちは思い立ったのが遅く、ネット予約でこの日の松席(1階平場)は満席、竹席の2階がわずかに空いていたのみ。そこで二階の三列目の右端二席をとったのだが、小屋自体がそう大きくないので、観ること自体に問題はなかった。

8・二階席から
二階席から

二階中央にお大尽席があった。そう云えば予約のときもそこだけは空いていたが、何せ一人3万5千円という値段に尻込みした。当日、その席のふかふか座布団にどっかと座り、高坏膳を前に舞台を眺めおろすご婦人方を拝見し、さすがお金持ちは違うわいと江戸の庶民は思ったところでありやした。

9・芝居が終わり、家路へ

そして、舞台が跳ねて場外へでた観客たちは、浅草寺のライトアップされたお堂や五重塔を目にして「夜の方がきれいだ!」、「芝居の土産話が一つ増えたね」と語り合いながら家路へと足を急がせていた。



錦織、全米オープン決勝戦、敗れる

3ー6、3ー6、3ー6のセットカウント0-3のストレートで敗れる。
チリッチがサービス、ストロークとも錦織を圧倒。
最後まで、錦織に流れ来ず。エアーKの技を完全に封じられる。

全米オープンテニス決勝戦、錦織が第二セットも落とす

3ー6で、落とす。

全米オープンテニス決勝戦、第二セット、初めてブレイク

チリッチがサービス、ストロークともに優位。錦織、ペースつかめず。
3ー5に戻すも、依然。苦戦中。

全米オープンテニス決勝戦、第二セットも先にサービスゲームを落とす

ゲームカウント3ー1でチリッチがリード。

錦織、第一セットを落とす

全米オープンテニス決勝戦、第一セットを3ー6で錦織は落とす。

ジャンプ男子団体実況、銅メダル。16年ぶりのメダル獲得! ドイツ金、オーストリア銀。

ジャンプ男子団体、一回目終了時点で、ドイツ、オーストリアに次ぎ507・5ポイントで第3位。トップとの差は11・5ポイント。

原田雅彦のノーマルヒルジャンプ失格は余りにお粗末(2006.2.12)


2月18日午前2時15分、日本チームがメダルを狙うラージヒル・ジャンプ男子団体競技がスタートした。


第一回目の出場国は12チーム。その上位8チームが決勝進出する。日本の滑降順位は8番目。


日本チームの代表メンバーは滑走順で清水礼留飛(ラージヒル10位)、竹内択(同13位)、伊東大貴(同9位)、葛西紀明(同銀)の四選手である。


まず第一回目12人の試技が2時15分にスタート。

第一走グループの清水は8番目で、2時22分にスタート。

132・5m、127・8ポイントで、第一走グループが終わった時点で日本は第2位につけた。


次の第二走グループは、ゲートがひとつ上がり、距離が出る条件となった。

竹内は追い風のなか、127mを飛び、117・9ポイントで第二走グループが終わった時点で第4位と順位を落とした。この時点で日本はトップのノルウェーと15.4ポイント差となる。


第三走の伊東は2時49分にスタート。追い風のなか130・5mのジャンプで、第三走グループが終わった時点で日本はトップのオーストリア、2位のドイツに続き、第3位とひとつ順位を上げた。トップ・オーストリアと12・0ポイント差となる。


この第4走グループから、ゲートが第一走グループと同様の32番ゲートへとひとつ下がる。

第四走のエース葛西は3時2分にスタート。134・0m、131・5ポイント。

第一回目終了時点で、日本は合計507・5ポイントで、総合順位をドイツ、オーストリアに次ぎ第3位。トップとの差は11・5。


金メダルへ向けて第二回目の試技。

二回目は8チームのうち、日本は4番目に飛ぶ。長のオリンピックの時、以来、16年ぶりのメダルに挑む。


二回目は33番ゲートを使用。

3:29スタート。清水が131・5m、132・6ポイント。一走終了時点で、504・1ポイント。トップのオーストリアとの差をわずかに6・8ポイント差に縮め、第3位につけた。


竹内が130・0m、合計ポイント760・6。第二走終了時点で、トップのオーストリアと16・2ポイント差と開くも、第3位とメダル圏内をキープ。


何だか、解説者の原田雅彦?が関係ない話などして盛り上がりを欠く、素人のような解説で、やたら気になるゾ〜!!


もっと、日本チームに喝を入れろ!!

どうも、金狙いの解説じゃなくて、銅メダルが獲れるかどうかのネガティブ思考のアナウンサーと解説者に、ゲンナリ!


伊東が132・0m、127・0ポイント。どうも膝をまた痛めたみたいなジャンプ。この時点で第3位。そして、第三走が終了した時点で、ドイツが一位に順位をあげた。日本は二位のオーストリアと19・4ポイント差と差が拡大、金・銀メダルが遠のいてゆく。


4時3分、いよいよ葛西が最後から三番目の滑走に入った。

134・0m、137・3ポイント。この時点でトップに立ち、銅メダル以上が確定。


結局、日本は第3位。一位がドイツ、オーストリアが二位。

でも、何だか、このアナウンサーと解説者の最初から最後まで金銀は無理と決め込んだ解説には、正直、ゲンナリ!!


何はともあれ16年ぶりの銅メダル獲得、おめでとう!!


選手はみんな頑張ったぞ、オメデトウ!! オメデト〜!!

レジェンド・葛西紀明、プレッシャーのなかよくぞ跳んでくれた、滑降、いや恰好よかったよ!!

