7月6日はわが家のお寺の“施餓鬼会”です。今年もその日がやって来た。

例年だと“施餓鬼会”は梅雨も真っ盛りの頃となるのだが、今年は関東甲信越の梅雨明け宣言が早々に出た日と重なった。


東京の最高気温は33.7度。お寺へ向かう車中で外気温を見たら36度であったから、猛烈な暑さであったことは確かだ。


そんな猛暑の一日、施餓鬼の法会に参加した。

法要が行われる本堂
施餓鬼の法会が営まれる本堂

物の本によれば、“施餓鬼会”とは限りない物欲を象徴している餓鬼に施しをする法要のこととある。人間誰しも心の中に餓鬼が棲んでおり、餓鬼に支配されていると、気づかぬうちに人は自分本位に走ったり、人を差別したり、傷つけたりしているという。

施餓鬼法会を修すご住職
施餓鬼の法会を修するご住職

そこでお釈迦さまが、物欲に支配された醜い心を洗い、清らかにしていく手だてとして、施しすなわち布施の修行として諭したのが“餓鬼に施しをする”、即ち、“施餓鬼”なのだそうだ。

施餓鬼の法会
施餓鬼の法会

そしてそれは同時に知らず知らずに餓鬼道に落ちているかもしれぬ我が親、ご先祖さまを救うことでもあるという。


この日もお坊様方10数名により、餓鬼道に苦しむ餓鬼のみならず、無縁仏や三界万霊に施しをする法要が営まれた。あわせて東日本大震災の被災者および檀信徒の先祖の供養も行われた。

散華をする僧侶たち
散華する僧侶たち

途中、われわれも大きな声で般若心経を唱和し、物欲とくに食欲にまみれたわが身を浄め、またあらたな一年を過ごせますようにと、専心祈りに集中する。


そして読経のなかわれわれは堂内に設えられた施餓鬼棚の前に立ち、焼香をすませる。

読経のなか施餓鬼棚へ順次焼香
施餓鬼棚でわれわれが順に焼香します

最後に、ご住職が施餓鬼棚へ向かい諸々の供養をされて、施餓鬼法会は終了となる。

施餓鬼棚で供養するご住職

そして副住職から手渡される真新しい卒塔婆を持ち、われわれはお墓へと散じる。

各々のお墓に卒塔婆を立てにゆく檀信徒 ご先祖様にお参りする人々

墓石もこの暑さにはさすがにうだっているようで、柄杓でお水を頭から何杯も掛けてあげると、どこかお墓全体がほっとしたように見えたのも、気のせいだけではなかったような気がした。


方々のお墓でも檀家の方々が卒塔婆を立て、手を合わせ、ご先祖の霊を祀っていた。


こうして今年の施餓鬼も終わり、梅雨も半ばを過ぎ・・・ではなく、早々に明け、本格的な夏の足音がすぐそこに聴こえはじめた。

梅雨明けの空

線香の煙が立ち昇るのにつられ頭上を仰ぎ見ると、青い空が薄雲をとぎれとぎれに流し、真夏の顔を垣間見せていたのである。