白洲正子の愛した「平野屋」―焼き鮎 京都グルメ(2009.2.10)

右京区嵯峨鳥居本仙翁(せんのう)町16


平野屋

新緑の美しい季節に「平野屋」を訪れた。お目当てはもちろん白洲正子の愛した「焼き鮎」を食すためである。二年半前に訪れた際は1月ということもあり、鮎を戴くことはなかったので、今回は非常に楽しみにして伺った。

平野屋案内状
平野屋案内状

 「こいもよし あいは又よし 宿もよし」


これは元東宮侍従次長・明治神宮宮司の甘露寺受長(かんろじおさなが・明治13〜昭和52)氏が「平野屋」の鮎や鯉料理を愛でて物した歌である。平野屋の案内状の裏面に達筆のそれが紹介されている。


田山方南の「平野屋名ぶつ」の書画
鮎のせごし


また案内された部屋の回り縁の上に「平野屋名ぶつ」と題する細長い書画が飾られていたが、これは日中の禅僧、墨蹟研究の第一人者であった文部省国宝鑑査官の田山方南(たやまほうなん・明治36〜昭和55)氏によるものであった。因みにそこに記されている名物は「お志んこ」「鮎せごし」「鯉あらひ」「鮎塩焼き」「茄子の山椒あへ」「特製鮎ずし」などである。


こうした何気ないことからも白洲正子に限らず平野屋を愛した文人たちがいかに多いかを窺い知ることができる。


愛宕神社一の鳥居の中に平野屋が見える

鳥居の手前には鮎の宿「つたや」


さて、四百年の歴史を有す「平野屋」は愛宕神社の朱塗りの一之鳥居をくぐってすぐのところにあり、愛宕神社までは五十丁(5.5km)の距離である。そのため愛宕詣でをした弥次さん喜多さんもここでまず「志んこ」をお茶受けに一服し、賑やかに頂上を目指して行ったに違いない。

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その平野屋の佇まいは、愛宕山麓の豊かな緑に抱かれ、苔むす茅葺屋根と軒先に緋毛氈の床机を配するその様はそれだけで一幅の風流画でも眺めるようで見事である。

平野屋俯瞰
平野屋絵葉書より

さて当日の料理だが、前日に予約していたお昼の八千円のコースである。他にお昼は八千円コースに鮎の天麩羅が加わる一万一千円、さらに鮎鮨が付く一万五千円のコースがある。


渓流から清流を引いた生簀
お客ごとに、都度、こうして鮎をすくう


平野屋の鮎は保津川産で敷地内を流れる渓流を引いた天然の生簀(いけす)に放たれている。お客の注文ごとに、都度、鮎を網ですくい調理場へあげている。


汲みあげ湯葉


まず造りたての汲みあげ湯葉が食膳に供された。

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鮎せごし


つづいて出てきたのが、わたしが初めて口にする「鮎のせごし」である。


新鮮で繊細なせごし


これはまだ鮎が小さい6月下旬ころまでの料理で、それを過ぎると「鮎の刺身」に代わるのだそうだ。骨ごと背切りにされた「せごし」は小さくジャリジャリといおうか、シャーベットでも口に入れたような、そんな食感をもつ清涼感溢れる一品であった。ひとつの珍味と云ってもよい。

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縁台の軒先から垂れる簾越しに青葉と木漏れ日を眺め、清流の水音に耳を澄ましながら、わたしは静謐のなかにただ身を任せた。


縁側から店の表へと愛宕颪(おろし)の涼風が楚々と吹きぬけてゆく、そのゆったりとした時の流れはまことに雅で贅沢である。

食事の部屋から玄関表へ涼風が吹きぬける

 
仲居さんが次に「鮎の塩焼き」を運んできた。

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焼き鮎


これが白洲正子が時には四匹も注文したという焼き鮎かと、頭からかぶりつきじっくりと味わった。小ぶりの方の鮎は骨一欠片も残さず胃袋に収まった。少し大きめの鮎は仲居さんが説明されたように、少し強い骨は残し、でもほとんどを食べつくした。身がほっこりと柔らかい繊細な味は実に美味であった。


精悍な若鮎


その後に箸休めとして鮎の切り身の入ったお粥が出てきた。これには少々びっくりしたが、まったく生臭さを感じさせない、これまた胃袋に優しい絶品である。清流に遊び新鮮でなければ造れぬ一品であろう。


鮎の切り身の入ったお粥


それから煮物、野菜の天麩羅、赤味噌・辛し入り豆腐に御飯と赤だしと、味はもちろんだが、量的にも十分すぎるものであった。


煮物
野菜のてんぷら
変わり豆腐
中に赤みそと辛しが入っている

 
そして最後に平野屋名物の「志んこ」と称されるお団子とお薄が供される。


志んこ


「志んこ」の名は団子の原料であるうるち米を製粉しふるい分けた「上新粉(じょうしんこ)」に由来するとのことであった。



食事をしたお部屋
平野屋を出るとすぐに一の鳥居が


奥嵯峨の新緑の真っ只中で食した白洲正子の愛した鮎はやはり絶品であった。


心づくしのおもてなし、ありがとうございました

そして一介の旅人をにこやかに持て為してくれた仲居さんに見送られ、再訪を約して平野屋をあとにした。