 

ジャンプ男子団体、一回目終了時点で、ドイツ、オーストリアに次ぎ507・5ポイントで第3位。トップとの差は11・5ポイント。

ジャンプ男子団体実況、銅メダル。16年ぶりのメダル獲得! ドイツ金、オーストリア銀。

2月18日午前2時15分、日本チームがメダルを狙うラージヒル・ジャンプ男子団体競技がスタートした。


第一回目の出場国は12チーム。その上位8チームが決勝進出する。日本の滑降順位は8番目。


日本チームの代表メンバーは滑走順で清水礼留飛(ラージヒル10位)、竹内択(同13位)、伊東大貴(同9位)、葛西紀明(同銀)の四選手である。


まず第一回目12人の試技が2時15分にスタート。

第一走グループの清水は8番目で、2時22分にスタート。

132・5m、127・8ポイントで、第一走グループが終わった時点で日本は第2位につけた。


次の第二走グループは、ゲートがひとつ上がり、距離が出る条件となった。

竹内は追い風のなか、127mを飛び、117・9ポイントで第二走グループが終わった時点で第4位と順位を落とした。この時点で日本はトップのノルウェーと15.4ポイント差となる。


第三走の伊東は2時49分にスタート。追い風のなか130・5mのジャンプで、第三走グループが終わった時点で日本はトップのオーストリア、2位のドイツに続き、第3位とひとつ順位を上げた。トップ・オーストリアと12・0ポイント差となる。


この第4走グループから、ゲートが第一走グループと同様の32番ゲートへとひとつ下がる。

第四走のエース葛西は3時2分にスタート。134・0m、131・5ポイント。

第一回目終了時点で、日本は合計507・5ポイントで、総合順位はドイツ、オーストリアに次ぎ第3位。トップとの差を11・5に縮める。


日本は、これから金メダルへ向けて第二回目の試技に挑むことになる。



 

平野歩夢、平岡卓選手がスノボー・ハーフパイプで銀・銅、高梨沙羅選手はスキージャンプ女子で4位、素晴らしきティーンエイジャーたち!!

ソチ五輪のスノーボード・ハーフパイプ男子は11日(日本時間12日未明)の決勝で、15歳と18歳の若人が銀メダルと銅メダルを獲得した。


一方、ほぼ同時刻にルスキエ・ゴルキ・ジャンピング・センターで行われた女子スキージャンプで、17歳の高梨沙羅選手が4位に終わった。


晩酌で熟睡できたのか、午前3時頃に目が覚めてしまった。枕元のラジオをつけると女子スキージャンプを放送中だった。“あぁ、沙羅ちゃんが飛ぶんだ”と、パジャマの上からセーターを着込み、靴下をはき、階下の居間でテレビをつけた。


NHK総合でスキージャンプ、BS1でハープパイプを放映していた。BSと地上波放送をボタン操作で目まぐるしく切り替えながら、青春のエネルギーを発散させる様子を見逃すまいと目を凝らした。


まず、ハーフパイプで息を詰めるようにして平岡卓と平野歩夢の二回目の試技を観た。最後の絶対王者のショーン・ホワイト(米)の競技を残した時点で、平野歩夢選手が二位、平岡卓選手が三位。


そしてショーン・ホワイト(米)の最終滑走がスタート。

ちょっとだけ胸は痛んだが、正直言って、失敗してくれぇ〜・・・と強く祈ってしまった・・・

いま一つ技のキレは悪い・・・ようにハーフパイプ即製評論家は見切った。


その結果、ショーン・ホワイトの点数は90.25

三位の平岡卓は92.25   あぁ〜凌ぎ切ったぁ〜・・・

ショーン・ホワイトの急追を退け、銀と銅のメダルをとった。


その頃、ルスキエ・ゴルキ・ジャンピング・センターでは、一回目第三位の記録に終わった高梨選手が二回目の試技に挑もうとしていた。


五輪前のW杯で圧倒的強さを見せていた高梨沙羅選手。初の五輪競技ということで注目を一段と浴びたなかでの本番。


一回目は上位選手が向かい風のなか有利にジャンプしたなか、最終試技の高梨選手の時のみ、不利な追い風という不運も重なったなかで、100mのジャンプ。

そして、遠く日本の地から還暦を過ぎたひとりの男が念力を送るなか、二回目の試技がはじまる。


サッツ(踏みきり)はうまくいった、空中姿勢もよし、あとは飛距離・・・・・・


着地!うーん、テレマークは入ったのかなぁ・・・、ちょっと不安・・・


飛距離は98.5m。あれっ?100mいってないんだ・・・・・・


点数を待つ。残り二人を残すこの時点で・・・二位。


そして一つずつ順位を落とし、残念ながらメダルに届かず、無念の4位。

時刻は午前4時(日本時間)。テレビを消し、寝に上がる。


その日のお昼。メダルを逸した高梨選手が涙を流す写真を見た。


胸がキュ〜ッと締め付けられた。そして、“そんな顔しないでいいんだよ、沙羅ちゃん”と、心の中でつぶやいた。


メダルに輝いた若人・・・・・・

確実視されたメダルを逃した若人・・・・・・


それもこれもひっくるめて、ぜ〜んぶ、青春。

それもこれもあるのが、人生。上がったり下がったりが、そう人生ってもんなんだよな・・・と、しみじみ思う。


でも、ティーン・エージャーが躍動したこの日。

栄光の歓喜にキラキラと輝く瞳・・・・・・

悔し涙にうるむ瞳・・・・・・


両者ともかぎりなくいとおしい・・・美しい・・・

そして、なぜか甘酸っぱくて、切ない・・・


そんな瞳のみずみずしい表情をいつの頃からかこの自分は失っていたことに気づいた。


青春・・・・・・

それは可能性を何度でも試し、チャレンジできる“時間の泉”を、両腕いっぱいに抱え込んだ人生のスタート地点だったのだなと気づいた。


そして、しばらくして・・・還暦を過ぎたわたしに、青色の濃さが薄くはなったものの、“浅葱色の青という春”のスタート地点に臆することなく、恥じることなく立っていいんだよと、この若人たちに言われたような、背中を押されたような気がしてきた。


やはり、青春の真っただ中にいる人たちの持つエネルギーは凄い。

遠いロシアのソチの地からこの日本の片隅にいるひとりの人間に、こんな当たり前のようででも、大切な人生訓という手紙を届けてくれたのだから。


ありがとう、平野歩夢君、平岡卓君。

ありがとう、高梨沙羅さん。


ありがとう!! 日本のティーンエイジャーたち!






