教科書検定に「歴史に向き合う姿勢」を問う!(沖縄集団自決問題)(上)2007.4.4

教科書検定に「歴史に向き合う姿勢」を問う!(沖縄集団自決問題)(下)2007.4.4

二つの資料館が語る戦争の異なる実相――ひめゆりの塔を訪ねて(上)2007.4.4

二つの資料館が語る戦争の異なる実相(下)2007.4.4

 

 われわれは、54日の鳩山首相の沖縄訪問で、「最低でも県外」が素人同然の軍事知識や安全保障の考え方に基づいたものであったことを知り、愕然とさせられた。そして、「最低でも県外は公約ではない」との発言には、その無責任さに唖然とさせられたところである。

 

その直後の6日、今度は山岡賢次国対委員長が、「女性議員ネットワーク会議」の最後の挨拶で、「国会は、国民の生活を守るための立法府。普天間の話や政治とカネの話は、直接国民の生活には影響していない。間接的にはあるかもしれないが」と述べ、「(公立高校無償化や子ども手当は)大きな評価をいただいている。普天間の問題に掻き消されているようで残念だ」と語った。そして、「地方の人に聞くと、普天間は雲の上のような話で、子ども手当は自分たちの生活の話だという思いがあるように感じる」と驚くべき暴言を吐いた。

 

それに対し即座に、沖縄県の伊敷郁子糸満市市議会議員が発言を求め、「沖縄県民は国民じゃないのか」、「(沖縄)県民を冒涜(ぼうとく)している。民主党は国民の生活が第一なんでしょう。なぜ私たち県民の生活を守るためやらないんですか」と、声を荒げて抗議した。

 

会議後も報道陣に囲まれた同市議は、「私たちにとって普天間は政局でなく、生活の問題。生活が破壊されているから早めに撤去して欲しいと、生活者の視点で言っている。私たちは国民じゃないのか。沖縄の人はずっと差別され続け、これでいいのかと申し上げたかった」と、山岡国対委員長の発言を激しく批難した。

 

『ひめゆりの塔』の悲劇の舞台となった糸満市の伊敷議員が、歯軋りするように怒りを露わにしたのは当然である。先の大戦において創氏改名まで強いられた(「ひめゆり平和祈念資料館」に当時の新聞等と共にその実態資料が展示されている)沖縄県民のこれまでの深くて辛い思いが、伊敷議員の言葉の内に迸(ほとばし)っているのが痛いほど私の胸に伝わって来た。

 

「沖縄県民は国民じゃないのか」、「沖縄の人はずっと差別され続け」と咽喉から絞り出された言葉はあまりに重く、切なくわたしの心に突き刺さったのである。

 

この批難の対象となった山岡議員は過去においても色々と暴言を吐いている。特に200710月の大島理森自民党国対委員長(現幹事長)との会談において、「私らはアイヌ人の血を引く蛮族だ」と、差別的発言を行なったことは、今回の差別発言とその源を一つにするように思う。

 

それは、この山岡という人物がそもそも日本という国の成り立ちや歴史をちゃんと理解し、納得しておらぬ証拠ではないのか、そう考えるしかないのである。そうした発言を繰り返す人間が一方で、外国人参政権(「永住外国人に対する地方参政権(選挙権)付与法案」)には極めて積極的であることが、また、この人物の政治的立ち位置を不可解に見せる。

 

 そして、鳩山首相といい、この山岡国対委員長といい、民主党幹部の相次ぐ沖縄県民軽視の発言に、この民主党政権の底の浅さ、政権担当責任能力の欠如を認めざるを得ない。そこに民主党の国民目線とはほど遠い、痩せ細った本性を垣間見た気がしたのである。