2020年夏季五輪・パラリンピックの開催都市、東京に決定

2020年夏季五輪・パラリンピックの開催都市が東京・イスタンブール間での最終投票の結果、東京に決定した。投票結果は東京が60票、イスタンブールが36票、棄権1であった。

 

日本時間9月8日午前5時21分、アルゼンチンのブエノスアイレスで開かれている国際オリンピック委員会(IOC)総会において、ジャック・ロゲ・IOC会長の口から「TOKYO」と、発表された。

 

折しも、東京には未明より雨が降り出していた。

 

想い起せば、今を去ること49年前の昭和39年10月9日。東京オリンピックの開催前夜、東京の街を豪雨が襲い、開会式当日の天候が危ぶまれたが、10日の朝には東京の空は雲ひとつない日本晴れへと一変していた。

 

オリンピック招致へ向けたこれまでの活動のなかで、眉をひそめる事態も一つや二つではなかったが、東京開催決定を機に、”国際社会へ日本健在なり”を強くアピールできる良き機会を得たことを素直に喜びたい。

 

そして、これからこの閉塞感に満ちた日本上空にまさに日本晴れの空が広がってゆくことを、そして、遅々として進まぬ震災復興が、この明るいニュースにより有形無形の弾みがつき、復興の槌音が高らかに響き渡ってゆくことことを願ってやまない。

 

そして、日本の子供たちが、世界中のトップアスリートたちがこの東京に集い、最高の技を競い合う真摯な姿を間近に見、肌で感じることができる機会を得たことを、本当に喜ばしく思う。

 

2020年、本当の意味での”平和の祭典”にならんことを心から願う。

 

その意味で、平和の祭典招致にかかるIOC総会において、高円宮妃久子さまが、IOCによる東日本大震災の被災地への支援につき衷心よりの謝辞を述べられ、「IOCはオリンピックムーブメントの精神に基づいて何を夢みたらいいかを教えてくれた」と話された意義は大きい。

 

宮内庁の風岡典之長官が2日、高円宮妃久子さまのIOC総会ご出席について、「天皇、皇后両陛下もご案じになっているのではないかと拝察している」と発言したことに、現在の宮内庁のあり方にも多大な疑問を持ったところである。

ロンドンオリンピック女子バレーボール最終予選・日韓戦を観た!叫んだ!落胆した!

23日午後710分から東京体育館において、女子バレーのロンドン五輪世界最終予選の日本対韓国戦が行なわれた。

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木村沙織選手のアタック

日本女子チームはこれまでペルー・チャイニーズタイペイ・タイを下し、3連勝と好調な滑り出しである。テレビ観戦で盛り上がっていたわが家も、それじゃ、韓国戦を東京体育館で応援するかと急遽思い立ち、当日の朝、チケット販売のローソンでアリーナ席を二枚ゲットした。結構、簡単にチケットが入手できたのには、正直、驚いた。

アリーナチケット
アリーナチケットをゲット

そして「盛り上がっているのは結構、ウチだけだったりして」という家内の言葉に、すこし不安も感じ、納得もしながらも、千駄ヶ谷へと向かった。

東京体育館
東京体育館

当日の組合せは第一試合ロシア対ペルー、第二試合タイ対チャイニーズタイペイ、第三試合セルビア対キューバ、そして第四試合がお目当ての日本対韓国であったが、われわれは第二試合の後半からの観戦となった。

セルビア・キューバ戦、館内はまばら
セルビア対キューバ戦・館内は空席だらけ

館内へ足を踏み入れると、予想通り客席はパラパラの状態であったが、日韓戦が始まれば相応の盛り上がりは見せてくれるに違いないと、それまでは実にゆったりとしたスポーツ観戦であった。

ネット際のプレーが見にくい
いい席だったが、難を言えば、ネット際のプレーが見にくい

シートは正審判をちょうど真後ろから見る素晴らしい位置であったが、贅沢を言えば逆にネット際のプレーが見難い角度でもあった。

試合結果
第三試合まではワンサイドゲーム

第二試合も第三試合もワンサイドのゲームでそれぞれタイが3-0、セルビアが3-0と簡単に試合を制した。

そして、日韓戦までの待ち時間にコーヒーを呑みながら、日本チームがこれまで1セットも失っていないこともあり、「日本もこの調子でいくといいね」、「でも、あんまりすんなり勝ってしまうのも、折角、大枚叩いてアリーナ席で観戦しているのだから、少しは接戦を見たいね」と、勝負の怖さをまったく知らぬわれわれは能天気にもその時、語り合っていたのである。

アトラクション
その時は戦勝気分であった・・・

日韓戦前には華やかなアトラクションも挟まれ、スポーツ観戦というよりまさに“The Show”を観ているようで、すでに気持ちは戦勝気分であった。

さぁ、試合開始
さぁ、試合開始だ!!

しかし、一旦、試合がスタートするとその浮かれ切った気分は木っ端微塵に打ち砕かれ、まるで冷水が浴びせられたようで、あっという間に気持ちは萎縮。

1セットの立ち上がりから、動きがいつもの日本チームらしくない。

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いつもの落ち着きあるプレーが見られなかった

サーブミスやレシーブミスといった凡ミスの連続で、「いったい、どうなってんの」と、いつしか満員となった観客席のあちこちからボヤキや悲鳴が挙がっていた。

東京体育館も日韓戦は満席
満員の席のあちこちからボヤキの声や悲鳴があがる

結局、第一セットはいいところなく、1825で落とすこととなった。

10番が韓国のエース・金軟景
10番の金軟景(キム・ヨンギョン)が冴えに冴えた試合であった

2セットも一進一退の試合展開ではあったが、何とか2522でセットをもぎ取ったものの、韓国のエース・金軟景(キム・ヨンギョン)の高い打点からのアタックを阻止することができず、前日までのブロックポイントや粘りのレシーブもとんと影を潜め、韓国チームのアタックの強さ、どんな球でも拾いまくる粘りだけが光るセットであった。

打てども打てども
ブロックも決まらない

続く第3セットこそはとわれわれも熱を入れての応援となったが、結局いいところなく、1725で実質、韓国ワンサイドのゲームであっさりとセットを失った。

そしてこれを失えば敗戦となる第4セットと言えば、結果は1325とまったくいいところなし。あっという間の出来事であった。

タイムアウトが多かった
日本のタイムアウトが多かった

正直、試合中、のべつ悲鳴だけ挙げ続けたというのが実態で、それはこの日韓戦の試合全体の観戦記そのものの総括であったともいえる。


2004
年のアテネオリンピックで負けて以来、負けなしの22連勝中の韓国戦でのこの手痛い一敗。

敗戦
日韓戦、手痛い一敗

日本がロンドン五輪へのキップを手に入れるには、同じアジアの韓国の順位如何にもよるが、ロシア、セルビアなど残る強豪との三試合にもう一敗も出来ないという切所へ一挙に追い込まれることになった。


われわれの試合前の「少し接戦を期待」な〜んて、思い上がりもここまで言うかというほどの気持の驕りであった。そのことをいま厳しく戒める必要がある。


“勝って兜の緒を締めよ”とはよく耳にする格言だが、ここは気を取り直して、もう一度、“負けて兜の緒を締めよ”で、全日本女子チームの奮起を促したい。

日本の女子バレーの実力は、数年前までは放映TV局の視聴率アップを狙うための大甘解説で人気倒れと言ってよいもので、世界の実力にはほど遠いところにあったと思う。

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木村沙織選手のアタック、やはり格好いい!!

しかし、ここ23年は明らかに世界の上位チームと何とか戦えるレベルまで、その実力が向上しているのも事実である。

アタック
アタック!!

だからこそ、われわれ老夫婦もこうして東京体育館までわざわざ足を運び、“火の鳥NIPPON”の戦士たちに熱い声援を送ったのだ。

韓国チームは日本バレーの分析を緻密にやっていた。ことごとくと言ってよいほどにこちらのアタックやクイック攻撃、バックアタックを読み切り、それを阻止した。為す術がないとはこのことである。


そのうえ韓国の勝負への強いこだわりが、打たれても打たれてもしつこく、泥臭く、玉を拾い、追いかけ回すひたむきなプレーに見て取れた。観戦していて最後の方は、韓国チームの勝負に対するそのひたむきさに、逆に胸が熱くなるといった場面も度々あった。

韓国チームの見事な勝利に対しては心からエールを送りたいと思う。

頑張れ日本
もう一度ねじを巻き戻し、頑張ろう!!

そして最後に、“火の鳥NIPPON”なんてそんな恰好つけたネーミングなんかつける必要はないと思っているが、木村沙織さんをはじめとする若い選手たちに、“負けて兜の緒を締め”直して、もう一度ネジを巻き戻しロンドンオリンピックへのキップはもちろん、目標に掲げる金メダル奪取という夢を是非かなえて欲しいと願っている。-

気合は入っているのだが
血のにじむような練習をやってきた、この力は必ず裏切らない

それだけの血のにじむような努力をこの若い人たちはやって来ているのだから。この日韓戦はドタバタの試合ではあったが、わたしも含め、勝負というものの本当の怖さを改めて知らされたという意味において、大変得難い経験をしたのだと思ったところでもある。

頑張れニッポン
頑張れニッポン!!!

さぁ、勝負はこれからだ。頑張れ、ニッポン!!


これからの活躍をわれわれ夫婦も心から応援している。

なでしこジャパン世界一=「あきらめない」を教えてくれた

サッカーの第6回女子ワールドカップ(W杯)ドイツ大会決勝戦で、なでしこジャパンが世界ランク一位の米国を破り、世界の女子サッカーの頂点に立った。

 

米国の高さとスピードある猛攻を必死に防ぎ、前半を何とか00で折り返したものの、後半24分にモーガンにゴールを決められたときは、やはり世界ランキング一位は半端じゃないと正直、これでゲームセットと思った。

 

それから12分後の試合終了9分前に、ゴール前のこぼれ球を宮間が押し込んで、同点とした。

 

なでしこの全選手がゴールを目指し、あきらめずに前を向く姿勢に感動した。

 

そして延長戦に入って、前半終了1分前に米国のエース、ワンバックがヘッドでゴールした時は、今度こそ「万事休す」、「ここまで」とあきらめ、心が折れた。そして、「でも、これまで、よく頑張ったな」と心の中でつぶやいた。

 

延長後半も一進一退の攻防のなかで、試合終了も間近となった終了3分前の宮間からのコーナーキックを沢がたぶんヒールじゃないだろうか、ゴールに流し込んだ。

 

信じられない光景だった。奇跡だ!!こんなことがあるのだろうかと思った。知らぬうちに涙がほほを伝わり落ちていた。言葉がないというのは、こういう時に使うのだと知らされた瞬間だ。

 

PK戦でのGK海堀はもう神がかりだった。信じられない!信じられない!光景が続いた。サッカーの神様があきらめない「なでしこジャパン」の頭上に降りてきたのだと正直、思った。

 

東日本大震災で落ち込む日本人たちに、「あきらめない」というあとには「栄光」と「希望」が本当にあるのだということを、強い気持ちと行動で見せてくれた「なでしこ」たちに、心から「ありがとう!」そして「おめでとう!」と言いたい。









ザック・ジャパン、AFCアジアカップでオーストラリアを下し優勝! オメデトウ!!

AFCアジアカップ2011カタール大会の決勝戦を午前3時過ぎまでテレビ観戦した。興奮覚めやらず表彰式も観てしまった。

 

延長戦後半4分、長友佑都からのクロスを李忠成が相手ゴールネットを揺らすボレーシュート。延長戦を含めた120分の死闘に決着がついた瞬間であった。

 

こう書くとたった2行で済む。しかしこの120分は観る者にとっても長かったし、しんどかった。平均身長4cmの高さの違いは想像以上であった。さらに豪州選手の厚い胸板という「ガタイ」の違いも日本選手の体力を極限まで消耗させ、観戦者も延長戦に入ると「のど飴」渇望症状で、また年金予備軍にとっては血圧計装備が必要な怒涛の「胸キュン」襲来のリフレイン。

 

そうした厳しい、いや、怖ろしい状況を打ち破っての決勝戦の勝利である。

 

昨年の8月30日に就任したザッケローニ監督のアジアカップを通じた采配も見事。素人がよく言うが、たった5ヶ月で日本代表チームをアジアのトップに導いた。

 

決勝戦での香川真司の骨折欠場で攻撃力は明らかに落ちた。素人目にもそれまでの流れるようなパスワークやペナルティエリア内でのドリブル突破といった攻撃の形が影をひそめた(いやぁ、偉そうに書いてるな・・・。でも、勝ったからいいさ!)。

 

でも、この決勝戦の泥臭い守備と攻撃は、なんだか「日本らしい」なぁと感じた。みんなでゴール前で必死に体を張る。何度、跳ね返されようが繰り返し、サイドからクロスを上げる。ホント、泥くさ!!

 

こうした選手の姿を見るうちに、わたしの胸になんだか熱いものがこみ上げて来た。何度も大男に立ち向かっては跳ね返されてゆく若者たち。でも、立ち上がって、もう一度ゴールを目指して向かってゆく・・・

 

いま閉そく感に満ちたこの日本に必要なものは、この「勝利へ向けた執念」とそれを成し遂げるために泥臭いが「物狂おしい」気迫に満ちた行動力なのだと、この若者たちに教えられた思いである。

 

ザック・ジャパン、本当におめでとう。そして、勇気をもらったオジサンも今日から頑張るぞ!

2010FIFAワールドカップベスト8進出ならず5

日本のワールドカップが終わった。初のベスト8を期待したが、やはり、その壁は厚く、強固であった。
当初の日本チームに対する評価は散々であった。特に岡田監督に対する悪辣とも言える評価は凄まじかった。
各種メディアをはじめ、と言いながら、私も口汚なく、敗戦後には岡田監督や点の取れぬFW陣を罵倒した。
途中からは強化試合も見なくなった。
なんて冷たい人間、なんて軽重浮薄な輩かと自己嫌悪に陥る。
メディア批判などできた話ではない。

でも、人と一緒に悪口を叩き、悪態をつくのは、なんだかそうした心理状態の時って、自分の精神安定のためには、強力な効果があることを実感した。

怖い。ここにヒットラーのような天才的アジテイターがいれば、簡単に人民は、その炎のような熱い言葉に靡いてしまうのだろう。
非難の集中砲火を浴びていた岡田監督の顔を思い浮かべて、赤面した。
今は、天才的アジテイターが出現しなかったことを幸いと思う。
いつ、そうしたアジテイトに乗せられてもおかしくない社会状勢にこの日本はあるのだから。

ワールドカップの敗退の日に、自戒の気持ちをこめ、日本選手と岡田監督らスタッフの皆さんに、ご苦労様、ありがとう、そして、ごめんねと、小さい声で伝えたい。

2010南アフリカWカップ決勝トーナメント・パラグアイ戦 無念のPK戦

 いよいよ、わがサムライ・ジャパンが今夜(現地時間29日午後4時)、初のベスト8進出をかけて、南米の強豪パラグアイと対戦する。

今回のWカップは、戦前には過去にないレベルで盛上りを欠いていた。ドイツWカップまでの3連続出場の中田英寿のようなスーパースターの不在が、そもそもサッカー熱自体を冷え込ませていた。そして、本戦前の強化試合での連戦連敗によって、国民のWカップへの関心は一層低下し、大方が予選リーグ敗退を予想した。

 

私はあの得点力のないFW陣では、一点もとれずに惨めな予選敗退をすることを確信していた。初戦のカメルーン戦も気乗り薄でTV観戦し、勝利したときも嬉しくはあったが、これでみっともない予選敗退がなくなったと胸を撫で下ろした程度であった。

 

オランダ戦の0―1の敗退は予想を上回る健闘で、正直、ちょっと日本のチームを見直した。

 

それでも、丑三つ時に試合開始のデンマーク戦は、どうせ負けるのだからと熟睡状態。飼い猫の隣太郎に起こされ、枕元の時計の針が四時半を指していたので、それで様子を見たところ2―0で勝っている。ビックリ!!

 

3―1の勝利に、猛烈にビックリ!!!

 

本田圭佑のゴール左コーナーへの華麗なFK、続く遠藤保仁の右コーナーへのFK。駄目押しとなった岡崎慎司の流し込み。

 

ビデオと生とごちゃ混ぜで観たデンマーク戦。正直、ひょっとしたらと決勝トーナメントでの初勝利が頭をよぎった。これだったら・・・。

 

そして、パラグアイの強さが日に日にメディアで喧伝されるようになり、とうとう、決戦の日を迎えた。

 

今夜は久しぶりにウィスキーの水割りを横において、サムライジャパンの勇姿を楽しむことにしよう。試合後、次の行に「信じられない!!!」、そして、タイトルに「勝った!」と、書き加えられたらいいなと思いながら、心静かに筆を置くことにする。

泣くなよ、駒野〜!!!

さよなら歌舞伎座=写真で思い出残したぞ!!

  昭和26年に復興した今の歌舞伎座が、2013年の春竣工予定で建て替えのため、この4月公演を最後に閉館となった。

 

 私と歌舞伎の出会いは、昭和42年のたぶん第1回の国立劇場での「高校生のための歌舞伎教室」が初めてであったが、歌舞伎座へは大学に入って歌舞伎好きの先輩に誘われて行ったのが最初である。もう、そうとう昔の話になる。


歌舞伎座正面
晴海通りを挟んで正面から(2009.12)
 

その歌舞伎座も、最近は高齢化の進行から「エレベーターがない」とか、入館してすぐの階段が狭くて危険だ」とか、「座席が狭くて窮屈」とか、色々、文句を言われていたが、いざ、壊されるとなると懐かしく、「その古さがいいのだ」なんて勝手なことを言い出す始末。本当に、人間って勝手な生き物だとつくづく思う。そこで、思い出の為に写真を残しておこうと思い、撮った写真のいくつかを以下にアップする。


晴海側から
晴海方面から

正面より一幕見席入口、弁当屋
正面玄関から一幕見入口・弁当屋を

一幕見席入口
一幕見席入口

正面
正面

銀座側から
銀座側から

二階席、三階席
桟敷席と二階、三階席を

正月公演
2009年正月、「さよなら公演」スタート

二階席から定式幕を
二階席から定式幕を

花道
花道

揚幕
揚幕

 

こうして一枚一枚の写真を眺めているうちに、学生時代から時折、通っていた歌舞伎座の一場、一場の情景が、甘酸っぱい思いとともに脳裡をよぎってきた。また、団十郎襲名披露のとき、桟敷席で初めて歌舞伎を観た。四歳になるかならぬかの娘が、分かりもせぬのに、うまいタイミングで拍手をして、「なかなか、こ奴、やるな!」などと親馬鹿ぶりを示したことなど、ふっと思い出した・・・。

ゲゲゲの女房=ねずみ男の駅 0番線ホームの妖怪たち

 NHKの朝の連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」の放送が29日始まった。第一話が14.8%と歴代最低(これまで「どんど晴れ」の14.9%)の視聴率だったという(ビデオリサーチ:関東地区)。残念である。理由は後で述べる。

 

 視聴率については、とくにNHKの場合、BS2、Bshi、それから夜もBS2と多数回、多Chで放送が行われるため、NHK総合のみしか集計されぬビデオリサーチの視聴率は、いまの視聴者の生活スタイルに必ずしも適合しておらず、実態を表わすものとは言いがたい。だから、この数字だけで、「ゲゲゲの女房」の出だしが悪いと決めつける必要はない。現にわが家も娘は、朝のBshiで見、わたしは夜のBS2で見ている。

 

 まぁ、そんなことは実は今回の話に殆ど関係はない。ゲゲゲの女房のふるさと安来市と米子駅にたまたま立ち寄る機会があり、鬼太郎饅頭を土産に買ってきたばっかりだったので、少々、弁護してみたくなっただけのこと。

 

 それで、話は何かと言えば、「ねずみ男駅」を見つけたので、ここに紹介したいというだけである。実に、うん、下らぬ話であるが、でもちょっと子供に戻ったような妖しい気分になったので、聴いて下さい。


足立美術館枯山水庭園
足立美術館枯山水庭園
 

 

 安来市にある横山大観の蒐集で高名な足立美術館を家内と拝観に行った帰り、安来駅からJRで鳥取駅まで移動しなければならなかった。山陰が不便と感じたのは、安来から鳥取へ向かうのに、米子駅で特急を乗り換えねばならぬことであった。一本で行く特急が少なすぎるのである。あとでタクシーの運転手に聞いたところ、米子は鳥取県でありながら経済圏は島根県に属しており、鳥取市との一体感があまりない。そのためか、米子・鳥取直行便の数が少ないのだと説明してくれた。


安来駅
安来駅

ゲゲゲの女房駅内看板
ゲゲゲの女房のふるさと:安来市

ゲゲゲの女房のふるさと
安来駅の土産物売り場もゲゲゲの女房一色!!

米子駅
米子駅に到着
 

 

 

  まぁ、そういうわけで安来駅と米子駅でゆっくりと列車待ちの時間を過ごした。それが、わたしに思いがけない楽しみを与えてくれたのである。

妖怪の駅
    米子駅構内はなにか、怪しげな雰囲気・・・


 米子駅の待合室で何気なく、ポスターを見ていたら、「ゲゲゲの女房」にちなんだものがあった。そこに好奇心をくすぐる0番線ホームの写真があった。「ゲゲゲの女房」のふるさとはつい今しがたまでいた安来市のはずである。怪訝に思い、駅員に「0番線ホームなんて、本当にあるの?」と、冷やかし半分で尋ねると、「はい!あります」と、思いがけぬ答えが返って来た。冗談を言われたと思い、突っ込みで「どこにあるの?」と訊くと、「1番線ホームのあの階段の裏にあります」と言う。

 

 なにやら、この駅員が妖怪に思えてきて、ちょっと引いてしまったが、「行ってみれるの?」と言うと「行ってみて下さい」と答える。

 

 それでは、行かずばなるまいと、トコトコとホームの端にある階段へ向かった。もう、かなり暗くなっていたので、階段の方向も周りはよく見通せない。


0番線
0番線ホームの看板があった!
 

 

 その薄暗がりのなかを近づくと、なんと『0番線』の表示板だけが明々と吊り下がっているではないか。まるで気分はハリー・ポッターである。駅員は妖怪ではなかった。いや、こんな妖しげな景色を自分に見せるのだから、やはり妖怪か、妖怪の回し者なのかもしれない。なにせ、「階段の裏」と言った時のあの目つきは尋常ではなかった。黒目にたしかに赤い炎がゆらゆら見えた気がしたのだから・・・。


0番線ホーム
妖怪世界への、さぁ入り口だ!!
 

 

いずれにせよ暗い階段の裏側に廻ると、
 「あっ!」、「妖怪の世界だ!」

鬼太郎の世界
階段裏の妖怪の世界

 わたしの足が一瞬、凍りつくように止まってしまった。

 

そこには、確かに「ねずみ男駅」があった。そして一両の電車が止まっていた。どこへ向かうのだろうと行き先表示を見ると、「鬼太郎駅」とあった。「うそ?」とよく目をこすると、「境港行き」とあったのでひと安心。

鬼太郎駅ゆき
鬼太郎駅ゆきの電車がゆらゆら・・・

ねずみ男駅
ねずみ男駅の標識

ゲゲゲの鬼太郎
われらが鬼太郎と目玉親爺

妖怪
怪しげな妖怪

妖怪世界
妖怪曼荼羅?
 

でも、境港は水木しげるのふるさとであり、このJR境線の終点は境港駅であるが、別名を「鬼太郎駅」というとのこと。途中の駅名も「べとべとさん駅」、「傘化け駅」、「ざしきわらし駅」、「砂かけばばあ駅」、「こなきじじい駅」など妖怪の名前が付されており、遊び心が満載の路線である。

 

 私たち夫婦は妖怪の世界でしばし遊んで、ようやくやって来た鳥取行きの特急に乗り込んだ。そして現実の世界へとゆっくりと戻って行った・・・。


鳥取駅行き特急
いざ、鳥取駅へ!!
 

 

 そんな旅の出逢いがあったばかりだったので、「ゲゲゲの女房」の視聴率に、「残念!」と唸り、ちょっと理屈をこねてみたってわけ。

キムヨナの金メダルと浅田真央の銀メダル


バンクーバー冬季オリンピックもいよいよ終盤。冬季オリンピックの華といわれる女子フィギュアースケートの競技が26日(日本時間)に終了した。韓国のキムヨナ選手と浅田真央選手の闘いが注目された。

 

結果は、キムヨン選手の228.56点の金メダル、浅田真央選手の205.50点の銀メダルに終わった。

 

実況で観ることはできなかったが、夜に録画番組で両人の演技を堪能した。結果を知ったうえでの、観戦であったのでLIVEの緊張感と臨場感がなく、そのお蔭で採点結果についても、うん?という感じは持ったが、キムヨナ選手の流れるようなスケーティングや感情豊かな表現力に素直に素晴らしいと拍手を送った。

 

それと同時に、浅田真央選手もSPでの5点近い差を逆転し、金メダル奪取を目指した2回のトリプルアクセルへの挑戦と成功は、その精神力の強さに加え、高度な技術力を示したもので正直、頭が下がる。

 

両人の試合前、試合後のインタビューなどその態度は、どこかの国の政治家の政治とカネの問題への対応の見苦しさと較べると、その覚悟のあり方において、見習うべき点が多いと感じた。加えて、共に国民を代表する立場にある人間としての格の大きな違いを感じさせられ、情けない気持ちになった。


キムヨナ選手も浅田真央選手も、まだ成人前の19歳である。それをつい忘れてしまうほどに、この両人の勝負に向かう姿勢とその結果を受け入れた毅然とした態度に、頭が下がった。

 

キムヨナ選手の言葉で心に残ったのは、「金メダルを逃した時、その事態を受け入れる心の準備はできている」といった主旨のことを語った試合前の記者会見の言葉である。

浅田真央選手については、試合翌日の「日本に帰って、多くの人にメダルに触ってもらいたい」という主旨の言葉と「また来たい。悔いも残ったし、悔しい思いもある。すごくいい舞台だなと思った」という、明日を見つめる視線の高さと気持ちの切り替えに、脱帽したのである。

 

両名の「いくさ人」としての心映えに、試合での名演技以上に感服したものである。

ハーフパイプ代表、国母和宏、「チッ、うっせーな…反省してま〜す」

今回のバンクーバー五輪はなぜか自分の中で盛り上がりに欠ける。飛び抜けたスーパー・スターが欠けているのか、他国のそうした情報をメディアが伝えていないのか、まぁどうでもよいが、関心は薄かった。

 

だが、ここに来て場外乱闘?が面白い。男子ハーフパイプ代表の国母和宏選手(東海大)である。こんな男、まったく今まで知らなかったし、HPって言えば、ホームページと読んでしまう程度のスノボーもやったことのない、そもそものウインター・スポーツ音痴の私。だが、今回の「反省してま〜す・・・」で、この国母という男の存在を知った。日本からバンクーバーへの移動の際に日本オリンピック委員会(JOC)で定めたユニフォーム着用につき、シャツを腰から出しズボンをずり下げる、いわゆる「腰ばき」姿だったというのが問題になった。そんな映像、TVで見ていないし、それ程にオリンピックへの関心が冷えていた。でも、選手村での10日の記者会見での「反省してま〜す」発言で、状況は一転した。

 

いやぁ、久しぶりにテレビを観て、盛り上がり、熱くなってしまった。うん、まだ、ちょっとは若さが残っているかな・・・。

 

「反省してま〜す」の映像が流れた時、訳は分からぬが、「なんだ、この野郎!」と、詳しく事情は分からなかったものの、そのふて腐れたような小馬鹿にした受け答えが、テレビ画面の前に坐っていた私の、何やら分からぬ怒りの導火線に火を点けた。そして、その後、「「反省してま〜す」の前に、記者の質問があった際、「チッ、うっせーな」としゃべっていたことを知るや、俄然、私のひとり相撲のうっぷん晴らしが始まった。

 

「さぁ、お祭りだ〜!お祭りだ〜!」

 早速に、2チャンネルを覗く。スレがアル、アル、ノビル〜・・・。

「そうだよな、うん」「そう思うに決まってるよな」「あったりまえじゃん・・・」

 いやぁ〜、久しぶりに一人でワッショイ!ワッショイ!と、祭りをやってしまった。

 

そして、その後、繰り返し放映される会見場面の映像に向かって、「お仕着せの服装がそんなに嫌なら、オリンピック出場を止めればいいじゃないか」と、はしたなくも叫んだ。

 

 最近の朝青龍の問題で色々、言いたいことがあったが、時間がなくて記事をUP出来なかった分、この国母という男は可哀そうではある。朝青龍の分までまとめて憤懣をぶちまけよう。

 

 要は、その世界にいて稼ぎをするのであれば、その世界の決まりごとに従うのは当たり前。それを守るのが嫌なら、そんな世界に入らなければいいだけ。簡単な話だ。国母の場合はユニフォームを着る規則が嫌なのだったら、そもそも儀式だらけのオリンピックなどに出なければいいだけ。

 

 どうも鳩山由紀夫総理、小沢一郎幹事長の政治とカネの問題も、同じ話のような気がする。まぁ、政治家は教科書的に言えば、本当は国民の範たる人物でなければならぬはず。なんか、と〜い昔、小学校時代あたりに習った気がするが、国母某よりも、永田町の御両人の方が罪は数十倍も重いことは確かである。

 

 まとまらぬ話で恐縮だが、国母君、ホームページかハーフパイプか知らないけれど、要はあなたがやったことは、国の代表に選ばれ出場するのだから、その意味で税金を使っているのだという意識は最低でも、もってくれよな!

 

 そんな21歳の若造に言う前に、総理大臣たる鳩山由紀夫と小沢一郎幹事長は、同じ税金の問題と言っても次元が違う。(贈与の)脱税、(政党交付金の)流用といった疑惑であるのだから、国民への示しという意味では、言うまでもなく、ものすごく大きい問題である。永田町の御両人の方に国民は怒りと憤懣をもっとぶつけねばならぬのだろうなぁ・・・と、むなしく、こちらは呟くだけである。

 

 でも、面白いのはなんか国母だったり、朝青龍だったりするから、庶民というものは、本当に度し難い、アホなんだと、自戒しきりの夜である。

 

宝塚花組公演「外伝ベルサイユのばら―アンドレ編」見ちゃいました!!

 東京宝塚劇場に初めて足を踏み入れた。いやぁ、この歳になってなんですが、世の中、やはり百聞は一見に如かずで、食わず嫌いは駄目ということをトコトン知らされた一晩でした。宝塚の組の名前もよく知らぬ人間が、「ベルばら」を見に行くとは、時代も変われば変わるもんだと、自分ながら感心している。


東京宝塚劇場
東京宝塚劇場

演目
外伝ベルサイユのばら

劇場大階段
劇場内大階段
 

 

 今回は「外伝ベルサイユのばら―アンドレ編」ということで、昨年初演のものであった。これからの宝塚情報はすべて、後に自宅でWikipediaで調べたものである。何せ、役者、いや「生徒」の名前すらまったく知らぬ人間だったのだから。アンドレ役の真飛聖(まとぶ・せい)やアラン役の壮一帆(そう・かずほ)の絡むくさいセリフや気障な演技も、最初から宝塚はそういうものだと覚悟して観ると、実は結構ズッポリはまってしまうのに正直、自分で驚いている。マリーズ役の桜乃彩音(さくらの・あやね)も美しくてよい、なんて、なってしまう・・・。何しろこうあって欲しいと観客が思う筋立てが、その通りに用意されているのが、何といっても心地よい。その見る者を裏切らぬ安心感が、特に昨今の不安定な社会情勢のなかでは、とてつもなく貴重なものに思えてくるから不思議だ。


exciter開演前
EXCITER!!レヴュー開演前

 

 

 またレヴューも華やかだと聞かされてはいたが、当日の「EXCITER!!★」の舞台美術の派手さや衣装のド派手さもここまで究めれば、これまた演じる者と観客の約束事であるので、それはそれで十分な納得感があった。横の家内も娘も、大勢の観客と一緒になって手拍子を打っていたのだから(さすがに私は手拍子はグッと堪えたが・・・)。

 

いやぁ、暗い世の中にもこんなに華やかで明るい世界が存在したとは、本当にビックリである。永田町の先生方もぜひ一度、宝塚へ足を運んでいただき、観劇後に劇場を後にする庶民の「安心と納得」の表情とは、こういうものなのだということを見てもらいたい。そして、そうした顔に国民がなる「安心と納得」の政治を行なって欲しいと心から願う。


終演
終演後の場内
 

 

 それはそうと、こうなると「外伝」ではなく「ベルサイユのばら」の本編を観たいと思うのは人情というものである。しかしスケジュールを調べてみて、2006年を最後にその後の公演がないことを知った。歌舞伎のように当り狂言はいつでもやるといったものではないと分かって、ガックリ!! 仕様がないから「BOOKOFFで漫画本から始めるか」と、家内と話し合ったところである。


  それにしても真飛聖って、なかなか、いいんじゃない?

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